入学式
テストのため投稿遅れましたーーー
カルディア魔術学院入学式当日の学院内のベンチに黒髪に漆黒とも言えるような黒い瞳をした少年が座っていた。
「ハァーーー…」
他の新入生が新たな出会いや学院生活に胸を膨らませているなか、その少年だけはため息ばかりついていた。
「フィオラさんには大丈夫と言ったけど……」
黒髪に黒い瞳をした少年ミストは、もう十五分以上ベンチに座りため息をついたり顔を俯かせたりしている。
周囲の人々が観れば、一体何があったのだろうと疑問に思うだろう。
それほどまでにミストの表情は悲壮感に満ち溢れていた。
学院に来る前は「大丈夫!」と意気込んていたが、いざ学院に来てみるとその気概が薄れてしまった。
ミストは自分の安易な発言に後悔した。
できることなら過去に戻り自分の発言を撤回したい。
しかしそんなことは考えるだけ詮無きことだ。
どれだけ後悔しても過去に戻ることなど出来はしない。
例え魔術を使ったとしても…
「フー…まあなんとかするしかないか、フェリル家の人間にはなるべく関わらないようにすれば大丈夫だろう」
ミストが覚悟を決めて入学式に向かおうとした時、ミストの影に別の影が重なった。
顔を上げてみると目の前に一人の女性が立っていた。
「君は新入生かな?こんなとこにいると遅刻しちゃうよ?」
首をちょこんと傾げ、ニッコリと微笑む姿はとても可愛らしい。
背はミストと同じくらいで体型はスラリと細見、長い髪が風で揺れていた。
後ろで花びらが舞っているの実に絵になる。
制服に身を包んでいることと、先ほどの言い回しから学院の先輩だろうと当たりを付けた。
「あっすいません。今から向かおうと思っていたところです」
「そうなの?じゃあ一緒に行こー!!」
そう言うと彼女はミストの手を取って引っ張っていった。
彼女の手はとても柔らかく温かかった。
突然の行動にミストはドキリとして、その手を握っている人物に目を向ける。
その先輩(?)はというと、鼻歌交じりの上機嫌な様子でテクテクと歩を進めていた。
何がそんなに嬉しいのか分からないが、とりあえずミストは気を紛らす意味で話しかけてみた。
「ちょっとすいません…えっとあなたは?」
「あっごめん、まだ自己紹介してなかったね。私はセレーナ・グレイス。三年生だよ!気軽にセレーナって呼んでね!」
最後にウィンクのオマケ付きでセレーナは自己紹介をしてきた。
この時ミストは、内心「マズイ!」と思っていた。
相手に名乗らせた以上、自分も名乗るのは礼儀であり必然だ。向こうも訊いてくるだろう。
別にそのこと自体は問題ではないし、ミストも名乗るつもりでいた。
しかしここで想定外だったのは、セレーナが「七星魔」の一角グレイス家の人間だったことだ。
フェリル家の人間を除けば、自分のことを知っている可能性があるのは「七星魔」の人間だ。
迂闊に名前を言えば正体がバレる危険性がある。
いきなり「七星魔」の人間に出会ったのは不運としか言いようがなかった。
「それで、君の名前は?」
予想を裏切ることなく名前を訊ねられた。
セレーナが名前を言ってから、ミストの名前を訊ねるまでの僅かな時間。
五秒にも満たないその時間で、ミストは頭をフル回転させこの局面を乗り切る方法を考えた。
まず最初に思いついたのは偽名を使うこと。
だが偽名を使ったことが分かれば、後々面倒なことになるかもしれない。
結論:この方法は却下
次に思いついたのは、何も言わずにここから全速力で逃げること。
だがこの方法はその場しのぎの対応でしかないし、いくら何でも相手に失礼過ぎる。
結論:この方法も却下
ここまできて、自分が八方塞がりの状態でいることにミストは気がついた。
セレーナはなかなか名前を言わないことを不思議に思い首を傾げている。
ゆっくりと考えられるほど、時間の猶予は残されていないようだ。
第一の方法も、第二の方法もダメ。仕方なくミストは第三の方法を選択した。
「僕は……ミスト・ディセル…です」
それは、自分の名前を正直に言うこと。
ミストがフェリル家から追放されて五年。この五年一度も表舞台に立たなかったミストのことを誰も知るはずがない。それに賭けた。
恐る恐る名前を言い、セレーナの反応を確かめてみると…
「ミストくんかー、よろしくね!」
ニコニコ顔で、別に表情が強張っていたりなどしていない。
……どうやら杞憂だったらしい。
彼女の笑顔を見ていると、あんなに焦っていた自分がバカらしくみえる。
そんな思いも相まり、彼女の笑顔に対してミストは苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ改めて行こっか!」
互いの自己紹介も済んだので、二人は再び入学式へと向かい始めた。
彼女は変わらずミストの手を握ったままだった。
途中で何人かの生徒から奇異な視線を向けられたことは、言うまでもないだろう。
大勢の新入生の集団が見えた頃、ふとミストはあることに気づいた。
「えっと、セレーナ先輩?」
「セレーナでいいってー、もっとフレンドリーに接してよー」
頬をぷうっと膨らませて僕に抗議してくる。
その表情や仕草がいちいち可愛い。
「いやっさすがにそれはマズイですよ。先輩のような美人と親しげに話していたら変に注目されてしまいます」
この時ミストにとって重要だったのは、セレーナが『美人』かどうかではなく自分が『注目』されてしまうかどうかだった。
というよりも、セレーナが美人なのは言うまでもないことだった。
町の中を歩けば十人中九人の男は目を奪われ、その隣に男がいたらたちまち嫉妬の対象になることは想像に難くないほどの美人だった。
だからミストとしては当たり前のことを言ったにすぎなかったのだ。
しかし、皆が皆そう感じるかどうかは別問題だ。
事実この発言を聞いて、周りにいた生徒たちはミストに鋭い視線を向け、セレーナは「へ?」といったかんじで呆けた顔をしている。
発言者であるミストは、そのことには全く気付いていないようだが…
「ア、アハハーまあ無理にとは言わないから。それでどうしたの?」
「セレーナ先輩も入学式に向かっているようですけど、確か上級生は参加しないはずでは…?」
「うん、そうだね。ミストくんの言う通り二・三年生は入学式には参加しないよ」
「じゃあなぜ一緒に…?」
「それはねーみんなの前で挨拶をするから!」
「挨拶…?」
ミストの反応が面白いのか、セレーナ先輩は不意に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そういえばまだ言ってなかったね…私はセレーナ・グレイス。この学院の生徒会長です!」
「え!?」
僕が絶句しているなか、セレーナ先輩はエヘンといったかんじで胸をはっている。
今さらながら気づいたがセレーナ先輩は細見だが胸はかなり大きい。
僕は目を奪われそうになったのをギリギリでこらえた。
「…それはさっきの自己紹介で言うべきじゃ?」
「ゴメンねー、ほらっフレンドリーに接してほしかったから。なんといってもミストくんは私が声をかけた新入生第一号君なんだから」
人差し指をビシッとミストに向けて宣言してきた。
「ハア…そうなんですか…」
どういう反応をしたらいいのか全くわからない…
「ホントは敬語もいらないんだけどなぁ。まあ仕方ないか!それじゃ入学式にレッツゴー!!」
セレーナ先輩は右手を高らかに上げて「オー!」と一人ハイテンションになっていた。
容姿がいいのは言わずもがな。これだけ美人なら男子生徒の人気は高いだろう。
加えてこれだけ明るく友好的な性格なら同性からも人気だろう。
グレイス家の人間なら実力も一級品。
彼女が生徒会長なのもうなずける。
ミストは自分の手を引っ張る少女を見ながらそんなことを考えていた。
入学式を行う広場にはすでに大勢の新入生が集まっていた。
広場の中央には大きな噴水があり、向かって右側には校舎が左側にはグラウンドがある。
セレーナ先輩は「またねー」といって職員の群れに消えていった。
ミストはというと生徒たちの列の後ろの方に陣取っていた。
どこに並んでもいいようだがミストはなるべく後ろの方に並んだ。
前の方には弟のジョージと妹のイリスの姿が見えたからである。
入学式が始まるにはまだ時間がかかりそうなので、ミストは持ってきた本を開き読書に興じる。
ミストが読み始めたのは、簡単な歴史書である。
『遥か昔に突如として現れた魔獣。ヤツらは多くの人間の命を奪い、村を町を火の海にし国を滅ばした。
数多の人間が武器を持ち戦ったが《ただの人間》である彼らでは魔獣たちには手も足も出なかった。
世界が滅亡する光景を誰もが想像していた。しかしそんな時、たった一人で魔獣を撃退した者がいた。
その男は《魔術》という人ならざる力をもって魔獣を退けた。
魔獣と同じくフラリと現れ、最初にして最古の魔術師となった男の名前はバルファラ・ソルシオン。
バルファラは魔術を広く人々につたえ、魔術という力を得た人類は魔獣の存在に怯えることはなくなった。
人々はバルファラを英雄と讃え、世界には安寧が訪れた…」
「お前スゴイな、平然と読書するなんて…」
「…ん?」
読書に集中していた為、ミストは少し反応が遅れた。
自分のことかと思い声のした方に視線を向けてみると、そこには茶色の髪を逆立てて、いかにもやんちゃ坊主といった雰囲気の少年がいた。
「僕のことか?」
「こんな空気のなかフツーに読書しているヤツなんてお前くらいだぜ?」
気づいていなかったのか、とでも言いたげな口調だ。
何のことだか分からなかったが、辺りを見渡してみると皆、緊張した面持ちで入学式の開始を待っている。
一人読書をしていたミストは明らかに浮いていた。
「なるほど…確かに」
「ハハッ気づくのオセーよ」
誰にでも壁をつくらないといった感じの少年だが、セレーナ先輩とはまた違った印象を受ける。
セレーナ先輩は誰にでも壁をつくらせない人だが、この少年は壁をつくってもそれを壊し、それでいて相手に不快感を与えないという印象を受ける。
「おっとまだ名前を言ってなかったな。オレはロッド・マルシェ。ロッドでいいぜ」
ロッドという名の少年は手を差し出してきた。
「僕はミスト・ディセル。よろしく」
ミストも手を出し互いに握手を交わす。
「ミストか、よろしくな。いやー入学して早々に友達が出来るなんツイてるぜ」
「ああ、僕もだ。といってもロッドのその性格なら僕と違ってすぐに友達が出来たと思うよ?」
「うーんそうかぁ?オレってどっちかつうとそういうの苦手なタイプなんだが」
「ハハッ自覚がないのか?ロッドは結構親しみやすい空気があるけど」
「そんなこと言われたのは初めてだな…」
ロッドは少し照れたように笑った。
「おっとそろそろ無駄話は終わりみたいだな」
前を見ると壇上にセレーナ先輩が上がっていった。
先輩の姿が見えた途端、皆、羨望の眼差しを向けていた。
どうやら男女問わずセレーナ先輩は魅力的に見えるらしい。
「新入生のみなさん入学おめでとうございます。私は生徒会長のセレーナ・グレイスです。みなさんはこれから三年間、魔術師としてこの学院で勉強してもらいます。楽しいことだけでなく辛いこともあるかもしれませんが、仲間と共に協力して乗り越え、有意義な学院生活を送ってください」
セレーナ先輩がそう締めくくると、瞬く間に拍手喝采の嵐に包まれた。
セレーナ先輩は笑顔で応じ、ペコリと一礼して壇上から下りていった。
壇上から下りる前に僕の方を見て微笑んだのはたぶん気のせいだろう。