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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
五章 シンギュラリティ
224/321

27.ラフ・デイ⑤

 アルミポールで(たた)きのめした翼竜(ワイバーン)(よだれ)をまき散らして(そら)へと逃れ行くのを甘んじて見送った後、息つく間もなく俺は第二入園口へと走る。

 走ってパーク全体をカバーすることなど不可能だとは承知の上だが、いまは目に付く端から撃退する以外になす(すべ)がない。一体ずつでも数が減らせれば状況も好転しようものだが、何度かの交戦を経ても俺はまだ翼竜を仕留めきれずにいる。うまくすれば目を潰した一体目のように傷を負わせられるかどうかといったところで、撃退するのが精いっぱいだ。

 

 人間を相手にすることに慣れすぎたかもしれない。思えば近年、現界の人類種以外と交戦した経験は数えるほどしかない。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)などと()(はや)されておきながら、亜竜相手にこの有様では恥の上塗りというものだ。

 

 いや、今になって始まったことではないだろう。福音を抜きにすれば俺の力などたかが知れている。その上で飛び交う七体の翼竜を殲滅(せんめつ)し、パーク内の人々を守らなくてはならない――

 

「……七体?」

 

 蒼穹を滑空する翼竜の数に、俺は眉を寄せる。

 ひとつ減っている気がしたからだ。まさかもう腹を満たし、いずこかへ飛び去ってしまったのだろうか。

 その危惧は杞憂(きゆう)で、消えた一体は地上にいた。第二入園口の付近で暴れる翼竜の姿が建物の陰から見え隠れしている。なにかを追うような動きでパーク中央へ向かっているようだった。撃退しなければならない。

 

 もっと威力のある武器が必要だ。

 そう判断して走りながら視線を左右に振るものの、植栽されている樹木とアトラクション以外で目に付くものといえば、客の捨てたゴミ満載のゴミ箱と落とし物を乗せたベンチくらいしかない。投げて使う手もなくはないものの、翼竜の殺傷に至るかといえば確実にノーだろう。やはりパーク内で調達できるものでは翼竜を殺せない。

 残るは組み付いて首をへし折るくらいなものだが、丸太のごとき太さの首を持つ翼竜を(くび)(ころ)す己の姿が俺にはうまくイメージできない。人間業ではあるまい。

 魔力を使えば強靭(きょうじん)な杉の()だって折れるだろうが、それだって蹴りか体当たりを繰り返す羽目になるだろうし、そもそも翼竜は()ではない。悠長に首などを攻撃している間に俺が先に食われて――いや――待てよ。

 

 曖昧なアイデアを形にしようと思考を進めんとしたとき、耳に挿したヘッドセットから着信音声が鳴った。

 電話着信。ミラベル、あるいは来瀬川(くるせがわ)教諭ならアプリケーションの通信であるはずで、わざわざ電話回線を使うのであれば彼女たちではない。しかし足を止めるわけにもいかず、相手の確認はせずにヘッドセットのボタンを押す。

 

 イヤホンから聞こえてきた音声に、俺は僅かに息を()んだ。

 ブレスノイズが(ひど)い。

 否応(いやおう)なく、通話相手の切迫した状況を想像させられる。

 

『……もしもし、聞こえますか』

 

 ややあってから発せられた声には聞き覚えがあった。

 永山警視だ。俺は思わず足を止め、周囲を警戒する。

 なぜ彼が俺の電話番号を知っているのか。後ろめたいことがいくつかある身としては寒心に()えない状況だったが、彼の反応は(みょう)だった。

 

『氷室准教授からあなたの番号を渡されました。力になって頂けると。どなたか存じませんが、助力をお願いしたい』

 

 氷室准教授。

 人名を咀嚼(そしゃく)し、理解する。

 

「って氷室!? あ……」

 

 意外な口から法の福音の名が出たことに驚き、思わず声を出してしまった。黙っていればこちらの素性は知れなかったはずだと悔やむが、時すでに遅しだ。

 

『高梨君……か?』

 

 通話を切るべきか、俺は逡巡(しゅんじゅん)した。氷室がなにか法に触れるようなことをしでかしたというわけでもなさそうで、永山警視は純粋に助けを求めている様子なので話を聞くのもやぶさかではない。氷室も俺がそうすると踏んで彼に連絡先を渡したのだろう。

 ただ問題もある。官憲に素性を知られるのも良くはないが、そもそも、今は人に手を貸している余裕がない。早く瑠衣の無事を確認しなければ――そうだ――

 

「すみません、永山さん。瑠衣とは別行動をしてます。パークでトラブルが起きて……いま一緒には居ません。無事かもわからない。本当に申し訳ありません」

 

 伏せておくのはあまりに不誠実だ。そう考え直して俺は頭を下げる。そんなことをしたって相手には見えないだろうが、つい、そうした。

 間をおいての永山警視の反応は、意外なものだった。

 

『……いえ、君の方こそ無事でよかった。トラブル(・・・・)も把握しています。君の責任ではないでしょう』

「え?」

(わたし)もパーク内にいます。少し……身動きが取れませんが、生きてはいる』

 

 怪我(けが)をしているのか。

 ぎょっとして辺りを見回すが、それらしい人影はなかった。

 

「なんとか建物の中に避難してください。できれば地下がいい」

『はは……こんなときだというのに落ち着いていますね。やはり、どこか普通じゃないのかな。昔の来瀬川(くるせがわ)さんを思い出しますよ』

 

 昔の来瀬川教諭を知らない俺は、どう反応すればいいのか分からない。分からないまま、手近にあったガードポールから備え付けられている立ち入り規制用のチェーンを取り外した。思い付いたアイデアを実行に移すためだ。

 

「永山さん。近くに見えるものを教えてください。どうしても動けないなら俺が迎えに行きます」

『いえ、結構です。(わたし)より……瑠衣をお願いできませんか。あの子があんな無茶をするとは……』

 

 無茶?

 (たず)ねようとしたとき、遠方から飛来するなにかの音に俺は気を取られた。

 規則的なリズムの音。特徴的な航空機の――ローター音だ。

 

『陸自によくこんな判断ができたものだ。あるいは……不災対にこんな権限があるのか……?』

「この音……永山さん、これ自衛隊なんですか!?」

『……ええ。おそらく西部方面航空隊のアパッチ……戦闘ヘリコプターですよ』

 

 報道関係のものかと想像していた俺は、永山警視の言葉に耳を疑った。愕然(がくぜん)と空を振り返る俺の上を、遠く聞いただけでは分からない、腹の底に響くような轟音(ごうおん)をまとった機体が過ぎていく。

 一機。迷彩色のそのヘリコプターは機体上部のローターとは別に、左右に翼、そして火砲と(おぼ)しき円筒を複数備えているのが一瞬だけ見て取れた。

 

「まだそれほど時間も()ってないのに……どこからあんなものが……!」

『富士の駐屯地あたりでしょう。しかし……これは』

 

 はたして、永山警視の懸念が俺と同じものであったかは分からない。

 そこから起きたことは俺にも、いや。現界異界を問わず、誰も目にしたことのない攻防であり、俺なんかに予測ができるレベルの話ではなかった。

 

 

 滑空する翼竜のうち一体に向けて照準を合わせたらしい戦闘ヘリが、いきなり機体側部の円筒から何かを発射した。

 砲というより、それは誘導弾だったのだろう。伸びた噴煙が物語る軌道は、一直線に翼竜へと向っている。

 仕組みがよく分からない。生物にもロックオンできるものなのか。その疑問は、見慣れぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)を警戒するように旋回していた翼竜が、一瞬の爆炎に飲まれたことで答えが出た。

 その兵器にどれほどの威力があるのか、俺には理解することができない。ただ、仰ぐばかりの俺の下にさえ(かす)かに空気の波が届いた。そして、音も。

 咲いた爆煙の花弁が散り消えるより先に、羽を開いた翼竜が苦悶(くもん)(おぼ)しき咆哮(ほうこう)をあげる。

 

 その様を見ながら、俺は願わずにはいれらない。

 落ちろ、と。でなければ――

 ああ。

 

「駄目だ! やめろ!」

 

 無駄と知りながら叫ぶ。

 何に対してかは自分でも分からない。

 

 現実として、煙の中から()()た翼竜には何の傷も見当たらなかった。滑るように中空を行く異形の獣は、おそらく今知ったのだ。

 この見慣れぬ鉄の鳥にも、自分たちを害することはできないのだと。

 

 あとはもう一瞬のことだった。

 あらぬ方向から飛来した別の翼竜がヘリに体当たりをした。

 それだけで、決着はついてしまった。

 

 破損し、ふらりと大きく揺れたヘリはなおも何かの火器を発砲したが、(かし)いだ機体から伸びた銃火は地表と明後日(あさって)の方向を撃ち抜いただけだった。

 回転しながら落ちていくヘリは、墜落の瞬間に爆発するものかと危惧したのだが、そうはならなかった。けたたましい音こそ聞こえたものの、それきり何の変化も訪れなかった。しん、と静まり返ってしまった。

 

 

『そうか……そういうことなんですね、准教授。だからあなたは……!』

 

 悟ったような永山警視の声を聴きながら、俺は戦慄していた。

 ここまで一方的なのか。

 予感してはいたものの、実際に目の当たりにすると空恐ろしくなる。強力であるはずの近代兵器がまるで時間稼ぎにもならない。魔素が絡んでいないというただ一点で、まったく歯が立たなくなってしまう。

 

『高梨君……きみと氷室准教授の関係については詮索しません。ただ……ひとつだけ教えてください』

「……なんですか」

『これは終わりなんですか?』

 

 何が、という問い返しに意味はないだろう。

 返答に窮する問いでもない。

 冷えた秋風の中、俺は確信をもって言い切る。

 

「違います。たしかに誰にとっても最悪の日ですが、終わりなんかじゃない」

 

 これ以上、()けている暇はない。

 引き抜いたチェーンを巻いて束にするや、俺は再び走り出す。

 

「永山さん、瑠衣の居場所を教えてください。無茶って、あの子何をしてるんですか」

『……ええ。どうやら(わたし)を助けようとしたようで……あれ(・・)の注意を引きながら離れていきました』

「はあ!?」

 

 異界(クリフォト)の一般人が――あの瑠衣が、恐るべき翼竜をひとりで引き付けている。それがいったい、どういった思考回路から来た行動なのか。そして、どうやっているのか。まったく理解に苦しむ。

 しかし、状況だけは理解した。先ほど見た、第二入園口の付近で暴れていた翼竜は瑠衣を追っていたのだ。

 

『入園口から西の方角です。急いでください。あの子の足では逃げきれない』

「でしょうね!」

 

 惜しんでいたわけでもないが、使いどころを見極めようとしていた魔力も使って俺は跳んだ。

 全力の身体強化で()べる限界、手近な建物の屋根上までだ。そこからは洋瓦を踏みながら屋根沿いに駆ける。

 いかに避難が進んだとはいえ、衆目を集めるようなルートは使いたくなかったのだが、もうそんなことは言っていられない。加えて、剣技(グラディオアルテ)――剣を操る限りにおいて魔力消費を無視できる権能を抜きにすれば、俺が全力の身体強化で行動できるのはせいぜい二十分といったところだ。ここまでの消費を考えると十分残っているかも疑わしい。条件は悪い。

 

 

 だが、一体だ。まず一体仕留める。

 その手だてが判明すれば、あとは七回繰り返すだけだ。

 

 

 やがて聞こえてきた音――鳴り響くホルンの音色に、俺は様々なことを悟った。瑠衣がいかにして翼竜の目を自分に向けたか。その音が秘めた強さと感情。そして、彼女がまだ無事であるということ。

 到底、褒められたことではない。どういう理屈で行われているにせよそれは危険な行為である。

 しかし、空を舞う翼竜を捉えるのが難しいのも事実で、それを地に留め置いている瑠衣には感謝しなければならない。

 

 

 彼女を追う翼竜の巨体が、屋根を駆ける俺からも垣間見えた。

 俺は携えたチェーンを解いて魔力の浸透を試みた。ステンレスと(おぼ)しきチェーンには余計な塗装などはなく、それなりに魔力が通る。いけるか。口内で(つぶや)き、俺は再び跳んだ。

 

 空中で十数メートルはあろうかというチェーンを振るう。

 狙いは、地を駆ける翼竜の首。分厚い皮膚に守られた、太く長い首は、金属チェーンを(たた)()けたところでさしたるダメージにはならない。

 伸びて振るわれたチェーンは首に当たるや、勢いでひとりでにぐるりと巻き付いた。三周ほど回ったところで俺は鎖を引く。

 巨大な翼竜と俺では、いくらなんでも質量が違い過ぎる。引いたところで、むしろ鎖を持つ俺が首に振り回されて吹き飛ばされそうになる。その重力加速度は、もはやコースターの比ではない。

 だが、鎖を離すわけにはいかない。振り回されるうち、鎖は更に首に二周巻き付いた。ここだ。意を決し、強く鎖を手繰って首に取り付く。そして俺はようやく、翼竜の首に幾重にも巻き付いたチェーンに手をかけた。

 

 翼竜は首を振るってもがくが、もはやそれしかできない。

 短い手足に長い首。体の構造上、牙も爪も、首に取り付いた俺には届かないのだ。もしかするとそうなのでないかと(にら)んだ、そのとおりに。

 

「――くたばれッ!」

 

 首に足をかけ、全魔力を注ぎ込んでチェーンの束を引く。

 足裏から何かを破砕するような感触が伝わり、一瞬で張力限界を迎えた鎖が砕けて飛び散った。逆向けに首が折れた翼竜は、おそらく頸椎(けいつい)に致命的な損傷を受けている。何度か痙攣(けいれん)のような動きを見せた後、ぐらりと大きく揺れた。

 

 

 そして、翼開長二十メートル近い巨体はついに(たお)れた。

 結構な衝撃と風の中、着地した俺は大きく息を吐く。

 

 

 大きく目減りした魔力。砕けたチェーン。やっと一体を(ほふ)ったはいいものの、これを七回繰り返すなど到底不可能だ。なにか別の手を考えなければならないが、とにかく今は――

 

 ホルンの音がしない。

 

 ぞっとして振り返る。まさか翼竜の下敷きにしてしまったのかと危ぶんだ瑠衣は、しかし、携えたホルンのマウスピースから口を離して立っていた。

 どこか(はかな)さすら感させるその立ち姿が、先ほどまで翼竜を引き付けていた少女のそれだなどと、俺にはやはりとても思えない。

 身なりのいい彼女は、いまや擦り傷と(ほこり)にまみれている。そしてその瞳が映しているのは苦闘を終えたばかりの仮面の男であるはずだが、顔に浮かんでいるのは変わらず不明瞭な微笑だった。

 

「高梨くん」

 

 呼ばれてはた、と気付く。仮面で正体を隠しているつもりの俺だが、さきほど気合をいれるべく声を上げている。でなくとも服装も変わっていないので瑠衣には筒抜けなのだろう。

 

「……平気なのか?」

 

 様々な意味を込めて問う。

 生身で怪物を(くび)(ころ)す人間を、異界の一般人が涼しい顔で受け入れるなどと、はたして有り得るのだろうか。俺にはもう分からない感覚だ。

 

「ちょっと……痛いかな……?」

 

 分からなかったが、小首をかしげる小比賀瑠衣には恐れの気配が微塵(みじん)もない。

 

「そ、そういう意味じゃないんだけどな……まあ、いいか」

「……?」

 

 彼女の頭の中は一体どうなっているのだろうか。

 どこか壊れている。なにか危ういものを宿しているのは違いないのだが、いま追及せずともいいだろう。おかげで助かったのも事実だ。

 

「君を頼まれてる身としては、このまま連れて逃げるべきなんだろうが……」

「……どうしたの?」

 

 空を仰ぎ、俺は歯噛(はが)みする。

 群れの一体を(ほふ)られたのがよほど腹に据えかねたのか。それとも、自分たちを脅かしうる唯一の存在を本能で嗅ぎ取ったのか。

 残り七体の翼竜すべてが一斉に飛来しつつあった。

 

「逃げきれるか分からなくなった」

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 芸術家の感性みたいなのが良く書かれていると思います、確かに一般人とは違うなぁ
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