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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
39/321

39.前夜祭②

 秋は風景の色が褪せるように感じる。

 道脇に積まれた干草の色も、遠い丘に見える木々の色も。

 

 冬が厳しいセントレアではこの時期を過ぎるといきなり寒くなる。

 降りそそぐ日差しはやや頼りなく、もう肌寒いくらいだ。

 

 カタリナからマリーとミラベルの分の土産を持たされた俺は、サリッサと一緒にセントレア東部に向かって歩いていた。

 路傍に生えるナナカマドに似た街路樹の紅葉を見上げながら、口腔に一口大の饅頭を放り込む。生地に黒糖が練りこんであるらしく、独特の香気がした。

 槍を肩に担いで歩くサリッサも、俺が片手で保持している箱から黒糖饅頭をひょいひょい取り出してパクパクと食べる。

 

「……これ、不思議な味ね。どこの国のお菓子だろ」

「さあな……つか、食べるの早過ぎだろ」

 

 三十個近く食べてから感想を述べる黒髪の少女に、俺は空になった箱を逆さに振ってみせた。サリッサは赤い瞳を明後日の方向へ向け、気まずそうな笑みを浮かべる。

 元々、彼女が貰った分なのだから一向に構わないのだが、パン屋を出てから五分も経たないうちに食べ切ってしまうというのは、さすがにどうだろう。傍目には本当に味わって食べてるのかどうかも疑わしいレベルの早さだ。

 

 それきり、しばし無言で歩き続けていたサリッサが、遠目に小さな教会が見えた頃におずおずと口を開いた。

 

「タカナシはさ、これから先どうするの?」

 

 その問いがどういう意味なのかを少しだけ思案し、俺は言葉を濁した。

 

「どうって……どうだろうな。まだ分からない」

 

 

 セントレア南部平原でアルビレオが使用した地属性の攻撃魔法により、南門と主要な街道を繋いでいた道は地割れに巻き込まれて分断された。それに加え、南門自体も炎弾の魔法などを浴び、復旧が困難な状態にまで破壊されてしまった。

 幸い、現在は皇都方面からの荷馬車の受け入れは東門が担っているので、多少迂回することにはなるが、大きな問題は生じていない。

 当面――少なくとも門と街道が復旧するまでは、南門が使用されることはないだろう。当然、門番は不要だ。下手をすれば、そのままお払い箱ということもあり得る。

 

 確認してみたところ、セントレア外壁に敷設されていた忘却(オブリビオン)の魔法陣も、一部を除いて機能を失っていた。マリアが残した術式の仕業だと思われるが、詳細は使用したドネット本人にも分からないようだった。

 修復しようにも、魔法陣を作成した魔法使いの行方を俺は知らない。生きていれば、この広大な異世界のどこかにはいるのだろうが、探し出すのは不可能といっていい。

 

 皇帝の件もある。往還門から離れるつもりはない。

 だが、完全に今まで通り、というわけにはいかなくなってきたのは事実だ。

 

 

「……やっぱり、皇女様達のために皇帝と戦っちゃうわけ?」

「え? ああ、それはもちろん、そうだよ」

 

 てっきり門番の仕事の件だと思っていた俺は、意外な方向を向いたサリッサの質問に即答した。未だに具体的なプランは浮かんでこないが、約束した以上は必ず何とかするつもりだった。

 

「ふぅーん」

 

 黒髪の少女はつまらなさそうに相槌を打つと、そっぽを向いてしまう。

 一体なんだというのか。

 サリッサが不機嫌になる理由について、足りない頭を捻ってみる。すると、驚くほど簡単に答えが導き出された。俺にしては珍しく冴えている。

 考えてみれば、ごくごく単純な話だ。

 

「いや、お前はパン屋を続けていいんだぞ」

 

 何だかんだで情に厚い面がある彼女のことだ。自分の気持ちを押し殺してまで、絶望的な戦いを始めようとしている俺達に付き合いかねない。

 俺としては、サリッサ自身の希望を尊重したい。騎士として戦うよりもパン屋を選ぶのであれば、その気持ちは優先されるべきだ。

 と、俺は考えたのだが、俺の気遣いがサリッサ嬢に届く事はなかった。たちまち青筋を立てたサリッサの細い腕が、凄まじい勢いで動いてブレる。

 

「……うふぉっほぅ!?」

 

 疾風のように振るわれた長槍を紙一重で身を捻って避け、俺は思わず奇声をあげた。

 穂先が鞘に収まっているので当たっても死にはしないだろうが、痛いのは嫌だ。

 石畳の上で無様にたたらを踏む俺に、両手で槍を旋回させるサリッサが、片眉を上げて賞賛の言葉を口にした。

 

「へえ、今度は完璧に避けたわね。やるじゃない」

「そう何度も食らってたまるか」

 

 良いことなのか悪いことなのかはともかく、サリッサの槍捌きにも目が慣れつつあった。今の俺なら、背後からでもなければ、たとえ不意打ちでも直撃は避けられるだろう。

 コンコンと石突で地面を叩いて苛立ちを表していたサリッサだったが、不意に口をへの字に曲げて槍を肩に担いだ。次撃に備えていた俺も肩の力を抜く。

 

「あたしだって鬼じゃないわ。ちびっ子とミラベルの話を聞いて、放っておけるだなんて思わない。そんな化け物みたいな奴がこの国を治めてるって考えると怖いし……ミラベルは友達だしね」

 

 友達だったのか。意外――でもないかもしれない。

 ミラベルは一見すると淑やかな少女に見えるが、本当のところはそうでもない。

 

「でも、あんたはこの国の生まれでもないし、あたし達からちびっ子を守った時とは違って、門番の仕事とも関係ない話でしょ。戦う理由はないはずよ」

「一概にそうとは言い切れない面はあるが……まあ、そうかもな」

「こないだの戦いもそう。しかも一人で騎士団と戦うだなんて、本当にどうかしてるわ。いくらあんたが強くても、限度ってもんがあるでしょ」

「おっしゃる通りで」

 

 全くの正論である。

 サリッサはそこで咳払いをひとつして、再び明後日の方向を見やり、言った。

 

「ま、まさかとは思うんだけど……あんたって、ちびっ子のことが好きなの?」

 

 俺は、自分の顔面の筋肉が痙攣する音を聞いた。

 カタリナといい、サリッサといい、どうして俺をそういう目で見るのか。

 咳払いをして、はっきりと返す。

 

「何を言い出すかと思えば……恋愛対象って意味なら、絶対にない。歳の差を考えてくれよ。あの子がいくつだと思ってるんだ。俺にそういう趣味はないよ」

「そ、そう?」

「ああ。誓ってもいい」

 

 何に誓うかはさておき、俺は右手を上げて言う。

 その間抜けな仕草にサリッサは少し笑うが、しかし、すぐに真顔になって呟いた。

 

「……じゃあ、やっぱり分からないわね。あんたはどうして戦うの」

 

 往還門の話をすべきなのかもしれない。そう思ったが、言葉は出てこなかった。

 実は自分は異世界の人間です、なんてことを唐突に説明したところで信じては貰えまい、という気持ちもある。だが、それよりも。

 俺は、恐れているのだ。

 目の前の少女に、畏怖の対象とされるかもしれないということが、今では怖くてたまらない。人ではあり得ないと断じられた、あの頃よりもずっと。

 

 忘却(オブリビオン)によって記憶が消えたサリッサとすれ違った時、俺はそれを否が応でも自覚させられた。まるで他人を見るかのような赤い瞳を目の当たりにして、胸が潰れるような思いだったのだ。自分で仕向けた分際で。

 

「マリーとミラベルのためだよ。もちろん、人情的な意味で」

 

 表情を繕って答え、教会に向けて歩き出す。

 背後でサリッサが大きく溜息をつき、俺の背中に言葉を投げかけた。

 

「……いつか、ちゃんと教えてよね」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 長い間無人だったセントレアの教会は、今やこの街でも屈指の人口過密地帯と化していた。狭い教会の敷地内に水星天騎士団の約半数が駐留しているのである。

 およそ五十名強。当然、建物に収まるわけがない。教会の周りには大小様々な天幕が設営され、まるで野営地がそっくりそのまま半分移動してきたような有様になっていた。

 

 厳しい表情で立つ歩哨の脇を抜け、扉が開け放しの教会の中へ入る。

 赤絨毯の先、祭壇の前に立つ数人の人影の中に、祭服を羽織った皇女の姿があった。

 

「……では、当面はドーリアの動向を中心に探ってください。それと、可能であれば窓口になりそうな人物の手配もお願いします」

「はっ」

 

 指示を受けた騎士達が敬礼し、立ち去っていく。彼らを見送る皇女ミラベルの緑の瞳が、騎士達とちょうど入れ違いにやってきた俺とサリッサへ向けられる。

 本当に城くらいは落とせてしまうほどの戦力を保有する皇女は、歳相応の笑顔で俺達を迎えた。

 

「ようこそお越しくださいました、タカナシ様」

「ミラベル……様付けはやめてくれ。俺はただの門番だ」

「そのようなことを申されましても」

 

 庶民とは一線を画する立場の人間に様付けされるだなんて、胃に悪い負担がかかる。

 もっとも、相手が皇女でなくとも悪寒を感じざるを得ないのだろうが。

 この銀髪の少女は、そんな俺の内心を察する様子は今のところない。何度言っても無視される。どうあっても様付けで通すつもりのようだった。

 

「なーんでタカナシには挨拶して、あたしには無しなのかしらね? この皇女様は」

「……サリッサはどうせまた冷やかしに来ただけでしょ? こっちは忙しいの」

「あたしだってそんなに暇じゃないわ。店長に頼まれたから、あんたの妹を引き取りに来ただけよ」

 

 表情を変えずに憎まれ口を叩き合う二人に、俺は苦い笑みを浮かべるしかない。

 

 

 結局、ミラベルはしばらくの間セントレアに留まることになった。

 実質的に彼女の私兵である水星天騎士団も同様だ。これには、国教会から貸与されていた、かの組織の最高戦力である外典福音――アルビレオを失ったことが大きく関係している。

 平たく言ってしまえば、皇都に戻ってそれを正直に報告すると、クビになる公算が高いのだ。

 ミラベル自身は地位に執着はないらしく、当初は一度皇都に戻るつもりでいたようなのだが、水星天騎士団の幹部達はそれに猛反対した。

 ミラベルが地位を失えば、配下の騎士団を維持する財力も当然なくなる。

 彼らからしてみれば、ミラベルは仕えるべき主君であり、雇い主だ。食い扶持が危うくなるような真似をさせるわけにもいかなかったのだろう。

 ただでさえ、ミラベルは今回の戦いの費用や賠償、負傷者への見舞い金などを支払うために私財を売却するらしい。先行きの不安を覚えるのも無理もない話だ。

 

 そんなこんなで、ミラベルと水星天騎士団はひとまず、セントレアの教会に拠点を置くことになった。そう長く隠し続けられるものでもないだろうが、時間稼ぎにはなる。

 マリーとミラベルを守ると約束した俺としても、ミラベルがセントレアに居てくれるのは非常に助かる話だ。皇帝がどんな干渉を行ってくるかも未知数な今は、できるだけ近くに居てもらった方がいいのは間違いない。

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