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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
三章 パラドックス
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30.前夜にて①

 皇国北西部の要衝である転移街(ポート)アズルでは経済活動――というか競争が激しい。新しい商流を狙って新たに店を構える商人が多い一方、活発な新陳代謝は廃業する者をも多く作り出す。

 俺達がアズルにおけるひとまずの拠点として選んだのも、廃業寸前と思しき寂れた酒場だった。宵時だというのに人の気配は殆どなく、従業員と思しきそばかすの少女がカウンターで所在無さげにしているだけだ。街のメインストリートから外れた立地のせいもあってか、客は俺達以外にいない。

 そのお陰かは分からなかったが、剣やら槍やら弓やらで明らかに武装した俺達が入ってきても、従業員の少女は愛想笑いを浮かべてくれた。

 適当な料理を注文して埃の積もったテーブルに陣取った俺達は、昼の間に調達してきたアズルの正確な全景図を広げて頭を捻らせていた。

 

「……火災が発生することを考慮すると、住民の皆さんを避難させる範囲は余裕をもたせて……やや大きめを想定して作戦を立てた方が良さそうですね」

「ああ。俺の記憶頼りだと不安もある。あと、効率的に手分けできるよう対象エリアを分割しよう。二、三人の隊を編成して、それぞれに各ブロックを担当してもらおう」

「いい考えだと思いますわ。ただ、そうなると指揮系統が心配ですね。連絡が密にとれるようにしなければ……いえ、かといって伝令に割く人手はありませんし……」

「大丈夫だ。伝声術が使える人間を手配してある。各隊の連絡は彼女に中継して貰う」

「なるほど。抜かりはありませんね。あとは……住民の皆さんに避難してもらう口実が必要でしょうね……」

「うーん……問題はそこなんだよなあ。ちょっと強引な手段を採るしかないかもしれない。明日までにアイデアをまとめておくよ」

「わたくしの方でも少し考えておきます。次に避難場所と火災の対応ですが……」

 

 懸念事項を洗い出し、ひとつひとつ潰して段取りを煮詰めていく。カタリナはさすがというかなんと言うか、要点をまとめつつスラスラと伝書をしたためていく。相談ひとつにしても打てば響く感じで、非常に頼りがいがある。

 よくよく考えてみれば、彼女ともそれなりの付き合いの長さだ。今現在の仲間の中では一番長く一緒に戦っているわけで、頼りになるのも当然といったところだろうか。

 

「……えーと」

 

 一方、サリッサは椅子の上で固まっていた。

 彼女の本分は戦闘なのだが、今回の作戦趣旨は戦闘にはない。サリッサの立つ瀬がないのは無理もないことだ。

 

「なんていうか、凄いわね。手馴れてるって言うか……」

「まあ、なんだ。長く生きてるとな、色々と経験するもんなんだよ」

 

 曖昧に述べるに留め、当惑顔のサリッサの頭をくしゃくしゃに撫でる。子供扱いされているのが不満なのか、ぷうっと膨れた。

 肉体年齢的にはカタリナと変わらないにしても、事実上では俺がぶっちぎりの年長者であるには違いない。

 

「勉強になります。ちょっと癪ですけれど」

 

 にっこり笑顔で言うカタリナは、言外に自分は若いのだと主張しているようだ。それは確かにそうなのだが、結局はカタリナもサリッサも俺と同じように永遠を生きるわけで、若さを謳歌できるのは今のうちだ。今に見ていろ。

 などという虚しい思考は捨て置き、線を引いて十のブロックに分割した被害予測範囲へ、それぞれ数字を書き加えていく。人数的な限界まで分割したのだが、それでもひとつひとつのブロックが広大だった。精緻な見取り図ではそれが良く分かる。

 

「隊あたりの担当は……数百人だな……」

「数百人を……避難させるの? 二、三人で?」

 

 俺達は重い空気の中で顔を見合わせる。

 無茶は承知だったが、これほどとは思わなかった。

 アズルの街のどこに避難させるかも問題だ。総数で数千といった単位の人間を収容できる施設など、ない。かといって転移門(ポータル)を使用するわけにもいかない。ひとつは初撃で破壊され、もうひとつは竜種の体当たりで崩壊してしまう「予定」だ。残りふたつの転移門は被害範囲から距離が開き過ぎている。

 街の主要施設を避難場所にするしかない。聖堂や公園、番兵団や行政関連の施設。目算をつけて施設に丸印を書き込んでいくが、使える施設の絶対数が足りない。

 

「……参るな、さすがに」

 

 疲労を感じて目頭を揉む。

 すると、カタリナが不意に手を叩いた。

 

「休憩にしましょう。根を詰め過ぎて見落としをしては取り返しがつかなくなります。ただでさえ強行軍だったのですから」

「そうね。特にタカナシはちゃんと休まないと」

 

 少女ふたりの視線を浴び、俺は苦笑する。

 昨晩から延々と自動二輪(バイク)を走らせていたのもあってか、確かに疲れてはいた。今は街外れの廃屋に隠してある。帰りの燃料はギリギリといったところだが、それはすべて片付いて帰る時に考えればいい。今懸念すべきはもっと別の事柄だ。

 俺は柱時計を横目で確認してから、彼女達が納得するよう大目の休憩時間を告げた。

 

「じゃ、三十分くらい休憩しよう」

 

 無慈悲にも納得はされなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 テーブルに突っ伏して義務的に海老の揚げ物(フリッター)を口に運んでいると、早々に食事を終えたカタリナがひそめた声で話し掛けてきた。

 

「気付いていますか、アキト」

「……何にだ?」

「サリッサです」

 

 顔を上げると、カタリナは思いつめた顔をしていた。

 サリッサはテーブルに居ない。やはり客が居らず暇そうにしていた従業員の少女とカウンターで話し込んでいる。談笑の声が時折届き、基本的に誰とでも仲良くなれるサリッサの社交性が窺えた。今では外見が子供そのものというのもあるのだろう。

 傍目には元気そのもの、といった黒髪の少女の笑う横顔を眺めながら、カタリナは囁くように言った。

 

「あの子……もう三日も寝ていないんですよ」

 

 上体を起こし、背中を伸ばす。

 咀嚼している料理の味は、よく分からない。

 

「食事だって……」

「……ああ」

 

 俺も気が付いてはいた。

 異界(クリフォト)で過ごした晩も、現界(セフィロト)に帰ってからも、彼女は食事らしい食事は口にしていないし、休んでいる様子もない。

 俺も少々は無理をしている自覚があるのだが、彼女の場合、まるでそれが自然であるかのように休息をとらない。だというのに顔色もいい。

 通常の往還者にそんな能力はない。不老という特性は全員にあるが、それ以外は基本的に人間と変わらない。食物は必要だし休息も必要だ。食べなければ恐らく死ぬし、寝なければ体力を失っていく。

 

 ――福音の力、なのだろう。

 

 だが何の福音なのかが分からない。彼女の遺物(アーティファクト)である白い槍と同じく、千年前に存在していたどの福音にもそんな効果はなかったように思う。

 サリッサは相変わらず語ろうとしない。

 何度か尋ねようかとも思ったのだが、何故だか妙に気が引けるのだ。カタリナがこうして俺にだけ話をするのも、恐らく同じ気持ちがあるのだろうと思うのだが、

 

「貴方がちゃんとフォローしてあげてください」

 

 眼鏡を押し上げ、ぴしゃりと言うのだ。

 言いたい事は分かる。

 福音がもたらすものは、その字面どおりの祝福だけでは有り得ない。全ての福音がもたらす権能は、必ず精神的な何かを代償にしているからだ。それも、当人の強い願いに由来する何かをだ。その実感、懊悩は、同じ往還者にしか真に理解し得ないだろう。

 しかし。

 

「いや……まずは同性の方が話しやすいんじゃないか? そういうのは」

 

 異界で一緒に過ごした夜以降、どうにも俺はサリッサを異性として意識し過ぎてしまっているらしい。外見上の彼女は子供だというのにだ。一度そう意識してしまうと外見年齢などは些細な話なのかもしれない。色々と難しい問題だ。

 彼女の好意は十分に理解している、つもりだった。

 だが、サリッサ自身がそれを明言したわけではないし、俺の中で明確に答えが出ている話でもない。求められてもいないだろう。少なくとも今は、まだ。

 俺が無意識のうちに及び腰になっているのは、そんな事情もあるのかもしれない。

 

「わたくしでは意味がないんです。その役目は貴方でなければ」

 

 カタリナは俺のそんな惰弱な思考を見抜いてか、静かに首を横に振った。

 どう応えていいか分からず、俺は逃げ口上を探す。

 だが、試みは無意味だった。

 

「さすがに……何かあったのは分かりますよ。これでも一応は女ですから」

 

 彼女は、呆れたような怒っているような、形容し難い微笑を浮かべていた。

 

 その瞬間、俺はどうしようもなくカタリナから目を逸らしていた。

 理由は分からない。ただ、昨夜見た、「知りたい」と言った彼女の言葉と笑顔とが、俺の視界にオーバーラップしていた。

 ただそれだけで彼女を直視できなくなっていた。

 

 

 そして、俺は愕然と右手で自分の口元を覆う。

 

 

 俺はいま、なぜ逃げ口上を探していたのか――――

 

 

「……アキト? 大丈夫ですか?」

 

 辛うじて聞こえた心配の言葉も、どこか遠く感じられた。

 どれだけ目を逸らしても、星空と彼女の笑顔が残像のように目の奥に焼き付いている。投じられた疑問とその残像とが、俺の胸中に大きな波紋を広げつつあった。

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