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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
三章 パラドックス
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32.アズル防衛戦④

「六班から順にって言ってるだろ!? 一回で覚えてくれよ! セリナリバー通りから以南は……まだだって言ってるだろッ! ちゃんと手順どおりにしろ!」

 

 十個以上の漂う光球に囲まれた女医が、必死に何事かを叫んでいる。

 伝声術だ。

 遠距離に音を届けるという単純な魔法だが、地味に制御が難しい部類の魔法でもある。その上にコストパフォーマンスが非常に悪いとくれば使い手の数も少なかろうというものだが、彼女は何故か当たり前のように習得していた。

 両手を白衣のポケットに突っ込んだ彼女、ドネット・コールマン医師は、今や三十余名から成る騎士集団の連絡系統を一手に引き受けている。不摂生が窺えるバサバサのポニーテールが縦横に揺れるのを、俺はぼんやりと眺めていた。

 いや、そんな悠長に構えている場合ではない。俺も手近に浮いている光球のひとつに向かって声を張った。

 

「バルトー、行政府の方はどうだ」

『問題ありません。いやあ、ここの役人も良い具合に腐ってますね。金を少々掴ませたら、あっさりと首を縦に振りました。色々と便宜も図ってくれるそうで』

「さすが。追加の令状は?」

『滞りなく。私の方で各班に配っておきます』

「頼む。通信終わり(オーバー)

 

 言いながら、眼前のテーブルの上に広げた街の見取り図に筆を走らせ、チェスの駒を流用した兵棋をふたつ動かす。七班と八班の駒だ。

 地図上には十五の班に分けた騎士達の動きが再現されている。作戦の進行状況を分かりやすく示すためだ。

 但し、駒が全て兵士(ポーン)なので、ぱっと見では非常に分かり難い。番号を彫り込んでいくらかは改善してはいたが、咄嗟では間違えるかもしれない。

 とはいえ文句は言えない。資材は殆ど現地調達で、使える時間も限られている。俺は適当に対応策を考えつつ、平行して盤面を俯瞰した。

 

 次は―-

 

毒蛇(ヴァイパー)、報告を」

『……木星天騎士団に動きはない』

「そいつは重畳。引き続き監視よろしく」

『いや、なぜ俺が貴様に指図をされねばならんのだ』

「だったらお前もこっち手伝うか? 控えめに言って地獄だぞ」

 

 ちょうど、無数の光球からの連絡に翻弄されて半狂乱になっているドネットの甲高い悲鳴が響いた。毒蛇にもちゃんと聞こえたらしい。やや間があってから、彼は憮然と呟いた。

 

『断る』

「だろうと思ったよ。通信終わり(オーバー)

 

 光球を指で遠くへ弾き、俺は椅子に深く座り直して息を吐いた。

 その場の思い付きで行った木星天騎士団への遅滞工作は、幸いにも今のところは功を奏しているようだ。彼らが動き出すよりも早く、作戦をできるだけ進めておかなくてはならない。

 

 遂に訪れた、ドーリアによるアズル襲撃の日の早朝。

 セントレアから転移街までの移動を終えた騎士達を迎え、俺達はごくシンプルな行動計画に従って動き始めていた。

 作戦の段階(フェーズ)は僅か三つ。

 住人の避難。火災への対処。そして撤収である。

 それだけと言えばそれだけなのだが、規模が規模だけにどれも困難を極める。事が起こってから対応するのでは明らかに間に合わず、かといって大々的に動けば、木星天騎士団や既に街に入っているだろうドーリアの傭兵騎士団を刺激してしまう。その結果として俺の知る前回(・・)と事の推移が変わってしまえば、被害の抑止が更に困難になってしまうだろうことは想像に難くない。

 目立たず、しかし迅速に。

 人数を分散し、武装を最低限に抑えてカモフラージュしながら街に入った騎士達は、まったく休む間もなく既に行動を始めている。

 

 まず第一段階(フェーズ1)、住人の避難。

 数種類の架空の名目(カバーストーリー)を使い、アズルの住民達を段階的に避難所へ移動させ、竜種の攻撃による被害が予想される範囲を完全に無人にするのが目的だ。

 交渉事に長けていそうなバルトー氏が各所への根回し――結果的に買収になった――を担当している。避難の名目に使用する、行政府発行の各種令状の入手、および、避難所として使う公的施設、医療施設の確保などだ。

 峡谷の木星天騎士団の監視は、透明化の魔術を扱う毒蛇に一任。その他の全員は、やれ「水道調査」だの「避難訓練」だの「健康検査」だのという適当な口実で、住民達を少しずつ避難所に誘導している。

 住民側からしてみればいい迷惑である。当然、怪しまれたり不満が出るだろうことが予想された。なので、そういった人々は一旦後回しにして、夕方近くなってから強制力のある説明を行う手筈だ。

 この段階では、混乱が起きるを覚悟でドーリアの襲撃を正直に説明することも視野に入っている。それでも駄目なら、ボヤ騒ぎなどを起こして強引に避難させるという非合法な手段も取るつもりでいた。できる限り回避すべき手法ではあるが、手遅れになるよりはずっとマシである。

 しかし、そういった妥協をした上ですら、避難作業は宵時までかかる計算だった。実際には計算よりも時間がかかると考えると、人員にも時間にもまったく余裕がない。

 

 結果、引き続きの拠点としたこの寂れた酒場にも、最低限の人員しか配置されていない。悲鳴なんだか罵声なんだか分からなくなってきた声を上げているドネットと、盤面を睥睨しながら佇んでいる老騎士、ガルーザ卿。そして、数百年ぶりに集団の指揮を執る俺だ。

 あと、朝っぱらから店を指揮所にされた従業員の少女が、ホールの端で青い顔をして立っている。むっすりと佇む老騎士が強面だからか、ドネットがいよいよ殺気立った罵詈雑言を並べ始めたからか、或いはその両方か。可哀想だが我慢してもらう他ない。

 

第一段階(フェーズ1)は順調ですな」

 

 当の老騎士は別段、険しい表情を浮かべているということもない。見取り図上に書き込んだ作戦の進捗が芳しいからだろう。「多くの人命がかかっている」と、当初は悲壮感すら漂わせていたのだが、詳細な作戦計画と順調な推移を目の当たりにしてか、幾分か緊張が和らいできたらしい。

 

「今のところは。でも、やっぱり急ごしらえの作戦だからな……どこかで問題が起きると考えておいた方がいい。できれば余裕が欲しいところだが……」

「では、少し急がせますか」

「いや……むしろ水星天の騎士には休憩をとってもらいたいな。そっちは移動中もろくに休んでないだろう」

「お気遣いは無用です、代理殿。この程度で音を上げるようでは先が思いやられるというもの。若い騎士には刺激にもなりましょう」

「厳し過ぎやしないか」

「事も事ですからな」

 

 老騎士はすっぱりと言い切って瞑目してしまった。

 俺は少しだけ考え、

 

「間を取って、進捗が良い班から順に休憩をとってもらうことにしよう。遅れてるブロックは俺が回ってカバーするよ」

「はあっ!? 坊やが抜けたら誰が全体を回すんだよ!?」

 

 すかさず、光球の群れの向こうから悲鳴が上がった。

 耳聡い限りである。十以上の情報伝達をまとめながら、更にこっちの話も聞いていたらしい。聖徳太子かよ、という感想はウッドランド人には通じないので飲み込む。代わりに代案のみを言った。

 

「カタリナを呼び戻すよ。この作戦の立案も半分はあいつだし、あいつの体力で現場に出ずっぱりは無理だからな。ちょうどいいさ」

「ああ……あの精霊憑きの眼鏡娘か。まあ、それなら了解……っていうか、そもそもなんで病人を立ち仕事に出してるんだ」

「本人の強い希望でね」

 

 カタリナとは今朝からまともに会話できていない。

 十中八九、昨夜のやりとりが関係している。気まずさは俺も同じで、思い返すだけで頭を掻き毟りたくなる衝動が沸く程度には気恥ずかしいのだが、今はそんなことをやっている場合でもない。

 

「じゃ、しばらく席を外すから後は頼む」

「はいはい……まったく、これで竜種(ドラゴン)が見れなかったらタダじゃおかないよ」

「その点だけは請け合うよ」

 

 割と本気の響きが混じった脅しを聞き流し、俺は酒場を後にした。

 三十人強の人員でカバーするにはあまりにも広過ぎるアズルの街では、やがて訪れる災厄などは嘘であるかのような、どこにでもある日常が流れている。

 転移門(ポータル)から転移門(ポータル)へと行き交う荷馬車、商人、旅行者などが、街の中央通りに列を成していた。人々の服装は実にバラエティに富んでおり、様々な地方から人が訪れていることを窺わせる。

 お陰で変装した水星天の騎士達があちこちを駆け回っていても、あまり目立たないようだった。マント姿で長剣をぶら下げている俺も同様であり、仮に木星天騎士団やドーリアの目が街の中にまで及んでいたとしても、簡単に発見されることはないように思えた。

 

 雑踏を潜り抜けて裏路地に入り込むと、ちょうど白壁に備えられた戸口の前に、鳶色のエプロンドレスの後姿があった。傍らには、文化レベルで雰囲気の異なる服装をしている黒髪の少女もいる。

 二人は戸口の向こうにいる住民と交渉をしているようだった。

 

「検査は一晩で済みますので、明日にはご自宅にお戻りいただけるかと思います。費用の方も行政府が負担いたしますので……」

「いや、突然そんなこと言われてもね。別にうちは誰も具合を悪くなんてしてないし……」

「そうですか……申し訳ありませんが、こちらの検査は行政府からの正式な令状が発行されている、とても重要な検査です。ご協力頂けない場合、わたくしどもとは別の者がご案内することになりますが、それでよろしいでしょうか」

「別の奴……?」

 

 住民の男が怪訝に首を傾げるや、無言のサリッサが親指で路地の奥を指した。

 そこには、筋骨隆々の巨漢が半裸で立っている。

 ついでに言えば見事なスキンヘッドだ。彼は住民の方を向き、気持ちの悪い笑顔で指をバキバキ鳴らしていた。

 

 男が真っ青な顔で避難所に向かうまで、およそ五分とかからなかった。

 

「無茶するなあ、お前ら」

 

 率直な感想を口にすると、こちらに気付いた三人――カタリナとサリッサ、そしてヴォルフガングは、三者三様の反応を見せた。

 

「そもそもが無茶な計画なんだから、これくらいは大目に見てもらわないと話が進まないでしょ。ちゃんと捌けてるんだし良いじゃない」

 

 などと、唇を「3」の形にすぼめたサリッサが文句を述べた。厳めしい顔を更に厳つく歪めたヴォルフガングも、力強く頷く。

 

「うむ。それに、俺は口下手で交渉事に向かん。立っているだけでいいのならそれに越したことはない」

「胸を張るんじゃない。頼むからほどほどにしておいてくれよ。ただでさえ九天(おまえら)は目立つんだからな……」

「うん? 目立つ? なぜだ」

 

 筋肉モリモリで半裸のマッチョマンだからだ、と言ったところで栓のない話である。俺に何か言われた程度で奇人変人ショーの一歩手前といった九天の騎士達が突然ライフスタイルを変えてくれるとも思えない。

 サリッサは、そもそもこの世界の格好をしていない上に、子供の体格とはまるで釣り合わない長槍を担いでいる。エプロンドレスに異形の長弓をたすき掛けにしているカタリナも、冷静に考えてみれば異様な出で立ちである。

 時間をとってでも変装させるべきだったかもしれないが、後の祭りだ。

 

「まあいい……ああ、そうだ。カタリナは酒場に戻ってくれ。俺と交代を……」

 

 俺はそこまで口にして、カタリナがあらぬ方向を向いていることにようやく気が付いた。話を聞いているのか不安だったが、彼女は視線を逸らしたままポツリと返事をした。

 

「……戻ります」

 

 そのまま、油の刺さってない機械仕掛けのような、どうにもギクシャクした動きで歩いていった。

 いささか以上に心配させられる様子である。いや、俺と顔を合わせるまではちゃんと住民と交渉をしていたので大丈夫だろう。俺はそう自分に言い聞かせ、カタリナを呆然と見送るサリッサとヴォルフガングに向き直った。

 

「二人は引き続き頼む。カタリナが抜けて問題があるようだったら連絡してくれ。誰か寄越すように手配するから」

「タカナシはどうするの?」

「俺は遅れてる班の応援に行くよ。って言っても全体的には順調だから、そっちはキリのいいところで休憩とってもいいぜ」

「そう? あたしは別に休憩とか要らないんだけど……」

 

 と、相変わらず異常な体力を発揮しているサリッサが禿頭の巨漢を見上げた。

 

「ハハハ! 無用だ、無用! 我らは鍛え方が違うのだ!」

 

 そのヴォルフガングにもまったく疲労の色は見られない。コイツの場合は単純に肉体のスペックが高いだけだろう。普通、身体機能を魔力で強化拡充できる人間は、体力作りを疎かにする傾向が強いものだ。魔術師ともなればその傾向は顕著で、彼のように体を鍛えている人間は非常に稀である。

 ダブルバイセプス――ボディビルじみたポージングを決める筋肉達磨は、やはりとても魔術師には見えない。

 

「はいはいそーね。じゃ、あたし先行ってるから」

 

 サリッサは彼の奇態にも慣れたものらしく、冷ややかに流してスタスタと歩いていってしまった。その後ろを伝声術の光球がふよふよと漂いながら追っていく。

 しばしポーズのままで固まっていたヴォルフガングだったが、やがて筋肉の緊張を解いた。

 

「残りは……十五時間強だったか? うまくいけばよいが」

「意外だな。俺の話を信じてるのか」

「フン。この街に我々以外の騎士が来ているのは間違いないようだ。行商の扮装をしていたがな。粗い身のこなしを見るにも木星天ではあるまい。貴様の話はどうにも出来過ぎていて怪しいが、少なくとも出鱈目ではあるまいよ」

 

 ヴォルフガングはそれだけを言ってのしのしと歩いていった。

 彼の言葉は正しい。先ほども往来に一人、騎士らしき人物を見た。ドーリアの雇った傭兵騎士団の者だろう。ヴォルフガングも、本人の奇天烈さとは裏腹に一流の戦士であるらしい。味方のうちは頼もしい限りである。

 いや、彼だけではない。水星天騎士団も、他の九天の騎士も、今は素直に頼もしい。いや、そう考えるのは少々都合が良すぎるだろうか。

 自身の心境の変化に戸惑いながら、俺は踵を返して歩き出した。

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