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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
五章 シンギュラリティ
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45.東方連合③

 開戦後、領土を失陥し続けた政府に見切りをつけた市民が古くから組織されている職能組合(ギルド)を支持するようになり、それらを中心とした民間組織が大きな権限を持つようになった――それが、大公国アイオリスの現状である。現に大公国の残された領土を守備しているのは大公をはじめとした貴族軍ではなく、職能組合を母体とする営利組織――俗に冒険者組合(ギルド)と呼ばれる地方ごとの民間互助団体だ。

 

 もともと、冒険者とはアイオリス大公国やその東、いくつかの国をまたがって点在する古代遺跡群の発掘、探索などを生業とする人々を指していた。多くの危険を伴う遺跡の性質上、魔力使いが高い適性を持つこの冒険者という職業は、その高い戦闘能力と汎用性から次第に職域を拡張していき、傭兵(ようへい)業や警察業、便利屋に近い業務なども請け負うようになったという経緯がある。

 その成り立ちから地域への帰属意識が非常に強いこの冒険者たちは、ウッドランド皇国の大公国侵攻に対して大きく反発。降伏寸前の大公国政府を無視し、各都市の組合(ギルド)主導による独自の防衛線を展開した。この組合(ギルド)による組織的な抵抗が、大公国を(かろ)うじて国家として存続させることになる。

 

 そして、早々に死に体となったアイオリスを皇国は軽視した。そもそもが弱国であり、放っておいても大きな害がない。そこで皇国は、アイオリスを比較的に面倒な相手であるドーリア王国やイオニア都市同盟の戦力を分散させる材料とした。つまるところ生餌(いきえ)である。

 こうして、戦略的に()かさず殺さずとされた大公国ではほどほどの侵攻とほどほどの撃退劇が繰り返され、民衆の支持は防衛の立役者である組合(ギルド)にますます集まり、大公国政府は更なる弱体化を進めていった。

 

 そして現在。政府はもはや完全に形骸化しており、ルカが同盟国の元首でありながら大公国政府筋の要請を無視しているのも、そういった事情による。形式上の同盟相手が大公国だったとしても、実態として協力し合っているのは組合(ギルド)の方だからだ。

 なので貴族の使節などを送られても困るし、それが急に皇国製のバケモノになるのであれば尚更(なおさら)だった。

 

「はっはっは。そりゃ災難でしたな、ルカ様」

 

 ロスペール城塞内部。兵や騎士で(にぎ)わう食堂のなか、豪快に笑った中年の偉丈夫は、その冒険者組合(ギルド)の人間である。

 古都ケトスの組合に所属する冒険者、オルトラン・ウェルチ。組合における職位を表す色階(カラード)なる分類によれば(ブルー)。上から二番目の有力者である。東方連合における組合の代表を任されている男だった。

 

「笑い事じゃないですよ……本当にもう駄目かと思いました」

 

 経緯を話し終えたルカは長テーブルに突っ伏した。アイオリスからの使節がどうなったのか、一応は説明しておく必要があった。アリエッタがちょっとしたことで使節を殺して蘇生(そせい)して追い返す、という毎度の流れも(ひど)いものだが、今回はそれよりもっと悪い。アシルと名乗った魔術師が「乗って」きた使節の男は、本物のアイオリス貴族だったからだ。今後、外部の人間は使節であろうと何であろうと厳重にチェックしなければならない。

 

「いや、うちの貴族どもがご迷惑をおかけした。大変申し訳ない」

 

 さして悪びれずに謝るオルトラン。実際、ルカも組合には何の責任もないと了解している。今回蘇生(そせい)した使節は拘留しているので大公国との関係は悪化するだろうが、ルカがいま最も憂慮している事項はそれではない。オルトランもそれは承知していた。ゆえに、彼もその脅威について早速触れる。

 

「で、その皇国の魔術師とやらは不死者(アンデッド)だったのでしょう」

「ええ。なのに、人間のように振る舞っていましたし……死霊術を使いました」

「……確かですか?」

「はい」

 

 オルトランが(いぶか)るのも無理はない。

 通常の不死者――死から(よみがえ)ったかのように見える動く死体は、その実、生き返ってなどいない。死霊術によって作られた疑似的な霊体によって動かされる使役魔のようなもので、本能から来る行動や単純な命令以外の動作はできない。高位魔術である死霊術どころか、生活レベルの魔術行使も難しい。

 

「死霊術とは……具体的には、どんなものを」

 

 それほど高等な行動を可能とする不死者の存在は、ただそれだけでも凄まじい脅威である。死霊術の産物である不死者が死霊術を扱う。それはつまり、一体の不死者から指数関数的に不死者を増やすことが可能になることを意味するからだ。

 冒険者として魔術への造詣(ぞうけい)が深いオルトランがまず危惧したのはそれだったが、ルカの危惧はまた方向性が多少違っている。

 

「……虚無(ヴァニタス)です」

 

 ルカの(つぶや)きに、オルトランが顔色を変える。

 ルカは古き魔王に関する文献を想起していた。異界を由来とする言葉と概念。そこから生まれた術の名を。その術を操ったその古き魔王は、死者の軍勢を自在に率いて東方の小国を乗っ取り、そこで暗黒の一時代を築いたとされている。

 

「都殺しの……そいつぁまた……ヴィスレグの魔王に連なる術師が現代に?」

「いえ、ぼくは……あれは魔王本人だったのではと考えています」

「まさか。魔王が消えたのは四百年以上も前の話でしょうよ」

「……ぼくは千年前の英雄が現代まで生きていた例を知っています。それに、あの詠唱は完全なものだった……虚無(ヴァニタス)の呪文が全文残っている文献なんてどこにもないのに」

 

 ルカは本心からそう言ったが、オルトランは一笑した。

 

「いやいや、そこはウッドランドにはあった、と考えるべきところでしょう。さすがに話が突飛すぎる。知っているからといって、それでポンと使えるという類の術じゃないってのは確かでしょうが」

 

 偉丈夫は剣呑(けんのん)な面持ちのまま麦酒(エール)を口に運ぶ。

 温度感が伝わっていない。ルカは悔しさに唇を()む。アシルと名乗ったあの魔術師がそれほどまでに強大な何か(・・)だったのは間違いないというのに。

 なまじ討滅できてしまったのが危機感を損ねているのだ。そうできたのは運が良かっただけ。敵のアリエッタへの理解が浅かったことが大きい。でなければ東方連合はもっと悪い形であれ(・・)と遭遇し、何もできないまま致命的な被害を出していたかもしれない。

 そして、近しい事態が明日(あした)起きない保証はどこにもない。無言で顔を曇らせるルカを横目で数度見て、オルトランは大きく溜息(ためいき)を吐いた。

 

「……はあ、わかりました。一応、組合本部にも話を入れておきます」

「え、ほんとですか!?」

「まあ、発掘屋連中ならヴィスレグの魔王について何か知ってるかもしれない。うちは傭兵(ようへい)業が本業で考古学は専門外なもんで……」

「ありがとうございます!」

 

 急に態度を軟化させたオルトランを少し不思議に思いつつも、ルカは頭を下げる。やはり連合を結んでよかった、などと考えたら更に欲が首をもたげた。

 

「それで、本業の方はどうですか? 良さそうな人見つかりました?」

「あー……」

 

 問うと、オルトランは腕組みをして天井を見上げた。

 賢王ルカ率いるドーリア王国軍を中心とした東方連合軍は現在、占領したロスペール城塞を拠点として国境線沿いに展開。圧をかける皇国との小競り合いを繰り返していた。

 そして、敵には皇国が誇る九大騎士団の一角――火星天騎士団(マルス)が含まれている。この騎士団との戦闘において、東方連合軍は常に敗北を喫している。とある強固な防御手段を有するロスペール城塞の存在もあって戦線全体では膠着(こうちゃく)しているものの、東方連合軍の損耗は少なくない。

 このまま守り切るには火星天騎士団の対応にあてられるような強い駒が必要だ。ルカはそう考えている。優秀――それも、とびきりに優秀な魔力使い。ルカはそういった人材の手配をオルトランに依頼していた。

 

「……居るっちゃ居るんですよ。ちょっと若いですが、腕の立つ魔術師が。組合でもちょっとした(うわさ)になってる」

「おお! どんな方なんですか?」

「いやそれが……その若いの、色階(カラード)(ブラック)なんで」

「え、黒ってたしか……」

「一番下ですな。いわゆる駆け出しってやつです」

 

 組合(ギルド)が用いている職階表現、色階(カラード)は上から順に紫、青、赤、黄、白と続いて最後に黒となる。この黒の色階を持つのは組合に所属したての新米、もしくは全く色階が上がらない特殊な人材ということを意味する。

 

「冒険者として真面目(まじめ)に働いてりゃすぐ(ホワイト)になるんですがね。まあ、()せもの探しとか、草むしりなんかが専門ってのも中には居るわけです。全員が魔力使いってわけでもないもんで」

「それは……ただのお手伝(てつだ)いさんなのでは?」

「……違いない」

 

 オルトランは眉間を押さえて苦悩する。

 なにか苦労があるのかもしれない、とだけルカは思った。

 

「組合としても東方連合(アライアンス)を重要視してますんで、ここの仕事は色階の低い(やつ)には任せられんと。まあ、そういうわけです」

「しがらみですね……ぼくとしては能力がある方なら大歓迎なんですが」

「いくら腕が立っても素人(しろうと)に毛が生えた小僧に戦争はさせられんでしょう。ルカ様ならよくご存じかと」

「それは……そうですねえ」

 

 組合からの人材は当たり外れが大きい。人間との戦いに慣れていないケースも多々ある。冒険者はあくまで民間人であり、職業軍人ではない。そのような訓練もされていないため統率もとりにくく、諸国の混成軍となっている東方連合軍の中であっても正式な編成には組み込みにくい。とはいえ適材適所ではあり、施設攻撃や遊撃をさせるなら適しているのだが、それにはやはり相応の経験と実力が求められる。

 しかし――贅沢(ぜいたく)を言っていられる状況ではない。アポクリファなる未知の敵との遭遇が、ルカの決断を後押しした。

 

「正式に組合に要請します。今後、参加人員の色階は問いません。その魔術師もぜひ連れて来てください。適性を見たい」

「よろしいので?」

「実力と意識があれば。費用を出す組合には負担をかけますが……」

「ま、敵は同じですからなあ。それに組合としては今のうちにルカ様に恩を売っておきたいのでしょう。こき使えばよろしい」

「ぼくに恩を? なぜ?」

「戦後は大公国を(もら)ってほしいんでしょうよ。ドーリア王国に」

 

 むむ、とルカは唇を引き結ぶ。

 ルカにその視点がなかったわけではない。この王が東方連合を企図した際、可能性レベルの検討をしなかったということはあり得ない。

 要するに、形骸化した大公国の乗っ取りである。様々な計算を行った結果、得られる効果と比してリスクが高過ぎるとして見送ったプランだった。

 オルトラン――大公国を事実上支配している組合の有力者から出る発言としては、やや重い。ルカも立場として迂闊(うかつ)な返答はできない。

 

「戦後を見据える段階じゃないですよ。まだ」

「ここまで巻き返したのなら……ま、少なくとも惨敗はないと見ているんでしょう。ドーリア王国は希望の星だ。それに引き換え大公国ときたら、連合軍にも参加できない有様ですからね」

「ははは……」

 

 最初から期待していない、とはさすがに言えずルカは愛想笑いをする。

 オルトランは笑っていなかった。

 

「公女が適齢(・・)ってのもあるのでしょう」

「……オルトランさん。そういう話なら、ぼくにはできません」

 

 彼の言わんとすることを直ちに理解したルカは、王としてではなく個人としてそう返答した。それが誰にとっても都合の良い展開だったとしても、ルカ自身にとっては二つの意味で違うからだ。

 オルトランは目を丸くしたものの、すぐに意味深な笑みを浮かべた。

 

「周りの思惑はさておき、ルカ様ならうまくいくと思うんですがね」

「やめてくださいよ……まったく……」

「ま、無粋な話ですな。いや申し訳ない」

 

 さして悪びれずに謝るオルトラン。これは組合がアプローチをかけてくるかもしれない、という彼なりの警告だとルカは解釈した。無理な口実を作って引き合わせるくらいはするかもしれない。

 

 ああ。ルカは嘆息する。

 現段階で大公国を得ることにメリットは(ほとん)どないし、なにより公女がとても可哀想(かわいそう)だ。ルカは(ちまた)で言われているような紅顔の美少年などではないし、女の子を恋愛対象としているわけでもない。そんな人間に嫁がされるなんて可哀想(かわいそう)以外の何物でもないではないか。

 やっぱり自由なんて贅沢(ぜいたく)品なんだよねえ、などと心の中で(つぶや)き、ルカは麦酒(エール)入りのゴブレットに口を付けた。

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