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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
三章 パラドックス
122/321

36.燃える炎の街で①

 木造の骨組みに漆喰を塗った構造をしている皇国の一般的な建築様式は、当然ながら非常に火に弱い。であるからして、転移街(ポート)アズルの街並の大半を占めるそれらの建築物を火から完全に守るのは不可能だ。まだ無事な建物へ火が移る前に、燃えている建物自体を壊してしまう方がいいケースは多々発生する。

 今がまさにそれだ。

 燃え盛るアパルトマンの屋根に、俺は長剣を振り下ろす。洋瓦の屋根が剣によって二つに割れ、燃えている木材部分ごと脱落した。

 けたたましい音がして崩落する屋根から飛び降り、息を整える。その間に、屋根が落ちたことで構造に致命的な損傷を受けたアパルトマンは、自重に負けて上階から順に倒壊していった。

 

「お見事」

 

 作業を終えて早々に走り出す俺に、二軒隣の民家に水弾(ウォーターボルト)を撃ち込んで消火した仮面の女騎士が合流した。

 並んで街路を走りながら、手を挙げて応える。

 

「どうも。そっちはあと何軒くらいこなせそうだ?」

「魔力にはまだ余裕があります。十軒以上は問題ないでしょう。どちらかと言えば時間の方が問題になりそうです」

「何か予定でもあるのか、この非常時に」

「ええ。どうしてもやらなくてはならない事がありまして。その為にアズルに厄介になっていたのですが、なかなか刺激的な夜になりました」

 

 具体的には言わないあたり、聞いて欲しくない用事なのだろう。

 得体は知れないにしても、彼女が害のある人物でない以上、こちらとしても突っ込んだ事情まで聞く理由はなかった。

 

「ところで、いかがです? ご同輩とは連絡がつきましたか?」

「いいや全く。万事順調って意味だと思いたいが」

 

 あれ以降、ドネットからは何の連絡もない。

 急を要する事態が起きていないのか、それともカタリナが上手く対応してくれているのか。いずれにせよ連絡を待つしかない。

 僅かな不安が顔に出たのか、隣を走る仮面がこちらを向いた。

 

「この周辺はあらかた火を消し終わりましたし、これほどの大火となると個人が無理をしてどうとするものでもないでしょう。何か心配事があるなら、いちど様子を見に戻るというのも手ではないかと思います」

 

 思慮深さを窺わせる発言だ。

 不穏な仮面とは裏腹な、穏やかで落ち着いた声だった。不思議と彼女の言うとおりにすべきなのではないかと思えてくる。

 すぐにそうしなかったのは、微かに不審な音が聞こえたからだ。

 規則的に連続した遠雷のような音。一定のリズムで鳴ったあたり、建物が焼け落ちる音とは異なる。人為的な意図を感じさせた。

 引っかかるものがあって音の正体を考えるも、心当たりはない。

 

 

 本当に?

 何かを見落としていないか?

 

 

「どうかしましたか」

 

 また顔に出ていたのか、立ち止まった俺を仮面の少女が覗き込んでいた。

 よくよく都合のよいものを身に付けている。騎士の少女の表情は窺えず、つるつるとした白磁の仮面が息遣いで揺れているだけだ。

 何を考えているのか、非常に分かり難い。

 そうして凝視していると、仮面の少女が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「……すみません、この仮面は外せないんです」

「あ、いや。責めてる訳じゃないんだ。少し気になっただけで」

 

 俺は、どうしてだろう。

 自分でもよく分からないほど狼狽していた。

 

「顔に大きな火傷の痕がありまして。見て気分の良いものではありませんので、こうして被り物をして隠しているんですが……やっぱり変ですか?」

「い、いや、変じゃない。全然変じゃない。カボチャを被って街を練り歩くような奴よりはよほどまともだ」

「カ……カボチャ、ですか」

 

 勢い余って自らの奇行を暴露してしまった。

 一体何をやっているのか。

 俺は歩みを再開しながら不思議そうに首を傾げる仮面に言葉を投げた。

 

「タカナシだ。近くの街で門番をやってる」

 

 強引な話題転換に呆気に取られたのか、仮面の少女が一瞬固まった。

 が、すぐに俺の隣に並んで歩き始める。

 

「リコリス・ブルーマロウです。今はこの街の領主館で働いています」

「領主館? じゃあ君は領主の騎士なのか」

「はい。正確には騎士見習いといった身分ですね。生まれがイオニアなので、なかなか腰を落ち着けられる街がなくて」

 

 イオニア。皇国を相手取って戦争をしている東方三国の一角だ。

 かつては皇国と並ぶ保有騎士数を誇っていた強国だが、七年戦争でその有力な騎士団の殆どを失ったという。現在は防衛戦術を貫く事で皇国の侵攻を凌いでいるらしいが、ドーリアと同様、滅びかけている国と言っていい。

 それでも皇国の人間からすれば敵国であるには違いなく、イオニア出身の者が皇国内で真っ当な職に就くのは困難だ。彼岸花(リコリス)と名乗る彼女が騎士級の実力を持っているのは疑いようもないが、正規の騎士団に入るのは無理だろう。少なくとも、彼女が自分の素性を偽らない限りは不可能だ。

 各地を転々としている様子なのも頷ける話である。流れながら街の有力者に雇われながら生活しているのだろう。自前の騎士団を保有する名分がないような立場の人間が「騎士の見習いを鍛えている」という建前で騎士を雇う事は珍しくない。アズルの領主もそういった体裁で騎士を私兵として雇っているのだろう。

 実態としてはドーリアの傭兵騎士に近い。

 

「苦労してるんだな」

「さほどでも。私は門番(ゲートキーパー)だって大変なお仕事だと思いますよ。朝も早いでしょうし、なかなか勤まるものではありません」

 

 仮面の少女は朗らかに言うが、それは一般的な職業の苦労の範疇だ。

 少なくとも、田舎町の門番の仕事に特別な才能は必要ない。実際、セントレアでは何かしらの生業と兼業している者が殆どだ。

 ちょっとズレている娘なのかもしれない。魔術の腕前を見る限り、只者ではないと思うのだが――

 

「もう駄目かも知れませんね、この街は」

 

 ポツリと零れたリコリスの言葉に、俺は僅かな痛みを覚えて掌を握り締める。

 彼女は歩きながら、未だ燃えている区画を見ていた。口調は変わらず穏やかなものだったが、僅かに沈痛な思いが見え隠れしている。

 たとえ火災を消火しきれたとしても、主要な転移門(ポータル)を失う転移街(ポート)アズルの先行きは暗い。転移門の再設置には天文学的な予算と時間が必要だ。僻地であるアズル領に予算を捻出する術はなく、皇国の中央行政府が支援を行わない限り、この街は終わる。

 

 分かってはいるのだが、俺は努めて明るく言う。

 

「被害を最小限に抑えられれば、きっと大丈夫さ。すぐにってのは無理かもしれないが、いつかきっと立ち直ると俺は思うよ。人間ってのは逞しいからな」

「……そうですね。そうあって欲しいと私も思います」

 

 俺の気休めを否定せず、リコリスは頷いた。

 それは恐らく、彼女の優しさだった。

 

 そうして未だ激しく燃えている区画の手前にまで辿り着いた時、

 俺は少々驚く羽目になった。

 

 大勢の人々が集まっていた。

 アズルの住民と思しきその人々は、各々手にした桶や樽などで水を撒いていた。激励や怒号が飛び交う中、きちんと連携して消火活動にあたっていたのだ。

 我先にと逃げることなく。恐慌を起こすこともなく。

 

 無意識のうちに住民達を「守るもの」としか認識していなかった俺は、

 思わず足を止めて呆けてしまった。

 だが、考えてみれば当たり前だ。ここは彼らの街なのだ。

 戦っているのは、俺や水星天騎士団だけじゃない。

 

「確かに逞しいようです」

「そうだな」

 

 自分の言葉を信じていなかったらしい俺は、苦笑して頷くしかなかった。

 現場に行き当たったからには加勢するべきか、と長剣を抜こうとした俺の耳に、人の群れの中から一際大きな声が聞こえた。

 

「どういうことだこれは!?」

 

 思わず手を止め、リコリスと顔を見合わせる。

 群集を掻き分けて声の主の下へ急ぐと、そこには既に水星天の騎士が三人ほど集まっていた。

 何事かを騒ぐ彼らの視線は、街路脇に敷設されている側溝に集中している。消火活動に使う水源――この街、アズルに敷かれている水道網だ。普段は石蓋で塞がれているそれが、今は消火活動の為に開放されていた。

 俺も計画の立案段階で水道の位置を実際に確認したので知っている。

 だが、一体何を騒いでいるのか分からない。

 

「団長代理!? なぜこちらに!?」

 

 騎士三人のうち、ひとりが俺に気付いて振り返った。

 若い男の騎士だ。慌てて向かってこようとする彼を手で制し、俺は早足で彼らの元へ向かう。待っていられないほど、強烈に嫌な予感がしたからだ。

 

 まさか。

 

 側溝の中は、(から)だった。

 事前に確認した時にはたっぷりと流れていた水が、ほとんど無い。

 石造りの滑らかな白い底面が、僅かに濡れている程度にしか。

 

「そんな馬鹿な」

 

 呆然とした呟きが口から零れた。

 俺を追い掛けて来たリコリスも水道溝を覗くや、声を固くした。

 

「水が引いている? この水道は山麓の湖から引いているのに……なぜ?」

 

 湖の水が枯れ果てるなんて事が有り得るのか。

 そんなわけはない。

 

「いつからこうなった?」

「あ、えっと……はい。少し前です。ほんの数分前から水が引き始めて……あっという間になくなってしまって……」

 

 俺の問いに答えた若い女騎士は、そこで言葉を切って押し黙ってしまった。

 咎められているような気分にさせてしまったかもしれない。

 かといって十分に慮る余裕があるでもなく、俺は一言だけを言った。

 

「君のせいじゃない」

 

 気休めでも何でもない、事実だ。

 いくら水星天騎士団の皆やアズルの住民達が大量の水を消費し始めたとはいっても、湖の水を丸ごと汲み上げてしまったとは考えにくい。

 

 問題があるとすれば、水源ではない。

 もっと手前――水源から街へ続く経路のどこかに問題が起きたに違いない。

 どこかに――

 

 

「…………まさか」

 

 

 ――思い当たる。

 

 思わず、掌で口元を覆って呻く。

 俺は見落としていた。忘れてしまっていた。

 

 

 過去の俺が竜種(ドラゴン)の元へ走った時、

 俺は、ドーリアの傭兵騎士団長に待ち伏せを受け、彼と水道橋で交戦した。

 

 先を急いだ俺は彼を一撃で下し、

 敗れて川に落ちゆく彼は、最後に、足止めの罠を発動した。

 

 

 

 

 その結果(・・・・)水道橋が(・・・・)破壊されている(・・・・・・・)

 

 

 山麓の湖(・・・・)と街を結(・・・・)んでいた経路は(・・・・・・・)そこで寸(・・・・)断されて(・・・・)しまったのだ(・・・・・・・)

 



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