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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
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4.漫画②

 数分後、俺は詰め所の庭で皇女殿下と相対していた。

 俺(たち)の手には、いつも使っている番兵団制式採用の長剣が握られている。

 

「初めに言っておきますが、俺は一瞬で敵の背後に現れたりとか斬撃を飛ばしたりだとか、そういうのは出来ませんよ」

「……そうか」

 

 落胆の色を隠さず、皇女殿下はうなだれる。

 

「いや、(つい)にタカナシ殿に剣の手ほどきをして頂けるのだから、そのような高望みはすまい」

 

 立ち直るのも早い。

 

「いざ」

 

 ぐっ、と長剣を構えるマリーに、俺は内心で舌を巻く。

 さて。一体、この少女はいつのまにきちんと剣が持てるようになったのだろうか。

 鉄で鍛えられた長剣の重量は、年端も行かない少女。ましてやヒョロヒョロガリガリのちびっ子である皇女殿下では持ち上げるのもやっとの(はず)で、構えるなんて事が出来ている時点で十分に(すご)い。

 俺は剣を構えるマリーの細腕を見やり、その二の腕あたりがプルプルしているのを見止める。筋力が足りていない。

 ()ダコ(だこ)みたいに赤くなったマリーの顔は、かなりきつそうに見えた。

 やはり、魔力の補助もなしに――

 

「皇女殿下、剣を下ろしてください」

「はへっ!?」

 

 息でも止めていたかのような緊張が解け、マリーは剣を取り落とした。

 がっしゃんぐわん、と石畳の上を剣が跳ねた。普通に危ない。俺は内心で冷や汗をぬぐう。

 

「うわあ。無理をすれば筋が切れますよ。あと剣はそっと置いてください。そっと」

「す、すまぬ」

 

 皇女殿下は慌てて剣を拾おうとする。が、やはり重いものは重い。彼女には体力もない。

 拾おうとした姿勢のまま、へたり込んでしまった。

 

「ぶぐぐぐ……!」

「変な顔で泣きそうにならなくても大丈夫ですよ。さしあたって……剣は使わないことにしましょう」

 

 出来の悪い般若のお面みたいな顔をするマリーに、俺も長剣を地面に突き刺して手放してみせる。

 

「剣を使わんだと」

「ええ。殿下、魔法は使えますね」

 

 俺は彼女が松明(たいまつ)の火を(とも)すのに簡単な火の魔法を使っているのを何度も見ている。

 

「無論。高等学校程度の魔法は扱える」

「結構」

 

 あの「火の穂」は非才、凡才を問わずに使用できるほどありふれた生活用魔法ではあるが、彼女は高貴な生まれだ。

 魔術的な素養に関してだけ言えば、市井の者とは一線を画する。基礎的な魔法一通りを扱えないわけがない。

 それは皇帝の血統に混じる人類種以外の存在に起因しているのだろうが、今はどうだっていいことだ。

 

「では殿下も、炉のことは知ってますかね」

「これも無論。人間が魔法を行使するため、体内で魔素(マナ)を練る臓腑(ぞうふ)のことだろう。魔道の初歩だ」

「その通り。炉から魔素(マナ)を取り出し、魔法陣や詠唱によって魔素(マナ)に命令を与えて万象に変換する。それが魔法です」

 

 厳密に言えば違うのだが、俺は()えて()かり(やす)い言葉を取った。

 そもそも講釈を垂れるほど魔法への理解が深いわけでもないし、今は魔法の講義でももない。

 

「この世界の生き物は皆、魔法とまでは行かずとも、大なり小なり炉から魔素(マナ)を取り出して全身に循環させています」

「知っている。その魔素(マナ)の流れを霊体(アストラル)と呼ぶのだな。そして、魔素(マナ)の循環がなければ大気中に混じる精霊に霊体が侵される……確か、神霊免疫学だったか」

「はい。そこまでが前提知識です。ここからは騎士、つまり己の身体と魔力を行使して戦う者だけが学ぶ技術の話になります」

 

 そこまで(しゃべ)ってから、俺はおもむろに地面に刺していた長剣を抜いた。

 

「今俺の手が剣を握っているのと同じく俺の霊体(アストラル)、つまり体内の魔素(マナ)の流れも肉体に重なるようにして剣を握っています。霊体(アストラル)と肉体は常に重なり合い、お互いに作用するわけですね。それはつまり、肉体の筋力で足りない力を、霊体(アストラル)で補うことができるということに(ほか)なりません」

 

 炉を回す。

 自分の中で魔素(マナ)を練り上げる感覚のことを、俺はそう表現している。

 

「肉体における筋力は、そのまま筋肉の強さです。では霊体(アストラル)の力、魔力とは一体何でしょうか」

魔素(マナ)の量だ」

「そうです。だから、シンプルに――魔素(マナ)をいつもより多めに霊体(アストラル)の腕に通す」

 

 

 ぼん、と。

 俺の振るった長剣の剣風が、空気の()ぜるような音と共に枯葉(かれは)を舞い上げる。

 

 

「たったそれだけで、上乗せした魔力の分だけ腕力の総量が増えます」

 

 マリーの目には今の太刀(たち)筋など見えなかっただろう。ただひたすら目をぱちくりさせて()けている。

 見えなかったのはどうだって良い。本当に重要なことは、そこではないからだ。

 

「なんだ、そんなことなのか? それなら、わたしにも出来そうなものだ」

「ああ、いや、今のと同じ事を殿下がやると、恐らく腕が爆裂してもげます」

「爆裂!? もげる!?」

「加減の分かっていないうちから魔力を身体に流し込むなんて真似(まね)は出来ませんよ。無理のない自然な形で鍛錬をしていくとするなら、肉体も動かしつつ徐々に魔素(マナ)を流すイメージに慣れていく必要があります」

 

 ましてや、皇族の魔力ならば尚更(なおさら)だ。腕の一本ならまだいい。下手(へた)をすれば全身が霊体(アストラル)ごと裂けて即死するかもしれない。

 ちょっと気分の悪そうな皇女殿下だったが、さすがと言うべきか、すぐに気を取り直して顔を上げる。

 

「要するに、身体を動かすにも魔力を用いることができるわけだな」

 

 随分と要約されてしまったが、俺は長剣を(さや)に納めながら首肯した。

 だが、皇女殿下は何やら難しい顔をして顎に手を当てている。

 

「何か質問でもありますか」

「いや、つまり……つまり、具体的にどうすればよいのだろう」

 

 

 

 ■

 

 

 

 ウッドランド皇国に存在する九つの騎士団。

 それぞれの名前は忘れたが、その各騎士団の中で最も優れた騎士だけが名乗ることを許される称号。確か、それが九天の騎士だ。

 なぜか、あいつらは毎度夜に来る。

 

「あたしは九天の騎士が一人(ひとり)――破軍の戦鎌、サリッサ」

 

 嗚呼。その一人(ひとり)を自称する少女が、今、俺の前に巨大な鎌を携えて立ち塞がっている。

 いや、正確に言えば立ち塞がっているのは俺であって、この赤黒いゴスロリドレス姿の少女ではない。

 真夜中、セントレアの南門を閉じて立っていたのは俺であり、彼女はあくまで普通にやってきて門をくぐろうとしただけである。

 街に入ることをお断り申し上げたところ、彼女は途端に名乗り始めたのだが、俺は彼女の身分とは別のところで頭を抱えた。

 また二つ名持ちだ。この国の騎士団は一体どうなっているのだろうか。

 大体、そんな風に言われたところで「し、失礼しましたぁ!」とか言って門を開ける門番が居るのだろうか。いや、おらんわ。そんなもん。せめて身分証でも見せてくれないと、そもそも本物かどうかも分からない。

 

「そこの東洋人。あたしはセントレアに用事があるのだけれど……あんた、一体何の権利があって門を閉じてるのかしら」

「何のってそりゃ、門番を任されてるからその権限においてだよ。悪いけど、そのデカい鎌は街の規則に色々と違反してる。せめて(さや)に収めるか、出来ればここに預けていってほしいんだが……」

 

 勝気(かちき)そうな少女の表情がたちまち曇る。

 

「門番? 分からないわね。番兵(ごと)きが、あたしに……騎士に逆らうと?」

「騎士だろうが王様だろうが知らんよ。あんたの身分なんてどうでもいい。セントレアに入りたいんなら俺の指示に従ってもらう」

 

 音もなく。

 破軍の戦鎌、サリッサの両の目が細められる。

 

「まったく、この街の門番は一体どういう教育されてんのよ」

苛立(いらだ)ってるのか。まあ、そうだよな。俺も苛々してる。奇遇だな」

「名乗りなさい、番兵」

「名乗りを上げるのは騎士だけだろ」

小癪(こしゃく)

 

 刹那、三メートルに迫ろうかという、巨大な白銀の戦鎌が空を向いた。

 かと思えば、サリッサの手から振るわれた鎌の刃が、一瞬のうちに目の前にあった。

 土砂を巻き上げて突進してきた当のサリッサと()が合う。その(あか)い瞳にあった感情は、戸惑いだ。

 そして、耳障りな三つの金属音が遅れて聞こえてくる。

 破軍とやらの戦鎌が、(しばたた)きの間に振るわれた回数と同じ。そして、俺が長剣を抜きざまに受けた回数と同じ。

 

「うおっ!? はっええ!」

 

 俺は思わずぼやいた。肝が冷えた。危なかった。

 彼女の攻撃を(しの)げたのは、ほとんど無意識の条件反射的なもので、こればかりは運が良かったとしか言えない。俺はまだ剣を抜いてもいなかったし、やたらと重そうな長柄の得物を使うサリッサの打ち込みがこんなに速いとは予想もしていなかった。

 サリッサの方はそんな俺の冷や汗など知る由もない。困惑と驚きと、かなりの怒りが入り混じった顔でこちらを(にら)()けてくる。

 

「この、腐れ門番が! あたしの破軍を、よくも受けたな! 門番(ごと)きが!」

「ブロック肉になれってか! 無茶言うなよ!」

「減らず口!」

 

 続けざまに大鎌を振るうサリッサの攻勢には付き合わず、俺は真後ろに飛び下がる。

 だが、逃れ得ない。またもサリッサは土砂を巻き上げて突進して来る。

 この少女は華奢(きゃしゃ)な見た目とは裏腹に、運動能力が異常に高い。特に足の速さが驚異的だ。目にも()まらない打ち込みのスピードを支えているカラクリは、鎌を振るう腕よりもむしろ足に仕掛けがある、と俺は推測した。

 単に魔素(マナ)を足に回しているのだとすれば、それほどのスピードは出ない。常人の何倍もの速さで動けるには違いないが、まるで見えない、という次元の速度にはならないはずだ。

 ただ、今その詳細を解き明かしている暇はないし、その必要もない。

 

 炉を回す。

 (てのひら)に、剣に、魔素を通して掌握する。

 

 俺はそのまま、長剣を投げた。

 指先から柄が離れた瞬間、長剣は爆発のような音と衝撃波を生み出しながら、一条(ひとすじ)の光と化した。

 猛烈な速度で疾走していたサリッサの鎌から、耳を(つんざ)く強烈な金属音が響いた。

 柄の中ほどから断ち切られた大鎌が、地面に落ちて最後の断末魔の悲鳴をあげた。

 

「はぁ!?」

 

 サリッサが目を()いて驚愕(きょうがく)する。

 自らの得物が失われたことにか、(ある)いは、徒手になった俺が目の前に迫っていることにか。どちらかは分からない。

 割とどっちでもいいので、とりあえず俺はサリッサの鳩尾(みぞおち)(こぶし)を突き入れた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 セントレアの朝は早い。

 太陽が顔を出す前から住人は既に起き出して家畜や農地の世話に精を出す。

 街中を血管のように巡る石畳の道に馬車は走り、往来は行き交い始める。

 門番たる俺(たち)もそれに合わせて松明(たいまつ)を消し、門を開く。そして、日が昇るのだ。

 

「へあー! へあー!」

 

 南門の前で、なんとも気合の入らない掛け声と共に剣を振るう少女が一人(ひとり)居た。

 自身の身の丈の八割ほどもある長剣を、驚くべきことにきちんと頭上まで振り上げていた。

 

 勿論(もちろん)、まだ十全には程遠い。振り下ろした剣の重みでたたらを踏んでは、()(とど)まって、また繰り返す。

 なんとも不恰好(ぶかっこう)な素振りだ。

 それでも、素振りだ。

 

 たったそれだけのことで、俺は雷に打たれたかのような衝撃を受けている。

 確かに基礎を教えはした。

 教えはしたが、魔素で身体を動かすという感覚は、決して一朝一夕で身に付くほど簡単なものじゃない。

 俺が初めてそれを体得した時は一年近くも満足に扱えなかったというのに。

 

 あれはもう、天賦の才に(ほか)ならない。

 殿下が剣の資質に欠くなどと、とんでもない勘違いをしていた。

 

「すごいな」

 

 それはいつか、遠い日に見たある人物と、あまりに似過ぎていて。

 だから俺は、南門から離れた外壁の影でそれをただ、見ていた。

 熱心な皇女殿下に気付かれないように。

 

 

 

「なに。あんた、なんで泣きそうな顔してんの」

「ん?」

 

 そう言えば、()()って運んでいた荷物の存在を忘れていた。

 破軍の戦鎌、サリッサ。自称、九天の騎士。

 彼女の姿は無残だ。得物だった白銀の大鎌は失われているし、赤と黒のゴスロリドレスはボロボロで、身体のあちこちには擦り傷が出来ている。ツヤのあった黒髪も砂埃(すなぼこり)を被ってバサバサだ。見る影もない。

 サリッサは俺の顔を不思議そうに見詰めている。

 泣きそう? 俺が?

 馬鹿な。そんな(はず)はない。

 

「いや、この顔は生まれつきだ」

 

 殿下のお陰で忘れるところだった。あの後、サリッサから降参の言葉を聞くまでド突き回したのだが、その頃には彼女はもはや自力で歩くことも困難になってしまっていた。

 この辺りはたまに野犬が出るので放置しておくのはさすがに忍びない。なので仕方なく、襟首を(つか)んで()()って運んでいるのだが、当のサリッサ嬢にはどうやら待遇への不満があるらしい。

 

「はぁ? 何言ってんの?」

「随分とまあ、ベラベラとよく(しゃべ)る荷物だな……」

「荷物ですって!? この……!」

 

 キィキィうるさい上にバタバタ暴れるサリッサの襟首を(つか)んだまま、俺は南門とは逆方向に歩き出す。

 その先にあるのはセントレアの南に広がる平原だ。

 

「え、ちょっとあんた、何やってんの。何処(どこ)行くの」

「投げた剣探すんだよ。あれ、五本で銀貨二枚もするんだぞ」

「はぁ!? バッカじゃないの!? 死ぬの!? そんな安物ほっときなさいよ! どんだけ遠くに投げたのよ!?」

「分からん」

 

 初速だけで言えば恐らく音速を超えていたはずだ。

 どれだけ遠くまで行ってしまったかは正直、分からない。

 

「ね、ねえ、やめてほんと。これ以上引き回されたら……聞いてる? ねえ聞いてる? ちょっと……待っ!」

 

 この世の終わりみたいな顔をするサリッサ嬢を()()りながら、俺は果てしない平原へと足を踏み出した。

 

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