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五年前

 あまり気乗りしないのだが、学校に通うことになったのでミストはいろいろと準備をしている。

 ミストがこれから通うのは『カルディア魔術学院』。サンドリア王国にいくつかある、名前の通り魔術師育成の学校である。

 この世界には『魔獣』というのが存在する。

 遥か昔から存在しており、人と魔獣との戦いは何百年も続いている。

 まだ人々が魔術を使えなかった時代、魔獣の存在は人々に恐怖と絶望を与え、世界に混沌をもたらした。

 世界を魔獣から守るためにも、魔術師の育成には国も力を入れている。

 そして、サンドリア王国には「七星魔」と呼ばれる名家が存在する。

 シャム家・ヴェリシア家・バトゥス家・グレイス家・ミエラ家・フェリル家・オーフィス家の七つの家からなり、彼らの力は強大で国防の要とされている。

「ミストくん準備は終わった?」

「もう少しです、フィオラさん」

 ミストは現在荷造り中だ。学院には学生専用の寮があり、ミストはそこから学院に通う予定だ。

 特に強制ではないが、費用を負担する必要がないので寮に入る者は多い。

「……ねぇ、ミストくん、学院に行くように言っといてなんだけど本当に大丈夫?」

 フィオラさんが怪訝そうな目で僕を見つめてくる

「何がですか?」

 本当はフィオラさんの言いたいことは分かっていたが、僕はあえて惚けたフリをした。

「……学院にはフェリル家の人もいる、」

 フィオラさんはそこで一度言葉を切って、目を伏せている。

 僅かながらかげりのある表情をしているが、やがて覚悟を決めたようで

「彼らに会ったとき、君はどうする?」

 フィオラさんが尋ねてきたことは、寸分たがわず僕の予想をシンクロしたものだった。故に僕の答えは決まっていた。

「……どうもしませんよ、僕はもうあの家とは何の関係もありません」

 この時、僕は五年前のあの日のことを思い出していた。

 フィオラさんと一緒に生活するキッカケとなり、ミスト・フェリル(・・・)がミスト・ディセルとなったあの日のことを・・・















 ミストは「七星魔」の一角を担うフェリル家の長男として生まれた。

 幼いころから魔術の才能に恵まれており、その才能はフェリル家の中でもピカイチだった。

 ミストもその才能を裏切ることなく順調に力をつけていった。

 しかし、ミストが十歳の時にすべてが変わった。

 ミストは急に魔術が使えなくなったのだ。

 正確にいうなら、発動までの速度や威力が明らかに落ち”使える”というレベルのものではなった。

 後になって分かったことだが、ミストは昔から魔力量が人並み外れて多かった。

 成長するにつれて魔力量も増えていったのだが、その膨大な魔力をコントロールできなくなったのが原因である。

 魔術が使えなくなったミストに対して、フェリル家の人間は手のひらを返したように冷淡な態度で接した。

 自分に期待していた父も母も邪魔者扱いをし、自分を可愛がってくれた姉も軽蔑の目を向け、自分を慕ってくれた弟や妹も距離を取るようになった。

 居場所がなくなったミストは家から追放された。

 月明かりの下、何かを振り払うように一心不乱にミストは走り続けた。

「ハァ・・・ハァ・・・」

 どこをどう走ったか覚えていない。

 ミストは今、西の森にいる。

 どれだけ考えないようにしても、頭の中に浮かぶのは自分に向けられた家族だった者たちの冷徹な目。

 ミストの中で何かが崩れ去ったあの瞬間。

 ミストは崖っぷちの一歩手前、いや、両手でしがみついているような感覚に陥った。

 そんな絶望に打ちひしがれているなか、背後から足音がした。

「おっと、いたいた」

 足音のした方を振り向いてみると、そこには数人の男たちがいた。

 ミストはその男たちに見覚えがあった。

 フェリル家で何度か見た父の部下達だ。

 そして男たちの次の言葉に衝撃を受ける。

「当主からの命令だ、『お前のようなヤツがフェリル家の人間だとは思われたくない。よってお前には死んでもらう』だとよ」

「なっ・・・!」

 男たちが何を言っているのか、今のミストの精神状態では分からなかった。

 いや、その言葉の意味を考えたくなかっただけだった。

 例え魔術を使えなくなっても家族を殺すはずがない。

 ミストは心のどこかでそう思っていた。

 しかし、現実は残酷なものだった。

「ワリィな、そういうわけで死んでくれ・・・・・『『『ファイアボール』』』!!」

 男たちは一斉に炎の初級魔術『ファイアボール』を発動した。

 紅蓮の炎が一つの塊となってミストを襲う。

「くっ・・・!」

 ミストはバックステップによって後方に退避した。

 今の自分では、防御魔術の発動を試みても間に合わず直撃をくらうのがオチなので、後方に飛んでダメージを軽減するべきだと踏んだのだ。

 だが・・・・

「ぐあっ・・・っ」

 ミストは『ファイアボール』により後方に数十メートル吹っ飛ばされた。

 ミストの選択は最善のものだと言っていいだろう。

 もし防御魔術で防ごうとしたら、ミストの予想通り間に合わず死んでいただろう。

 しかし、それは気休めであり死の先送りでしかない。

 とてもじゃないがダメージを軽減したところでどうにかなるレベルではなかった。

「ハァッ・・・ハァッ・・・っ」

 ミストは全身に激痛を覚えた。

 魔術師にとって、防御魔術だけが身を守る術ではない。

 全身を魔力で覆い攻撃から身を守る方法もある。

 防御魔術に比べれば防御力が低いが、誰にでもできる簡単な方法である。

 だが、今のミストはそれすらもできていない。

 もうミストはまともに体を動かせる状態ではなかった。

「ハァッ・・・ハァッ・・・っ、くそっどうする!?さすがに次はないぞ・・・っ」

「おーい、隠れてないで出て来いよー、さっさと殺してやるからさー」

 男たちはニヤニヤと嘲笑を浮かべて、ミストにどんどん迫ってきた。

「ハァッ・・・この暗闇、まして森の中で一層暗くなっている。ハァッ・・・この条件なら騙せるかもしれない・・・っ。あとは・・・間に合うかどうかか・・・っ。頼むぞ・・・『イリュージョン』」

 ミストは闇の中級魔術『イリュージョン』の発動を開始した。

 この魔術の発動が間に合うかどうかが鍵だ。

 男たちの一歩一歩近づく足音が、死神の足音に聞こえてくる。

 足音が近づくたびにミストの鼓動が早くなる。

 しかしミストは気合で足音を意識の外にやり自分の魔術に集中する。

 焦らず、慎重に、できるだけ速く・・・

「!間に合った・・・っ『イリュージョン』!!」

 苦悶の表情を浮かべながらも、ミストは『イリュージョン』を発動した。

『イリュージョン』によりミストは自分の幻覚を創り出した。

 今のミストの力ではあの男たちを騙すには拙すぎる幻覚だが、この暗闇と「ミストは魔術を使えない」という油断に賭けるしかなかった。

「おっいたいた」

 男たちが幻のミストを発見した

「じゃあとっとと死んでくれ・・・『ファイアボール』」

 爆発音がミストの耳をつんざく。

 周囲を見ると木々が炭と化し、ぽっかり空いたその空間に例の男たちがいた。

 男たちは火達磨になっている人間を一瞥するとその場から去っていった。

 どうやら幻覚だとバレなかったみたいだ。

 男たちが去って行った森は、ミストが森に入った当初と同じように静寂に包まれた。

「なんとか・・・乗り切ったか・・・ハァッ・・・といってもこの状態じゃあ・・・」

 緊張の糸が切れたのか、激痛の為か、あるいはその両方か、ミストはその場から動けなかった。

「・・・っ」

 ミストの中では男たちをやり過ごした嬉しさなどなかった。

 むしろ違う何かが胸を埋め尽くし、それはミストの目に熱いものを込み上げさせ、雫となって頬を伝った。

 ミストは父、カルロス・フェリルが自分の力しか視ていないことに薄々気づいていた。

 しかし、母や姉、弟、妹は純粋に自分という存在を視てくれていると思っていた。

 だから、自分を殺そうとしたことよりも母達にあんな冷たい目で視られたことが何より悲しかった。

「どうして泣いているの?どうしてそんな傷だらけなの?」

「!?」

 いつの間にかミストの前には一人の女性が立っていた。

「大丈夫・・・?魔獣にでも襲われたの?」

 綺麗な金色の髪を腰まで伸ばしたその女性は優しく微笑み、僕を抱きかかえてくれた。

「私の家がすぐ近くにあるからそこで治療しよう。それまで頑張って」

 優しい声で僕の身を案じてくれている。

 だが、心身ともにボロボロのミストにはその声は届かなかった。

「・・・僕のことは・・・放っておいてください・・・」

「放っておいてって・・・そんなことしたら君は死んじゃうよ!?」

「いいですよ・・・僕はもう死んだ人間です・・・。僕はもう・・・この世界に存在しない人間なんです」

 ミストが死んだ人間というのは事実だ。

 自分は記録上は死んだ人間、実に空虚な存在だ。

 例えここで生き延びたとしても、この先には・・・・・・何もない。




「そんなことない!!」



 彼女がいきなり大声を上げたことに僕は少し驚いた。

「君は死んでない!!ちゃんと生きている!!君はちゃんとこの世界に存在している!!自分の命を小さいものと思わないで!!自分の命を大事にして!!」

 彼女は必死に叫び続けた。「生きて!!」と。

 胸が熱い。彼女の言葉が突き刺さる。体から生気があふれる。

「僕は・・・・・・・生き続けていいんでしょうか?」

 それでも聞いておきたい。

 自分は魔術が使えなくなっただけで死ぬべき存在なのか。

「生きていくのに・・・・誰かの許可なんて必要ないよ」

 目の前の女性はそう言って僕のことを抱きしめてくれた。

 ミストの頬をまた小さな雫が伝った。

 その涙が先ほどの涙とは違う感情から流れたということをミストが気づいたのはずっと先のことだった。













「・・・・・・んっ、・・・・・・トくんっ、・・・・・・・ミストくんっ!」

 ハッと我に返ってフィオラさんの方を振り向く。

「あっすいません、どうしたんですか?」

 フィオラさんは僕を心配そうな眼差しで見つめてきた。

「どうしたのじゃないよ、急にボーッとして。・・・本当に大丈夫?」

 どうやら僕が「黙ってしまったことにより余計な心配をかけてしまったらしい。

「大丈夫です、安心してください。僕はもうあの家のことは何とも思っていませんから」

「・・・・そう。ならミストくんのその言葉を信じるよ。頑張ってきて!」

「ハイッ頑張ります!フィオラさんも体には気をつけてください」

 フィオラさんの激励を胸に僕はまた準備を再開した。






















 出発前日の夜、ミストは家の裏手にある大きな樹の前に手を合わせて座っていた。

 樹の根元には花が添えられている。

「ミル、出発前に挨拶にきたぞ。僕はこれから魔術学院に通うことになった。まあ、フェリル家の人間もいるから穏やかな学院生活は送れないかもしれないけどね」

 そう語るミストの表情はどこか昔を懐かしむようで、それでいてその眼には悲しみの色が混じっていた。

 まるでもう会うことが叶わない旧友を見るような眼で。

「・・・・じゃあ、そろそろ行くよ。時間があったらまた来るね。おやすみ」

 そう言ってミストは家の中に戻っていった。


  創作ってムズカシイーー

  

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