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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
14/321

14.継承戦①

「すごいですわね。まるで宝飾店のようです」

 

 色とりどりの眼鏡が商品ディスプレイに並ぶ中を、赤毛の異世界人の少女が楽しそうに見回している。

 何も凄いことはない、ただのショッピングモールに入っているメガネのファストストアだ。確かチェーンで全国展開している。

 手頃なフレームなら一本数千円で買えてしまうお値打ち感が魅力だ。

 とはいえ、眼鏡といえば金属製の単純な構造をしたものしかないウッドランド製のそれと比べれば、こちらの世界の眼鏡はバリエーションの桁が違う。

 そもそもプラスチック自体が馴染みのない素材なのだから、クリアカラーのセルフレームなどは硝子細工か何かに見えても不思議ではない。

 

「お前の眼鏡を作っておこう」

「え……ええ!?」

「俺がセントレアに忘れてきちゃったからな。眼鏡なしってのも大変だろうし、眼鏡くらいならあっちに持ち込んでも大丈夫だろう」

「いえ、さすがにそんな高い物は……」

 

 ウッドランドではオールハンドメイドの眼鏡は結構な高級品だ。門番の安給料では気軽に買えたものではない。

 だがここはウッドランドではないし、俺は門番でもない。

 

「こっちの世界では安いもんなんだ。気にしなくていい」

「そうなんですか? こんなに綺麗ですのに……あら、不思議な素材ですわね」

 

 赤いセルフレームの眼鏡を手に取ったカタリナが首を傾げる。

 

「その辺に鏡があるから、適当に試着して選ぶといい。じゃ、俺は適当にそのへんに座ってるから、決まったら声をかけてくれ」

「……お待ちなさい!」

 

 踵を返したところでがっちりと腕を掴まれる。

 

「な、なんだ?」

「わたくしはこんなに沢山の品物からひとつを選ぶのに慣れていません。こういう時は殿方がリードするものなのではありませんか」

「いや、俺こういうの苦手だから……」

「ええい、何を情けないことを。数百歳なのであれば、それ相応の余裕と落ち着きを身に着けるべきですわ!」

「歳は関係ないだろ! 大体、数百歳相応の落ち着きって何だ! 仙人みたいになっちまうぞ!」

「問答無用ですわ!」

 

 ぐいぐいと店の奥に引っ張られていく。

 実のところ、俺は女性の買い物に付き合うのが得意じゃない。いや、むしろ苦手だ。

 

「さて、どういった感じが良いでしょうね」

「ああ、うん……どれがいいんだろうな……」

 

 やけに時間がかかるというのもあるし、こんな風に曖昧な条件で意見を求められると色々考えてしまってうまくまとまらないのである。

 と、考えている傍からカタリナは眼鏡を試着する。(ふち)がないリムレスタイプのフレームである。

 

「これなんかどうでしょうか?」

「ちょっと落ち着きすぎじゃないか……ああ、いや、似合うと思う。たぶん」

「……そうですか」

 

 率直な印象を口にしたところ、カタリナは唇を尖らせながら眼鏡を外した。

 何故だ。いきなり機嫌を損ねている。

 俺は額に滲み出てきた変な汗をぬぐう。

 

「色は何色が良いでしょうね」

「え、色?」

 

 色なんて何色でも良いんじゃないか?

 そう言おうとして、俺は口をつぐんだ。

 違う。それは悪手だ。率直な意見が求められているとは限らない。

 何となくで良いからちゃんと色を答えるべきだ。

 

「そ、そうだなあ。赤とかじゃないかなあ……」

「どうしてです?」

「えっ」

 

 眼鏡の色に何らかの理由が必要なのだろうか。訳が分からない。

 色に必然性があるのだとしたら、それは迷彩効果を期待するくらいなもんじゃないのか。いや、眼鏡に迷彩もくそもない。

 完全に思いつきで口にしてしまった手前、咄嗟に理屈は出てこない。

 

「いやほら、お前、髪の毛赤いし」

「……はぁ」

 

 まごついた挙句出てきた言葉がそれだ。我ながらひどい。

 案の定、カタリナは呆れたような溜息をつきながら、眼鏡を二つほど無造作に手に取った。どちらも赤いセルフレームの眼鏡だ。

 強いて言えばレンズの形が楕円か四角かの差しかない。

 

「では、この二点のうちでしたら、どちらが良いと思いますか」

 

 どっちでもいいんじゃないか?

 そう言おうとして、俺は口をつぐんだ。

 違う。これは悪手だ。率直な意見は求められていない。

 直感では円形の方が良いように思う。だが理由も必要だ。眼鏡の形状に何らかの妥当な理由付けをしなくてはならない。これは難題だ。

 合理的に考えれば四角い方がレンズ越しの視野が広く取れるので優れているのではないかと思えるのだが、しかし、古今東西の眼鏡が多数が楕円であるのには何か理由があるのではないだろうか。無難さの奥に何らかのメリットが隠されているのでは。それが何なのかは分からない。

 いや、危ない。罠にかかるところだった。合理的であるかどうか以前にファッション性を評価するべきだ。待て、眼鏡のファッション性ってなんだ?

 そもそもファッション性とはなんだ?

 眼鏡とは?

 人生とは。

 

「なに固まってるんですか」

「いや、もう少しで重要な何かが掴めそうな気がしたんだ」

「掴まなくて良いですそんなもの。別に考え込まなくても、第一印象で構いませんよ」

「……じゃあ、丸い方だ」

 

 結局、カタリナは赤いラウンドフレームの眼鏡をかける。

 そのまま、何か言いたげにじっとこちらを見つめてくる。

 よくよく考えてみれば、眼が悪いから眼鏡をかけているのだ。度の入っていないサンプルをかけたところで周りがよく見えるわけもない。

 

「鏡はあっちだぞ」

「……はぁ」

 

 親切心で教えたのに、げんなりした溜息を吐かれた。

 方向を教えても鏡が見えないほど眼が悪いのだろうか。気の毒なことだ。

 

「もう結構ですわ。これにします」

「お、おお。そうか。じゃあこれで作ってもらうか」

 

 すんなり決まったことを意外に思いつつ、レジに向かう。

 不慣れだろう視力検査の最中も、支払いの間も、カタリナは微妙な顔をしていた。

 理由はよく分からない。

 

 

 

 

 店員に受け取り待ち時間を言い渡された俺達は、食料品を買い漁った後、疲れ顔を向き合わせてソフトクリームなんぞを舐めていた。

 既に日も落ちかけ、平日なのもあってかショッピングモールを行き交う人の姿もまばらだ。仲の良さそうな家族連れなどが、笑顔を浮かべて我が家に帰っていく。

 なんて事のない風景だ。

 

「この世界は平和ですわね」

「どうだろうな。セントレアだって平和だろ」

「それはセントレアだからですわ。皇都の辺りは酷いものです」

「それも同じさ。こっちだってドンパチやってるところはある。ただ、それがずっと遠い場所だってだけで、世界が丸ごと平和なわけじゃない」

 

 知った風な事を言いながらも、俺は実際にこの世界での争いを見た事があるわけではない。知識として知っているだけで、関わりのないことだ。

 無為な義憤を覚えていた頃もあった気がする。けれど、やはり世界は広過ぎる。

 

「少なくともこの国は、家族同士で殺し合いをするような国ではありませんわ」

「素直にそうだと言えない面もあるけどな。なんだ、親父さんでも思い出したのか」

「父はあれが務めだと割り切っていますので、ちょっと違います」

「いや何も違わないと思うが……カタリナの話じゃなきゃ誰のことだ」

「殿下ですよ」

 

 碧い目を夕暮れに向けながら、カタリナは声色を固くする。

 

「……正直、あなたに殿下の事情をお話ししたところで積極的に協力して頂けるとは思っていませんが、あなただって本気で門番としての規則だけを理由に九天の騎士と戦ってきたわけではないでしょう?」

「ああ、よくお分かりで」

 

 俺は溶けかけた自分のソフトクリームを丸呑みした。

 

「ほとんどいちゃもん付けてただけだもんな俺」

「建前にしても雑過ぎましたわね」

「いや、でも半分くらいはあいつらが悪いぜ。なんで夜ばっか選んで襲ってくるんだ。昼間だったら俺は詰め所で寝てるのに」

 

 昼間に皇女殿下が襲われていた場合、俺はどうしただろうか。

 自問してみたが答えは出ない。何だかんだ理由をつけて九天の騎士と戦うような気もするし、気付かずに寝ているような気もする。

 

「それは彼らがある勅命に従っていたからです」

 

 覆面の騎士――というより、あれは忍者に似た何かでは?――の言葉を思い出す。

 

「継承戦ってやつか」

「そうです。現皇帝が継承権を持つ皇族全員に出した勅命、それが継承戦です。簡潔に言ってしまうと、継承権を持つ人間を一人に絞るために、自分達で間引き(・・・)をしろという内容です」

 

 それは、つまり。

 

「……皇族同士で殺し合いをしろって事か? 王様は気でも触れたのかよ」

「正確には暗殺ですわ。皇族同士が正面から争えば国が割れますから。舞台は夜のみ。手駒は自由ですが、己の権限で動かせる者までと決まっています」

 

 ウッドランド皇国の正規軍は皇帝自身の指揮下にある。皇族全員に命令の権限があるわけではない。

 だが騎士団は違う。ウッドランドにおいての騎士階級は軍人と違い、主君に従っている存在であり、その主君は皇帝に限定されない。各皇族や有力貴族に従う騎士団であれば、各々の裁量で動員できる。

 

「だから騎士が暗殺者の真似事をしてたのか。勿体ない使い方をするとは思ってたが」

「適任も居なかったのでしょう。九天の騎士を差し向けた第十六皇女のミラベル様は、彼らの他には小規模の騎士団を持つのみですから」

「なるほどね。皇女殿下は実のお姉さんに殺されそうになってたわけ……だっ!」

「ああ!?」

 

 剣呑とした空気を払うため、俺はカタリナの持っている完全に溶けたソフトクリームを丸呑みにした。

 もっちゃもっちゃと咀嚼する。うまい。俺は甘いものが大好きだ。

 カタリナは少しだけ未練がましく空になったコーンを見詰めていたが、すぐに持ち直して俺を見た。

 

「あなたも大体の見当はつけていたのでしょう?」

「まあ、大雑把には。九天の騎士とかいう大仰な刺客を送り込んでくる割に、戦略が雑過ぎるから依頼主は恐らく若い。子供と言っても良いくらいだろう。大体、標的が皇女様なんだから、騎士にそんな暗殺を命令出来るのは、皇女殿下と対等かそれ以上の身分の人間くらいなもんだ」

「なるほど」

「あとは消去法だな。皇帝に狙われてるんだったら、そもそも生きて皇都は出られないだろうし、軍が動いてないのが不自然だ。そうなると残るのは皇族か貴族。あの人畜無害なマリアージュ殿下を殺して得をする人間が貴族に居るとは思えない。リスキーだしメリットがない。だとしたら、あとはもう他の皇族くらいしか考えられないだろ」

「そこまで分かっていながらよく歯向かえましたわね」

「門番には街の外のことなんざ関係ないからな」

 

 俺はそう言い切り、口元についたクリームを舐めた。

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