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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
三章 パラドックス
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20.綺麗事③

 カタリナは不思議な少女だと思う。

 

 育ちが良いくせに妙に気さくで、キツいところはあるにしても基本的に人当たりがいい。何らかの理由で大切にしているだろうマリーに対してのみならず、誰に対しても分け隔てなく礼儀を払い、思いやりを持って接していると思う。

 でなければ、九天の騎士達はとうの昔にどこかで野垂れ死にしていたことだろう。

 俺に魔力を封じられた彼らが生き延びたのは彼女が面倒を見たお陰なのであって、俺が見逃したからではない。そこに打算があったとは思えない。

 

 だが、彼女には苛烈な一面があるのもまた、確かだ。

 

 本人が言っていたように、騎士として育てられた境遇も無関係ではないのだろう。とても年頃の少女とは思えないようなシビアな考え方をすることが、ままある。

 彼女のその気質は、戦いを生業とするのに正しい資質だろう。憧れと願いだけで剣を手にした、意志薄弱な俺にはついぞ身に付かなかったものだ。精霊憑きという病を患ってさえいなければ、さぞ有能な騎士になっていたに違いない。

 

 その、ある種の「容赦のなさ」とでも言うべき何かを、

 もしかすると俺は、心のどこかで恐れていたのかもしれない。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 再び俺の命を救ったカタリナは、二の矢を番えてハリエットを向いていた。

 距離はおよそ五十メートル弱。

 言葉が届く距離とは言い難いこの間合いでは、もしカタリナがハリエットを狙撃するつもりであったとしても、俺には阻止する術がない。

 ハリエットもまた、膝を折ったまま動かなかった。異形の騎士弓を構えるカタリナの姿を捉えながらも、力なく、自嘲の滲む笑みを浮かべるのみだ。

 

 九天の騎士達との戦いの中で、似た状況が過去にもあった。

 カタリナは一撃でジャンを戦闘不能にせしめた後、ハリエットを魔法戦で圧倒し、杖を破壊して追い詰めた。

 あの時のカタリナがハリエットを見逃した理由は分からない。単なる情けだったのか、魔法を撃つことによる体調悪化を嫌ったのか。彼女が理由を語ることはなかった。

 いずれにせよ、ハリエットは二度目がないと覚悟しているのだろう。

 恨み言や後悔を口にすることもなく、ただ、何の色も浮かばない視線を俺に戻す。

 その瞳は、これが順当な結末なのだと言外に語っていた。

 

 彼女もまた、騎士なのだ。

 戦いという行為の本質を理解し、その上で戦うことを選択した者、自らの意義を戦いの中に見出した者だ。己の敗死をやむなしと捉えていた、他の九天の騎士達と同じく。

 それが覚悟というものなのかもしれない。

 

 だが。

 俺は、違う。

 

 ヤドリギが絡み付く両腕に、全霊の力を込める。縛めの鎖を強引に引き千切らんとする俺に、ハリエットの薄い緑の目が僅かに見開かれた。

 魔術による拘束は、膂力のみで破れるほど甘くはない。実体が存在する物理的な拘束とは異なり、魔素(マナ)で構成された拘束を破壊するには同じく魔素による干渉が必要だ。ろくな破壊魔法が使えない俺にとっては、その手段は限られる。

 具体的には、剣技だ。

 腰の鞘に収まった愛剣があれば、時間は掛かるにせよ不可能ではない。だが、拘束されている両腕で剣を抜く事はできないし、時間もない。

 

 隠匿術を解除し、男がハリエットの背後に現れたからだ。

 強力な毒の魔術を付呪(エンチャント)した直刀を携えた男が。

 九天の騎士のひとり、毒蛇(ヴァイパー)。彼は襤褸切れのような黒衣を翻し、得物を眼前の少女に――ハリエットに振り下ろさんと構えた。

 

「よもや言い残す事もあるまい。九天の名に背を向けた罪、万死に値すると知れ」

 

 目深の頭巾の下で語る男の口元には、戸惑いや躊躇いは微塵も存在しない。

 最初からこの場に潜み、俺達の会話をすべて聞いていたのか。いや、そんなことは最早どうでもいい。

 

 拘束(バインド)を解いてくれ。

 

 直刀が振り下ろされる寸前、俺は残された僅かな可能性に縋り、ハリエットの瞳を見た。しかし、薄らぼやけた緑の魔素を散らすヤドリギは、一際強い力で俺の両腕を締め付けるのみだった。

 あたかも、自ら助けを拒むかのように。

 

 刃が振り下ろされる。

 許容できない現実を前に、俺はただ、絶叫する。

 

 

 所詮、俺は異邦人(ストレンジャー)だ。

 騎士達が持っているような死生観には共感できない。

 共感したくもない。

 敵を打ち倒し、その命を奪うことに名誉などありはしない。戦って死ぬことは美徳でも何でもない。いっそ邪悪ですらある。ただ、それらの行為でしか得られない結果が存在するがゆえに選択されている次善に過ぎない。

 だからこそ、それらの行為の裏に存在する犠牲について人々が思いを巡らせる時、「止むを得なかった」だなんて言葉が飛び出すのだ。

 俺にその言葉を使う資格はない。

 この手には剣の福音がある。この権能がある限り、次善(・・)などでは許されない。こんなインチキを与えられた人間が、どの口でその言葉を吐くというのか。

 そんな真似は許されない。

 

 

 しかし。

 今、両腕の束縛を断ち切ったのは、剣の福音ではなかった。

 

 如何なる技によって放たれたのか、音に届く速さで飛来した銀光が二条。瞬きに満たない間に、俺の両腕を縛るヤドリギを正確に射抜いたのだ。

 宿木の束縛(バインドオブミストゥ)が消滅し、俺は、かつてない速度で右手を走らせる。見えない何かに後押しされるかのように未だ銘のない愛剣の柄を手にするや、迷いなく剣技(グラディオアルテ)を行使した。

 早送り(ファストフォワード)

 

「……何ッ!?」

 

 倍速で斬り込んだ俺の長剣が毒蛇の振り下ろした直刀と噛み合い、甲高い金属音を響かせる。剣技の勢いのままに剣を跳ね上げ、驚愕する男の体ごと刃を弾き返した。

 眼前に立ち塞がった俺に、直刀を構え直した毒蛇が憎悪の声を漏らす。

 

「門番……貴様、それは何の真似だ」

「何の真似も糞もあるか! 剣を下げろ、九天! この子は……!」

「その娘は皇国に害為す裏切り者よ。それ以外の何者と言うつもりだ。皇女らに肩入れする貴様が、よもやその皇女らを狙う者を庇い立てしようとは……つくづく度し難い」

 

 その身に漲らせる圧倒的な殺意は、かつて戦ったこの男と比べようもない。

 あの夜の彼も他の九天と同じく、不本意な任務によって本来の実力を発揮していたとは言い難い状態だったのかもしれない。

 ステップによる二段、三段のフェイントを織り交ぜ、毒蛇が打ち込んでくる。直刀が蛇を思わせる複雑な軌道を描き、迎え撃つ俺の剣と火花を散らす。

 剣技に於いては俺に分がある。しかし、毒蛇もそれを弁えていた。三連の払いを構える俺の目の前で、男の姿が溶けるように消えた。

 姿を消す魔法――黒と月の隠匿術だ。

 この術の隠蔽は完全ではない。原理は、己の姿を可視光から取り除いているのみだ。音や魔力は遮断されていない。

 

「この子も被害者だ! お前にだって分からないわけがないだろうに!」

 

 魔力感知でおおよその位置に見当をつけた俺は、剣に魔素を纏わせて刺突を放つ。衝角(ラム)の名を持つ不可視の刃が飛び、しかし、耳障りな音を立てて弾けた。

 不可視化した毒蛇が、同じく不可視の筈の衝角を直刀で叩き落したのだ。

 対応されている。

 以前の戦いで見せている剣技だとはいえ、俺の剣技は権能による忠実な再現――技を生み出した者のそれと全くの同一、最高の練度を誇るものだ。

 通常、一朝一夕で対応できるものではない。やはり、一見すれば騎士というよりも暗殺者然としたなりをしているこの男も、練達の騎士であるに相違ない。

 

「……だからどうしたというのだ、痴れ者めが!」

 

 冷えた声が響く。

 姿を見せぬまま、男は叫ぶ。

 

「敵と味方の区別もつかぬのか! 余さず全てを救うとでも言うつもりか!」

 

 不意に、空中に無数の影が生じた。

 鮮やかなヴァイオレットの液体が詰まった、小さな硝子瓶。この男、毒蛇が水星天騎士団との戦いで使って見せた毒霧の触媒だ。その威力は、騎士すら昏倒させる。

 

「そうだ! 何一つ、取りこぼす訳にはいかない!」

 

 応じて叫び、放物線を描いて飛来する瓶を目掛け、俺は愛剣の刃を振り下ろした。

 瓶を破壊すれば、中身が飛び出してしまう。ゆえに、俺はクリストファの剣技、剛剣を選択した。

 チェーン付きのハンマーを思わせる魔素の塊が、空中の瓶を全て浚った。生じた毒霧もろとも地面に叩き付け、土中に葬る。

 必殺の秘儀を破られながらも、毒蛇の気配が空中を走った。魔素の足場を使い、空中を移動する歩法だ。フェイント、透明化の魔法に加え、歩法による攻撃角度の隠蔽。もはや、毒蛇の攻撃がどこから襲ってくるのか、俺にはおおよその方向しか分からない。

 

「綺麗事をほざくな! 貴様ほどの剣士が、世の理を知らぬわけもあるまい!」

 

 声、足場を蹴る音、刃が風を切る音。

 踏み込みの気配を察知した俺は、諸手で握り込んだ愛剣を振るった。

 半ば以上は勘で放った斬撃が、毒蛇の持つ不可視の直刀と再び噛み合う。込められた魔素が反発し、衝撃が生まれた。余波で地面に放射状の亀裂が走り、毒蛇の隠匿術をも吹き飛ばした。

 

 だが、凄絶極まる形相を露わにした男は、得物に込める力を全く緩めなかった。

 刃と刃、極小の接触点で押し合い、せめぎ合う。純粋な力比べでは、俺は平凡な騎士にも及ばない。ともすれば屈しそうになる圧力だった。

 

 だが、俺はやはり、何かに背中を押されるかのように剣を押す。

 俺を後押しするのは、視界の端に写る少女の姿だった。矢を放ち、俺を縛っていた宿木の束縛(バインドオブミストゥ)を破壊した姿勢のままでこちらを見ている、カタリナの姿だ。

 言葉は要らなかった。

 

 俺は彼女を理解していなかった。

 

「綺麗事の何が悪いっていうんだ……ッ!」

「……なに!?」

「誰だって最初はそれを目指して……そうなればどんなにいいだろうって、本当は分かってるから……綺麗事だなんて言葉を使うんじゃないのか! 何もかもが丸く収まれば、それが一番良いはずなんだ!」

「馬鹿なッ! お伽話ではないのだぞ、小僧ッ!」

「お伽話なんだよッ! 俺はッ!」

 

 

 搾り出した幼稚な願いと共に、権能、剣技(グラディオアルテ)を行使する。

 

 

 ――斬鉄。

 

 

 毒蛇の直刀が半ばから切断され、頭巾の下の口元が驚愕に染まる。

 その顎へ、長剣を握る俺の右拳が突き刺さった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 カタリナは矢を放った姿勢のまま、遠くから響いてきた門番の少年の叫びを聞いた。

 

 綺麗事の何が悪いのか。

 その叫びは、彼自身が思っているよりも多くの者の耳に届いていた。

 西方の森の探索を終えて合流したアウロラ達、更には隣町から引き上げきたガルーザら水星天騎士団の騎士達も、カタリナの周囲の木陰に控えて彼の言葉を聞いていた。

 

 子供の戯言だと、一笑に付すのは簡単だっただろう。

 しかし、彼の言葉を笑った者は居なかった。

 誰一人として。

 

 別次元の剣戟を少年と交わす九天の騎士、毒蛇は、ある意味では全員の代弁者だった。敵には相応の罰を、死を与えるべきだとする、疑いようのない真実を体現する者であったからだ。ゆえに、裁かれようとしているハリエットと親しいアウロラでさえ、動揺こそあれど事態を静観していた。

 

 止むを得ない。

 誰もが、命が失われることに対してそう考えていた。

 

 だが、だからこそ、毒蛇に放たれた少年の言葉は騎士達の胸を抉った。少年が毒蛇を撃ち破った、その言葉と拳とが、騎士達に衝撃を与えた。

 止むを得ないと諦めていた何かを、思い出してしまった。

 

 カタリナは沈黙する騎士達を横目で見やってから、視線を少年に戻した。

 言葉は要らない。見事に願いを貫いてみせた異邦人の少年に、カタリナは僅かに微笑みかけた。今はただ一人の、同じ願いを共有する者として。

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