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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
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21.騎士とパン屋②

「僕の名はウィルフレッド・ツヴァイヘンデル! 東洋人の門番、尋常に勝負しろ!」

 

 がぼがぼと人の水筒から水を飲むだけ飲み尽くし、空になった水筒を丁寧に礼と共に返却した後で、金髪の青年は俺を指差してそんなことをほざいた。

 

()だよ。面倒くさい」

「な、何!?」

 

 当然、返事はノーだ。

 愕然とする騎士の青年。愕然としたいのはむしろ俺の方だ。

 

「何だって仕事でもないのに騎士と戦わなきゃならんのだ。お前が街中で酒飲んで剣を振り回したりでもしなけりゃ戦う理由がない」

「馬鹿な……決闘を申し込まれてるんだぞ! 君には自分の剣に誇りはないのか!?」

「ねえよ、そんなもん。つーか、お前。ウィル何とか。人騒がせな真似しやがって。こんなところで暮らすな。街の人の迷惑だろうが」

「……僕が……迷惑……!?」

 

 ウィル何とかは俺の弾劾に言葉を失って立ち尽くす。

 ただでさえ睡眠不足で苛々しているところに、このはた迷惑な青年の勝手な言い分を聞くほどの心の余裕はない。一刻も早くベッドに入らなければ俺は死んでしまう。

 

「じゃ、そういうわけだから。お前、早く皇都に帰れよ」

「ま、待て門番! 君に戦う理由がなくとも、僕にはあるんだ!」

 

 詰め所に帰ろうとする俺に、青年はどこから取り出したのか分からない豪奢な大剣を構えて叫ぶ。

 剣を抜かれてはさすがに背を向けられない。プライドの問題などではなく、単に危ないからだ。

 深い溜息をつき、俺は口を開く。

 

「お前らを率いていたジャンは、もう戦えない。九天の騎士はお前以外全滅したと言っていい。ウィルフレッド、お前はそれでもまだマリーを狙うのか?」

「いや、僕は継承権争いなんかどうだっていい。ジャンさんには何か目的があったみたいだけど、僕にはミラベル様も王に相応しいとは思えない」

「何だと? お前だってそのミラベルの手勢だろうに」

「確かに騎士として剣を捧げた相手はミラベル様だけど、それは九天の騎士として方針に従っただけで僕個人の意思じゃない。確かに、ジャンさんの目的が果たせなかったのは残念に思う。でも、もう僕には関係のないことだ」

 

 ウィルフレッドは水で額に張り付いた前髪を掻き分けながら断じた。

 俺はミラベルという皇女のことをさして知らないが、少なくともあまり人望はないようだ。ジャン・ルース氏は人を見る目がなかったのかも知れない。

 

「じゃあ、お前は何で俺と戦いたがるんだ」

 

 ぐっと拳を握り、怒りに燃える瞳で俺を見るウィルフレッド。


「君が僕の最愛の人の……サリッサの仇だからだ!」

「…………ああ、そう」

 

 なんかもう、本格的にどうでも良くなったので、俺は適当に相槌を打った。

 

「君に敗北してからこの一週間、僕は森で独り研鑽を重ねた! そして僕は、遂に君を超える力を手に入れたんだ!」

「へえ、そりゃすごい」

 

 脱水でぶっ倒れてた人間の言葉とはとても思えない。

 

「行くぞ、東洋人の門番! 僕は君を斃し、サリッサとみんなの無念を晴らす!」

 

 金髪の青年は大剣を振り上げて飛び掛ってくる。

 精彩を欠いた……というより、まるで亀のような鈍い動きで大剣を振るう。

 俺はその刃をひょい、と一歩下がってやり過ごした。

 盛大に空振りしたウィルフレッドは、斬撃の勢いのまま地面に突っ込む。大剣に振り回されて地べたに這いつくばった青年の後頭部を、俺は長剣の鞘で小突いた。

 

「……ぐわあ!」

「まあ、なんだ。満足したか?」

「ど、どうして……こんな筈は……うわあ! や、やめろ!」

 

 信じられない、といった表情で整った顔を崩すウィルフレッドの頬を容赦なく鞘でこね回しながら、俺は言う。

 

「お前、何日も飯食ってないだろ。そんな体たらくでまともに動けるわけがない」

「くっ……路銀が尽きてしまったんだ……財布をどこかで落としてしまって……!」

「なんて不憫な奴だ」

「あ、哀れみは無用……わああ! やめろォ!」

 

 今度は鞘の先で鼻先を押し上げてやる。美形が台無しだ。ざまあない。

 一通りストレス解消を終え、俺は倒れたままの青年の足を掴んで引き摺って運ぶ。

 

「何をする気だ!」

「とりあえずお前、実力以前の問題だ。俺と戦いたいならまず飯を食え」

「僕は敵の施しは受けないぞ!」

「この野郎、さっき俺の水飲んだろうが。どの口で言ってんだ。しかも俺が施すだと? 馬鹿を言え。何で俺がお前に飯奢ってやらなきゃいけないんだ」

 

 

 

 

 

 

 初めこそ、ごちゃごちゃと喋る元気があったらしいウィルフレッドも、延々と引き回しているうちに次第に静かになった。

 セントレア南部の芋畑までやってくる頃には、もはやピクリともしなくなっていた彼だったが、この世界の騎士は頑丈にできている。仮に半日以上引き回したとしても、その程度では死んだりしないので問題ない。

 俺は前方の畑で農作業に勤しんでいる一団に向けて声を張った。

 

「おーい、パン屋どもー」

 

 一団――ルース・ベーカリーに勤務している元九天の騎士達は、一斉にこちらに気付くと他者多様な表情で俺に視線を送る。その殆どは嫌悪が混じったものだったが、俺が引き摺っている青年を認めるや否や、そのうちの二人が駆け寄ってきた。

 その一人、趣味の悪い赤黒のエプロンドレスを身に纏った少女が、声を上げた。

 

「ウィル!?」

 

 少女――サリッサの声を聞いたのだろう。

 ウィルフレッドはそれまでの体たらくが嘘のように飛び起きると、信じられないものを見るかのような目で駆け寄ってくるサリッサ嬢を見た。

 

「サリッサ!? 良かった! 生きていたんだね、サリッサ!」

 

 ウィルフレッド青年はサリッサを迎えるべく両手を広げ――

 

「なに負けてんのよ、この愚図!」

 

 直前でジャンプして飛び膝蹴りに移行した彼女に顔面を蹴り飛ばされ、五メートル近く後方に吹っ飛んでいった。

 インパクトの瞬間に結構な破砕音が聞こえた。青年の安否が気がかりだ。

 

「サリッサ……お前、恋人を殺す気か。せっかく持って来てやったのに」

「は? 恋人? 誰が?」

「今吹っ飛んで行った美形だよ。恋人じゃないのか?」

「違うわよ。幼馴染で同僚ってだけ」

 

 黒髪の少女は肩で息をしながら言った。

 俺は「幼馴染の距離感ってすげえ」などと的外れな感心をしつつ頭を掻く。

 

「まあ、何でもいいや。何か食わせてやってくれ。腹空かせてるみたいだからさ」

「お腹空かせてるって? あんたに叩きのめされたんじゃないの?」

「違う。餓死寸前で倒れてたんだよ」

 

 見れば、ウィルフレッドは畑の土に頭から突っ込んで軽くヤバめの痙攣をしている。

 遅れてやってきたエプロン姿の気色悪い大男が、無残な姿の彼を見るなり俺に掴みかかってきた。

 

「東洋人、貴様! 未来ある若者になんてことをしてくれたんだ!」

「冤罪だヴォルフ。俺じゃなくてサリッサがやったんだ」

「くっ、死ぬんじゃない! しっかりしろ、ウィルフレッド!」

 

 大男は俺の言葉を聞かず、さっさと青年の方へ行ってしまう。

 つくづく人の話を聞かない男である。

 

「ま、大丈夫よ。ウィルにはまだ虜囚術式(コンプレヘンシオー)は仕掛けてないでしょ?」

「ああ」

「じゃあ障壁張ってるから大丈夫よ。たぶん」

「……あまり大丈夫な音じゃなかったけどな」

 

 俺が習得している数少ない高位魔法のひとつである虜囚術式(コンプレヘンシオー)は、意識的に魔力を行使する一切の行為を禁じる効果と、一定範囲からの脱走を防止する効果を持つ魔法だ。

 犯罪者の捕縛には絶大な効力を発揮する魔法だが、魔素(マナ)の消費が大きいのと発動に必要な詠唱と動作に三分を要する上に対象が動くと確実に失敗(ファンブル)するため、戦いには全く向かない。

 サリッサを含め、撃破した九天の騎士達には全員この術式を仕掛けている。これにより彼女達は身体強化や魔力障壁といった騎士としての能力を使えない状態になっている。

 ウィルフレッドには仕掛ける暇も意味もなかったので、まだ何もしていない。

 

 俺が習得している高位の魔法は全て戦闘向きの魔法ではない。セントレアで門番を続けていくにあたって重要な魔法だけを習得している。

 中には準備に数ヶ月かかるような大掛かりな魔法もある。その大魔法は、毎年この収穫祭の時期に発動準備が完了するよう魔法陣を構築しているのだが、今年は色々とあったせいで準備が進んでいない。

 この大魔法を疎かにするわけにはいかない。進められる時に出来るだけ進めておきたいのだが、進捗は芳しくない。

 

「ま、ちょうど良かったわね。そろそろお昼にしようと思ってたのよ」

 

 幼馴染を心配する様子もなく、サリッサは親指で離れた位置を指す。その先には石で組んだ(かまど)と鍋があった。

 どうやら何かを炊くらしい。

 

「芋畑で調理するってことは、まあ、芋なんだろうな」

「そ。じゃがいも。収穫祭で出すカレーとかいう料理の材料にするからって、店長に収穫を頼まれたのよ。どうせだからこの場で味見しちゃうわけ」

「……カレーだと?」

 

 この世界――特にこの国、ウッドランド皇国は現代世界からの文化が流入しているのだが、何故かカレーは伝わらなかったようで、現在に至るまで存在していない。

 ルース・ベーカリーの店長であるカタリナ・ルースは、一週間前に俺と共に現代世界に渡っている。恐らくその際、あちらの世界のレシピを手に入れたのだろう。

 抜け目のない女だ。

 いちいち料理にまで目くじらを立てるつもりはないが、カレールーの材料であるスパイス群はこちらの世界には類似した物こそあるものの、そのまま同じものは存在しない。レシピ通りには作れないのだ。代用品を立てるにしても、試行錯誤にかかる期間を考慮すると収穫祭には間に合わない。

 となると、ルーは往還門を経由して現世から調達するつもりだということになる。カタリナは現世――日本の貨幣など持っていない。俺に調達させる気なのだろう。

 商魂逞しいのは結構だが、資本は無限ではないのである。

 カタリナとはいずれじっくりと話し合わなければならないようだ。

 

「あとはサツマイモね。こっちは普通にスイートポテトパイにするらしいわ」

「パイだけにしてくれってカタリナに伝えといてくれ」

「……あんた、甘いパイ好きなの?」

「そういう意味じゃないが、甘いものは好きかな」

 

 意味が分からない、といった風に首を傾げるサリッサだが、俺に問いかけを口にする前に、跳ね起きたウィルフレッドが彼女の前に躍り出る。割と無事だったようだ。

 

「パイだって? サリッサ、君はいつからパイなんて焼けるようになったんだい?」

「今のあたし達はパン屋だもの。そりゃ焼けるわよ」

「……みんなが、パン屋? 一体どうして……」

「かの東洋人の外法により我らの騎士としての力は封じられた。同時に、街を出ることも禁じられておるのでな。糧を得る為に仕方なくパン屋で働いておるのだ」

 

 芋畑の中でじゃがいもを籠に放りながら、いつぞやの毒刀使いの男が大仰に言った。

 彼はエプロンではなく、コック帽とコック服を身につけている。

 

「まったく卑劣極まりない。名誉ある我ら九天の騎士がこんな辺境で芋掘りなんぞをしているのも、血も涙もない、この東洋人のせいだ」

 

 ウィルフレッドの後ろに立つ筋肉達磨の大男、ヴォルフガングも同調するかのように俺を顎でしゃくりながらぼやいた。

 ひどい言い草だ。待遇改善の要望ならカタリナに言うべきだ。

 それを聞いたサリッサが、目を細めて酷薄な笑みを浮かべる。

 

「ヴォルフガング、あんた最近、お店の仕事が楽しくなってきたって言ってたわよね」

「ば、馬鹿を言え! それは言葉のあやだ! 鍛え上げられた我が肉体の前には造作もないことだと言ったまで!」

「毒蛇、あんたもパン捏ねるのかなり上達したわよね」

「……何事にも手を抜かぬのが、俺の流儀だからな」

「だったらキリキリ芋掘んなさい。さっさと収穫終わらせないと、お昼ご飯食べる時間なくなっちゃうわよ」

 

 ふん、と鼻息荒く、腰に両手を当ててまくし立てるサリッサ。

 言われ、男二人は渋々畑に戻っていく。

 

「俺、お前らの序列とか分かんないんだけど……サリッサって偉いのか?」

「サリッサはジャンさんやクリストファさんに次ぐ使い手だからね。当然、立場も三番目に偉いんだ」

 

 ウィルフレッドは嬉しそうに言う。

 実力主義ということなのだろうが、あのプライドが高そうな騎士達が黙って従うというのはそれを差し引いても意外なことだ。

 サリッサと他の連中の間にはそれほどの実力差があるということなのだろうか。

 

 筋力を魔力で補う技法が確立されているこの世界においては、年齢や外見は当人の実力を推し量る目安にはならない。

 ヴォルフガングのような筋肉達磨が魔術師だったりするのはさすがに稀な例だが、とても剣を振れそうに見えない枯れ木のような老人が現役の剣士だったり、年端も行かない少女が巨大な戦斧を意のままに操ったりする程度の事例は珍しくない。

 もちろん、歳をとっている人間の方が実戦の経験値としては上回るので、見た目もまったくあてにならないわけではないのだが――

 

「ちょっと、タカナシ。ぼーっとしてないで、あんたもちゃんと働きなさい」

 

 などと言いながら芋掘りフォークを手渡してくるサリッサ嬢も、やはり外見とはかけ離れた実力を持っている。

 

「……俺、帰って寝たいんだけど」

「は!? ウィルに食べさせる分は誰が働くのよ!? あんたが連れてきたんだから、ちゃんと最後まで面倒見なさい!」

「……はい」

 

 お前の幼馴染だろうに。という言葉を飲み込み、俺は芋掘りフォークを手に畑に向かう。サリッサの有無を言わせない雰囲気に圧されたのもある。おっかない女だ。

 しかし、最近は出費が多いので、芋を分けてもらうのは悪い話じゃない。

 

 今晩は肉じゃがにでもするか。

 秋晴れの空の下、俺はフォークを土に突き刺した。


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