表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界往還の門番たち  作者: 葦原
四章 竜殺し
151/321

12.乱戦②

「悪い話であろうがたわけっ」

 

 少女は小声で悪態を吐き、クロワッサンに齧り付く。

 バターが香るそれを口の中へ押し込み、全力で咀嚼して一息に飲み込んだ。そうして若干のストレスを処理するや否や、鞘に収まった粗末な長剣を携えて街門の前に立つ。

 セントレア南門の前に広がる平原。

 冷えた朝風の吹く蒼穹を見上げ、マリアージュは嘆息した。

 時節柄、雲は少ない。「なんと殺風景なことだ」と独り言ちて、遥か遠方に見える山の峰を数え始める。前回は七十八まで数えた。次は七十九だ。

 

「あんたさ、それもしかして遠見の訓練してんの?」

「いつもは雲だな。山では数が限られる」

「……誰かに教わったの?」

「特に教わってはいない。自然と身に付いたのだ。呆けて立っていても何にもならんであろう」

「へー。あたしが言うのもなんだけど、あんたも相当ね。天稟ってやつかしら」

 

 ふん、と息を巻いてマリアージュは街門を見上げる。

 身の丈の倍はある長槍を担いだ赤黒い少女が街門の上にのんびりと座っていた。

 服と目が赤、髪が黒。

 自分と真反対であるところの色合いに、マリアージュは顔をしかめる。

 赤と青。孤児と皇族。騎士と姫。二人は好みの色だけでなく、様々が真反対である。

 いまひとつ反りが合わないのだった。

 

 サリッサ。

 マリアージュが敬称を付けずに名を呼ぶ数少ない人間のひとりである。

 

「おまえはリコリスをどう見る」

「どう、と言われてもね。只者じゃないとは思うけど、よく分からないわ。皇都で見たことある感じの騎士じゃないし、流れ者って話は本当なんじゃないの。もしくは書記官とか」

「冗談はよせ。あれが文官なら皇都は人外魔境であろうが」

 

 マリアージュは茶化すように突っ込むが、赤い少女はニコリともしていない。

 皇都は正しく人外魔境である。

 

「まあ……掴めないけど危ない感じはしないし……何となく空気がタカナシに似てるかもね。なんか得体の知れないところとかよく似てるわ」

「ほぼ同感だ」

「じゃあ、あんたも苦手なのね。あの仮面」

「わたしは最初からそう言っている。珍しく意見が一致したな」

「そーね。ほんとめずらし」

 

 脱力気味の返答に顔をしかめつつ、手を頭の後ろで組んでふんぞり返るサリッサから視線を外し、マリアージュは遠方の稜線に目を戻した。八十。

 

「え、なに。それだけ?」

「……他に何があるのだ。おまえほどの騎士がそう見るのなら、わたしの見立てもそう見当違いではないのだろう。それが分かればわたしは十分だ」

「うーわ、相変わらず愛想ないわね」

「生憎だが、わたしはおまえと必要以上に馴れ合うつもりがない。友が欲しければ他を当たってくれ。わたしにそんなことを望むな」

 

 すらすらと答えつつ、またひとつ数える。

 八十一。

 

「また随分と嫌われたものね。ま、自分を狙ってた刺客が相手じゃ無理もないか」

 

 自嘲気味の言葉が降ってくる。

 青い少女はまたも嘆息した。それから、淡々と事実だけを述べる。

 

「それは違う。まるで気は合わないが、わたしはおまえのことが嫌いではない」

「……そ、そうなの?」

「おまえは心根が優しい。きっと他人の為にも戦えてしまう。だからわたしはおまえを友とは思わない。おまえはそれ以上何を失うつもりなのだ、ばかめ」

 

 言い切って口の中で数える。八十二。

 

「…………」

 

 沈黙が落ちる。

 再び見上げた赤い少女は、紅い目を大きく見開いて息を呑んでいた。

 マリアージュはまたも顔をしかめ、やはり遠方を見やる。

 

「本当なら父上と相対するのはわたしだったはずだ。あの日、転移街(ポート)アズルでタカナシ殿と離れなければそうなっていたはずなのだ。わたしには不思議とそんな確信がある。結果どうなっていたかは知れんが……少なくとも、おまえがそうなる(・・・・)ことはなかった」

「……考え過ぎよ。あたしが自分で選んだことだもの。あんたのせいじゃないわ」

「かも知れん。だが、たとえ傲慢だとしても考えずにはいられない。わたしは……」

 

 ふと、青い少女は我に返って峰を数えた。

 八十三。お喋りが過ぎた。

 打ち切って、言葉も柔らかく切り捨てる。

 

「わたしはサリッサのことが嫌いじゃない。でも、あなたがあの人の傍に立つんだとしたら、やっぱり友達にはなれないと思う。あの人はきっと許してくれないだろうから」

 

 風が吹いた。

 マリアージュは微笑み、黒い髪を靡かせるサリッサを見上げた。

 彼女は悟った様子で口を開く。

 

「あんた、もしかして……」

「だとしたら、どうする?」

 

 少女の瞳は問いに揺れていて、それだけでマリアージュには十分だった。

 やはり喋り過ぎた。

 八十四。青い少女はただ数を数える。

 

「冗談だ。本気にしてくれるな」

「……冗談、ね。どうだか」

「少なくとも目下のわたしは他のことにかかずらっている暇がない。降臨節までもう日がない。タカナシ殿に何か贈り物を用意せねば……」

 

 ならん。

 とまで、マリアージュは言い切ることが出来なかった。

 眼前に勢い良く降り立ったサリッサの顔と直面したからだ。同程度の背丈であるせいか、目線もほぼ同じ高さだった。

 そのままがっちりと両肩を掴まれ、揺さぶられ、大声量が放たれる。

 

「ああああ、すっかり忘れてたっ! そうよ降臨節よ! あいつ、なんで何も言って……ああ、もう! なんで忘れちゃってたんだろう! どうしよう!? 何あげたらいいと思う!? あいつ何あげたら喜ぶかな!?」

「……わたしに聞かれても困る」

「はあぁあ!? あんた毎日同じ屋根の下で暮らしてるでしょうが! あいつが欲しいものとか知らないの!?」

「知っていたら悩まんし、仮に知っていておまえに教えたとして……品物が同じになったらどうするのだ。目も当てられまい」

「ぐあっ! 確かにそうね!? そうなんだけど!」

「わたしとて想像もつかんのだ。タカナシ殿はあまり自分のことを話さない」

 

 かしましい。

 マリアージュは眉間に谷を刻みながら、苦悩するサリッサの両手を己の肩から引き剥がした。しかし、わなわなと震える赤い少女を見るに、彼女も自分同様、途方に暮れているのだろうと納得する。

 

 かの門番の少年は、マリアージュの知る限り無趣味である。

 私室には書籍程度しかなく、その僅かばかりの書にしても内容はまちまちなのが見て取れた。何かを蒐集したり特定の学問に興味を示している様子もない。そもそも持ち物自体が少なく、衣類を除けば長剣と家具くらいなものである。職業柄必要だろう武具の類も他には持ち合わせていない。

 

 武具。

 

「盾や鎧などはどうだろう」

 

 思い付くままに口にするマリアージュだったが、サリッサは力なく首を振る。

 

「あいつが鎧着てるところ二回くらい見たことあるけど、すっごい邪魔そうにしてた。すぐ脱いでたし。それにあいつの剣、基本は両手持ちだから盾も使わないと思う」

「そういうものか。確かに着込んでいる印象はないか……」

 

 かの門番の少年は、マリアージュの知る限り非常に軽装である。

 くたびれた革のコートと剣帯くらいしか装着しない。他は小さな鞄を剣帯に取り付けているくらいで、その中も財布と油瓶と布切れと剣の研ぎ棒しか入っていない。

 驚くべきシンプルさである。

 

「あいつってもしかして貧乏なのかしら……」

「金が無いとよくこぼしてはいるが……」

「……金貨とか喜びそう」

「……それでは身も蓋もなかろう」

 

 青い少女と赤い少女は向き合い、腕組みをして頭を捻る。

 

「よく考えたら、そもそもあたし男に物をあげたことが一度もないかも……食べ物とかで喜ぶのかな」

「わたしにもそんな経験はないので分からんが、好物ならば或いは……しかし、タカナシ殿の好物が分からない。思えば、大体のものは美味い美味いと言って食べているような気さえする」

「あ、分かる……」

「そういえばいつだったか、森の空気が美味いと言っていたような……」

「そう……もう空気でいい気がしてきたわね」

「包装がむずかしいな」

 

 投げやりに言いつつ、マリアージュは背中を丸めた。

 情けない。いくら彼が自分の話をしないとはいえ、好物ひとつ知らないのではあまりにも理解が浅い。しかし良く思い返してみても、浮かぶのは彼の疲れた笑顔ばかりだ。

 

「タカナシって何が好きなのかしら」

 

 同様の思考に至ったらしいサリッサも神妙な顔で視線を落としている。

 まさか本当に森の空気を贈るわけはないが、このままではきっと似たようなことにはなるだろう。マリアージュは三度嘆息した。

 

「……やむを得ん。知っていそうな人間に聞くしかあるまい」

「誰よ?」

「カタリナか姉上であろう。カタリナは目ざといし気も利く。姉上は姉上であるから、とっくに調べをつけているだろう」

「あのふたりがあたし達よりタカナシをよく見てるって?」

「ふたりともタカナシ殿にお熱だからな」

 

 サリッサの頬が引き攣る。

 

「……い、意外と分かってるのね。いつも我が道を行くだけって顔してるのに」

「なんだそれは。あれだけあからさまな態度、気が付かない方がおかしい」

「そ、そうなんだけど……普段そういう感じ見せないじゃない、あんた」

 

 言われ、マリアージュは苦く笑った。

 意外なのはお互い様と言える。マリアージュはサリッサが自分を意識しているとは思っていなかった。

 

「単に気を遣うつもりがないのだ。少しも。というか、わたしが気を遣ったらおかしなことになるだろう。あのふたりは特に」

 

 姉と元侍女の姿を思い起こす。

 

「ああ、おまえもだったか」

 

 そして今、目の前にいる、戸惑っている赤い少女も。

 

「……そう言うあんた自身はどうなのよ」

「わたしは身の程をわきまえているよ」

「答えになってないわね」

 

 憮然と食い下がるサリッサに取り合わず、マリアージュは彼女の傍らを歩き抜けた。

 しかし、逃げようとも避けようとも思わない。

 間を置いて一言を添えた。

 

「なっているだろう?」

 

 笑って振り返ると、赤い少女は当惑顔を経て赤面している頃合いだった。

 

 マリアージュにとってのそれは、わざわざ口にするまでもないことだ。

 ただ、競うつもりがない。

 表すつもりがない。

 今の自分では天秤が釣り合わない。

 

 八十五。乱戦模様をよそに、青い少女はただ数を数える。

 今は、まだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ