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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
六章 天蓋
277/321

27.天蓋①

「んふふ」

 

 新品のスマートフォンを掲げた瑠衣が奇妙な笑みを浮かべている。その傍ら片手に花束と菓子折などを下げて歩く俺は、彼女の心情をいまいち理解できていない。

 

「どれも同じじゃないか?」

「違うよ。全然違う。高梨くんは全然分かってないね。六四ギガバイトと一二八ギガバイトじゃ違うでしょ? 二倍だよ、二倍」

「使い切らなきゃ意味のない差だ。そして俺は使い切ったことがない」

 

 これはスマートフォンの記憶容量の話だ。

 瑠衣は「ぶう」と訳の分からない類の音を発しそうな膨れっ面をした。分からない。彼女はそんな大容量をどんなデータで埋めているのだろうか。

 比較的大きなファイルである電子書籍をスマートフォンに何冊かダウンロードしている俺だが、容量を使い切るにはまったく程遠い。百科事典か何かをインストールしているのではないかと疑わしいくらいだ。いや、動画ファイルという線もあるか。

 

「それって要するに道具(ツール)を使いこなしてないってことじゃないの。自信満々に言われてもね」

「ぐっ」

 

 返す言葉もない。未だ感覚的に現界(セフィロト)人に近い俺としては馴染みが浅いというか、通話やメッセージのやり取り、ウェブブラウジングといった基本的な機能以外でスマートフォンを活用するようなシーンが特にない。

 ゲームでもインストールしていればまた違うのだろうが、残念ながら今のところは心惹かれるゲームに出会っていない。

 

「ま、いいよ。高梨くんに分からなくてもさ……んふふ」

 

 瑠衣はすぐに関心をスマートフォンに戻したようだった。モールの販売店で新しいスマートフォンを入手して以降、瑠衣はずっとニマニマしている。これも意外な一面だな、などと俺は安易に納得して歩を進める。

 

 モールで必要な買い物を済ませた俺と瑠衣は、なぜか芥峰の大学病院に向かっていた。未だ来瀬川教諭からの連絡がなく微妙に時間を余したのもあったのだが、実は瑠衣の意見が大きかった。

 柊に茶をご馳走になった話を世間話として聞かせたところ、早くお返しをすべきだと彼女は主張したのだ。

 だからといってこんな状況の中でなくともいいと思うのだが、公安のセーフハウスは芥峰から離れた地にある。次に柊に会えるのがいつになるかは分からない。巻き込む危険が無いとは言えない今、柊と対面するのは避けたいという考えもあったのだが、顔を見て安心したいという気持ちもないとは言えなかった。

 

 今の白瀬柊にそこまでの友情を感じているのか。彼女に訪れる招きを看過できないからか。或いは、そのどちらもか。

 自己分析してもはっきりとは分からない。ただ、彼女を放置してはならない気がする。遠い何処かから、祈るような声が聞こえる気がするのだ。

 

 いったい、柊をどうしたいのか。

 俺はそれすら定めることができていないというのに。

 

「……何なんだろうな、ほんと」

 

 手に下げた花束と菓子折を再確認しつつ、小声でぼやいてみる。

 気付けば大学病院の玄関ロビーまで来ていた。はあ、とひとつ溜息を吐いてみてもすべきことは変わらない。面会して、手短に切り上げて帰る。今日は以上だ。

 

「瑠衣はどうする」

「あえ? ああ、もちろん付いていくけど、駄目だった?」

 

 緩んだ顔で応答する瑠衣に、俺はいくらかの抵抗を覚えてしまう。

 いや、なぜ柊と瑠衣を会わせることに抵抗を覚えているのか。べつに不味いことは何もない筈なのだが、その想像をすると奇妙な居心地の悪さがある。

 

「いや」

 

 問題ない、はずだ。

 少し前の瑠衣の対人スキルなら初対面の人間とうまくやれるとは思えなかったのだが、ここのところの彼女が見せる社交性を鑑みれば、交友関係を築いてしまう可能性まであるのではないかと思えてくる。

 

「わたしも噂の白瀬さんに会ってみたいしね。将来、その人も福音(エヴァンジェル)になるんでしょ?」

「さあ……どうだろうな」

「あれ、高梨くんとしてはまだ複雑ってところかな」

「そりゃ、な」

「ふうん。とっくに諦めたのかと思ったけど」

 

 連れ立って歩く病院の廊下は、どこか寒々しい。内装の色遣いは清潔なイメージだし温かみも兼ね備えている。室温も外と比べれば快適だ。通院患者の姿も多く、寂寥感など覚える理由はない筈なのだが。

 

「わたしならこんなところで死にたくないけどね」

 

 指先でスマートフォンを器用に回しつつ、瑠衣がそんなことを言った。

 思わずその顔を凝視してしまう。

 瑠衣は特になんの感情も浮かべてはいなかった。強いて言えば、俺の反応を意外なものであるかのように首だけを傾げる。

 

「だって、きみが招きを阻止するってことはそういうことなんじゃないの。治らないんでしょ、白瀬さんの病気って」

「……あ、ああ。おそらくな」

「だったら、きみが言ってることってこうでしょ。あなたは将来きっと死ぬより辛いことになるから、今ここで死んでおいてね。こんな感じ」

 

 思わず、俺は立ち止まった。

 瑠衣の言葉は否定のしようもない。単に、俺が考えないようにしていた本質を言い当てているだけだ。

 

 

「要するに、きみが殺すんだよ。その人から福音を取り上げるってことはさ」

 

 

 微塵の感情も感じさせない、平淡な声で瑠衣は言った。

 否定も肯定もない、単なる確認であるかのように。

 俺は何も言い返すことはできない。

 その通りだからだ。

 

 押し黙る俺に、瑠衣はぱっと表情を切り替えた。シニカルなようでいて、どこか慌てたような誤魔化し笑いに。

 

「あ、わ、分かるけどね。苦しませないように介錯してあげなきゃいけないときも、きっとあるからさ」

「いや、それは……慰めてるのか?」

「まさか。どうしてわたしが高梨くんを慰めないといけないのさ。こっちが慰めて欲しいくらいなのに」

 

 瑠衣はまたも「ぶう」という訳の分からない類の音を発しそうな膨れっ面をした。さっぱり分からなくなる。この子の中で俺はどういう存在なのだろう。というか介錯とは。武士じゃあるまいし。

 

「まあ……だからもう諦めたんだと思ってた。白瀬さんのところに通うのは心の整理をしてるんじゃないかなって」

「遠からず、ではあるんだろう。いや……まさに、そうなのかもしれない。俺は結局、決めきれないまま何もできない気がする」

「優柔不断だ」

「……そうだな」

 

 話をすれば少しは答えに近付けるかも、という来瀬川教諭の助言はある意味では正しかった。僅か二度ほど会って話をしただけで、俺は決断できない自分を自覚している。

 そもそも、本当に招きを阻止するなら柊を四六時中監視をしていなければならなかったはずだ。

 そうしなかった時点で、俺は無意識のうちに、消極的にでも認めてしまっていたのだろう。柊が現界(セフィロト)に送られ、生命の福音を獲得して生き延びることを。

 

 そうして彼女が苦しみ、アリエッタになることを認めてしまっている。

 それでいいのか。いいわけがない。

 

 だとしても、他にどうしようもないのだ。

 どうしようもないじゃないか。

 

 そんな風に自分に言い訳をしながら、俺は何度目かの柊の病室の前に立った。この期に及んでまだ悩む俺を置いて、瑠衣は早々にドアノックをしてしまう。特に約束を取り付けているわけでもないというのに、中からの返答は早かった。

 

「……はい、どうぞ」

 

 当たり前のことだったが、紛れもなく柊の声がした。

 ただ、何故だろうか。今にもスライドドアを開けようと手を伸ばしていた瑠衣の動きが、止まった。

 両目を瞬かせて停止した瑠衣は、まるで思いもよらなかった事態に思考が硬直してしまっているかのようだった。

 

「瑠衣?」

「あっ……ううん」

 

 呼び掛けに応える彼女はまだ動揺が冷めやらない様子だったが、部屋の前で足踏みをしていても仕方がないし柊に迷惑だ。俺はスライドドアを開けた。

 柊の病室はいわゆる個室で、他の入院患者はいない。他の患者に配慮する必要がない、という意味では気が楽だった。

 

「やあ白瀬さん、懲りずに来たよ」

 

 変に気負ってもやりにくい。なるべく不自然にならないような第一声を心がけた俺だったが、病室の中央。まるで余所行きのような小綺麗な出で立ちでベッドに座っていた白瀬柊は、少し不機嫌そうな顔で俺を迎えた。

 

「……白瀬さん(・・・・)?」

 

 比較的体調が良いのだろう。華奢な印象や生気の乏しさは変わらずだが、口角を上げて確認を口にする柊には、少なくとも死の影は見えない。

 

 この少女を殺す? 俺が?

 馬鹿な。不可能だ。

 今更な思いを一瞬で噛み締めてから、俺は自分の表情を強引に苦笑へ変えた。

 

「ああいや……柊」

「よろしい」

 

 なにがどう「よろしい」のかは説明せず、柊は満足げに頷いた。どうも前回のお茶会で無意識に下の名呼びが定着してしまったようなのだが、当人も距離の詰め方がおかしいとは思わないのだろうか。

 複雑な心持ちで空笑いしていると、柊の上目遣い気味の視線が、俺の背後に隠れるようにして立つ瑠衣の方を向いた。

 

「そちらは?」

「あ、そうだ。この子は俺の幼馴染で、こないだ話した付き添いの……」

 

 紹介しながら瑠衣を振り返った俺は、見る。

 目を見開いて、まるで食い入るように柊を見つめている小比賀瑠衣の顔を。

 彼女の口元は、なにか、半笑いのような表情を浮かべていた。形容し難い感情の色だった。ひどく喜んでいるようにも見えたし、なにか、深く絶望しているようにも見えた。

 顔見知りなのか、と一瞬考える。

 そんなはずはない。もし知り合いなら白瀬柊という少し珍しい名前に覚えがあるはずだし、ここに至るまで気付かないなどということはないだろう。

 現に、瑠衣は不思議そうに自分を見る柊の視線に気付くやいなや、ぱっと弾けるような笑顔を浮かべた。

 

「小比賀です。小比賀瑠衣。高梨くんとは同級生でもあるんだ。よろしくね」

「は、はあ……白瀬です」

 

 ぽかん、としたまま柊は会釈をする。急にマニッシュな雰囲気が増した瑠衣に、少々面食らっている様子だった。

 というか、俺も少し戸惑っていた。そして、

 

「あ、べつに高梨くんと付き合ってるとかじゃないから安心して」

 

 などという発言を添えたものだから、俺は自分の顔面の筋肉が痙攣するのを感じた。更に困惑が深まる。

 いや、俺は困惑――あくまでも困惑の範疇で済んだのだが、

 

「――ッ!?」

 

 両目を丸くした柊はベッドの上で腰を抜かせていた。高周波のような音を発し、真っ赤になって俺を向く。俺は首を小刻みに振る。振るしかない。

 瑠衣の発言の意味が分からないのは、俺も同じはずだったからだ。あれではまるで、柊が俺にそういう意識を持っているかのようだ。

 

「なんか勘違いしてないか瑠衣。違うぞ」

 

 違うはずだ。

 客観視すれば明白だ。今の白瀬柊と俺は知り合ったばかりの、ただの。

 なんだ。引き取る言葉が見付からず、俺は柊の顔を見る。助け舟を期待したわけでもなかったが、柊も赤面のまま苦虫を噛み潰したような顔で頭を振った。

 

「そう、ね……小比賀さんが思っているようなものではないわ。私は。ただの……知り合いだもの」

「そうかなあ」

「そうなの!」

 

 強く言い切る柊に、瑠衣は軽く肩をすくめるのみだ。無茶な発言をしておきながら、素知らぬ顔で持参した花を花瓶に差し始めてしまう。

 もしかすると俺と柊が過剰反応してしまっただけなのかもしれないが、恋愛の恋の字も経験していない俺にはそのへんの機微がまったく分からない。

 おそらく柊も似たようなものなのだろう。彼女の境遇からして経験があったとしても極めて限定的というか、小学生時代とかに遡る可能性がある。でなければ病院内でということなのだろうが、俺の見る限り病院生活でも柊の周囲に人間の気配は薄い。

 

 つまり免疫が無いのだ、俺たちは。

 過剰反応もやむなしだろう。

 

 瑠衣がどういった意図であんな発言をしたのかは不明瞭だったが、額面通りでもないだろう。瑠衣の性格からして、好意を寄せている幼馴染を獲り合う恋敵への牽制、などでもないような気はするが、仮にもしそうであったとしても見当は外れている。

 そもそも柊――アリエッタが俺に好意を持つ、という図式がまず想像できないのだ。俺には。記憶にあるアリエッタは、俺にマイナス寄りの感情を持っていたように思う。今の柊とアリエッタが似て非なるものであるのは確かだが、異性の好みまではさほど変わるまいと思うのだ。無根拠ながら。

 強いて言えば俺自身がさほど変化していないと思われるからなのだが、実際のところもそう遠くないはずだ。

 

「悪い、他意はないはずだから。近くで別の用事があってついでに連れて来たんだが……」

「い、いいわ。べつに。明人の友達なんだから、ちょっと変わってるのは分かりきったことだし……」

 

 それはそれでどうなんだ、という突っ込みを禁じ得ないが、唇を尖らせ髪を指で捩り始めた柊に訊くのは少し憚られた。回答も容易に予想できる。俺は変わり者であるらしい。

 

「で、今日も用事のついでにまた様子を見に来たってこと?」

「そんなところかな。昨日のお茶のお礼も兼ねてってところで」

「……よくまあ……毎日飽きもせずにただの知り合いに顔を見せること……」

「はは」

 

 俺は苦笑するしかないが、口ぶりとは裏腹に満更でもなさそうに見えた。ついでに手土産の菓子折の紙袋を持ち上げると、途端に微妙な顔をする。どうも菓子の類は失敗だったらしい。反省していると、不意に柊が表情を緩めた。

 

「昨日のお茶がお礼だったのに、またそのお礼って……終わらないじゃない」

「……? 終わらせないといけないのか?」

 

 純粋に疑問だったのでそう返すと、柊はまた目を丸くした。ぱちぱちと瞬きをして、そっぽを向いてしまう。返答はない。

 代わりに声を上げたのは花瓶のセッティングを終えた瑠衣だった。

 

「あー、喉が渇いたなー」

 

 どこか白々しい声音でそう言うと、急に駆け寄ってきた。

 そのまま俺をドアの方へ押しやる。

 

「ちょっと飲み物でも買いに行こうよ。ね、高梨くん」

「あ、ああ? そんなに長居は……」

「あの……お茶くらいなら私が淹れるけれど……」

「大丈夫大丈夫! 体に障っちゃいけないもんね! 白瀬さんは座ってて!」

 

 俺と柊の反対意見を受け流し、結局瑠衣は俺を病室の外に追いやった。

 戸惑う柊を残したまま、スライドドアが閉まる。閉まるなり、瑠衣は豹変した。真顔で俺の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張っていく。

 

「お、おい? どうした」

 

 問いかけにも一切答えず早足で歩を進め、ネームプレートがかかっていない無人の病室に俺を引っ張り込み、内鍵を掛ける。その尋常ではない様子に、俺はただ呆然とするしかない。

 いや。

 俺が本当に言葉を失ったのは、瑠衣がおもむろにポケットから取り出したものを見た瞬間だった。

 

 自動式拳銃。

 来瀬川教諭が持って行った作品番号一番(オーパス・ワン)のような変わり種ではない。実銃。

 

 ぞっとした。

 反射的に魔力を使って取り上げようとした俺は、すぐに動きを止める。

 薄いながら魔力障壁を持つ俺には銃弾が通らない。自身に向けられたならまったく意に介さないところだったが、瑠衣は別に銃口を俺には向けなかった。

 

 彼女は、銃口を自分のこめかみに当てていた。

 

「な……」

 

 何をやってるんだ、という言葉は続かなかった。

 続けさせて貰えなかった、というのが正しい。瑠衣の目が宿す敵意に近い色に、俺の気勢は削がれてしまっている。

 瑠衣のこの行動が悪ふざけなどではないのだろうとも、悟ってしまった。動けないでいる俺に、どこか中性的な笑みを浮かべる瑠衣の顔が囁く。

 

 

「取引しようよ、高梨くん」

 

 

 そのトーン。

 口調の裏に見えるものを垣間見て、俺は初めて疑う。

 これ(・・)は誰だ。

 

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