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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
五章 シンギュラリティ
216/321

19.前夜にて

 午前0時の手前。俺はライトアップされた庭園でぼんやりとイルミネーションを見ながら歩を進めていた。

 ホテルは静寂に満ちている。この時間に出歩く宿泊客はほとんどいない。入浴や食事は客室で済ませるだろうし、リゾートホテルの性質上、宿泊客はレジャー目的が殆どだ。普通、夜は寝ているものだろう。

 俺を除いて。

 部屋で湯上り浴衣姿の三人に囲まれてトランプだのお喋りだのホラー映画鑑賞会だのに付き合ったのち、十一時には就寝となったのだが様々な理由で寝付けなかった。

 

 考えることが多いだとか、枕が違うだとか。ミラベルが薄着だとか、来瀬川教諭の寝相が悪いだとか。本当に様々な理由からだ。

 ホテル内をぶらついて頭を冷やそうにも営業しているのはルームサービスくらいなもので、見所らしい見所がない。併設するパークのハロウィンイルミネーションを眺めるくらいしかなかった。

 足元のブロック舗装の通路を照らす橙色や、木々に散りばめられた赤と青。ハロウィンらしさは特に見当たらなくとも電飾の景観がどこか新鮮に思える。異界の知識や記憶を有していても、心の置き所として俺はやはり異世界人に近いらしい。

 

 独特の風情と感傷に浸っていると、不意に、ジーンズのポケットに突っ込んだスマートフォンが振動した。

 来瀬川教諭が不在に気付いて連絡してきたのかと思ったが、通知欄には長命寺の名前があった。タップしてメッセージを表示すると、通話が可能かどうかを問う内容の文面だった。

 タイミングが良い。女性陣が寝静まった客室で話すのは無理だし、もっと早い時間だったとしても、何かの拍子で彼女たちの声が通話に混じる可能性があるので通話は避けていたところだ。

 時間が時間なので周囲にイルミネーションを楽しむカップルの姿などもない。というか人っ子一人いない。何の気兼もなく長命寺のアイコンをタップした。

 呼び出し音は二秒も鳴らなかった。

 

『あっ』

「あ、じゃないが」

『なん……いき、いきなりかけてくる!? 普通!?』

「許可をとらないといけなかったのか? 話せるか聞いてきたのはお前だろう」

『前置きくらい要るっしょ!?』

「そ、そういうもんか? いまいち作法が分からん。悪かった悪かった」

『まったく……!』

 

 深夜だというのに長命寺の声は活きが良い。

 やや籠った音の感じからして自室らしき場所だとは思うのだが、声の調子からして床に就いているという雰囲気でもない。

 

「俺が言えたことじゃないが、夜更かしは健康に悪いぞ」

『ホントそう。何。こんな時間に外に居んの?』

「寝付けなくてな。散歩してイルミネーションを眺めてる』

『え? ひとりで?』

「ああ」

『うわっ……ウケる』

「と言いつつ引き笑いっぽい声音だな」

『さすがにちょっと引いた。高梨の異常行動には慣れたつもりだったけど……』

 

 嘘だろう。八割くらいは引いている。

 が、俺が長命寺の好感度を稼いでも仕方がないので気にしない。

 

「失礼なやつだな。イルミネーションはいいぞ。心が洗われるようだ。それにこの電気代がどこから来てるのかと考えると、得も言われぬ哀愁の念を禁じ得ない。わびさびだ」

『あんた絶対、侘寂なんて理解してないでしょ』

「馬鹿な。俺ほど日本の文化に詳しいやつはいなかった。近所ではな」

『範囲が狭すぎるでしょ!?』

 

 しかも別世界での話なのだが、長命寺の知るところではない。

 戯言を繰り出すのも程々に切り上げ、本題に切り込むことにした。

 

「で、どうした。俺の意見でも聞きたいのか」

『……そうだけど。まあ、聞いてやってもいいかなって思ってる』

「そうか。なら迷わず行け。以上」

『ちょ、ちょっとちょっと。まだ何の話か言ってないでしょ』

「お前と俺の間に橋本以外の議題があるのか?」

『……あるかもしんないじゃん』

「ほお。見つけるだけで朝までかかるだろうな。頑張ってくれ。俺は寝る」

『あ、あんたってホント……アホっ! くそバカ!』

 

 ドスの利いた怒声が耳朶を打つ。

 ああ、罵られるのもいいなあ。歪んだ喜びに浸りつつ頭を下げる。

 

「はは、すまんすまん。なんかお前って仲良かったやつに雰囲気が似てるっていうか……すげえ話しやすいんだよ。だからつい、な」

『……そうなの? 誰?』

「さてな」

 

 もう二度と会えないかもしれない、槍を担いだ少女の顔を思い出す。ガリガリと襟足を掻いて胸の痛みを追い出し、俺は今の友人に向けて言葉を紡ぐ。

 

「おおかた、橋本に誘われでもしたんだろ。明日か」

『う……なんであんたっていつもそう先回りしてんのよ』

「簡単だって。俺があいつならそうするって話だ」

『……』

 

 仮に俺が長命寺を好いているとすると、昨日の今日で引き下がる手は採らない。というか、採れないだろう。攻勢に出た以上、橋本にはそれなりの勝算があったはずだ。先延ばしにする理由はないし、状況が悪化する恐れすらあると考えているかもしれない。

 彼が何を恐れているのかおおよそ見当はつくのだが、まず問題ないと俺には断言できる。が、橋本にはそんなことは分からないので自然な流れだ。

 

 と、そんな考察以前に、朝それぞれから明日の予定を確認されているので予想はついていたのだが、俺が橋本の告白云々を聞いていたと明かすのは話がややこしくなるし、ここは恰好をつけておくことにした。

 

「どこに行くんだか知らんが、お前も乗っかればいい。橋本だって色々考えがあるんだろうし、覚悟もあるんだろ」

『う、うん……ちょっと気合入ってる感じ……するかも。けっこう遠出だし』

「あっはは、良いじゃないか。渡りに船ってやつだ」

「そうかな……」

 

 具体的なデート場所を聞くほど俺は野暮ではない。ただ長命寺の声の調子は満更でもなさそうで、それだけでもう上手くいくことが分かり切っている。

 心から祝福できる。

 ここのところでは数少ない、明るいニュースと言えよう。

 

「ちょうど俺も遠出してるところでさ。祝いの品は饅頭とかでいいか?」

『……ご当地のお饅頭とかって全部味同じじゃない?』

「ラングドシャとかクッキーとかも売ってたな」

『それこそどこでもあるじゃん……全国津々浦々、似たようなのがあるわよ』

「なんだ、そうなのか」

 

 道理で、来る途中のサービスエリアとホテルで同じようなものが売っているわけだ。この地と焼き菓子に深遠な所縁があるのかとばかり思ってしまった。

 もしサリッサに箱詰めの菓子をあげたら喜んでくれるだろうか。

 そんなふうに思ってから、俺は自嘲した。

 いつだって悔いるのが遅すぎる。

 

「とにかく、健闘を祈ってるよ。帰ったら茶でも飲みながら聞かせてくれ」

 

 感傷を振り切って明るくそう言うと、スマートフォンの向こうで小さな呟きがあった。

 

『……祈っちゃうんだ』

 

 長命寺がおかしなことを確認したせいか、一瞬、なにか間違えているのかと自分を疑ってしまう。

 何に祈るか、祈るべき対象が俺にあるのかは別として、祈らないわけがない。友人達の、その両方の心の裡を知っている俺からすれば当然だ。

 むしろ、祈るまでもなく成就すると俺は知っている。

 

「当たり前だろ」

 

 即答したつもりだったが、通話は既に切れていた。

 特にメッセージが来るわけでもなく、訝りながらスマートフォンを仕舞う。

 そうしてから、やはり頭を掻いた。

 

「人の背中は押せるくせにな」

 

 浮ついた話題にも興味がないわけじゃないし、少なからず好きだと言える相手も居るくせに、未だに俺はひとりのままだ。

 誰かと見るべくして作られただろうイルミネーションをひとりで眺めながら、はたして、誰となら歩きたいのかを自問してみる。

 ミラベルを思い浮かべようとするも、それが魅了(ファシネーション)の効果なのかそうでないのか、どこまでが自分の感情なのか。実のところ、今の俺には判断がつかない。

 問題だ。大問題なのだが、それを口にするつもりは一切ない。

 

「……まあ、いいさ。頑張れよ、長命寺」

 

 独り言ちて、俺はイルミネーションを眺め続けた。

 それはそれとして明日はやってくるのだ。

 せめて、パークで過ごす予定の明日が良い日であれと願うばかりだった。

 

 

 

 

 午前0時。

 キャストとマクガフィンが出揃う。

 異界(クリフォト)における最悪の一日が、そうして静かに始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >俺ほど日本の文化に詳しいやつはいなかった。近所ではな 短期間のうちに一部の分野ではミラベルに抜かされそうな気がしなくも… >『……祈っちゃうんだ』 んん?んー?微妙なフラグが埋もれて…
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