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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
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15.継承戦②

「で、カタリナとしては事情を知った俺に何をしてほしいんだ?」

「できれば、あなたには殿下の騎士になってもらいたいと思っています。あなたの持つ力……神から与えられたという力があれば、殿下が継承戦を生き残ることも不可能ではなくなるのではないかと」

 

 俺は盛大に顔をしかめて首を振った。

 

「悪いけどそれは無理だ」

「なぜです」

「もし俺の剣技(グラディオ・アルテ)のことを言ってるんだったら、ちょっと過大評価が過ぎるな。確かにあれは反則めいた力ではあるけど、それだけで皇女殿下を守り切るにはかなり力不足だ」

 

 淀みなく言い切る俺の言葉に、カタリナが整った形の眉をひそめる。

 

「ですが、あなたは現に九天の騎士を全員退けています」

「それは連中がお粗末な使われ方をされたからだよ。もし九天が最初から複数人でセントレアに来ていたら、俺なんか三分であの世行きだった」

「……そうでしょうか」

「でなくても、セントレアにはまともな城壁がない。この先、それなりの頭数を揃えた騎士の一団でも送り込まれた日には街への侵入を防ぐ術なんかない。そうなったらもう、俺とお前だけで殿下を守り切るのは不可能だ。人手が足りなさ過ぎる」

 

 セントレアは四方を石壁に囲まれてはいるが、防壁と呼べるような立派な代物ではない。設置された古さからすれば史跡と言っても過言ではないだろう。詰まれた石は所々で欠け落ちているし、比較的無事な部分でさえ、馬で飛び越せる程度の高さしかない。

 とてもではないが防壁として機能するとは言い難い。ないよりかは幾分かマシ、といった程度の存在でしかない。

 

「望みがあるとすれば先手を取って敵の頭を叩き潰すくらいなもんだが、(くだん)の姉上様がどこに居るか分からない以上、実現性が低いな」

「仮に分かっていたとしても殿下がお許しにならないでしょう。殿下は今でもミラベル様を慕っていますから、彼女をどうこうしようなんて提案は絶対に拒否しますわ」

「そんな悠長なことが言えた状況か?」

「殿下にとっては大事なことなのです。今までわたくしが何度説得しても、こればかりは聞き入れては頂けませんでしたわ」

 

 マリーにとってカタリナは現状で唯一の戦力だろう。そのカタリナを侍女から解任している辺り、確かにマリー本人には戦う気がまるでないのかもしれない。

 本人が既に諦めているとすれば勝てる戦いも勝てない。

 詰みかけている、というのが俺の正直な感想だ。

 

「じゃあ、かなり遠いが国境を越えて隣国のアイオリスに亡命するって手もあるにはあるぞ」

「そんな無茶な! かの国とウッドランドは戦争中です! よしんば受け入れられたとして、どんな扱いをされるか……!」

「まあ、正直に名乗ったらまず捕まるだろうな。聞いた限りじゃ皇女殿下にはもう人質としての価値もないようだし、いずれ殺される。黙ってれば難民扱いとして受け入れてくれるかもしれないが、なにせ容姿があんなだからバレる可能性も低くはない」

「駄目です。リスクが大き過ぎますわ」

 

 確かに、あまり良い手とは言えない。俺は顎に手を当てて黙考する。

 残された手立てはそう多くない。

 

「殿下をこちらの世界にお連れするというのは……やはり駄目でしょうか」

 

 という言葉が、どこか遠慮がちにカタリナの口から発せられたのも無理もない。

 俺は頭を掻いた。

 マリーを往還者にするという選択肢は確かになくはないだろう。むしろ、その考えが真っ先に頭を過ぎるのも当然だ。なにせ、最も容易にかつ確実に皇女殿下を生き延びさせることができるのだから。

 

 だが、その代償はあまりにも大き過ぎる。

 カタリナもおおよそ理解しているからこそ、強硬に主張することができない。

 

「……あの子はまだほんの十三か十四くらいだろう。まだまだ背だって伸びるだろうし、きっと美人になる。人並みに恋だってするだろうさ。保証するよ。だがな、往還者になればそんな未来は永遠にやって来ないんだぞ」

 

 肉体は老いもしないが成長もしない。若者は若者のまま、子供は子供のままだ。

 自分で死ぬか殺されるかするまで、ずっと同じままで生き続けなければならない。

 永劫不変であることの悲哀は、それを主題として扱う物語や伝承の枚挙に暇がないほど自明であるし、実際に体験している俺からするとそれらですら生ぬるいほどだ。

 

 マリーは、他にどうしようもなかったカタリナの場合とは違う。

 まだ助かる望みが僅かにでもあるなら、わざわざこんな地獄に落ちるべきじゃない。

 

「ですが、そういう手もあると殿下にお伝えするくらいは……」

「まだ完全に道がなくなったわけじゃない。まだ望みがあるうちは駄目だ」

 

 話を打ち切り、俺は席を立つ。

 

「皇女殿下を説得して皇族達と戦う覚悟を決めさせるんだ。さっきも言ったが、それなら勝算はまだある」

 

 喋ってから、思う。俺はあまりにも肩入れし過ぎているのではないだろうか。

 遠い昔に、竜種を滅ぼした時と同じ轍を踏もうとしているのではないだろうか。

 

「では、もし殿下が戦うと決めたら、あなたも戦ってくださるんですか」

 

 背中に投げられた言葉にも咄嗟には答えられない。

 僅かに瞑目して言葉を探す。正しい選択は何だろうか。

 俺にはもう分からない。かつて信じていたものは、とっくの昔に折れてしまっている。

 

「そうだな……考えておくよ」

 

 逡巡の果てにようやくそれだけを搾り出して、俺は溜息をついた。

 

 

 

 

 

 受け取り待ち時間の三十分ぴったりで新しい眼鏡を受け取ったカタリナ嬢は、やはり何か思うところはあったようで、いくらか舞い上がり気味だった。

 ショッピングモールの中という場所柄もあるだろうか。これ以上ないくらい現代風の眼鏡をかけて隣を歩く彼女は、ぱっと見ではもう異世界人には見えない。

 

「装身具に赤は少し派手ではないかと思いましたが、なかなか良いものですわね。ありがとうございます」

「ああ、安いもんだから気にしなくていい。しかし、赤か。サリッサは赤が好きだな」

 

 脳裏にしかめっ面をした黒髪の少女の姿を思い浮かべる。

 最初に戦った時は赤黒のゴスロリドレス。今はカタリナと同じデザインのエプロンドレスで、色はやはり赤黒。

 いくら現代からの文化に少なからず影響を受けているウッドランドだとはいえ、あそこまで露骨で派手な服装は、そうそうお目にかかることはない。

 皆無でないところが恐ろしい世界である。

 

「預けた俺が言うのもなんだが……皇女殿下の命を狙ってた九天の連中は、カタリナとしてはやっぱり許せないんじゃないのか」

「もちろん八つ裂きです……と言いたいところですが、自身の意思で行ったことではありませんし、主に忠節を尽くす精神は理解できます。あの騎士達だけを咎めるのは筋違いでしょう。逆の立場ならわたくしも同じ事をしたでしょうし、するでしょう」

「うーん、なんか、俺にはよく分からない感覚だな」

「わたくしは騎士の家の生まれですので、そのような規範が染み付いているのです。父がまさにそういう生き物でしたから、幼い頃から嫌というほど知っています。サリッサ達に対して個人的に含むところはありませんわ」

 

 顔色ひとつ変えずに語るカタリナ。

 よほど酷い親子関係だったのだろう。

 或いは、あの世界の騎士というのはそれが当たり前なのだろうか。

 

「それに、精霊憑きの症状が現れる前までは、わたくしもやはり騎士として育てられていましたからね」

「まあ、あの腕前なら納得だが……」

 

 とすると、あの覆面の騎士、ジャン・ルース氏は実の娘であるばかりか、手塩にかけて育てた後継者でもあるカタリナの手で殺されかけたということになる。

 何とも因果な話だ。

 

「親父さんには何か思うところはないのか?」

「……ありませんよ、別に」

 

 吐き捨てるように言いながら、カタリナは眼鏡の縁を押し上げる。

 

「精霊憑きと発覚した()が殿下の侍女になったのは、彼の差し金です。騎士としては欠陥品でも、外様の皇族のお守りくらいは出来るだろうと言いたかったのでしょう。そのせいで戦う羽目になったのですから、あれは父の自業自得です」

 

 それだけ言って、カタリナはそっぽを向いてしまう。

 やはり俺にはよく分からない話だ。

 俺はセントレアで何百年もの時間を過ごしてきたが、あの辺境の街では騎士を見かけることなんて滅多にはないので、今まで騎士という人種に関わったことが一度もない。

 どうも、かなり面倒な生き方をしている連中のようだ。

 

「ところで東洋人、何かわたくしに言うことはないんですか」

「ん?」

 

 言われて、歩きながらカタリナを見る。

 やや上目遣いにこちらを見つめてくる眼鏡越しの瞳は、やけに何か言いたげだ。

 

「言うこと?」

 

 何の謎掛けだろうか。

 

「あー……余計な詮索をして悪かった?」

「外れですわ」

 

 外れた。

 話の流れから推測すると間違っていないと思ったのだが、難しい。

 

「でも確かに、あなたにしては珍しいですわね。いつもは他人の事情に興味なんてなさそうですのに」

「そうだな。その通りだ」

 

 別にカタリナがどんな事情を抱えているのであれ、俺には何ら関係がないのだから気にかける理由は全くない。ない筈だ。

 これはやはり、カタリナを現世に連れ来たことで妙な親近感を覚えてしまったということなのだろうか。

 あまり良い傾向ではない。反省しなければならないだろう。

 俺はぶつぶつと自省の言葉を呟きながら歩みを進めた。

 

 

 結局、カタリナが何を言いたかったのかは分からないままだった。

 

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