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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
20/321

20.騎士とパン屋①

 収穫祭を間近に控え、セントレアの街は心なしか活気付いている。

 往来を歩く人の姿も平時に比べて多く、何となく忙しそうな気配を漂わせている。それもそのはずで、セントレアの収穫祭は農産物を主体にした観光事業の色が強いからだ。滅多に街の外の人間が来ないこの街に、少ないながらも観光客がやってくるのである。

 それがなくとも、一応そこそこの人口を持つセントレアの収穫祭では、内需だけでも結構な金額が動く。農家の皆様が精を出すのも当然だ。

 一見、門番である俺にはまるで無関係のイベントである収穫祭だが、例年この時期に増加する仕事がいくつかある。

 そのひとつが、街に入る馬車の荷改めだ。

 

「今度の荷は……トマト? 荷馬車一杯にトマトとは。一体何に使うのだ?」

 

 弱い冷却魔法が利いた荷台の中で、大量のトマトを前にして目を丸くさせながら呟く金髪碧眼の少女、マリー。彼女はこの国の皇女でありながら、何の因果か、自らの意思で門番をやっている。

 

「収穫祭用ですね。パスタを大量に茹でますから、そのソースに使うんですよ」

「これを全部? 随分とたくさん作るのだな」

「食い物くらいしかありませんからね。この街は」

 

 より正確に言えば穀類、芋類、畜産物だ。

 野菜はあまり栽培されていないため、こうして他の地方から取り寄せるのである。

 

「なるほど……それにしても今日の荷は収穫祭の品ばかりだな。数も多過ぎる」

「収穫祭が終わるまでは毎日この調子ですよ。だから俺が手伝ってるんです」

 

 何もない時期と比べて、南門を通過する馬車の数は十倍近くまで増える。門番はそれら全ての荷を一応は確認しなければならない。元々の数が少ないので回せないほどにはならないが、マリー一人に任せるには少々荷が勝ち過ぎている量にはなる。

 トマト馬車から降りた俺達は御者に手で合図をした。御者の男は帽子を軽く上げて挨拶をしながら、南門の下へ馬車を進ませる。

 

「とはいえ、今日のところはあの荷馬車が最後の便です。午後からは空きますね」

「一人では昼過ぎまでかかっていたな。ありがとう、タカナシ殿」

「お気になさらず。じゃ、俺は寝ますんで……」

 

 徹夜明けの俺はそろそろ睡魔に身を委ねないと死んでしまいそうだったので、皇女殿下に手を振って南門を後にしようとした。

 そんな俺の眼前に、青白い光の玉がふわふわと漂いながら寄ってくる。

 

「それは……伝声術ではないか?」

 

 皇女殿下が訝るように光を見上げる。

 伝声術とは、読んで字の如く、音を伝える魔法だ。生活魔法のひとつだが、有効距離が短いことや、やたらと高価な触媒を消費する点がネックとなって一般にはあまり普及していない。こんなものを常日頃から使用できるのは、金持ちか王侯貴族くらいなものだ。

 皇族であるマリーには馴染みがあるのだろうが、この辺境最果ての街の住人は全く使わない。外の人間の仕業だろう。

 

『おい、坊や。聞こえているか』

「ド、ドネット?」

 

 お喋り光球から響く女医の声に、俺は鼻白む。

 ひどく面倒な気配を感じ取ったからだ。

 

「ほう、ドネット先生が伝声術を扱えるとは知らなかったな」

『なんだ? マリーも近くにいるのか?』

「うむ。タカナシ殿と仕事を一段落させたところだ」

『そーか。なら丁度良かった。坊やに至急頼みたいことがあるんだよ』

「タカナシ殿に?」

 

 皇女殿下はくりっとした瞳で俺を見上げるが、俺としてはそんな視線を送られても気が進まない。

 

「竜の骨探しならこないだ終わらせたろ。この街に目立った反応はなし。以上だ」

『その件じゃない。ま、その件もおいおい解決してもらうけど』

 

 さらっと面倒なことを言う。

 俺が街中をダウンジングするのにどれだけ歩き回ったと思っているんだこの女は。

 とはいえ、相応の借りがあるのも事実なので文句は言えない。

 ぐっと我慢して続きを促す。

 

「じゃあ何の用だ?」

『西地区の婆さんから聞いた話なんだが、どうやら街の外壁に不審な男が居ついてるらしい。もう一週間以上になるそうだ』

「ああ……そういうアレか……」

 

 俺は心底げんなりした声で呟く。

 この時期になると増える仕事、その二だ。

 どうも収穫祭が近付くと、流れ者だったり旅人だったりが宿代をケチって変な場所で野宿を敢行し始めるのである。その他にも酒場で揉め事を起こしたり、畑の作物をかっぱらったりするので性質(たち)が悪い。

 大抵はその場で注意したりブチのめして罰金を払わせたりすることになるのだが、稀に厄介な相手が混じっていることもある。

 

『その男、どうも帯剣してるらしいんだよ』

「うわ」

 

 厄介なパターンだ。

 他の地方から流れてきた賊、という線はほぼない。隣町であるリンダースに駐留している騎士団が、得点稼ぎの為にそういう連中を血道をあげて取り締まっているためだ。

 他に仕事らしい仕事がないこの地方において、彼らの賊に対する取締りは苛烈を極める。何せ、この地方には他に飯の種がない。検挙件数だけが命綱である彼らが、賊を見落とすなんてヘマをするとは考えにくい。

 最も面倒な相手は、流れの賞金稼ぎや傭兵くずれだ。曲がりなりにも実戦経験を積んでいる者が多いため、かなり強気に出てくることが多い。

 とはいえ、そういった連中にも良識はあるので刃傷沙汰になることは殆どない。立ち退きの説得が面倒なだけである。

 

「面倒だなあ」

 

 思わず口に出してしまった。

 傍で聞いていた皇女殿下は呆れ顔で、お喋り光球からも舌打ちが聞こえてくるが気にしない。面倒なものは面倒なのだ。

 

「まあ、行くけどさ……」

「何なら、わたしが代わりに対応しても構わんぞ。タカナシ殿」

「有り得ません。さくっと片付けてきますから、お昼は適当に食べておいてください」

 

 突飛なことを言い出す皇女殿下の頭をぽんぽんと叩く。

 いくら何でもマリーには荷が重いし、職務に情熱を傾けているとは言えない俺も、そこまでは人間が腐ってはいない。

 この街の番兵団で、こういった事案に対応できる人間はかなり限られている。皆が忙しい現状、ちょうど手の空いている俺が動くのも順当な話だ。

 そんな風に自分を説得しつつ、間断なく睡眠を要求する脳を何とか回転させながら、俺は西へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 セントレアの西は、なだらかな丘陵と麦畑がある以外には何もない場所だ。

 この地方は何もない草原や森が多いのだが、街道と繋がっている東部や南部と比べれば、西部は殊更に何もないため、滅多に赴くこともない。

 通行も皆無であるため、門は閉まったままである。逆に西門が開いているところを見た事がないくらいだ。外壁の外の畑に行く住人が使っているはずだが、その時間帯には南門にいるので目にする機会がないのである。

 伝聞でしか知らないが、丘陵を越えてずっと行くと深い森があるらしい。ただ、その向こうは海しかないのでやはり用事がない。

 開閉が面倒なので西門は通らず、欠けた部分の外壁をよじ登って壁の外へ出る。外壁に居ついているというくらいだから、壁伝いに行けば見つかるだろう。

 

 壁に沿って移動しながら辺りを確認していくと、外壁が亀裂でへこんだ部分に倒れ伏す人影が見えた。

 

「……うおっ」

 

 その光景に、俺は思わず声を上げる。

 どうもその人物は襤褸布をテントのように張って雨を凌いでいたらしい。木の枝で雑に組まれた屋根は風で半ば崩れ、辺りには何処で調達してきたのか穴の開いた鍋などが散乱している。

 遠目で見た限り、うつ伏せに倒れた金髪の男はぴくりともしない。これでは野宿というよりは、宿無しがサバイバル生活に挑戦して失敗した末路のようにしか見えない。

 

「……死んでる、のか」

 

 さすがの俺も、風雨に晒された死体を直視するのは幾らかの覚悟が必要だ。

 マリーを連れてこなかったのは正解だった。数十分前の自分の判断を褒めながら、恐る恐る死体に近付いていく。

 これはまた別の意味で厄介だ。行き倒れの死体を引き取ってくれる施設など、セントレアにはない。必然的に発見者である俺が埋葬しなくてはならないわけだ。

 完全に白骨化していればまだ平気なのだが、半端にアレしているアレだと臭いがやばいわ見た目もトラウマになるわで非常にしんどい。

 門番などを長くやっていると、そういうモノに出くわすこともままある。

 

「……死んでる、よな?」

 

 あと数歩、というところで俺は立ち止まった。

 覚悟していたほどの異臭はない。もしかすると死にたてなのかもしれない。それはそれで不幸中の幸いではあるのだが、どっちにしろ死体であることに変わりはない。

 

 深呼吸して呼吸を整える。

 よし。

 

 俺は腰の剣帯から鞘に収めたままの長剣を外し、動かない男の体を鞘の先でひっくり返そうとした――その瞬間、死体が動いた。

 

 

「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ」

 

 

 鞘の先を、死体の手がおもむろに掴んだ。

 

「う、うわっ!?」

 

 咄嗟に剣を引いた勢いで鞘から刀身が抜け出でて、俺は抜き身の長剣を手にしたまま後ろにつんのめる。死体はまるでホラー映画のワンシーンのように、うつぶせのまま両腕を動かして俺の方へ這い進んでくる。

 

 死体が動くなんてそんな馬鹿な、と打ち消したい思いはあるが、この世界には死霊術という分類の魔法が存在する。死霊とは言っても、死者の霊魂がどうのとかいうようなオカルト的な魔法ではなく、単に死体に精霊を宿して「動く死体」にするだけの術なのだが、侮るなかれ、これがまた相当不気味なビジュアルになるのである。

 動く死体の脅威度は死霊術師の技量によっても大きく左右されるが、低い順に大別すると、死体そのものを単純に動かすだけのゾンビ、死体から霊体(アストラル)だけを抜き出した幽霊(ゴースト)、生命活動を停止している以外は生者と全く変わらない帰参者(レブナント)などがある。

 帰参者(レブナント)に至っては、そんじょそこらの生身の剣士や魔術師が束になってかかっても、漏れなく皆殺しにできるほどの力を持っている。

 かつて何度か交戦したことがあるが、どれも思い出したくない経験だ。

 この死体は緩慢な動きをしているので、ただのゾンビだと思いたいところだが、決して油断はできない。

 

「……あ、ああ……」

 

 呻く死体にぴたりと長剣の切っ先を向け、来るべき攻撃に備える。

 しかし、死体は喘ぐような声を断続的に発するだけで、一向に、起き上がろうとさえしない。ゾンビにも失敗作という概念があるのだろうか、と怪訝に思っていると、死体は這うのを止めてひっくり返るように仰向けになる。

 俺はその青年の顔を見て、一瞬驚き、

 次の瞬間にはどうでも良くなったので長剣を鞘に収めた。

 

「ど、どうか……み、水を頂けませんか……水を……」

 

 干からびたような声を絞り出すその金髪の青年を、俺は知っていた。

 ジャン・ルース氏と共に襲い掛かってきた二人の騎士のうちの一人だ。

 青年はハッと気付いたような顔で俺を見上げると、震える手で俺の顔を指差す。

 

「お、お前は……!」

「よう」

 

 俺はその端整な顔を目掛けて、水筒の水をかけた。

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