41.飛躍
レイス戦の続きです。
「ゴーストにも罠は効くよ。君も知っているはずだ」
僕の言葉に、しかし淡雪は、はて、とった風に、
ぎこちなく首を傾げた。
「いえ、そうでしょうか。現にご覧頂いている通り、
レイスに対しても罠は発動していないようですが」
なるほど、そういう事か。
どうやら僕の言っている内容がうまく伝わって
いなかったようだ。
サラリーマンをやっていた時にも優秀な上司から、
「お前の話は飛躍しすぎで分かりづらい」、
とよく注意を受けたものだ。
「すまない、もう少し丁寧に説明するべきだったな。
レイスに対してもそうだが、
罠は『効いていないわけじゃない』。
ただ『発動していないだけ』だ。
ギミックが作動さえすれば効果はある。
淡雪もゴーストとの戦いの時、見ていただろう」
そう言うと、彼女は朱い眼でこちらをじっと見た。
「ゴーストにも罠は効いていた、ですか。
なるほど、やっと思い至ることが出来ました。
地下13階層で貴方様が起こした落石の時ですね」
その通り、と頷く。
あの時、僕はゴーストに対して、
本当に飛び道具が効かないのかを確かめるために、
必中の矢を放ったのだ。
もちろん結果は失敗であった。
「必中」という名を冠した弓矢であっても、
やはり物理攻撃を一切受け付けないゴーストには、
命中させることは出来なかったのである。
けれども実は、同じタイミングで
まったく別の重要な出来事が発生していた。
それは、外れた矢がたまたまあった罠に命中し、
落石のトラップが発動するというアクシデントである。
あの時、ゴーストがある不思議な行動を取っていたのだ。
「直接命中することはありませんでした。
ただ、不思議なことに、
なぜか落石によってできた瓦礫の山に、
敵が足止めをされていたのです。
ですが考えてみれば当然でございましたね。
あれら岩石は「魔力でできた」物質でございます。
実際、魔力音も検知されておりましたし、
何よりも時間が経てば自然に消えてしまいました」
そう、この事から一つの結論が浮かび上がってくる。
それはつまり、
「罠が発動した後に作動するギミックもまた、
魔力によって作られている」
ということである。
ゴースト系モンスターには確かに物理攻撃は効かない。
だが、大地の書などの魔力による攻撃ならば効果がある。
だとすれば、罠が発動さえすれば、
ゴーストなどのモンスターにダメージを
与えることができるのだ。
ですが、と淡雪は質問を口にする。
「罠の発動は偶然の可能性がありませんか。
13階では必中の矢がゴーストに当たらず、
たまたま罠の設置箇所に接触したため作動しましたが、
ボスフロアの罠を狙って動かせるものでしょうか」
ああ、そんなことか。それならば、
「覚えていないかな。スケルトンキングと
戦った後のことを」
そう言うと、淡雪は軽く相槌を打った。
「そういう事ですか。13階層の結果だけでは、
たしかに根拠が薄いですが、10階層のことを
思い返せば、なるほど、間違いございませんね」
なぜなら、と彼女は続ける。
「貴方様はボスフロアのトラばさみに向かって、
その必中の矢を試射されておられましたから」
そう、僕はスケルトンキングと戦った後、
必中の矢の効果を試すために試射しているのである。
そのとき、的として罠を狙ったのだ。
もちろん、必中、という効果を試験する目的もあったが、
あの時、本当に検証しようと考えていたのは、
トラップに矢を命中させたときに、
その罠が作動するかどうか、なのだった。
そして、期待通りギミックは稼働したわけだ。
10階層のボスフロアの罠が作動するのならば、
当然、この部屋のものだって動くだろう。
「無理やり稼働させたトラップに効果があるのかも、
その際に検証済みでございますね」
さすがオートマターはよく覚えている。
13階層のゴーストだけでは足止めをしただけで、
実際に罠の効力が検証できたかは不鮮明であるが、
10階層であれば、
「罠の近くに倒れていた盗賊の死体に
弓で発動させたトラばさみが噛みついたからな。
効果がある証拠だ」
そこまで話し終えると、
淡雪が左の指輪を弄りながら尋ねて来た。
「それらの検証は。つまり1階層からしばしば
行われていた様々な実験とは、
全部この時のためにやっていたというのですか」
もちろんそうだよ、と僕は返答する。
「例えば、地下2階層で、仕掛け弓が割合ダメージで
あるということが分かってから、
わざわざ執念深く、地下14階層でオークキングを使って、
何パーセントかを確かめた理由はなんだと思う。
ただの好奇心だとするならば、
あまりにもパラノイアが過ぎるだろう」
すべてはこのレイスとの戦いのためなのですね、
と呟く人形に僕は頷く。
「そうだよ。このフロアの罠を使うとしても、
何パーセントのダメージか分からなければ、
ボス戦なのに残り体力の計算ができなくて不安だろう。
25%切り上げ、ということがわかっているから、
今回はかなり楽だぞ」
そう答えてからふと、このダンジョンを攻略する中で
しばしば脳裏を掠める思いを口にした。
「おそらくだが、このダンジョンには、
たとえ弱くてもちゃんとクリアができるように、
色々なアイテムやギミックが配置されているんだ。
必中の矢もそのうちの一つだろう。
けれどもきっと、更に沢山の仕掛けが、
本当は張り巡らされている、という気がする。
僕らの攻略方法は多分、
その用意された手段の一面に過ぎない。
もっと他の攻略法が眠っているように思うんだ」
僕はそう呟きながら、
スケルトンメイジが落としたドロップアイテム
「藁人形」のことを思いだしていたのである。