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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
五章 シンギュラリティ
243/321

46.東方連合④

 東方連合の主要三国のひとつ、イオニア都市同盟は他二国とは様相が根本から異なる。一個の国家として見做(みな)されながらも実態は都市国家群の同盟であるイオニアは、総体としての意思決定が極端に不自由であった。同盟の主宰とされる央都イオニアで開かれる代表議会が実質的な意思決定機関として機能していたものの、イオニア首長アブカリアンは都市国家群を掌握しておらず、その事実が開戦直後の致命的な対応の遅れを招くこととなる。

 主要三国のうち最も遅く参戦したイオニアは当初、最大の騎士保有数を誇っていた。それは都市国家間での勢力争いが活発だった都市同盟内の事情から、各都市国家がそれぞれ独自の傭兵(ようへい)騎士団を保有するようになったという特殊な歴史に起因する。総体として見たイオニアは二十七の傭兵(ようへい)騎士団が所属する、東方最強の軍事国家であった。

 もし統一されたリーダーシップの下に一丸となって皇国の東方侵攻に対することができたなら、一年を待たずしてその騎士団を半数失うことにはならなかっただろう。しかし、代表議会は紛糾した。窮地にある大公国の支援、都市同盟の専守防衛、制裁としての皇国領侵攻。これらを主張する三派ヘと分かれる結果にのみ終わり、各都市国家は様々な思惑によって個別に皇国へ対応。それぞれ滅亡していくこととなる。

 

 ロスペール城塞に駐屯するアルテリア傭兵(ようへい)騎士団も、開戦後間もなく滅亡したこの都市国家のひとつに所属する騎士団だった。故郷を追われた騎士団は転戦を重ね、現在ではドーリア王国の王ルカに雇われている。似たような経緯を辿(たど)った(ほか)の都市国家騎士団や、東方連合に正式に参加したイオニアから派遣された戦力と共に、いまや東方連合軍の片翼を担う主戦力の一角といえる。

 

 団長のマードックは実に傭兵(ようへい)らしい粗野な騎士だ。人間的に言えばルカとは相似する点がまったくない、決して馬の合う人物ではなかったはずだが、ルカは彼のことが非常に気に入っている。このマードックという男が頭抜けて有能からだ。

 彼は超常的な勘を見せるわけでも、無双の剣腕を持つわけでもない。常勝でもなければ無敗でもない。ただ、(うま)い。とても(うま)い負け方をする。味方の損耗を最小限にして一矢を報いるのが非常に上手(うま)いのである。

 その上で確実に帰還するのだから、指揮者から見れば至宝と言っていい。もしそんな駒が――敵の駒に取られることが絶対になく、いつでも配置しなおせるような駒がチェスに存在していたとするなら、もう遊戯として成立しないだろう。常識外れの皇国九大騎士団相手に、東方連合が負けながらも戦線を維持できているのはこの男の手腕が大きい。

 

「まあ、今の連合の戦力でもこのまま何週間かは戦えるんじゃねえですかね」

「その先は?」

「無理ですわな。ジリジリ負ける。火星天騎士団だってどっかで本気になります。抜かれて甘い脇を突かれたらそこで終わりですわ。そんなのはルカ様だって分かってるでしょ」

「……そうだよねえ」

 

 その最大の信頼を寄せる傭兵(ようへい)(さじ)を投げつつある。ルカは(くぎ)と板で修理した玉座で頭を抱えた。

 片付けの終わった玉座の間には僅かな異臭と(ほこり)が残るのみで、日中の戦いの痕跡(こんせき)(ほとん)どない。それでも、ルカは玉座の前に居並ぶ騎士たちに告げた。

 

皇国(ウッドランド)が全然本気じゃない……のは今日(きょう)でよく分かった。このまま国境を維持する方針だったけど、やっぱり考え直さないと駄目だね」

「……戦は会戦のみにはあらず。また後方(・・)を襲えばよろしい。一定の効果が見込めましょう」

 

 憂慮する王に献策をしたのはドーリア王国の騎士シュバイアである。ルカの即位より前からの王国軍参謀であり、マードックらイオニア筋の外様(とざま)騎士たちより序列も高い。大臣連中の覚えもいい。が、ルカは即座に却下した。

 

「それはぼくのやり方(・・・・・・)じゃない。二度目はないぞ、シュバイア」

「は……」

 

 蛇のような顔をしたその騎士は、抗弁もせず大人(おとな)しく引き下がった。

 が、ルカは険しい顔を崩さない。

 

 このシュバイアは過去、首都アドニスに居座る貴族たちの意向を受け、ルカの不在時に無断で敵地内遊撃――皇都トラスダンへの攻撃作戦を実行していた。アルテリア傭兵(ようへい)騎士団を敵地奥深くに投入し、宮廷魔術師(メイガス)の能力によって皇都に打撃を与える。皇国北西部穀倉地帯にて行われてしまったその作戦を知るや、ルカは激怒してシュバイアを罰した。

 激怒の理由は無数にある。最大の理由は、絶対に損失の許されない戦力である宮廷魔術師アリエッタと傭兵(ようへい)騎士団を内情の分からない敵地に投入したこと。次いで、成功率の低い不確かな作戦だったにもかかわらず、作戦目標が市街攻撃などという、敵の戦意高揚に(つな)がりながら実際の効果が大したことのないものだったということだ。

 王としてのルカは確信している。アポクリファの例を見るまでもなく、ドーリアがここまで盛り返したのはほぼすべてアリエッタの功績だ。彼女無しに皇国とは戦えない。

 そして、彼女がいくら強くて不死だとしても、絶対などという言葉はこの世にない。素性が不確かなアリエッタが貴族たちから煙たがられているのは分かっていたものの、そんな足の引っ張り合いで失うリスクを犯していい人材ではない。

 

 個人として見れば論外である。アリエッタの敵はルカの敵だ。

 

 シュバイアはそれらを理解した上で、度々ルカを挑発する。幼い王を侮り、隙あらば力を()ごうと画策しているのだ。ルカも理解した上で、貴族の後ろ盾を持つシュバイアをほどほどに利用しつつ、後ろ盾ごと排除する(ため)の口実を探して出方を(うかが)っていた。

 陣営内に漂う張り詰めた空気に(あき)れたか、傭兵(ようへい)騎士団の団長が肩をすくめた。

 

「ま、シュバイア殿の言い分ももっともだ。残念ながら時間は俺たちの味方じゃない。何か手を打たねえとまずいってのは確かです」

「マードック……?」

「……で、俺らごときがそう思ってるってことは、ルカ様はもう何か手を打ってるってことでしょうさ。違いますかね、賢王?」

 

 傷痕の目立つ顔で笑うマードックに、ルカは安堵(あんど)する。

 やっぱり良いなあ。などと内心で(つぶや)きつつ、ルカは玉座に肘をついた。

 

「いま組合(ギルド)から人を引っ張ってるんだけど、その結果次第で前線を一部下げようと思ってる」

「下がる!? なぜです!」

「引き込んで火星天騎士団(マルス)を撃破するためにだよ」

 

 抗議の声に即座に答えつつ、ルカは両手を動かして身振り手振りで簡素な説明をする。

 

「火星天騎士団はこの城塞に近寄らない。皇国は竜種(ドラゴン)……玉璽(レガリア)の力をもう知ってるからね。だけど、彼らは普通に戦うとシンプルに強くて騎士同士の会戦じゃ勝ち目がない。だから一度、わざと遠くの戦線に穴をあけて彼らを引き込む。引き込んだところを包囲して当たる」

「理屈は分からんでもねーですがね。ただの騎士相手ならいいが、皇国の九大騎士団相手だと()けになる。十中八九包囲を食い破られますぜ。宮廷魔術師(メイガス)が居てもだ」

 

 マードックが懸念を口にする。

 こんな小手先の戦術だけで勝てるなら、東方三国は滅亡に(ひん)さなかった。皇国の騎士団は様々な意味でレベルが違う。それはルカも承知している。

 

「……実力差があり過ぎるのも考え物だよね。だから組合の人材次第なんだけど……最良の布陣でも駄目そうなら、そこで玉璽(レガリア)を使うしかないかな」

「ルカ様、そいつぁ……」

「マードック。ぼくらは国境線を死守しなきゃいけない。火星天騎士団を排除できればまた時間が稼げる。ここは無理を通す場面だ」

 

 国境線を回復したドーリア王国だが、実情はまだ安定とは遠い。ドーリア王国内に取り残された皇国軍はまだ各地で抵抗を続けている。もしも再び国境が突破され、内外の皇国軍が連結すればまた戦局が覆る。

 ルカは予想する。そうなれば次は支えきれない。皇国軍が同じ愚を冒さない限り、東方三国は一国ずつ()(つぶ)されることになる。

 それでなくとも、あのアポクリファなる不死者が一体、雑に前線に投入されるだけで決着はついてしまうだろう。玉璽(レガリア)での牽制(けんせい)が通用するうちに時間を稼がなくてはならない。

 

 王国の騎士からも傭兵(ようへい)騎士団からも、反論はなかった。

 

 

 

 ――玉璽(レガリア)

 ルカの右手薬指にあるその簡素な印章の指輪は、白き宮廷魔術師の手によって(よみがえ)った伝説の巨竜が蘇生(そせい)の対価として、人の王ルカに与えた契約の(あかし)である。

 定命の者と相容(あいい)れぬ宿命をもつという竜種が、指輪の(あるじ)の命には大人(おとな)しく従う。ただし、その代償として、命令行使の度に主の寿命を半分()らうという。

 ロスペール城塞攻略時に一度。そして城塞近郊の地の守護を命じた際に一度。ルカは既に二度、代償を払った。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ロスペール城塞の片隅。もう長く使われていないらしい鐘楼の屋上。そこに設置した急繕いの風呂に、ルカはひとりで再び訪れていた。

 

「……まあ、次に使ったら高確率で死ぬよね」

 

 湯船に収まった少女は、ぼんやりと考える。

 もともと八十まで生きる運命だったとしたら、一度で四十。二度で二十。三度目は十となって、今年(ことし)で十三のルカは寿命がマイナスになる計算になる。

 そうなったらどうなるのか、巨竜に聞いておくべきなのだろうか。しかし人間の寿命がどれだけ曖昧なものだとしても、(おおむ)ねは三度までしか使わせる気のない権利なのではと理解はしていた。

 だからこそルカもアリエッタも、可能な限り玉璽(レガリア)を使わないよう戦ってきた。次が無い、(ある)いは自身の命より優先されるだろう場面でしか行使しないと二人(ふたり)の間でも決めていた。

 

 ただ、ルカがどこかで楽観していたのも確かだ。

 

 生命の福音たるアリエッタは、あまりにも容易(たやす)く命を蘇生(そせい)する。死体の一部がそこにありさえすれば、たとえほんの一部からでも全体を再生させる。それはドーリア王国の大きな力になったし、ロスペール城塞攻略時に巻き込んでしまった住民の蘇生(そせい)(かな)った。罪は罪だとしてもだ。

 

 だから、玉璽(レガリア)の行使でルカが死ぬようなことになっても――アリエッタが助けてくれるのではないか、という気持ちがどこかにあったのは確かなのだ。根本的に人が嫌いだというアリエッタも、ルカにはどこか優しい。きっと自分を永の眠りから起こしてくれるだろうと思える程度には。

 

 しかし、おそらく無理なのだ。

 ルカは今日(きょう)、それを悟った。アリエッタが蘇生(そせい)したあのアシルという魔術師は、老衰でそのまま死んでしまった。アリエッタがどういう意図でアシルを(よみがえ)らせたにせよ、生かせるなら生かしていたはずだった。つまり、アリエッタには人の寿命を左右する――時間を巻き戻すような力はないのだ。

 

 

 死ぬ。

 

 

 神に等しい力を持つ庇護者アリエッタの存在によって遠く思えていた実感が、ルカの中で今さらながらに大きくなっていた。

 王国のため、連合のため。東方諸国に住まう人々のために死ぬ。そう考えれば王としては妥当な帰結にも思える。問えば皆が(うなず)くだろう。顔も知らない父である前王も、臣下たちも、民衆も。皆が(うなず)いて自分の死を悼み、その犠牲を尊いものとして語るだろう。ほんの一時そうして、十年もすれば忘れる。

 ドーリア王国がルカに与えた運命とは、最初からそういうものだった。王以外の道はなく、戦う以外の道はなく、少年として振る舞う以外の道はなかった。

 

 本音を言えば、王国に愛などない。

 

 ルカが愛しているのは共に戦う騎士たちであり、手を差し伸べてくれる諸国の人々であり、途方に暮れる幼い王の前に現れ、すべてを変えてくれた宮廷魔術師だけだ。それ以外の者をルカは知らず、愛してもいない。

 故に、自分が死ぬとすればその人々のためにだけ死ぬのだ。王国などという、ただルカに運命を強いただけのもののためではない。決して。

 残りの寿命も既に長くはない。どうせ既に未来のない自分は、そうして自身を最大限に活用して、誇らしく死ぬのだ。死んでいくのだ。

 

 そこまで考えてから、ルカは湯に顎まで身を沈めた。

 悲しかったが、悲しいだけだった。腹も立たなければ涙も出なかった。

 

「全然、納得なんてできないもんなんだなあ……王様失格だな、わたしは……」

 

 (つぶや)いて、それから夢想をした。

 王に生まれなかった自分を想像してみて、ただ村娘のような生活を送る自分を思った。ああ、でも皇国軍の侵攻に巻き込まれてしまうかも、と余計な要素が入り混じり、結局、夢想すらもうまくいかない。

 

 きっと、この世界はどこかおかしいのだ。

 ルカは最終的にそう考えた。アリエッタが来たとされ、恐るべき死霊術、虚無(ヴァニタス)の由来となった異なる世界。もしも万象がそのような在り方をしているなら、きっと健常な世界はどこかに、別にあるのだろうと思った。

 

 

 ここではないどこか(・・・)に、きっとあるのだと。

 

 

 だが同時に、ルカにはその優れた見識により至った推測が無念だった。もはやその身に命は多く残されておらず、推測は推測のままで終焉(しゅうえん)を迎える。彼女にはそれのみが悲しかった。

 

 

 自分もきっと、そこ(・・)へ行きたいというのに。

 

 

 思考がそこに至った途端、得体の知れないものが込み上げ、ルカは()(うご)かされるように胸を押さえた。視界が明滅を繰り返し、鼓動が早鐘を打った。

 

「な……んだこれ……!?」

 

 病ではない。反射的に閉じた右の(まぶた)の裏に異様を見たルカはそう判断し、見えるものを理解しようと試みる。

 (まぶた)の裏の漆黒に、人影のようななにかが見えた。その後背に枝葉を広げる大樹が見える。光り輝く()が。無量散らばる粒子と、無色の海が見える。

 

 これは。

 触れてはならないものだとルカは直感した。

 ヴィスレグの魔王を目にしたときとは比較にならぬほどに。目ではない目に見えているこれ(・・)は、理から外れているのだと。

 自らが何らかの魔術攻撃――呪いを受けていると判断したルカは、汎用的な対抗魔術(カウンターマジック)を詠唱しようとした。

 

 

 

 しかし唇と舌は動かず、自身の体の感覚もなくなっていた。

 

 すべてが曖昧になっていた。

 

 砂粒を()んだかのような音だけが、もはや存在しない耳朶に響き渡る。人語のようなリズムで、なにかを伝えているようにも聞こえた。

 ただ、ルカに(もたら)される知らないはずの知識によって、これは本来あるべき形で行われていないことだけが理解できた。

 なにか、邪魔をされている。ただそれだけを理解したルカの意識は、遠い彼方(かなた)へと運ばれていく。

 均衡を保つために招かれ、入れ違った意識を一瞬に感じながら、少女の意識は大樹へと到達した。

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[一言] 往還者が寿命半分払えばグリッチじゃんって思ったら最後の描写は...そうなのか?
[一言] セフィロトに触れたような描写だけど…往還門に通ってもないし、切っ掛けがなんだったのか。健全な世界とやらへの渇望?まぁ、往還者になったかどうかもさだかではないのだけれど。
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