表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
33/321

33.セントレア防衛戦② ※

「くちなわ射抜け、輝ける銀の矢、栄光の桂冠」

 

 長杖を水平に構えた皇女ミラベルの足元から、銀の魔素(マナ)を含む旋風が巻き起こり、長い銀の髪と黒いシスター服のスカートを激しくはためかせる。

 風に乗るように躍る魔素が無数の塊に変じ、明滅を繰り返しながら収束していく。

 

銀弓(アルギュロトクソス)!」

 

 解き放たれた幾十の魔弾が、幾十の弧を描きながら俺目掛けて殺到する。カタリナの天弓(シェキナー)と同等の高位攻撃魔法。その特性は追尾誘導。一発の威力は致命傷になり得るほどではないものの、執拗に追ってくる。

 無数の銀の流星を薙ぎ散らした左手の鉄剣が、甲高い悲鳴をあげてひしゃげた。

 使い物にならなくなった剣を捨て、残る右の長剣で刺突を飛ばす剣技を放つ。二度、三度と繰り返してようやく、全ての魔弾が銀の残滓を残して爆ぜた。

 

 平原に突き立てた剣は残り十本。

 もう惜しむような余裕はどこにもない。

 迷わずそのうちの一本を掴み、炎の中を走る。

 

 再び降り注ぐ、もはや銀の雨とでも表すべき弾幕を掻い潜り、或いは左の長剣で薙ぎ払いながら走り続ける俺の前方――礼服の少女が笑顔で佇むその傍らを、淡く発光する(かいな)が八条、炎を掻き分けて疾駆する。

 迫る腕が持つ八振りの剣が、青白い魔素(マナ)の光を帯びて大地を抉った。それら全てが必殺の威力を持つ剣技であることを、俺は直感で悟る。

 

「死ね」

 

 笑みを刻んだ唇が、まるで呪詛のような呟きを紡いだ。

 

「死ねるかよッ!」

 

 霊体(アストラル)の八本の腕全てを操り、八つの剣技を同時に繰り出すアルビレオの剣を目掛け、左右の長剣で二刀流の剣技を繰り出す。等速では間に合わない。彼我の戦力差は単純に四倍。速度だけで四倍の差を超えなくてはならない。

 銀弓を受けて僅かにひしゃげた左の剣を持ち上げ、「早送り(ファストフォワード)」で限界まで加速。刻まれた一秒の中、身を翻しながら空中に斬線の格子縞を描いて、迫りくる八本の剣全てを立て続けに弾く。両手の二刀が軋み、全身が悲鳴を上げ、脳が押し潰されたかのように視界が赤く染まった。

 限界が近い。

 加速が終了すると同時に、アルビレオの八本の腕が剣ごと弾き飛ばされて跳ね上がった。意表を突かれたように笑顔を崩す礼服の少女に、俺は躊躇いなく歪んだ左の長剣を投擲する。

 

 颶風が爆ぜ、刃が閃いた。

 

 アルビレオの胸に砲弾のように突き刺さった長剣は、その勢いを全く減じることなく彼女の身体を遥か後方の空まで吹き飛ばした。成す術なく宙を舞った黒い礼服の少女は、きりもみしながら遠い地面に激突して土煙を上げ、見えなくなる。

 強力なアンデッドたる帰参者(レブナント)があの程度で倒せたとは思えないが、土煙の中からアルビレオが這い出てくることはなかった。

 肩で息を整え、顎を伝う汗をコートの袖で拭い、よろめきながら俺は再び走りだす。

 

 平原に突き立つ長剣は、残り九本。もう半数以下しかない。

 剣技(グラディオ・アルテ)の変則発動も、反動を考慮すればあと何回使えるか分からない。

 

「たった一人で、どうしてそうまで戦えるのです?」

 

 銀弓の光を放ちながら、悲嘆とも取れる表情を浮かべるミラベルが問うた。

 

「そういう性分なんだよ!」

 

 ぶっきらぼうに返し、追従してくる銀光を剣で散らす。ミラベルはまるで無尽蔵かの如く、間断なく銀弓を放出し続けている。速度と威力は並の域を出ない攻撃魔法ではあるが、あまりにも弾幕が厚過ぎて間合いを詰めるどころか、近寄ることすらままならない。

 

 ミラベルの魔力量は、常人と比べて桁が一つか二つ違う。素養としては凡庸そのものである俺と、千年かけて醸成された血統を持つ彼女では純粋なスペックに差があり過ぎる。消耗戦に持ち込まれると手も足も出ない。隙を作り出さねばならない。

 

「では……その性分ごと打ち負かすこととします」

 

 次の長剣に手を伸ばした俺の目前で、銀弓が地面に突き立つ長剣を砕いた。銀光の雨は残りの長剣にも降り注ぎ、吹き散らしていく。

 それだけに留まらず、ミラベルの周囲から一斉に解き放たれた数十、或いは数百の光彩が全方位に降り注ぎ、一帯を丸ごと薙ぎ払った。

 

 咄嗟に長剣を旋回させて防御を試みるも、抜けた数発が脇腹付近で炸裂した。

 肉が裂け、骨が砕ける。視界が明滅し、意識が飛びかける。

 負ったダメージは、もう確認するまでもない。

 

 この先はない。今しかない。

 

 剣技(グラディオ・アルテ)、最後の変則発動を行使する。

 混合(ミキシング)。莫大な魔力と反動を代償に、本来であればまるで噛み合わない複数の剣技を、摂理を無視して融合させる。

 破軍と剛剣、そして斬鉄を掛け合わせて未知の剣技を合成した俺は、黒い魔素(マナ)を放出する長剣を、叩き付けるように振るう。

 

 黒に変じた刃が、ノイズのような不気味な音を響かせながら虚空を斬った瞬間、

 宵闇よりも更に深い、漆黒の魔力の濁流が剣尖から放たれた。

 濁流は対抗せんとミラベルが咄嗟に張った銀の障壁をも容易く断ち斬り、剛剣と全く同等の威力を以って騎士達の陣列を三度薙ぎ払った。

 悲鳴と破壊が巻き起こり、大地が抉れ、何もかもを巻き込んで黒い魔素が吹き荒ぶ。

 

 

 逃げ惑う騎士達のおよそ半分を吹き飛ばしたところで、

 俺の意識は、混合(ミキシング)の反動によって刈り取られた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 最近、よく昔のことを思い出す。

 思い出そうとして頭を捻ってみるときに限って出てこないくせに、何も考えられなくなると見せ付けるようにして現れる。

 ざわざわと揺れる麦の波の向こうに、彼女が立っている。

 



挿絵(By みてみん)



 彼女の服装は簡素な青いドレス。

 透き通ったボリュームのある金髪が麦畑に広がって、ああ。


 その顔を見た途端、欠け落ちていた記憶がすんなりと元に戻る音がした。

 

「マリア」

 

 するりと喉を通って出てきた名を、俺は呼んだ。

 長らく忘れていた筈の名前を。

 

「私は往還門を閉じる方法を探しに行きます」

 

 朝露のような美しい水滴を瞳に湛えながら、金髪碧眼の少女は言う。

 

「……あの門を通って災いがやってくるかもしれない。あるいは、あの門を通って災いが伝わるのかもしれない。未来は揺れる天秤のようにひどく不確かなもので、もう私にもはっきりとしたことは分かりません。でも、だからこそ……そのどちらでもない未来も、ひょっとしたらあるのかもしれないと、私は信じたい」

 

 言葉の意味は、その半分以上が俺には理解できないものだ。

 マリアは俺よりずっと強く、ずっと賢く、それでいていつも謎めいていて、頭の悪い俺は、きっと彼女のことを何も分かっていなかった。

 

「だから、貴方にお願いがあります。いつか、私が戻るまで……私の代わりに往還門を守ってくれませんか」

 

 俺は頷き、彼女は微笑んで「ありがとう」と言う。

 すぐ戻ってくるだろうと無邪気に信じていた。長くても一年かそこらだろうと。

 だが違う。俺はもう知っている。マリアが戻ってくる事はなく、その約束は千年近く俺を縛った。

 

「それと……最後にひとつだけ、貴方に伝えておかなければならないことがあります」

「え?」

 

 顔を上げ、俺は彼女の蒼い瞳を見た。

 こんなことがあっただろうか。約束のことだけを覚えていた俺には、思い当たる言葉が見当たらない。

 思い出したのではなく、単に都合のいい記憶を捏造しているのかもしれない。死に際に見る夢だからといって、それはさすがに調子が良過ぎるというものだ。

 自嘲気味に笑う俺にマリアは目を細めて唇を尖らせ、言った。

 

 

「秋に雪なんて降りませんよ」

 

 

 

 ■

 

 

 

 自分の血でできた血溜りなんてものを見る羽目になるとは思わなかった。

 我ながら信じられないしぶとさだ。

 意識を失っていた僅かな間、どうやら剣を支えにして立ち続けていたらしい。

 水星天騎士団はかなりの距離まで後退し、こちらの様子を見ていた。その人数は半数近くまで減っている。

 先の混合(ミキシング)によって与えた損害と精神的な衝撃がよほど大きかったと見える。もう一度同じ攻撃がくるかもしれないと警戒しているのだろう。

 

 最低限の目標は達せられたと考えていい。

 あの有様では、彼らがセントレアに到達して探索し、マリーが街に居ないと気付いたところで、彼女達を追うまでの余力があるとも思えないし、時間的にも追い付けないはずだ。

 

 顔を上げた俺は、ゆっくりと首を動かしてセントレアの街を見た。

 何の皮肉か、忘却(オブリビオン)の雪が止んでいる。細雪が三日は降り続くはずだが、戦闘の余波を食らって術式が破損したのかもしれない。もはや来年のことを考える必要はないので問題ないが、先ほどの夢を思い返すと笑えて仕方がない。

 秋に雪は降らない。当たり前だ。

 

 へし折れた長杖を携えて歩み寄ってきたミラベルが、どこか呆れたように言う。

 

「やはり……あの子を逃がしたのですか」

「ああ」

 

 彼女だけは、俺がもう戦える状態にないことを見抜いている。

 全身のあちこちに被弾し、至るところから出血している。客観的に考えれば既に失血死していてもおかしくない程度には重傷だ。何分もつかも分からない。

 対するミラベルは、土にまみれている以外は擦り傷程度の負傷に留まっている。

 それでも、シスター服の少女は苦く笑う。

 

「……タカナシ様の勝ちですね。これは」

 

 俺の目的は水星天騎士団の足を止めて時間を稼ぐことであって、敵を殺すことではない。混合(ミキシング)も誰にも直撃させなかった。重傷者は分からないが、死者は居ないはずだ。

 

「今お助けすれば、今度こそ私の騎士になっていただけますか?」

「……そう見えるか」

「見えません。残念ながら」

 

 本当に残念そうに顔を伏せると、ミラベルは騎士団の方へ向かって歩き出す。

 無駄だと分かっていない筈もないが、やはりマリーを追う気なのだろう。その背中を見送りながら、俺は長剣と共にその場に崩れ落ちる。

 

 

 

 ふと、どこかで聞き覚えのある声がした。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ