20.暗躍①
どんな勝負も始まる前に七割八割勝敗が決まる。競技的な試合であろうと実戦であろうと、剣だろうと交渉事だろうと同じである。事前の準備とはそれほど重要だ。準備も無しに勝負に臨むのでは博打と大差がない。余程のことがない限りは避けるべきだろう。
ミラベルが仕掛けようとしている皇族連中との話し合いにも明確な勝敗が存在する。言ってしまえば勝負。それ自体が戦いのようなものだ。だからこそ彼女も話し合いが始まる前の事前準備に力を注いでいる。資料作りもそうだろうし、実際の話の流れをどう転がすかも十分に検討しているに違いない。
そもそも、会議というものは始まる前に参加者各々の中でおおよその着地点が決まっている。表面上はどう見えるとしても、会議の中で実際に行われるのは議論や検討などではない。その場に初見の資料や意見を提出したところで、たかだか数時間の会話で検討が進むわけもないからだ。内容も確認しようがなく、そんなものは大体事前に済ませておくか、でなければ後回しにされる。場の主旨はそこにはない。
重要なのは各々の着地点の擦り合わせだ。この本質を理解していることが会議という戦いへ参戦する最低条件であり、勝利条件そのものである。
などと偉そうなことを考えてはみるものの、俺は田舎門番に過ぎない身なので皇族の話し合いの席には参加できないだろう。中身がどうとか以前にお呼びでないのである。
これを踏まえた上で俺が取れる行動は、実際のところ大したことがない。何とかして例の『皇子』とやらに目星を付ける。なるべく多くミラベルの役に立ちそうな情報を集める。それくらいだろう。つまり裏方だ。
そんなこんなで宵の口、セントレア南平原に鎮座している航空艦スキンファクシの灰色の外壁を俺は登っていた。
勿論、俺の手にはイモリかヤモリのように壁に張り付く機能が付いているわけでもないので、メンテナンス用に設置されているのだろうコの字型の梯子を伝っている。当然ながら誰の許可も貰っていない。
ヒレのついた潜水艦のような外観をしたこの船には、外から見て分かる出入り口がいくつか存在する。船体の後方底部と上部甲板に存在する開閉型の貨物昇降口、それから左右の壁面にある乗り込み口だ。以前スキンファクシに搭乗した際にはこの乗り込み口から展開式のタラップが降りていて、そこから中に入った。
が、今回はそうもいかない。もしかするとタラップの脇に立っている月天騎士団員と話せばアーネストが中に入れてくれるかもしれなかったが、現状では彼自身にも疑いがかかっている。偵察の意味が薄れるし、最悪の場合、その場で戦いになる。
最悪――本当に最悪のケースは、航空艦でやってきた皇族達が全員グルだった場合だ。現時点でセントレアに居るミラベルの戦力は、内情を知らない人間から見れば頭抜けている。その彼女を排除するという共通目的のもとで皇族達が手を結んだ――という筋書きも決して有り得なくはない。話し合いのフリをして騙し討ち、というわけだ。
その場合、このスキンファクシの中には結構な人数の戦闘要員――騎士が詰まっている。いくつかの階層になっている船体の構造からざっと計算すると、二百人程度は運べるだろう。居住性を完全に無視して短期的に考えれば――つまりすし詰めにすれば――その倍は入るかもしれない。
さすがに戦って無事では済まない戦力だ。九天を擁するセントレア側が勝つとしても水星天騎士団は壊滅的な被害を受けるだろうし、双方の戦死者は計り知れない規模になるだろう。もはや内紛のレベルを大きく超えている。
当然、そんな傍迷惑な真似をされては俺も困る。俺はセントレアの治安維持を担う自警組織の一員だ。とっても困る。困るので、もし艦内にやる気満々な戦力が搭載されていたら一計を講じなくてはならない。
可能であれば無力化するし、それができなければ皇都にお帰り頂く。対話の機会を完全に失うとしても人死にが出るよりはよほどマシだし、そもそも相手側に話し合いをする気が無いので問題も無い。
とはいえ、それはあくまでも最悪の場合である。
可能性としては殆ど無いと俺は考える。
順当に考えれば皇族達には別の思惑がある。無論それは、彼ないし彼女らが突如として慈愛博愛の精神と平和主義に目覚め、手と手を取り合って継承戦を放棄しようと決意した――などということではないだろう。
有り得ないとまでは言わないが、そうだとすればもう、人格破綻者というよりは狂人に近い思考の持ち主である。残り人数が半分以下になったらしい今の局面まで継承戦をやっていたのなら既に何人か殺している筈で、それには当然、程度の差こそあっても覚悟を要した筈なのだ。生半なことで変節するとは考え難いし、したのだとすると覚悟が軽過ぎる。血肉を分けた人間の命を軽視し過ぎている。
皇族達の行動にはもっと現実的な意味合いがあると考えるべきだ。
そしてそれを、恐らく、ミラベルは理解していない。彼女は優秀だがまだ若い――幼い。火葬、ひいては皇帝という敵の存在が証明できれば皇族が――人々が結束できると信じている節がある。難しいが可能だろう、と。
無理だ。
できはしない。
人間はたとえ共通の敵が居たって綺麗にまとまったりはしない。竜種が支配していた神代においてさえ、人類種が街という小さなコミュニティの中でも派閥を作って争っていた歴史を知る身から言わせてもらえば、人々が自ずから手を取り合って一致団結するなんてことはまず起きえない。そう断言できる。
では、皇族達の狙いは何なのか。おおよその推測は出来ているそれを、俺はミラベルの代わりに確認しておかなければならない。
梯子を登り切ってスキンファクシの上部甲板に出ると、平原に吹く風がいっそう冷たく吹き付けた。上部甲板の先には艦橋が突き出ているものの、他に遮蔽物になるようなものは何もない。ちゃんと警戒していれば窓を備えた艦橋の中から俺が見える筈だったが、灯りの点った艦橋の内部に人影はない。
思った通り油断が過ぎる。
重そうな鉄の昇降口も、備え付けのレバーを引くとひとりでにせり上がって僅かに浮いた。簡単に侵入を許す側に落ち度がある――などと言っていたジャンの言葉が思い出される。確かにそうなのだが、俺はちゃんと戸締りをしているのでここまでの落ち度はないだろう。
「……さすがに鍵くらいは掛けていいんじゃないか?」
呟きつつ艦内に身を滑り込ませて見れば、艦内側も動きが固そうなレバーとハンドルがあるだけで、そもそもロック機構らしきものが見当たらなかった。
もしかするとハンドルを回せばロックが掛かるのかも知れなかったが、そんな機構を現界の人間が教育も無しに理解するのは無理がある。
「色々歪んでるな、この船は」
飛行艦は未使用状態で放置されていたと聞いた記憶がある。
であれば、現状この船を運用している月天騎士団の人員も、そう長い間スキンファクシに乗っているわけではないのだろう。その慣れの問題を突けばこの飛行艦をどうにかするのも不可能ではなさそうだったが、今の俺の目的は異なるので思考を打ち切る。
何も積まれていない貨物室の闇を抜けて廊下に出るや、俺は息を潜めて艦内を――魔力灯らしき明かりに照らされた狭い鉄の通路を見渡した。
ここまで侵入してしまえば、いくら密閉された金属製の構造体といっても内部の魔力感知がある程度可能になる。
人間らしき魔力源の数に、俺は少々驚く羽目になった。
少ないのだ。五十に届かない。
皇族の人数が分からない為、それぞれの手勢が何人居るのか、といった推測まではまだ出来ない。だとしてもあまりに少ない。数十人は必要だろうスキンファクシの乗員を除けば、一人あたりの手勢とやらは数人といった計算になってしまう。
懸念がひとつクリアされた。
やはりアーネストの言うとおり、皇族達は戦いに来たわけではないらしい。
「とすると、やっぱり他の連中が全員一致団結ってわけじゃなさそうだ」
ブツブツと呟きながら人の気配が薄い艦内を堂々歩く。
共通目的も無しに継承権争い中の皇族が同じ船に同乗している――つまり呉越同舟なスキンファクシの艦内は、恐らくどの勢力の誰がうろついていても不思議ではない状況にある。さして重要でない場所にいちいち監視の目などを置いておく意味もなく、現に歩哨だのといった役割を担う騎士が立っていたりもしない。一枚岩でない、ということはそれ自体が既に弱みだ。こんな風に。
適当に目に付いた部屋のハッチを潜ると、そこは医務室だった。
薬品棚や診察机などは無視し、壁面に張り付けられている艦内の見取り図を引っぺがした。一度乗った経験も手伝い、見取り図を読み取るのに不自由はない。
廊下も部屋も配管などのせいで狭いには狭いのだが、全長百メートル前後ということもあって、艦内はそこそこの規模がある。
部屋数もそれなりといったところで、人が長期間過ごせるように居住区画や食堂、風呂もあるらしい。そういった重要でない区画――下側の貨物室や、居住区画の配置は詳細に記されているものの、艦橋や動力周りの設備に関しては図面上に記載がない。記憶頼りに外観から図面の部分を引き算すると、重要区画は艦体中央から後部にかけて集中していると推測ができた。
俺が行動できるのは恐らく見取り図面に載っていた区画だけである。艦の機能に関わる重要な区画にはさすがに見張りが居ると考えるべきだ。
艦内の情報を大まかに頭へ刻み込み、図面はポケットに突っ込む。
「さて、どうするか……まさか貴賓室とかがあるわけもないだろうし」
長い間使用されていなかった船と考えると、そんな贅沢なものが備わっているとは考え難い。とすると皇族様がたも一般的な部屋に居るのだろうが、それは少々面倒くさい。
皇族らしい強めの魔力反応に目星はついているのだが、普通の――狭い部屋だと付いているだろう護衛との距離が近過ぎる。戦いに来たわけではないといっても、さすがに護衛が居ないと考えるのは楽観が過ぎるというものだ。
ランセリアでアーネストと接触しようした際、アニエスに強襲された記憶が蘇る。会合を控えている以上、護衛の騎士に見付かってトラブルになるのは避けたい。
艦内で皇族の情報を探るにしても接触するにしても、できるだけ穏便に事を進める必要がある。護衛の方々には非常に申し訳ないが、気付かれるわけにはいかない。
薬品棚から適当な薬品を一瓶拝借しつつ、俺は結論を出した。
「騒ぎでも起こすか」
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別に液体なら何でも良かったのだが、浴場近くにあった適当な制御盤をこじ開けて薬品をかけたところ、思いのほか派手に煙を噴いたので少々焦る羽目になった。何かしらの化学反応が起きたらしい。
制御盤の中に付呪されていた術式が誤動作を起こした――のは狙い通りなのだが、立ち込める饐えたような異臭と黒煙の勢いは予想を超えている。
「……いや、好都合か?」
火を噴いたりはしない様子なので良い塩梅の騒ぎで済むかもしれない。被害も見た目の派手さの割に、風呂のお湯が出なくなるくらいで済むはずだ。たぶん。
などと自分を正当化しながら足早にその場を後にした。浴場の前を通り過ぎた時に何やら女性の金切り声が聞こえたものの、関わり合いにならない方が良いという予感を覚えたので無視して通り過ぎる。
皇族っぽい大きめの魔力源だったが、場所的にやはり関わりたくない。
「さてさて」
艦内の気配と魔力源の動きが少し慌ただしくなった。
手近な部屋や扉の裏などで乗員を適当にやり過ごしつつ、食堂へと向かう。
騒ぎで皇族から護衛が離れてくれればベストなのだが、そう都合良くはいかない。動くとしても船の乗員である月天騎士団がまず動くはずで、護衛が二名以上なら片方が様子を確認しに行く――といったこともあるかも知れない――程度しか期待できない。
よって食堂にある結構な大きさの魔力源が孤立している理由に見当はつかない。運が良ければそんな展開もあるかとは思っていたが、騒ぎを起こしたのは単純に護衛の人数が少なくなればどうとでも処理できると踏んだからだ。
何にせよ好都合なので食堂に足を踏み入れる。
食堂といっても試験艦であるスキンファクシのものは酷く殺風景だった。二列ほどの長机と椅子に、明るい緑の塗料で塗っただけの内装。軍艦と言えば軍艦なのだろうし、栄養の摂取に装飾は要らないという理屈は分かるのだが、
「飯が不味くなりそうだ」
率直な感想を溢すと、長机の端に座っていた男が顔を上げた。
その瞬間、俺は込み上げる笑いを抑えるのに並々ならぬ苦労を強いられた。
カイゼル髭である。
男は伸ばした口ひげを上向きに跳ねさせているのだった。何か整髪料のようなもので手入れされている様子で、艶々と光っている。ピッチリと分けられた髪の毛も同様だ。仕立ての良さそうな礼服も相まって、絵に描いたような紳士に見える。
ただ、その男は機嫌と具合が悪そうだった。歳は三十代半ばくらいだろうか。まだまだ人生に疲れた頃合いではないはずだが、彼の席にあるのは蒸留酒のボトルとグラス、雑に脱ぎ置かれた黒い上着だった。
「傍に騎士とか置かないんですか? こんな状況で」
歩み寄りながら問うと、闖入者を黙って観察していた男は鼻で笑った。
「この狭い船の中で協定を破る奴が居るか? 無用な心配だ」
「いや結構楽に入れましたけど」
「出るのもそうだとは限らないだろ、剣の福音。この船はアーネストの指示ひとつで空を飛ぶ。意味は分かるよな」
「……ああ、なるほど」
言われてみれば確かにそうだ。
スキンファクシの航行高度から飛び降りて無事に済む人間は居ないだろう。
本来は侵入も脱出も困難なのだ。そんな状況下でドンパチを仕掛けるのは難しい。
不可能ではないが。
「折角だから一杯やっていけ。私も君に用がある」
「ではお言葉に甘えて」
答えると、男は自分のグラスを指で弾いて寄越した。
氷も入っていないグラスには飴色の酒が指三本分の高さほど注がれている。男はグラスとボトルを当てて勝手に乾杯した。本人はボトルをラッパ飲みするつもりらしい。
「昔、どこかの馬鹿が私の寝所にいきなり現れた。ちょうど今の君のように。そりゃ驚いたものさ。皇都の上層のど真ん中だぞ。この世界で最も警戒が厳重な場所だ。以来、私は身辺警護の類は最初からアテにしてない。結局、自分の身を守れるのは自分のここだけだ」
男は自分のこめかみを指で叩く。分からないでもない理屈だ。
「そういえば、君はその馬鹿に少し似てる」
「ぞっとしない話ですね」
誰のことを指しているのかは考えたくもない。
受け取ったグラスの酒をほんの少量だけ口に含み、咽そうになりながらも飲み下す。男は俺の様子を可笑しそうに観察した後、右手を差し出した。
「第一皇子のマクシミリアンだ。皇都で執政官をやってる」
おお、思ったより大物だった。
俺は居住まいを正して問い掛ける。
「……皇太子とお呼びした方が?」
「よせよ。建前がそうでも気持ちが悪い。分かるだろ、剣の福音」
「なら俺もタカナシで良いですよ。そっちが本名なんで」
「良いだろう。宜しく頼む、タカナシ」
マクシミリアン氏と握手を交わす。
それだけで分かることは幾つかあった。彼の手の感触は剣を握ったことのある者のそれではないこと、そして体を鍛えた様子もないこと。
彼も強力な魔力使いのはずだが――
「おいおい、そんな目で見ないでくれ。私は荒事が嫌いだ。ただの政治屋だよ。紙とペン、あと嘘と賄賂が私の武器だ。どれかご入用か?」
「いやあ、今のところは結構です」
「それは何よりだ。良い街だな。私も住みたいくらいだ」
「オススメはしません。畑や家畜相手に殿下の武器が通用するなら別ですが」
「言うね」
マクシミリアンは破顔一笑する。
「まあいい。本題に移ろう。君が先か? 私が先か?」
「俺はどちらでも構いませんよ。たぶんどっちも同じ話になる」
「では私から。火葬を渡してくれ、タカナシ。あれは女子供の手には余る」
やはり、と。俺は苦く笑う。
皇族達の――少なくとも、マクシミリアン氏の目的は極めて現実的でどこまでも単純だった。
「会合の話は聞いたでしょう。なら待てばいい」
「動く術式をだ。あまり大人を舐めてくれるな」
「ミラベルは十分大人ですよ」
「冗談言ってる場合じゃないんだよ……分かってて言ってるのか」
「少なくとも殿下よりは理解してます。俺の出身地の技術ですから」
「それも愉快な話だが今はどうでもいい。いいか、個人の手に……あれが渡れば、何百万人もの人の命が危険に晒されるのと同じ意味を持つ。皇都の人口を知ってるか?」
「いえ」
俺は皇都の大きさを想起しようとして、諦める。
大き過ぎて人口の想像がつかない。
「百五十万だ。百五十万だぞ。子供の癇癪一つで百五十万の人間が吹き飛ぶ可能性が生まれるんだ。その子供が、火葬を持っているという、ただそれだけで。起きうる事態になる」
「でしょうね」
マクシミリアン氏は深刻な面持ちだが、俺は冷め切った思いでそれを聞く。
とうの昔に分かっていることだ。今更何を言っているのだろうか。
魔法というものは、それほどまでに恐ろしい。
素養があるだけで扱えてしまう。子供だって魔力使いなら簡単な破壊魔法を使える。魔素は誰だって持っているし、どこにだって漂っているからだ。
現界の人間は感覚が麻痺している。破壊魔法を習得した魔法使いは全身に火器を備えた兵器のようなものだ。しかし、そんなものが街中を闊歩していること自体が異常なのだとは、誰も思わない。当たり前のこと――常識だからだ。
「俺なら完全に根絶します」
そんな一言を添えると、マクシミリアンは目の色を変えた。
予想と違う言葉だったか、と訝りながら彼の顔を見る。
「ミラベルだって火葬を使おうとは思ってませんよ。脅しに使うつもりもないはずだ。あの子は、ただ純粋にあなた達を説得しようとしてるだけです。自分達の親がどれだけ邪悪なものかを語れば、皆が結束してくれると信じたがってる」
「……それはジョークか?」
「いえ、本気です」
「だとすると愉快だ。あの妹、そんなにご機嫌な頭をしていたっけな。もっと正気だと思ってたが」
カイゼル髭野郎はまた笑った。
「……信じたがってる、と俺は言いましたよ。ミラベルも全く理解してないわけじゃない。現実的じゃない、ってね」
「君の方が分かってるな、タカナシ。それは夢物語だ。お花畑だよ」
今度は俺が鼻で笑う番だった。
「それを言ったらあんたに火葬を渡す、って話も大概だと思わないか。俺から言わせればそれこそギャグだ」
「何?」
「あんたに何が出来る。せいぜい、撃たれたら撃ち返す……そう言って相手に撃たせない材料にするくらいしかないだろ。違うか」
俺がそう言ってグラスを回す頃にはもう、マクシミリアンは俺を侮ってはいなかった。ボトルを置き、首を回す。髭面に笑みはない。
「……敵わないな。だが、それが正しい使い方だろ。あれは強過ぎる力だ」
「無理だマクシミリアン。その理屈は俺の故郷では抑止力だとか呼ばれてたが、現界では通用しない。魔法は個人レベルで運用可能だ。その理屈が機能するのは国家間の争いだけで、報復対象がはっきりしていないと意味がない。拡散してからじゃ手遅れだ」
「させないさ」
「させない? いやいや、とんでもない。あんたが拡散させるんだよ。だってあんたは政治屋だ。魔術師でも何でもない。どうやって火葬を研究する気だ? 何人使う気だ? そのうちの何人が何人に伝えるだろうな。関わった全員が生涯口を閉ざしてくれるとでも言うのか? それこそ夢物語だ。寝言は寝て言え」
反論させる気は無い。俺はもう、この髭野郎に容赦をする気が無かった。
目を白黒させて閉口する第一皇子に俺は続ける。
「マクシミリアン。あんたの狙いは分かった。悪くない。だが正解でもない」
「なら君の答えを聞かせてくれ。根絶か?」
「俺じゃない。答えを出すのは俺でもあんたでもない。俺や、あんたじゃ駄目だ」
「……ミラベルか? 君はそこまで妹を買ってるのか」
「でなけりゃここに居ない」
彼は俺と似た考え方をする人間だ。それは分かった。
だとすれば、彼は使える。
「取引をしよう。あんたにとってもそう悪い話じゃない」




