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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
31/321

31.皇女殿下③

 かつて、この世界に混じっていくことを選んだ往還者の一人は、自らの特異な性質を隠す術をいくつか編み出した。

 不老であることが他者にいかなる感情を抱かせるかを、幾度にも渡って魔女狩りじみた迫害を経験した彼女は、身をもって知っていたからだ。

 

 忘却(オブリビオン)は、その魔法使いが作り出した大魔法だ。

 

 彼女に土下座して敷設してもらったセントレアの術式は、範囲内――セントレアの外壁内に存在する全ての人間から、「南門の門番」と「往還門」に関連する記憶を奪う。

 そして唯一、魔法の効果から除外されている町長が、毎年の収穫祭が終わるたびに俺を南門の門番に任命し直す。これを数え切れないほど繰り返し、俺は誰に悟られることもなく、永遠にこの街の門番を続けている。

 

「まさか、タカナシ殿にこんな凄い魔法が使えるだなんて思ってもみなかった」

「門番ですからね。大抵の事はできますよ」

「……その理屈はまるで分からんが……しかし、本当に凄いな。皇都にもこのような芸当ができる術師はおるまい」

 

 降りしきる季節外れの雪を見上げ、しきりに感心する皇女殿下。

 俺はその隣に立ち、ずっと低い位置にある彼女の頭にそっと手を置いた。

 

「……な、なにをっ!?」

 

 青い瞳が驚いたように俺を見上げる。

 俺はからかうような笑みを作り、言った。

 

「大きくなりましたね」

 

 忘却(オブリビオン)は徐々に、しかし確実に皇女殿下の記憶を奪うだろう。

 この会話も彼女の記憶には残らない。ここ数ヶ月の出来事も、全て。

 なにせ彼女自身も「南門の門番」だ。門番になってからの記憶は失われる。

 

「初めて会った時は、そう。これくらいだったかな」

 

 腰ほどの高さを掌で示す。

 マリーは大きく目を見開き、俺の顔を真っ直ぐに見た。

 

「……やはり、タカナシ殿が」

 

 いつか彼女が言っていた黒髪の門番は、確かに俺だ。

 マリーとは七年ほど前に一度会っている。別人のように成長してしまっていたので初めは気付かなかったが、言われて思い出した。

 

 大変やんごとなきご身分のお嬢さんが麦畑を荒らしたこと。

 空気を読まない俺が、それをこっぴどく叱ったことを。

 

 残っていてはならない記憶だった。

 彼女がこの街の住人でなかったため――忘却(オブリビオン)の効果範囲内に居なかったために起きた、言わば、事故のようなものだ。

 

「わたしは、貴殿のようになりたかった。貴殿と並び立てるような、立派な門番に」

 

 俺はそんな立派な門番じゃない。

 美化された記憶だ。そう言いたかったが、俺の舌は動かなかった。

 

「そう……なれると思いたかった。目指しているうちは、何だか、自分の人生を生きているような気になれた。わたしはただ意味もなく死ぬ為だけに生まれてきたわけではないのだと、思い込むことができた。そのうちに死ねたら、どんなにいいだろう」

 

 皇女殿下は、とても穏やかな声で言う。

 

「だからセントレアに来たというのに、わたしはまだ生きている。不思議なことだ。姉上に狙われているわたしが、どうしてこんなにも長い間、生きていられたのだろう。どうしてこんなにも長い間、愚にもつかない夢を見続けていられたのだろう。まるで、どこかの誰かが守ってくれていたかのようだ」

 

 俺はマリーの視線を受け止めながら、しかし、空を仰いで呟いた。

 

「もしそいつがその話を聞いたら、たぶん、馬鹿なこと言うなって怒りますよ」

「……タカナシ殿は怒ってはくれないのか」

「残念ながら、俺には覚えがありませんからね」

「……嘘吐きめ」

 

 唐突に半笑いの表情で身体を預けて来たマリーを、俺は咄嗟に受け止めた。

 どこか固く、意地の悪い笑顔を浮かべた彼女は、頬を染めながら言った。

 

「まったく、ひどい嘘吐きだ。タカナシ殿は」

 

 ふわりと甘い匂いがして、かかる重みの、そのあまりの軽さに俺は驚く。

 俺のレザーコートに顔を埋めた皇女殿下は、何も言わぬままコートに縋り付いた。

 背丈が違い過ぎてつむじしか見えない彼女の頭を、俺は再び撫でる。目を閉じ、しばらくそうしていたい気持ちは抑えた。

 

 マリーが七年前の人物を「南門の門番」だと認識した今、忘却(オブリビオン)は七年前のその記憶も取り除くだろう。

 彼女が門番を志した理由は消え、セントレアに留まる理由は完全になくなる。

 

 

「お別れだ、マリー」

 

 

 そう口にするのに、俺は最大限の精神力を必要とした。

 彼女が見上げるよりも早く、左手で詠唱動作を終えた簡単な魔法を発動させる。

 

誘眠(ヒュプノス)

 

 さして難しくもない催眠の魔法は、いともあっさりと発動した。

 驚きの表情のまま目を閉じ、脱力して倒れそうになるマリーの身体を抱き留める。

 意識を失った少女の顔を見る。俺の下手糞な催眠魔法でも三十分は起きないだろう。

 ――時間は少しでも節約するべきだ。

 

「カタリナ、ちょっと手伝ってくれ」

 

 背後の木立に紛れた気配に声をかける。

 すると、木立の向こうから草を踏む音が届いた。

 

「気付いてらしたんですね」

 

 木立の影から歩み出た鳶色のエプロンドレスの少女は、固い表情で言った。

 彼女が結構前からその場に居るのは気が付いていたのだが、敢えて指摘する必要性がなかったので放置していた。

 

「殿下大好きのお前が、殿下を追っかけないわけないからな」

「……確かに」

 

 少女は頷くや、今まで見たことがある彼女の表情の――どれでもない。

 まるで全ての相反する感情を綯い交ぜにしたような、形容し難い痛烈な表情を浮かべ、カタリナ・ルースは指を振った。

 パシン、と空気が鋭く振動し、魔素(マナ)の光が彼女の足元に魔法陣を描く。

 驚く俺に、彼女は弓を射るような構えを取った。

 天弓(シェキナー)。カタリナが得意とする、高位攻撃魔法だ。

 

「手伝うのは構いません。ですがその前に、この大魔法を止めてください」

「おいおい……ただ、雪を降らすだけの魔法だぞ」

「甘く見ないでください、アキト。私はこんな身体でも魔術師の端くれです。この雪が尋常のものではないということくらいは分かります」

 

 本人が言う端くれ程度が見抜けるほど、忘却(オブリビオン)を作った人物は甘い魔法使いではない。見抜いたカタリナはさすがと言うべきだろう。

 俺は溜息をつき、口を開いた。

 

「全部説明してる暇はない。この魔法は、俺たち往還者以外の人間に対して特定の記憶を消去する効果を持ってる」

「……記憶を……!? まさかそんな……」

「殿下が目を覚ましたら、九天の騎士達を連れてすぐに北門から街を出ろ。何も覚えていないはずだ。もうごねることもない」

「え……あ、あなたはどうするんですか」

 

 構えたまま立ち尽くすカタリナが、震える声で問う。

 

「俺はやることがある」

 

 水星天騎士団は南部と東部にしか展開していないように見えるが、実態は恐らく違う。行く先に海しかない西部を除いて、北部にも若干の戦力は置いている筈だ。

 セントレアを出るためには、どの方角から出るにせよ戦闘は避けられないということになる。戦っている間に、南部に展開している主戦力がそれを察知して合流しようとすれば、マリー達の脱出は困難になってしまうだろう。

 誰かが足止めをしなければならない。

 

「まさか、一人で戦う気ですか!?」

「他に手がない。それに俺は往還門から離れるわけにいかない」

「まだそんなことを! 約束とやらがそんなに大事なんですか!?」

「ああ」

 

 断言する。

 カタリナは眼鏡の奥で表情を歪め、白い魔素(マナ)を生み出す指を俺に向けた。

 

「やめろ! 魔法を使うな!」

「この間合いなら、私の天弓シェキナーの方が速い! 足の一本は覚悟してください!」

 

 カタリナの言葉は事実だ。

 現在の間合いで彼女の天弓より速い剣技は、彼女の詠唱速度を考慮したとしても存在しないだろう。権能、剣技(グラディオ・アルテ)をもってしてもだ。

 純粋な魔素を飛ばす攻撃である天弓は、およそ光速に近い速度で直進し、瞬時に着弾する。この天弓という魔法の恐ろしさは威力などではなく、火属性や水属性の比較的オーソドックスな攻撃魔法では有り得ない、この弾体速度と精密性にある。誤ってマリーに当てるというミスもないに違いない。

 

「灼天射抜け、燃え盛る煤炭、稲妻の冠」

「ちぃっ!」

 

 カタリナが詠唱を始めると同時に、舌打ちしつつ俺は剣を抜く。

 瞬時に魔素(マナ)を浸透させた剣尖をカタリナに向ける。その距離は遠く、剣の届く間合いでは決してない。

 

天弓シェキナー!」

 

 膨大な魔素(マナ)が、カタリナの弓を番えるように構えられた指から白い極光となって迸った瞬間、俺は権能を発動させた。

 瞬時に状態を上書きされた俺の長剣が、人間では絶対に捉え切れない速度で飛来する白光を捉える。

 権能の発動にはタイムラグが存在しない。故に、どれだけ速い攻撃だろうと防御するだけなら可能だ。

 

 魔力を通した長剣の刀身が天弓の光を弾き散らすのを、カタリナは驚愕の表情で見た。

 

「そんな!?」

 

 左手に皇女殿下を抱えたままカタリナの眼前に踏み込んだ俺は、右手の長剣を躊躇なく彼女の足元に突き立てる。地面でゆっくりと回転していた天弓の魔法陣は、魔力を伴った異物の干渉を受け、耳障りな音を立てて崩壊する。

 カタリナは愕然としてその場に膝をつく。俺は彼女の前で屈み込んで目線を合わせ、努めて厳しい声音を作った。

 

「頼むから、魔法はもう使うな。お前が居なくなったらマリーが悲しむ」

「……あなたに言われなくても……」

 

 精霊憑きの症状が出ていやしないかと懸念したのだが、顔を上げるカタリナの頬にひび割れめいた模様が浮き出ているなどということはなく、俺は安堵した。

 一発までなら大丈夫なのか、或いは、カタリナが手加減をして天弓の出力を絞っていたお陰なのかは分からない。

 俺はカタリナの傍に眠るマリーを静かに横たえると、数少ない、友と呼べる少女の顔を最後に見た。

 

「元気でな」

 

 返事はない。

 それ以上の言葉を重ねる勇気もなかった俺は、両手で顔を覆い、嗚咽を漏らして肩を震わせる少女から離れ、振り返ることなく歩き出す。

 

 忘却の雪が舞う中を、詰め所の方角から歩いてくる人影が二つあった。

 銀の全身鎧を纏った金髪の青年と、目立つ赤黒のエプロンドレスを着た少女だ。

 一応何事かを二人にも呼び掛けておこうかと思ったが、すれ違う寸前になり、俺は喉下まで出た言葉を引っ込めた。

 

 連れ立って歩く二人の目に、俺は映っていなかったからだ。

 

 恐らくカタリナを呼びに来たのだろう。

 レザーコートを着込んだ東洋人の知り合いなど、この二人にはいない。

 そうと分かり、俺も視線を外す。

 

 すれ違う瞬間、微かに黒髪の少女がこちらを見た気がした。

 

 気に留めず歩き続ける俺の耳に、すれ違った人物の見覚えを青年に尋ねる声が聞こえた。俺は歩みを止めず、ただ無心に歩き続ける。

 積もるほどには降らない筈の雪が、やけに視界にちらついて落ち着かなかった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 相も変わらずカビ臭い地下室に足を踏み入れると、予想通りの人物が古い鉄の門の前に座っていた。妙な書類や薬品の瓶を雑多に並べた中、胡坐をかいて帳面に万年筆を走らせているその背中に、俺は声をかける。

 

「やっぱりあんたか、ドネット」

 

 よほど集中していたらしい。

 声をかけるまで続けていた筆記作業を止め、汚れた白衣を着た長身の女は首だけを動かして俺の方を向いた。

 

「やあ、坊や。勝手にお邪魔してるよ」

「邪魔してる自覚があるならやめてくれ」

「そりゃ無理な相談だ。こんな興味深い遺跡が目の前にあるんだ。研究者として捨て置けるものかね」

「人の家の床下でなけりゃ俺もこんなことは言わんがな……」

「はいはい。調べ終わったら出て行くからご心配なく」

 

 俺のぼやきに適当に頷き、再び帳面と往還門に向き直るドネット。

 憎たらしいまでに純粋な喜びに満ちたその横顔に向けて、俺は言った。

 

「あんたがミラベルに往還門の情報を流したんだな」

「へえ。こいつは往還門って名前なのかい? 詳しく話を聞かせて欲しいもんだね」

「はぐらかすなよ。あんたが詰め所で探知魔法を使った時、気付くべきだった。地下探査用の魔法で、地下室の往還門が見えなかった筈がないからな。しかし、魔力も何も帯びてないこの門が、ミラベルにとって価値を持つ遺跡だと、どうして分かった」

「分かったわけじゃないよ。あたしは適当にセントレアの地下の情報を流してただけ。皇女様が門の情報だけを勝手に拾ったのさ」

 

 ペンを動かす手を止めず、ドネットは言う。

 

「あのミラベルっていう皇女様は、あたしの研究のパトロンの一人でね。国教会には竜種の伝承についての文献も多く残されているし、都合がいい。ギブアンドテイクだよ。あたしの目的はあくまで竜種の研究だが、それだけじゃやっていけないからね」

「なるほどな。いい迷惑だよ。まったく」

「ふふ。そう言うなって。これまでの貸しは、こいつでチャラにしてやるからさ」

 

 突然、ドネットは往還門に向けて万年筆を放る。

 結果を見るまでもない。往還門にぶつかる寸前、万年筆は消失した。

 

「一体、これはどういう事なんだい? 消滅しているのか転移しているのかも判然としない。魔力が使われてる形跡がないから魔法で作られたものじゃないのは分かるが」

「まさかあんた、色んなもん投げてんじゃないだろうな」

「……まずいのか?」

 

 彼女が投げ入れた物は、全て現世の俺の部屋に到着している筈だ。

 俺はこめかみを押さえながら溜息を吐いた。

 

「もう好きにやって構わないが、絶対に手だけは触れるなよ。さすがのドネット先生でも、いっそ死んだ方がマシな目に遭うぞ」

「おや、そいつはおっかないね。分かったよ」

 

 分かっているのか分かっていないのか。

 これ以上は何を言っても無駄だろうし、彼女を説得している時間もない。

 ドネットが俺の思っている以上に無謀でないことを祈るだけだ。

 

「そういえば、外で雪が降ってるぜ。後で眺めてくるといい」

「雪だぁ? まさか。この秋口に雪が降るわけがないだろ」

「本当だ」

 

 言いながら地下室の片隅に置いてあった木箱を開ける。

 かつて番兵団で使用されていた武器の中から、刃毀れした剣や、古くなって使わなくなった剣などを集めて収めている箱だ。

 中から長剣だけを取り出し、床に並べていく。その数は、二十本足らず。いささか心もとないが、忘却(オブリビオン)が発動した今、老鍛冶師を頼ることはできない。

 俺は並べた剣を紐で束ね、脇に抱えて階段へ戻る。

 

「なあ、坊や。そんな骨董品ばかり持ってどうする。万に一つも勝ちの目はないよ」

 

 背に投げかけられたドネットの言葉を黙殺し、俺は階段を上った。

 がらんとした詰め所の寝室にも、リビングにも、もう誰の姿もない。

 菜園に居た九天の騎士達の姿も既になく、しんしんと雪だけが降り続けていた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 まるで世界中に人間が俺一人だけになってしまったかのような静寂の中、

 宵闇の帳が降りたセントレアの南門をくぐり、扉を閉じる。

 燭台に明かりを灯す者はもういない。

 何度も引っ掛かりながら、錆び付いた重い扉は閉ざされた。

 

 だだっ広い平原に伸びる街道を剣の束を担いで歩きながら、俺は遠い昔を思い出そうとした。けれど、いつまで経っても走馬灯のように情景が蘇るということはまるでなく、掴もうとした景色は、いつも通り、虚しく指の間をすり抜けていく。

 それはつまり、まだ俺の終わりもしばらく来ないということだろう。などという勝手な解釈をして、思考を半ばで終わらせた。

 

 南門からかなり離れた頃合で、剣の束から一本を取り出した。

 鞘から抜いた古い剣を地面に突き刺し、軽質油(ナフサ)を降りかける。鞘は捨て、もう一本剣を抜くと、それもまた地面に突き刺して油をかける。

 一定の間隔を空けながら、次々に剣を平原に刺していく。

 最後に周囲にでたらめに油をぶちまけ、空になった皮袋を投げ捨てた。

 

 既に日の沈んだ南平原は、やはり静かなものだ。

 遠くに見える水星天騎士団の野営地から出てくる騎士達の列も、宵の空に浮かび上がる明星も、何の音も届けることはない。

 徐々に近付いてくる、百を超える騎士達と無数の照明を眺めながら、ふと思う。

 

 もしかすると、俺がこの世界にやってきたのは――竜種から人々を救う為ではなく、ましてや、胸躍る冒険の日々の為でもなく――ただ、今日一日の為だけだったのかも知れないと。

 

 腰の剣帯から抜いた、鞘に収まった長剣を地面につき、柄頭を両手で持つ。

 眼前にまで迫った水星天騎士団、百余名の騎士達が、縦列から陣列へと移行し、展開していく。

 第一列、十数名の騎士達が前に出てくる。先頭に立つ隊長格らしき騎士の男が、目の前に立ち塞がる俺に対して、大声で告げた。

 

「刻限である! マリアージュ皇女殿下を引き渡して頂きたい!」

 

 は。

 マリー達の無事を確信し、思わず吹き出して笑った俺は、ゆっくりと首を振った。

 その不遜な態度に、騎士達の間に動揺と緊張が広がる。

 

 恐らくミラベルは騎士団の全員に、最大限に警戒しなければならない人物として、俺の人相と素性の情報を展開したのだろう。

 その人物が、まさかたった一人で現れ、立ち塞がる。騎士達の心境が穏やかなものではないのも、まあ、無理からぬ話だ。

 

 やがて、ひどく警戒した様子の騎士達の列を割り、銀髪の少女が現れる。

 困惑と狼狽を混ぜた感情を覗かせる翡翠の瞳と、うろたえる騎士達とを睥睨し、

 俺は満面の笑みを浮かべて、言った。

 

「ようこそ、ここはセントレアの街です」

 

 言いながら、草原に染みた油に魔法で編んだ種火を落とす。

 行く手を遮るように燃え上がる炎に、何も言えずに歯噛みするミラベルと、一斉に剣や槍を構える騎士の隊列へ向け、俺は続けて叫ぶ。

 

 

 

「……残念ながらここは通行止めだ! 他をあたれ!」

 

 

 

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