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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
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3.漫画①

 ウッドランド皇国に存在する九つの騎士団。

 それぞれの名前は忘れたが、その各騎士団の中で最も優れた騎士だけが名乗ることを許される称号。たしか、それが九天の騎士だ。

 なぜか、あいつらは必ず夜に来る。

 

「我こそは九天の騎士が一人(ひとり)――不朽の岩壁、ヴォルフガング・イージスペイン!」

 

 その一人(ひとり)を自称する大男が、今、俺の前に強大な筋肉を(さら)()して咆哮(ほうこう)している。

 二つ名持ちだ。俺は驚愕(きょうがく)した。

 そんな風に自称したり他称されたりするのは恥ずかしくないのだろうか。

 

「ハッハッハ! 誉れある九天の騎士が三人も行方(ゆくえ)知れずとあっては捨て置けぬと来てみれば、何のことはない! 東洋人の優男が一匹、打ち捨てられた皇女と乳繰り合っているだけではないか! ハハハハッ!」

 

 俺はボリボリと頭を()きながら、(そび)え立つ筋肉との会話を試みる。

 

「あー……いや、どうかな。俺、子供は趣味じゃないし。あと近所迷惑なんでもうちょっと静かに(しゃべ)ってくれないかな」

「ヌハハハハッ! どうやら前の三人は道でも間違えて皇女を見つけられなかったのだな! それで今もどこかを彷徨(さまよ)っておるのだ! そうだ、そうに違いあるまい!」

 

 どうも、九天の騎士という連中はどいつもこいつも人の話を聞かない性質(たち)らしい。

 タコみたいな頭をしたその巨漢は、筋肉で丸太のようになっている腕をミチミチ言わせながら俺を指差して嘲笑(あざわら)う。

 

「では門番よ、大人(おとな)しく皇女を差し出せ。さすれば命だけは見逃してやろう」

 

 ああ。何一つ、()()わない。

 やはり会話は成り立たないようだ。

 

「ありがたくて涙が出そうだ」

 

 俺は腰に下げていた長剣を(さや)から抜く。その様を見たタコ入道が目を()いた。

 

「貴様、手向かう気か!? 正気の沙汰とは思えんぞ!」

「最後の警告だ、タコ。もうちょっと静かに(しゃべ)ってくれないか。近所迷惑だ」

 

 不朽の岩壁、ヴォルフガングが()える。

 

「ぬかせ、小僧!」

 

 筋肉の塊のような身体が震え、輝いた。その輝きは魔素(マナ)によるものだ。ヴォルフガングの雄叫(おたけ)びに呼応するようにしていくつもの多重魔法陣を展開し、彼の魔力――魔素(マナ)を物質に転換していく。

 俺は正直、驚いた――この(しゃべ)る筋肉はどうやら魔術師だ。意外性が過ぎる。

 

「見よ! 我が魔術の秘奥、剣聖の太刀(たち)すら防ぎ切る無欠不落の城塞を!」

「……おおっ?」

 

 構築されたのは、黄金の岩塊のような(よろい)

 まるで動きやすさとかはどっかに投げ捨てたかのような造形だ。だが、確かに剣で貫くのは相当骨が折れそうではある。

 武器を生み出す魔法は多く存在するが、その手の物質転換術はとてもマニアックな魔術で、一般的にはあまり普及していない。人間一人(ひとり)が持つ魔素(マナ)の総量は限られているため、生成できる物体の大きさがかなり限定されるからだ。熟練した魔術師が何日もかけてようやく短剣一本を生み出せるかどうか、といったレベルである。

 しかし、このヴォルフガング・イージスペインという男はその何十倍もの質量と体積を持つだろう全身(よろい)を、ものの十数秒で作り上げてしまった。

 世界は広い。そう感じざるを得ない。

 

「言っておくが、刃のみならず魔術も効かぬぞ! 幾重にも張り巡らされた我が魔術障壁は天を貫く雷光でさえ(はじ)(かえ)す! そして、鍛え上げられた我が肉体こそが、この無敵の守りを最強の矛へと昇華させるのだ!」

 

 岩のような全身(よろい)に覆われ、もはや岩そのものと化したような巨躯(きょく)が唐突に疾駆する。

 それだけで軽い爆発のような音を立てて地面が(えぐ)れた。

 圧倒的なまでの質量。

 

「死ねい! 門番!」

 

 迫るヴォルフガングが腕、というか黄金の石柱を振り上げた。

 その先端では軽く空間が(ゆが)んでいる。

 重さを操作する魔術を複雑に組み合わせた結果、重力すらも()()げているのだ。

 

「すっげえ」

 

 俺は思わず(つぶや)いた。

 意図的にやっているかは()(かく)、彼の一撃は俺の能力――剣技(グラディオ・アルテ)の守りを凌駕(りょうが)し得る。生半可に受ければ長剣ごと俺は粉砕されるし、受けずに流してもそれなりのダメージは免れないだろう。最悪、腕ごと持っていかれる。

 ヴォルフガングが持つ質量という名の武器は、それほどの領域に到達している。

 彼がもし順当に研鑽(けんさん)を重ねていけたなら、いつか人類種の限界にまで至る可能性もあるかもしれない。

 

「必殺! ゴールデンインパク……ごはぁ!」

 

 だが、血飛沫(ちしぶき)()()らして前のめりに倒れこむ彼に、そんな未来は用意されていない。

 傷一つない(よろい)を確かめ、俺と自分の有様を交互に見やるヴォルフガングの双眸(そうぼう)にはもはや、先程までの剛健さは微塵(みじん)もない。

 

「な、な……ぜ」

 

 問われたので、俺は左手に持った直刀を(わず)かに持ち上げる。

 右手に持っている五本で銀貨二枚の安売り長剣ではない。(かす)りでもすれば相手を死に至らしめる呪いが込められているというこの直刀は、ヴォルフガングと同じく【九天の騎士】を自称する黒装束の男の持ち物だった。

 その効力をヴォルフガングも当然知っているのだろう。彼の顔が驚愕(きょうがく)に染まった。

 

「い、いったい、いつ……」

「お前が(よろい)を完成させる前、肘に軽く当てておいたんだよ。気合が入り過ぎてて気が付かなかったか」

 

 無欠不落とか言われて黙って見てる訳がないだろう、と付け加え、俺は倒れ伏した黄金の岩塊を見下ろす。

 

「ふ、不覚……ゴフッ」

 

 岩塊の(よろい)は夜の闇に解けるように()()せ、残された血塗(ちまみ)れの筋肉達磨(だるま)はもはや虫の息だ。

 俺はそんな巨漢の足を(つか)んでセントレアの南門に向けて歩き出す。()()っていると、「うおお」とか「まだだぁ」とか何とか(うめ)き出したので、とりあえず五、六発殴っておいた。極力静かに、迅速に後片付けをしなければならない。

 

「夜は静かにしてくれよ」

 

 

 ■

 

 

 ここは皇都から馬車で何日もかかる辺境の街、セントレアの南門番詰め所。

 俺と皇女殿下は漫画を読んでいる。

 

「タカナシ殿」

「ああ、はい。何でしょうか皇女殿下」

「なぜこの剣士(たち)は急に相手の背後に現れるのだ? いったいどうやっておるのだ」

 

 俺は少しだけ考えてから、ページをめくる手を止めずに言った。

 

「それは魔法です。皇女殿下」

 

 ガタン、と勢い良く立ち上がるマリアージュ・マリア・スルーブレイス皇女殿下に、俺は目も向けずに言う。

 

「殿下には習得出来ない魔法です」

「……そうか」

 

 視界の外でしょんぼりと着席する金髪の少女を捉えながら、俺は少しだけ溜息(ためいき)をついてから視線を(すずろ)画本に戻した。

 何年か振りに読む漫画だったが、単行本を通しで読むとなかなか面白いもので、もう小一時間は()ってしまっている。

 

 きっかけは、寸胴鍋に細っこい手足の生えたようなこの皇女殿下が、俺に剣の手ほどきを要求してきた事だ。

 俺は過去に何度も自分に正しい剣の心得がないことを説明しているのだが、なぜだか皇女殿下はまるで聞き入れず、手ほどきをしろとの一点張りで取り付く島もない。

 仕方なく何処(どこ)に仕舞ったかも定かでない剣術指南書を探して自室を(あさ)ったのだが、だいぶ前に持ってきて忘れていた漫画の単行本を掘り出したのが良くなかった。

 片付けの最中に漫画を読み出すと止まらなくなってしまう悪癖を持つ俺は、こうして詰め所のリビングで漫画を読み始めてしまったのだが、この漫画の内容もあまり良くなかった。

 ざっくりと言い表すなら、主人公の少年が特別な力と剣を得て、似たような能力を持つ敵と熱いバトルを繰り広げていく――という割合オーソドックスな内容の話なのだが、

 

「な、なんと! これは……剣術指南書か!」

 

 などと勘違いしてしまった皇女殿下も単行本を読み始めてしまい、今に至る。

 

 ふと視線を戻すと、マリーは相変わらず食い入るように漫画を読み進めていた。

 勿論(もちろん)、殿下は日本語が読めない。ウッドランドの公用語と、あと数カ国で使われている言語をマスターしているマルチリンガルな彼女だが、さすがに異界の言葉には理解があろう(はず)もない。なので、登場人物が何を言っているのかまでは分かっていないだろう。

 それでもある程度読めてしまうのが漫画の恐ろしい所だ。

 

「ほうほう、この珍妙な構え……何か意味があるのか……いや、しかし」

 

 ページをめくる度に表情がコロコロ変わる皇女殿下から再び視線を外し、俺は眠気を振り払うように首を回す。

 もう昼時も近付いた頃合で、夜番として昨日(きのう)から一睡もしていない身としてはそろそろ眠気に抗するのが難しくなってきた。

 真昼間(まっぴるま)のセントレアで何か事件が起きることはまずない。つまり仕事がない。マリーに任せても問題ないだろう。

 

「殿下、俺はそろそろ寝ます。その本は適当に部屋(へや)に投げておいてください」

「うむ、承知した」

 

 どこか心あらず、といった感のある少女の返事を聞きながら、俺はふらふらとベッドに向かった。

 向かおうとした。

 

「へあー!」

 

 裂帛(れっぱく)、というには少々気の抜けた声。

 長い金の髪を振り乱して剣を抜いた皇女殿下が――そのまま俺目掛けて刃を振り下ろす!

 

「うっおおおおっ!」

 

 俺はそれを紙一重で避けた。避けたものだからマリーの長剣はそのまま床に突き刺さる。床が壊れる。俺は内心で悲鳴を上げた。

 いや違う。そうじゃない。それよりも、想定外なことがある。

 皇女殿下が曲がりなりにも剣を振ってみせたということだ。

 俺はおそらく動揺していた。久しくなかった感覚だった。

 

「やはり避けたな、タカナシ殿」

「やはり、とは……?」

 

 皇女殿下は床に突き立った長剣から手を離す。どうやら振り下ろすことは出来ても、それを引き抜くまでは出来ないようだ。

 無理もない。再確認するまでもなく、彼女は非力で貧弱なお姫さまだ。

 

「貴殿は実力を隠している」

 

 だと言うのに、びしっ、と俺を指差してそんなことを言うもんだから、俺は一体どんな顔をすればいいのか分からなくなった。

 

「何を根拠にそんな事をおっしゃる」

「自慢ではないが、今の一撃は完璧な不意打ちであったと自負している。皇都でも指折りであった(そば)付きの騎士でさえ、今のような見事な不意打ちを避けきる事は出来なんだぞ」

「い……いや、それはたぶん、殿下がいきなり襲い掛かってくるという理解し難い事態に思考が止まっただけですよ」

 

 現に俺も若干、脳がフリーズして死にかけた。

 

「何をばかなことを。騎士たる者、常に戦陣におるという心持でおらねば死を招く。貴殿もそのように振舞うべきだ」

「そんな無茶な」

 

 一体、どこの騎士道なんだそれは。殺伐とし過ぎてるだろう。そもそも、俺は騎士じゃない。門番だ。

 

「貴殿の持っていたあの指南書の数々、実に有意義であった。数多(あまた)の軍勢を打ち破る数々の秘剣。それらの強力無比かつ難解な剣技に対し、図解を用いて物語仕立てにすることで学びやすくするという意図にも感心しきりだ」

 

 皇女殿下は長い金色の髪を後光のようになびかせながら、両の腕をまるで抱擁でもするかのように広げる。

 ぱああ、という効果音を付ければぴったりだろう。皇女殿下の感心のポーズだ。

 この世の(すべ)てを許す、といった面持ちで全身を使って感心を表現していたマリーだったが、不意にカッと目を見開き、(こぶし)を握り、それを天へ向けて高く突き出す。皇女殿下の勝利のポーズだ。

 

「そしてここに至り、わたしは確信したのだ! 貴殿は、あの指南書に記された数々の剣技を(すべ)て体得した実力者であるとな!」

 

 俺は、心底嫌そうな顔をした。

 というか心底嫌だった。

 

「そうはならないだろ」

 

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