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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
三章 パラドックス
110/321

24.余さず全てを①

 篝火がある。

 常日頃の宵のセントレアよりも明るい一角に、浮かれた空気とは場違いな騎士達が集っている。三十余名の、武装した騎士達だ。

 それがパン屋の前で見られる光景なのだから、いささかシュールに過ぎるというものだろうか。普段の俺なら軽口のひとつでも飛ばしてしまうだろうが、今日のところはそんな時間も元気もない。

 口元がひん曲がった、厳つい老騎士の前に俺は立っている。

 いや、対峙しているのは彼だけではない。その場の殆どの騎士は俺と相対して、各々が何かしら言いたいことがある、というような顔をしている。

 無理からぬことだ。昼間に一戦やらかしたばかりだというのに、バタバタと集められて開口一番に「今からアズルに行く」などと言われれば何か言いたくもなるだろう。

 それが異議とは限らないのが救いだ。

 察しのいい連中や既に話を通してある者はこれといって文句があるような顔はしていない。ただし、文句がないというだけで決していい顔をしているわけではない。

 老騎士、ガルーザ卿もそのひとりだ。

 

「木星天騎士団が殿下を狙っている。更にはドーリアがアズルを襲撃する……貴方の話が真実だとしましょう」

 

 深い溜息と共に放たれた言葉が、まず仮定の話であるあたり彼の苦悩が窺える。

 俺は特に口を挟まず、ジェスチャーで先を促す。

 ガルーザ卿は瞑目しながら言った。

 

「しかし、今すぐに動ける人員はこれだけだ。セントレアに置いている人員と装備を全て移動させるのは不可能。ある程度は残さねばならない。別の任務に出ている者もいる。馬の数も限られている」

「十分だ」

 

 どれも誤魔化しのない、正直な事情だろう。それらを勘案すれば、この短時間で二十数名の騎士が動いてくれたのは上出来なくらいだ。

 人手は多ければ多い方がいいが、これ以上は望めない。

 しかして老騎士は、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「ドーリアは兎も角……木星天騎士団に限らず、他の九大騎士団は皇国の実働戦力。お飾りの我々とは規模も錬度も違う。この人数では戦えませぬ」

 

 彼の認識にはふたつの誤りがある。

 まず、確かにドーリアは小国であり雇っている傭兵騎士の質も大したことがない。騎士同士の戦いでは容易に勝利できるだろう。

 しかしそれでも、水星天騎士団に勝ち目などは微塵もない。ドーリアと交戦するということは、イコール、往還者アリエッタと竜種(ドラゴン)を相手取るということに他ならないからだ。

 アズルを襲撃するドーリア勢とは交戦すべきではない。これは今現在の俺(・・・・・)に任せるべきだ。

 次に、木星天騎士団。こちらはもっと事情が複雑になる。

 

「木星天騎士団との戦闘はないと思ってくれていい。全員、身に付ける装備は最低限にしてくれ。少しでも移動の時間を短縮したい」

「戦わないだって?」

 

 強い抗議の色を滲ませる声を上げたのは、黙り込んでいた九天の騎士のひとり――確か、名はアウロラ。

 水星天騎士には荷が勝ち過ぎていると早々に理解していたのだろう。当然、自分たちにお声が掛かるものだと思っていたのだろうが、生憎とその認識も間違っている。

 

「戦わずしてどうする。お姫様がたを守るのがアンタの目的じゃないのか」

 

 どちらかと言えば直情的なこの女騎士は、まるで確かめるかのような口調で問うた。

 実際、試されているのだろうと思う。返答を誤るわけにはいかない。

 

「ええと、アウロラ。俺も仮定の話をしよう」

「あん?」

「もしドーリアが転移街(ポート)アズルを焦土にするつもりだとしたら、アンタはどうする」

 

 騎士達の間に一瞬、緊張が走った。

 だが、それも本当に一瞬のことだ。すぐに空気は弛緩した。

 あり得ない。不可能だ。そんな笑い交じりの呟きが聞こえる。

 ドーリアの如き小国が国境から遠く離れたアズルに、街ひとつを破壊するだけの戦力を送れるわけがないと考えている。大仰に語っているだけなのだと。

 続く言葉は、我ながら滑らかに口が動いた。

 

「真面目に話を聞く気がないなら帰ってくれて構わない。そもそも俺はただ個人的な頼み事をしているだけで、従う義務はないんだ。時間を取らせて悪かった」

 

 ここで本当に人数が減るようなら、それはそれで構わないと本気で考えていた。

 仮定の話でも、偽りでもいい。ほんの少しでもいい。

 何の罪もない人々が蹂躙されるかもしれないと考え、その光景を思い浮かべて、それでも背を向けられる人間なのであれば、もう頼むことは何もない。

 

 狭量な考えを巡らせながら、俺はアウロラの顔を見る。

 笑みはなかった。

 怒りもなかった。

 そして彼女は、まるで自己紹介をするかのように気軽な口調で言った。

 

「どうするもこうするもない。決まってるだろ、そんなもの。戦って街を守る。何のかんのと言っても結局そういう生き物だ、あたしらは」

 

 俺は人の感情を読み取ることに長けてはいない。だから、アウロラが何を思ってそう口にしたのかまでは分からない。或いはハリエットのことで何か思うところがあるのかもしれなかったが、俺には窺い知れないことだ。

 頷くに留めて話を続ける。

 

「まずはドーリアの攻撃に対処する必要がある。今は騎士団同士で内輪揉めなんかをしている場合じゃない。木星天騎士団と戦ってたら街を守れない。だから戦わないんだ」

 

 言いながら傍で控えていたカタリナに目配せをする。

 彼女は頷き、携えていた俺お手製のアズル見取り図を広げた。

 四方を転移門に囲まれたアズルの全景を大雑把に描いたものだ。俺は羽根筆で図を指し示しながら説明を続ける。

 

「あー、見取り図が汚いのは許してくれ。で、アズルの街がこうあるとして、ドーリアの第一攻撃がもたらす被害範囲は……ざっと、この一直線上に存在する建築物すべてになる」

 

 筆で街をほぼ両断する範囲に直線を引く。

 騎士達の間にどよめきが巻き起こった。

 

「この攻撃は、性質としては火属性の破壊魔法に近い。ミラベルの鏡盾(アイギス)を百枚重ねても軽減できない程度の威力を持ち、恐らく城塞級の防御障壁も簡単に破る。どんなに魔術師をかき集めても防げないだろう。つまり、防御はできないと考えてもらっていい。できるのは予測だけだ」

 

 いよいよ唖然とする者が殆どとなる一方で、提案を述べる者も居た。

 九天のひとり、バルトーだ。

 

「位置が分っているのなら、先制攻撃はどうでしょう。仮に、そんな荒唐無稽な威力の魔法が存在するとして……それほどの規模であれば術者は当然無防備なはず。先に仕掛けて無力化するのが最善ではないかと思いますが、如何でしょう?」

「そうだな……あれを術者と呼んでいいのか疑わしいもんだが、不可能だと認識してほしい。術者の大きさは転移門(ポータル)と同等だ。目測だが、全長は二十五メートルほどになる。倒す手段がない」

「……なんですって? 二十五メートル?」

「冗談に聞こえるかもしれないが事実だ。ガルーザ卿、ロスペールが陥落した話は聞いてるだろう。敵は、アンタらが言うところの神代の怪物だよ」

 

 険しい表情で固まっていた老騎士の顔が驚愕で染まる。

 水星天騎士団はロスペールで起きたことをある程度は把握しているはずだと睨んでいたとおり、彼らは俺の言わんとすることを理解したようだった。

 

「かつて御使いが退けたという邪神か……!? 異教徒め、なんということを……!」

「邪神じゃない。竜種(ドラゴン)だ」

 

 違和感のある部分だけを訂正し、俺は息を整える。

 ここから先を語るには覚悟が必要だ。記憶の改ざんなどという、忌むべき手段に縋ってまでひた隠しにしてきた自身の素性を、不特定多数の人間に明らかにする。

 もう後戻りは出来ない。あらゆる意味でだ。

 

「俺は千年近く生きてる」

 

 極力、端的に事実を述べる。

 彼らが俺の身の上を信じるか信じないかなどは、実に瑣末な問題だ。

 そんなものは眉唾で構わない。この場での説得力だけがあればいい。

 

 やはり、と。

 畏怖とも恐怖ともつかない感情に彩られていく騎士達の顔を見ながら、俺は間髪入れずに主張した。

 

「竜種と戦ったのも一度や二度じゃない。だから分かるんだ。あれは人の手で打倒しうる生物じゃない。永きに渡って生態系の頂点に立っていた王だ。アンタ達が非力だとは言わないが、正面から戦っても人数分の墓が建つだけになる」

「ほう。そこまで言い切るからには、既に計画を考えているのだろう。言ってみろ、門番」

 

 まるで平静のままといった面持ちの毒蛇(ヴァイパー)がフードの下から声を発した。

 彼だけではなく、九天の騎士達だけは特に動揺した様子もなく俺を見据えていた。

 やはり、試すかのように言葉を待っている。変わらず、間違えるわけにはいかない場面だ。俺は未だ茫洋としたままの計画を口にする。

 

「まずは初撃の被害範囲から街の住民を逃がす。迅速に、ひとり残らずだ。範囲内にある転移門(ポータル)は破壊されてしまうが、それはどのみち防げない。人命を最優先にする」

「……」

 

 毒蛇は見取り図を一瞥して僅かに思案した。

 その後、どうやら早々に計算を済ませたらしく肩をすくめながら言う。

 

「……フン、なんとも壮大な計画だ。全員でかかっても間に合うかは知れぬ」

「さっきも言ったが、だから木星天騎士団とは戦わない。そんな時間がないんだ。真っ直ぐアズルに入って、最速で住民の避難を済ませる必要がある。勿論、ドーリア側に気付かれるのも駄目だ。攻撃範囲が変わってしまう可能性があるし、ドーリアと戦う時間的余裕も当然ない」

 

 街を横断する被害予想範囲から推測すると、避難の必要がある住民の人数が数千に及ぶだろうことは想像に難くない。それをたったの三十人強で避難させようというのだから無茶な話ではある。

 だが、無茶なだけで不可能ではないはずだ。

 

「しかし、木星天騎士団が皇女殿下らを狙うのは間違いないのだろう。だとすれば何らかの対応は必要なのではないか?」

「分かってる。それは俺が何とかする。竜種もだ。任せて欲しい」

 

 ヴォルフガングから飛んできた質問に答え、俺は改めて騎士達を見渡した。

 

「ここまで聞いたらもう分るだろう。この計画はアンタ達の協力がなければ成立しない計画だ。だが、これもさっき言ったとおり、俺はただ個人的な頼み事をしているだけだ。アンタらがそれを呑む義理もなければ義務もないし、そもそも俺達は立場も違えば思想も違う。お友達でも仲間でも何でもない。ついでに言えば、何の見返りもない。だから断ってくれても構わない」

 

 ひとつ間違えば死ぬのだ。

 という言葉を付け足そうとして、やめる。

 俺ごときがそんな心配をするのは、何か筋が違う気がした。

 

「なんとまあ、思ってたより回りくどい奴だねえ」

 

 不意に、押し黙っていたアウロラが破顔した。

 

「アンタが本当にお伽噺の英雄様なら、こう言うべきなんじゃないか。街とお姫様を守りに行くから、お前らは黙って手を貸せ、ってさ」

「そんなに単純じゃないだろ、現実は」

 

 俺はそう返して苦笑するしかない。

 それに、と前置きをして付け加える。

 

「ハリエットも放っては置けない。助けないと」

「助けるって……何を言ってる。あの子が自分で選んだことだろ」

「アンタらと敵対するって? 冗談だろ。彼女が好んでそんな選択をするわけがない。カタリナの言うとおりだと俺も思うよ。あれはハリエットの意思じゃない」

 

 率直な見解を述べると、アウロラは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をして俺とカタリナを交互に見た。それから何やら自嘲じみた笑みを口元に浮かべ、呟く。

 

「なるほど……余さず全てを、ね」

 

 彼女が言葉を切り、思考した時間は僅かだった。

 長大な突撃槍を肩に担いだ女騎士は、明朗な口調で言い放った。

 

「いいだろう。乗ってやるよ、門番。アンタが自分の言葉を違えない限り、私もアンタに手を貸そう」

 

 正直、九天の協力を取り付けられる目はあまりないと思っていた俺は、彼女の前で目を瞬かせるしかなかった。

 同様の意見だったサリッサも、俺の隣で口を半開いて呆けている。

 

「アウロラさん、よろしいのですか?」

 

 慎重に、念を押すようなカタリナの確認にも、アウロラは微笑で返す。

 

「よろしいも何も、お嬢とサリッサはハナからそのつもりでしょうよ。だったら議論の余地はないでしょ。いまの九天の頭はお嬢なんだ。男衆だって、まさかこんな話を聞いておいて尻込みをするような臆病者は居ないでしょうし」

 

 じろり、とボブカットの女騎士に睨まれたバルトーが苦笑して肩をすくめた。毒蛇は「好きにしろ」と言わんばかりに腕を組み、ヴォルフガングは力強く頷くのみだ。

 彼らの態度を異議なしと受け取ったアウロラは、次にガルーザ卿を振り返った。

 

「水星天。貴卿らもよろしい?」

「無論です。今こそ姫殿下の命を遂行すべき時と心得ております」

 

 老騎士は――いや、水星天騎士団の騎士達全員が剣を抜いて夜空に捧げて礼の姿勢をとった。意味が分らず固まる俺に、先頭の老騎士が頭を上げて言う。

 

「指揮を執られよ、剣の福音。貴方にはその資格がある」

「……いや、それは」

 

 無理だ、と俺が告げるより早く、老騎士は言葉を続けた。

 

「……綺麗事の何が悪いと貴方は申された。まったく、そのとおりでありましょう。実に耳が痛い言葉だ。我々は、そのことを久しく忘れていたのかも知れません」

 

 かつて水星天騎士団はマリーを狙っていた。

 主命とはいえ、そこには少なくない抵抗があったのかも知れない。彼の言葉には、そう思わせるだけの後悔が滲んでいる。

 

「我らとて、かつては同じ願いを抱いていたのです。だが、人の身では叶わぬ願いがあり、届かぬ祈りがある。人がそれを綺麗事と呼ぶのは、只人の願いや祈りだけでは、結局なにも救われぬからに他ならない。ちょうど、貴方がたが降り立つ前の現界(セフィロト)がそうであったように」

 

 現界、殊更に言えばウッドランドの人々にとって、往還者――御使いという存在はあまりにも大きい。なにせ国教に織り込まれているのだ。崇拝と言い切っていい。

 だが俺は、その評価が過大だと断言できる。己もが只人なのだと存分に知っていて、どうして素直に頷けるだろう。

 しかし、

 

「アキト」

 

 カタリナが心配顔で俺の袖を引く。

 

「……分かってる」

 

 今は躊躇っていられる場面ではないのだ。

 懸かっている大勢の人の命と比べれば、俺の後悔などは遥かに軽い。たとえ実際の俺が甚だ不適格なのだとしても、たとえそれが仮初めのものだとしても、俺が、力を与えられた者だという事実に変わりはないのだから。

 

「今回限りだ。今だけ、俺がアンタ達の剣を預かる。それでいいか」

「承知しました。騎士団長代理殿(・・・・・・・)

 

 頭を掻き、妥当な落としどころを口にする俺に、老騎士は含みのある声音で応じた。

 代理(・・)というのは、まさか候補(・・)という意味までは含んではいないよな。などという問答ができる空気でもなく、俺はがっくりと肩を落とす。

 そんな俺を脇目に、カタリナは淡々と会談を締め括った。

 

「ドーリアの襲撃は明後日の晩です。木星天騎士団も既にアズルへ向かっていると考えた方がよいでしょう。ここからアズルまでの移動が一日がかりと考えると、もう幾ばくも猶予はありません。すぐに出発の用意をお願いします」

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