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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
三章 パラドックス
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46.改変②

 アズル衛兵隊の屯所となっている砦には前回来たこともあってか、道に迷うこともなく目当ての人物が居ると思しき部屋を探し当てることができた。

 部屋のドアの前で控えていた老騎士トビアス・ガルーザ卿の存在もあり、中を改めるまでもなく目的の人物の存在を確信する。

 彼は早足で接近する俺とサリッサに気付くなり、僅かに目を見開いて身構えた。歩きながら身振りだけでその動きを制し、彼の傍を抜ける。

 既に争乱は過ぎ去り、この街にもう火種はない。それは確かだ。

 ただ、今から俺とサリッサが行おうとしている行為は全く別種の危険を伴っているとも言える。

 無言のまま表情だけで何事かと問う老騎士を押し留めたまま、俺とサリッサは戸口に立って耳をそばだてた。部屋の中からは話し声が漏れ聞こえてくる。

 

「転移魔法の類は皇都の魔術監視網に引っ掛かります。残る手段は……スキンファクシですね。お兄様が持ち出していたのですか」

『スキンファクシ?』

 

 聞き覚えのある会話を確認し、俺は胸を撫で下ろした。

 どうやら間に合ったらしい。指でOKのサインを作ると、不安げな顔をして様子を窺っていたサリッサの顔にも僅かな安堵の笑みが浮かんだ。

 

 

 

 竜種(ドラゴン)によるアズル襲撃から一日。

 この日、アズル衛兵隊の屯所に居るミラベルとランセリアに居る第二皇子アーネストの間で短いながらも話し合いが行われた。暫定的な協力関係の締結と、魔導院に対する襲撃作戦の打ち合わせだ。

 

 襲撃の結果、サリッサの友人でもあるアニエスを含めた、月天騎士団ほぼ全員の命が失われる。

 

 俺はアズル住民の避難計画を進める傍ら、その未来を回避する手段も考え続けていたのだが、検討は困難を極めた。竜種によってランセリア行きの転移門(ポータル)が破壊される以上、ランセリアに出向いての工作・干渉の類が実行できないからだ。転移門の破壊前にアズルの問題が解決できる見込みもなかった。

 そも、仮にランセリアに直接出向けたとしてもできることは限られている。魔導院に対する襲撃自体が行われなければサリッサが退行(リグレス)を受けることもなくなり、俺達が過去に戻ることもなくなってしまう。襲撃自体を阻止するわけにはいかない。

 そしてそれ以前に、月天騎士団が皇帝(カレル)と戦って命を落とさなければ――今こうして彼らを助けようとする俺達は存在しなくなる。事件直後に俺がランセリアに移動したせいで生死が確定していなかった転移街(ポート)アズルの人々と、月天騎士団は状況が違うのだ。彼らを救うには矛盾(パラドックス)の発生が避けられないのである。

 

 依然、矛盾(パラドックス)が発生することで何が起きるかは分からないままだ。やはり、今こうしている俺とサリッサは消えてしまい、ランセリアに居る現在の俺達だけが残されるという結果も十分にあり得るだろう。

 

 その上で、俺とサリッサは月天騎士団を救う事に決めた。

 矛盾(パラドックス)が発生してもこの時間軸が存続し続けてくれるという希望的な憶測、僅かな可能性に賭けることにしたのだ。

 そして万が一、矛盾(パラドックス)の発生によって俺達が消滅してしまったりしても困らない状況――アズルの事件が落ち着いてから行動を起こそうと話し合って決めていた。

 

 つまり、それが今だ。

 

 

 

 部屋の中から聞こえてくる会話が途切れ、長距離用の伝声術が解除される寸前という頃合いになってから、俺とサリッサは部屋の中に足を踏み入れた。

 中で簡素な作業机に腰掛けていた銀髪の少女――皇女ミラベルが腰を浮かせ、驚愕の表情を浮かべた。

 

「っ!?……タカナシ……様……!? どうやってこちらに!?」

 

 彼女の顔をしばらく見ていなかった俺は、一瞬、その無事を直接目の当たりにして強い感慨に囚われそうになった。

 だが、今は状況がそれを許さない。彼女に構わず、俺は声を張る。

 

「アーネスト殿下、聞こえますね!? まだ伝声術は解除しないでください!」

 

 長距離用の伝声術に使われている魔術器具の形状を、俺は知らない。怒鳴りながら部屋の中に視線を巡らせ、それらしい物体を探す。作業机の上に設置されているアーチ型のオブジェがそれだと睨み、急いで駆け寄った。

 

 今ここで第二皇子との通信が途切れたら、何もかも手遅れになる。

 祈るように返答を待つ。すると、ややあってからオブジェから声が聞こえた。

 

『その声は……タカナシ君か? いや……そんな筈は……彼はさっきまでここに……君は誰だ?」

「今から事情を話しますので、人払いをお願いします! 誰にも聞かれないように計らってください! 特に、そっちの俺とサリッサには絶対に!」

「早くしなさい、アーネスト! でないと今ここであんたの恥ずかしいエピソードを順番に発表するわよ!?」

『な……なんてことだ。サリッサまでそちらに居るのか。いや……うん、人払いには及ばないだろう。こちらの……君達は、もう席を立っているからね』

 

 記憶違いでなければ、話し合いの後で俺とサリッサは早々に退席し、伝声術の解除までは立ち会っていなかった。うまくすればアーネスト皇子にだけ話が通せると踏んでいた通り、向こう側では彼一人のようだ。

 

 事がここにまで至っても俺とサリッサに異変はない。矛盾(パラドックス)が発生しても問題ないのか。まだ確定しているわけではないから平気なだけなのか。判断はつかない。

 

『すまない……これはどういう状況なんだ? きちんと説明してくれると私としては有難いんだが』

「私からもお願いします……タカナシ様。いったい何が何だか……」

 

 分からないまま、俺と黒髪の少女は頷き合い、狐につままれたような様子の皇子と皇女に向けて話を始めた。

 

 

 俺達は、自分達が経験してきた悪夢のような過去――アーネストにとってはもうすぐ訪れる最悪の未来を語った。

 襲撃は皇帝に予見されていたこと。目的のひとつだった証拠の確保――火葬(クレメイト)なる破壊魔法を帯びた立方体を発見したものの、直後に月天騎士団を撃退したと思しき外典福音(アポクリファ)、アシルとの交戦に入ったこと。戦いの中で俺達は別行動をとり、殿を務めたらしきアニエス達が皇帝と遭遇し、落命したこと。俺とサリッサが皇帝と戦ったこと。

 最終的に生き残ったのは、俺とサリッサ、そしてアーネストとエニエスだけであったこと。

 そして、皇帝の力を受けて消滅する運命にあったサリッサを延命するため、やむを得ず往還門を使用し――その結果、何故か五日前の過去に移動してしまったこと。

 

 

 話し初めこそは混乱していたアーネストだったが、話が後半にさしかかった辺りにはただ真剣に俺の言葉に聞き入っている様子だった。いかなる思考を巡らせているのか沈黙が多くなり、質問らしい質問は殆どミラベルからのものだった。その彼女も次第に考え込むようになり、話を終える頃にはもう誰も言葉を発しなくなっていた。

 

「なるほど。ドーリアの襲撃……時と場所、被害の範囲をあなたが正確に知っていたのは……そのような事情でしたか」

 

 唯一、廊下で話を聞いていたと思しき老騎士だけが全てを悟った様子で口を開いた。

 

「黙っていたのは悪かった、ガルーザ卿。あんた達を混乱させたくなかった」

「いえ、賢明なご判断です。五日前の我々にそのような話……とても信じられなかったでしょうからな。今日、この時でなければ」

 

 老騎士は頷きながら歩み出るや、俺の目を覗き込んだ。

 彼は気付いたのだろう。この動乱の日時と被害の範囲を知りながら、それ自体を阻止しようとはしなかった俺の真意に。

 しかし老騎士の顔に糾弾の意思は見えなかった。むしろ、感謝や申し訳なさといった感情の色が見えた気がした。言葉にはしないまでも。

 

「恐れながら申し上げます、アーネスト皇子。行動を共にした我ら水星天騎士団、彼の話がまことであると判断致します。何卒、お聞き入れを」

 

 老騎士の思いがけない言葉に、俺は目を丸くする。

 

『頼むから畏まった話し方はやめてくれ、トビアス』

 

 どうやらアーネストはガルーザ卿とも旧知らしい。

 若干の苦手意識を滲ませながらも、皇子は穏やかな口調で言葉を続ける。

 

『私もタカナシ君を疑ってはいないよ。むしろ信頼している。そうか、君は……剣の福音か。恐ろしく腕が立つ剣士だとは思ったが……まさか、皇帝陛下と同じ生ける伝説とはね』

 

 伝説扱いされるのは全く良い気分ではないのだが、いま重要なのはアーネストに信用してもらえるかどうかだ。否定はせず、彼の出方を窺う。

 しばらくの黙考の後、アーネストは多分に苦渋を滲ませる声音で言った。

 

『しかし……この作戦は中止できない。火葬(クレメイト)の確保は君達にとっても必要な筈だ。そうだろう、ミラベル?』

「……仰る通りです。この機は逃せません」

 

 答えるミラベルの表情は暗い。

 継承戦を止めるには火葬(クレメイト)が必要だ。ミラベルが狙っている政治的な駆け引きの内容はおおよその想像がつくが、物的証拠も何もないのでは全く話にならない。だからこそ、前回の俺達も危険を承知で魔導院に乗り込んだのだ。

 中止はあり得ない。

 

「そこは俺も理解しています。ですので、中止ではなく作戦内容の変更をお願いします」

 

 事前に予期した通りの展開になりつつある中、俺は最終的な提案を口にする。

 

「アシル・アドベリの捕縛は諦め、火葬(クレメイト)の確保に注力して下さい。最小限の人数で立方体を確保した後、最短最速で撤退できれば……戦いを避けられる可能性が上がります」

 

 それで確実だと言い切るのは難しい。まだ弱い。

 俺の自覚を代弁するように、或いは背中を押すように、サリッサが再び俺の手を握った。軽く握り返し、駄目押しの一手を言葉に変える。

 

「加えて、戦闘になった場合は俺とサリッサに当たらせてください。俺達なら奴と戦える。他の人員では犠牲が出ます」

 

 老騎士が唸り、銀髪の皇女が唇を結ぶ。

 戦いになれば代償を払うのは俺と――いや、サリッサだ。都合よく前回と同じ結末を辿ったとしても、彼女は人でなくなってしまう。

 そもそも、前回と同じ流れになるとは思えない。最悪の場合、現在の俺とサリッサは死ぬかもしれない。

 そうなれば、今ここに居る俺達も無事では済まないに違いない。

 

『……分かった。そこまで言うのなら、ここは君達を信用するとしよう』

 

 決定的な一言が届くなり、俺は来たるべき衝撃に身構えた。

 身構えたところで、未来改変に伴う変化をどうにかできるわけもないのだろうが、自身の消滅の可能性を前にするとなると、さすがに構えずには居られない。

 しかし、いくら待てども俺達には何の変化も訪れなかった。サリッサも、きつく両目を瞑ったまま俺の腕にしがみ付いているだけで、変化は起きていない。

 何も起きない。

 

 これはひょっとすると――俺の考え過ぎだったのか。

 因果律は俺の認識よりも柔軟であり、多少の矛盾は許容してしまうものだったのだろうか。

 

 それとも――

 

『タカナシ君、それにサリッサも』

 

 皇子の声で思考の海から現実に引き戻される。

 

『臣民に代わって君達に感謝を。転移街(ポート)を守ってくれた件も含めて、いずれきちんとお礼をさせてもらうよ』

 

 考えたところで今は何とも言い難い。考え過ぎるのもよくはないだろう。

 そんな風に無理矢理納得し、顔を上げる。

 

「いえ……俺達が勝手にやったことですから」

『はは、謙虚が過ぎるのも考え物だね。さて、私はそろそろ支度をするとするよ。首尾よく事が運んだら、もう一度連絡を入れよう。いつになるかは分からないが……それで構わないかな』

「はい。お気を付けて、殿下」

『ああ、ありがとう。ではまた会おう、剣の福音。そう遠くないうちに』

 

 前回の別れ際とちょうど同じ言葉を残し、アーチ型のオブジェは沈黙した。

 それと同時に、安堵の溜息を吐いたサリッサが目を開き――開くなり我に返ったらしく、慌てて俺の腕から離れた。

 そんな俺達の様子を極低温の視線で見ていたミラベルが何事かを口にしてサリッサと言い合いを始めるのをよそに、俺は部屋の窓から見える遠い空を仰いだ。

 

 これで未来は変わったはずだ。

 きっと、いい方向に。

 

 遅まきながらそう実感すると、途端に凄まじい疲労感を覚えた。手近にあった椅子に腰掛け、何ともなしにアニエスの小憎たらしい顔を思い浮かべる。

 もしこのまま、ここに居る俺達が存在し続けられたなら、また彼女に会うこともあるかもしれない。きっとまた罵られたり馬鹿にされたりするのだろうが、それはそれで構わない。せいぜい、その日を楽しみにしていよう。

 俺はそんな事を考えながら、椅子に深く座り込んで目を閉じる。

 実際、疲れが残っていたのだろう。かしましい少女達の声が響く中にあっても睡魔がやってきて、どうにもこうにも抗し難かった。

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