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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
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22.騎士とパン屋③

「調理と呼べるのか、これは」

 

 手渡されたブツを眺め、俺はそんな感想を漏らす。

 包み紙の上には、塩のかかった蒸かし芋にバターが添えてある。

 

 それだけだ。

 

「文句があるなら食べなくてもいいわよ?」

「……滅相もない」

 

 満面の笑顔で言うサリッサに何も言えず、俺はフォークで熱々の蒸かし芋にバターを乗っけた。無い物ねだりだが、せめて醤油が欲しい。

 ウィルフレッドは両目から目の幅涙を流しながら、じゃがバターを貪り食っている。他の九天の騎士達も思い思いの場所で蒸かし芋を楽しんでいるようだった。

 その様子に、調理したサリッサは得意げだ。

 

「ほら、外で食べる食事はおいしいものなのよ」

「お前、こないだは俺の歩き食いに文句付けてなかったっけか」

「そんなこともあったっけ? ま、人間ってのは成長するってことね。いいから食べなさい」

 

 物は言いようだ。

 ご機嫌な様子のサリッサに苦笑しつつ、俺も芋を頬張る。

 技術的な面は置いておくとしても、油分と炭水化物の組み合わせに外れなどない。

 

「確かに、外で食べると何でも旨いな」

「……へそ曲がり」

 

 一転して不機嫌そうな顔をするサリッサ。

 だが、どこか楽しそうなので、本気ではないのだろう。

 

「サリッサ! 僕は毎日三食蒸かし芋でも構わないくらいだよ!」

 

 両手に芋を抱えたウィルフレッドが、涙交じりに言った。

 それは俗に言うプロポーズ的な意味を含んでいるのではないかと思うのだが、言われた当人であるサリッサは冷ややかだ。

 

「いいから早く食べて、あんたも芋掘んなさい」

 

 ちょっと冷た過ぎやしないだろうか、と若い二人の関係を心配してしまうが、その辺りの機微は、何百年を延々と一人で過ごしてきた俺にはよく分からない。

 あしらわれたウィルフレッド本人が笑顔を崩さないので、大きな問題はないだろう。そもそも、心配する義理もない。俺は再び蒸かし芋に向き直り、ひと齧りする。

 

「分かったよ……けど、その前に僕らにはやらなくちゃいけないことがある」

「やらなくちゃいけないこと?」

「そうだろう? 門番」

 

 バターが良い塩梅の芋を租借していた俺は、それを飲み下してから、言った。

 

「ああ。別に、俺達は芋掘りに来たわけじゃないからな」

「……何言ってんの?」

 

 訳が分からない、といった感のサリッサを置き去りにして、俺とウィルフレッドは畑道で向かい合う。

 相対した金髪の青年は、先程までのくたびれぶりが嘘のように、気力に満ちている。食事のお陰だけではないのだろうが、俺はその先の思考を放棄した。無意味な感慨だ。

 

「ウィルフレッド、得物はどうする。置いて来ちまったみたいだが、取りに行くか?」

「いや、必要ないよ」

 

 金髪の青年が右手を軽く振るうと、次の瞬間、その手には豪奢な装飾が施された銀の大剣が握られていた。

 その現象に、俺はまずヴォルフガングが用いていた魔術――物質転換術を想起した。魔素(マナ)から物体を生成するその術であれば、こんな芸当もできるかも知れない。

 だが、生成の速度が速過ぎるし、魔素(マナ)の流れも見えなかった。

 大剣と全身甲冑という規模の差はあれど、いくらなんでも一瞬で大剣サイズの物体を生成するのは、この術を得手としているだろうヴォルフガングにだって不可能だろう。

 となれば。

 

「西門からここまで移動させたのか」

「ご名答。僕はこの転移魔術が得意なんだ」

 

 ぶん、と銀の大剣で空を斬り、ウィルフレッドは構える。

 転移魔術。これもかなり難度の高い魔法だ。

 文字通り物体を瞬時に移動させる魔術なのだが、脳内でイメージして座標の指定を行う必要があるため、高度な空間把握能力を必要とするのである。熟練した術者であれば、街から街へ移動することも可能だというが、そんなことができるレベルの術者は希少なため、国宝級に重用されていると聞く。

 この青年がジャン・ルースと組んで襲撃した際、彼が急に背後に現れたのは、この魔術の力だったのだろう。

 

「……と、言うより、僕はこれだけが取り柄で九天の騎士に指名されたんだけどね。剣の腕は全然だし、これ以外の魔法もそんなに得意じゃない。だから、序列も一番下だ」

「そうか」

 

 どちらかと言えば、心根の優しい人物なのだろう。

 サリッサに会うまで見せていた必死な形相は、すっかり鳴りを潜めている。穏やかな表情さえ浮かべた彼は、淡々と言葉を紡いだ。

 

「だけど、僕は君を倒さなくてはならない」

「そうだな」

 

 腑に落ちる話だ。

 

「ウィル!」

 

 抗議の声が意外なところから上がった。

 完全に蚊帳の外に置かれていたサリッサは、向かい合う俺とウィルフレッドに向かって声を張り上げる。

 

「なんでそいつに突っかかってんの! そいつには構わなくて良いから、主命を果たしなさい!」

「……違うんだよ、サリッサ」

 

 異変に気付いた九天の騎士達が集まる中、ウィルフレッドは静かに言った。

 

「僕たちは全員、もう死んだことになってる。命令はもう無い」

「え?」

 

 その言葉に、サリッサは色を失って立ち尽くす。

 

「ミラベル様は、クリストファさんが帰ってこなかった時点で、僕たちを見限ったよ。ジャンさんはもう一度だけ機会を貰おうとしたけど……駄目だった。機会を貰うどころか、僕らは全員、戦死扱いで騎士団から除名されたんだ」

 

 ミラベルという皇女からすれば、暗殺に失敗した駒を持ち続けるのはリスクでしかない。いくら暗殺が皇帝の決めたルールだとはいえ、継承戦そのものが公に認められていない以上、表向きにはただの犯罪行為でしかない。

 平時であれば揉み消すことも可能かもしれないが、今はその皇族同士が蹴落としあっている状況である。

 もし暗殺の証拠が表沙汰になれば、他の皇族からの追及は免れ得ない。

 

「お前らは各騎士団から選抜された称号持ち。言わば、有名人だ。暗殺に失敗したからって、そんな暗殺者達は最初から存在しなかった、なんてことにもできやしない。だったら、もう死んだことにでもするしかない」

「僕とジャンさんとハリエットには追っ手が掛かったよ。みんなは死んだと思われてたから大丈夫だけど、もし皇都に戻ったら何をされるかは分からない。僕たちはもう、皇都には戻れないんだ」

 

 ウィルフレッドと俺の言葉に、騎士達は水を打ったように静まる。

 不意に、禿頭の大男が声を荒げた。

 

「馬鹿な! あのお優しいミラベル姫殿下が、そのような非道をなさるわけが!」

「するさ。自分の命がかかっている。人間など、そのようなものだ。例外などない。或いは、成否に関わらず最初から切り捨てるつもりであったのかも知れん」

「何を根拠にそのようなことを!」

「俺なら、そうするからだ」

 

 ヴォルフガングの怒りの叫びを、毒刀使いが死人のような声音で冷たく断じた。

 二番目の実力者らしいクリストファは瞑目したまま黙して語らず、残りの二人の騎士は呆然と顔を見合わせるばかりだ。

 

「継承戦の話を聞いた時から、僕はずっと考えていたんだ。主君の命だからといって、あんな馬鹿げた話に付き合うのが、本当に正しいことなんだろうかと」

「それが騎士というものだ、ウィルフレッド」

「ヴォルフガングさん、忠節だけが騎士だというのなら、騎士道の説く正義とは一体何なんです。命じられるままに貴婦人を殺める行為に、どんな正義があるんです」

「それは……」

 

 ウィルフレッドの問いに、大男は押し黙る。

 

「正義? そんなものは無い。青臭い事を言うな、ウィルフレッド」

 

 代わりに答えた毒刀使いが肩をすくめる。

 

「俺が第十八皇女の暗殺を引き受けたのは、決して、お前の言うあやふや(・・・・)な正義のためなどではない。我らが理想。大義を成すための現実的な手段として、それより他に手がなかっただけのこと」

「ああ、皇国の方針を転換させたかったんだろ?」

 

 俺の言葉に、毒刀使いが僅かに目を見開く。

 

「知っていたのか、門番」

「ジャン氏から聞いたよ。皇国が続けてる統一戦争を止めたかったんだってな」

「貴様、筆頭をどうした」

「病院送りにした」

 

 毒刀使いの目に俄かに殺気が宿り、サリッサが小さく息を呑む。

 俺は二人に取り合わず、ウィルフレッドを見た。

 

「僕もジャンさんの目的は知っています。その上でお尋ねしているんです。皇国への大義は、確かにあったかも知れない。でも、正義は? 大義のためには捨てても良いと仰るんですか?」

「そうだ。まだ若いお前は知らぬのだろうが、汚い事をしなければならない時はある。だが、俺たちはミラベルを甘く見過ぎていた。彼奴の手札は我々だけだと思い込んでいたが、その俺たちを切って捨てるとなれば……」

「十中八九、お前たちよりも強力な手駒を隠し持っていたんだろう。ミラベルがお前達の大義を実現してくれなかった場合は、武力で傀儡にでもするつもりだったんだろうが、まあ、残念だったな」

 

 歯噛みする毒刀使いから視線を外し、俺は腰の長剣に手を置く。

 

「いずれにせよ、俺はお前らの計画など知ったことじゃない。ウィルフレッドの方がよほどまともな事を言ってるぜ。なあ、サリッサ。お前も馬鹿なクチか?」

「あ、あたし?」

 

 俺とウィルフレッドの視線を受けた黒髪の少女は、いつになく弱気な顔をしていた。

 

「門番、サリッサは……」

 

 ウィルフレッドの言わんとするところは、愚鈍な俺でも察しがつく。

 だが、聞いておかなければならない。

 

「あたしは……そんな難しいこと、分からない……ただ、筆頭はあたしの……お父さんみたいな人だから……」

「……そうか」

 

 孤児だというサリッサの境遇を考えれば、そんな可能性はあると思ってはいた。

 恐らく、彼女の才能を見出したジャンが、騎士として育て上げたのだろう。実の娘を騎士にできなかった――そして、きちんと向き合うこともできなかったあの男にとって、それは代償行為だったのかもしれない。

 俺は落ち着きなく視線を漂わせるサリッサから目を逸らし、心の中でジャン・ルースにあらん限りの罵詈雑言を浴びせる。いつか、もう一発殴ると決めながら。

 

 

 再び静寂が場に満ちた頃、俺は黙って長剣を鞘から抜いた。

 ウィルフレッドもまた、構えた銀の大剣を静かに持ち上げる。

 その様子に、未だ動揺の中にいるサリッサが、狼狽の滲む声を発する。

 

「な、なんで戦うの? だって、ウィルにはもう……」

「ああ。もうマリーを狙う理由がない。だから、俺は別にこいつを捨て置いて構わないと思ってる。正直、面倒だ。今のこいつは多分、強いからな」

「だったら、何で!?」

「あいつが戦うのは、お前たちを助けるためだよ。サリッサ」

 

 俺の言葉を聞いた途端、サリッサは、はっとした表情でウィルフレッドを見た。

 

「最初は仇討ちのつもりだったけど、みんなが生きていてくれて良かった。あとは僕が門番を倒して虜囚術式(コンプレヘンシオー)を解除させれば、みんなどこか別の国でやり直せる。生きてるんだから、また何度だってやり直せるはずだ」

 

 澱みなく、ウィルフレッドは言い切った。

 つい先程までは激情に曇り切っていたその瞳は、今やどこまでも澄んでいる。

 経験から察するに、こういう奴はかなり手強い。

 だが、俺もまた、長剣を構えて言う。

 

「悪いが、九天は一人も解放する訳にはいかない。敵対する可能性が僅かでもあるうちはな。お前も今から叩きのめして、パン屋にしてやろう」

「できるものなら、やってみろ! 門番!」

 

 金髪の青年は気合と共に地を蹴り、俺もそれに応じて前へ跳ぶ。

 ほぼ同時に振るった大剣と長剣が交錯し、火花を散らした。

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