11.傭兵騎士団①
皇国北西部の要衝である転移街アズルは、この地方にしては比較的、皇国の中央寄りに位置している。戦争が皇国の東側で行われているのもあって、安全度で言えば現状の皇国内では屈指だ。少なくとも、皇国民の認識はそうに違いない。
だが、その認識は恐らく事実と異なるのだろう。そう考えざるを得ない材料が、今、俺達の前に揃いつつある。
「どうも、あの男は傭兵騎士団の一人らしい」
重くならざるを得ない口を動かす俺に、その場の全員の視線が集まる。
ミラベルが行った例の《焼肉》は尋問と呼ぶには少々風変わりな手法だったが、功を奏してくれた。完全に心が砕かれた男は知っている事を洗いざらい吐いてくれたのだ。
「む? 傭兵騎士団とはなんだ?」
「特定の国家に所属せず、自由にお金で雇われる騎士の集団のことよ。東側の諸国では騎士の数が不足しがちだから、戦時にはそういう外部の騎士団を雇って自国の戦力とする事が多いの。平時から騎士の数が揃っている皇国には無縁の存在ね」
問うマリーに、ミラベルがすらすらと答えた。
テーブルに頬杖をついて目を閉じているあたり、何事かを思案していたのだろうか。黙考を終えた彼女は、悩ましげな吐息を交えて呟いた。
「……つまり、あの男は諸国のいずれかの手の者ということになりますね」
「ああ。雇い主はドーリアだそうだ」
「そんな馬鹿な!」
部屋の片隅で寝転がっていたフェオドールが跳ね起き、荒い口調で言う。
「こんな内地のど真ん中に敵国の騎士が入ってこれるわけがねえだろ!? 助かりたくて出任せ言ってんだよ!」
「落ち着け、フェオドール。確かに、あの男の話だけじゃ根拠としては弱いが、奴の剣に刻印されてた紋章でも裏が取れてる」
テーブルの上に剣を転がす。
先ほど、柄に巻かれた革を剥いだものだ。俺も男から話を聞くまでは気付かなかったのだが、今となってははっきりと思い出せる。
「なるほど、言われてみれば……これはドーリアの国章ですね。国章が打刻されているということは、少なくともこの剣はドーリアの制式装備ということになります」
「刻印が偽装って可能性がないわけじゃないが、今のところはドーリアがこの街で何かやってると仮定して動いた方が良さそうだ」
「そんな……なんでこんなとこまで……!」
口を戦慄かせて呻くフェオドールを気遣うように、コレットが無言で傍に立つ。
その様を横目で見てから、マリーが唸るような声を発した。
「しかし、仮にドーリアだとしても目的は何なのだ? アズルには転移門くらいしか目ぼしい施設がない。いくら交易の上で重要な街だとはいえ、敵地の奥深くまで潜入する価値があるとは思えん」
「そのへんは不明だ。俺達を襲ったのも上の命令としか聞かされてないんだとさ。ま、捨て駒だよな。どう考えても」
逆説的に言えば、駒を捨ててまで俺達を消したかったということになる。
ロスペールに居たフェオドールはともかく、俺はドーリアと皇国の戦争に関与した事はない。俺個人に狙われる理由があるとは考え難いだろう。
やはり、ロスペールから脱出したフェオドールとコレットを狙っていると考えるべきなのだろうが――たかが士官一人と一般市民の少女にそこまでするだろうか。
普通はしない。生き残りの口封じにしたって、よほど不味いものを見られているだとかでなければ徹底するメリットがない。本人達の話を聞く限りも、その線はかなり薄い。
「連中の目的が見えないのは気になるところだが……まあ、上とやらに直接聞いた方が早いかな。人数構成とアジトは男が吐いたから、ちょっくら今から行ってくるわ」
軽い調子で言うと、皇女姉妹は困ったような笑みを浮かべ、フェオドールとコレットが唖然とした。
「いや……飛んでくる矢を斬るなんて真似をやってたからな……あんたが強いのは何となく分かるんだが……相手は傭兵とはいえ騎士の集団なんだろ。危険じゃないか」
「彼なら大丈夫ですよ。百人くらいまでは」
ミラベルが実感の篭ったコメントを苦い笑顔で添えてくれる。
さすがに百人は厳しいのだが、幸いなことに男が言うには彼らの一味は十人足らずだという。相手取るのに問題のある数ではない。
ただ、それはあくまで俺やミラベルが出張ればの話だ。辺境であるこの街に正規の騎士団が配備されているわけもなく、防衛戦力の大半は一般の衛兵である。とてもではないが、まとまった数の騎士の相手ができる戦力ではない。任せるには荷が勝ち過ぎる。
皇女姉妹に向き直り、指示を出す。
「衛兵に通報と注意喚起を頼む。フェオドールとコレットも連れて行ってくれ。合流場所は宿にしよう」
「承知しました。捕らえた男はどうします?」
「さあ……簀巻きにして衛兵に引き渡せばいいんじゃないか」
適当に答え、俺は廃屋を後にする。
尋問やらで時間を取られてしまったせいで、すっかり深夜の頃合である。
吐く息も白く、街並みは夜の闇に沈んでいた。ぽつりぽつりと存在する街灯の光だけが闇の中に浮かんでいる。
できる限り急がなければならない。
傭兵達がよほど呑気でもなければ、こちらが一人捕虜を取った時点でねぐらを引き払っている可能性が高い。待ち伏せでもしてくれていれば最も楽な状況なのだが、望み薄だろう。
アジトはもぬけの殻で、何の痕跡も残されていないという事態も普通にあり得る。
「さあ、タカナシ殿。一体どこへ向かうのだ」
「街の南東に廃業した安宿があるらしい。連中はそこを根城にしてるようだから、まずはそこを叩く……って、マリー……」
当然のような顔をして隣を歩いている皇女殿下を一瞥し、俺は頭を抱える。
話を聞いていなかったのか。聞いた上で無視したのか。そして、いかなる早着替えを行ったのか。
マリーの服装はいつもの青チュニックと胸甲という武装済みの状態になっている。
「うむ。何を言いたいのか大体の想像はつく。が、あちらは姉上が居れば十分であろう。であれば、わたしが相棒であるタカナシ殿に同行するのは当然のことだ」
「……さいですか」
いつものこれが始まると、もう何を言っても止まらないだろう。
今の彼女の力量なら、傭兵達の力量も考慮すると危険はほぼない。時間も惜しい。強引に説得して戻らせるよりは連れて行った方が早いか。
そんな俺の思考を読んだかのように、マリーは背筋を伸ばし、長い金髪をなびかせながら勢いよく歩を進める。
「それに、今回の一件は往還者……だったか。タカナシ殿らの事情とは全く所縁のない話だろう。身勝手に出奔した身であるが、わたしとて皇族の一人だ。この国の問題を貴殿に任せ切るつもりはない」
淡々と述べる彼女の青い瞳は、真っ直ぐに前だけを見据えていた。
その在り方には、やはりある種の感情を抱かずにはいられない。
「十分強いよ、君は」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、別に」
俺は首を横に振り、再び重みを増した口を歩きながら動かす。
「実際のところ、関係ないとは言い切れない面もあるんだよ」
「というと?」
「ロスペールで起きたことについて明らかにしたい。本当に竜種が出たのか、そうでないのか。ドーリアの人間を締め上げれば何か分かるかもしれない。それに、ないとは思いたいが……」
白い息を吐きながら歩く金髪の少女は、俺の言葉を引き取って言う。
「この街でもロスペールと同じことが起きるかもしれない、と考えているのだな。タカナシ殿は」
「可能性はゼロじゃない。できるだけ最悪のケースは想定しておいた方がいい。万が一、その時は……」
俺は最後まで言わず、揺ぎ無い視線を向けてくるマリーから視線を外した。
この少女は、逃げろと言っても聞き入れないだろう。
皆まで言わずとも分かってしまう。お互いに。
故にマリーもそれ以上は何も言わず、ただ黙って歩みを進めるのみだった。




