35.賞賛
僕らを追跡してくるオークキングが
2つ目、そして3つ目の仕掛け弓の罠に
まんまと引っ掛かったのを見て、淡雪に声を掛ける。
「よし、それじゃあ火炎弾の出番だ。
できれば狙いやすい状態にしたい。
催眠ガスの罠の場所まで連れて行ってくれるか」
そう言うと、こちらです、と彼女が僕の手を引いて、
案内をしてくれる。
もちろん、他のモンスターや罠を避けながらだ。
移動している最中、淡雪が口を開いた。
「貴方様、今回の実験について、
私の考えがあっているのか
確認させて頂いても宜しいですか」
構わない、と告げると彼女は礼を言って話し始めた。
「まず、地下2階層でオークを使った、
仕掛け弓と火炎弾による検証において
その罠が割合ダメージだ、という事が分かりました。
そして、具体的な数値については、
余り細かい計算をしても意味がございませんので、
仮に5%きざみで考えるものとした場合、
少なくとも残り体力の25%切り上げ、
ないしは30%以上だろう、
という所までは判明したのです」
僕が頷くのを見て、人形は言葉を続ける。
「ただ一方で、実際に何パーセントなのか、
という部分の確認はできておりませんでした。
なぜならば、25%切り上げなのか、
それとも30%以上なのか、という実験をする環境が、
低階層では整っていなかったからです」
そうだな、と僕は頷く。
「おさらいをすれば、ゴブリンとオークの体力は、
それぞれ12、17で、防御力は同じ10だった。
だから火炎弾による攻撃は、
どちらにも同じだけのダメージを与えるだろう、
という風に仮定することが出来たわけだ。
そして、火炎弾はゴブリンをぎりぎり一撃で
屠ることができる攻撃アイテムだから、
オークに与えるダメージは、
ゴブリンの体力と同様の12だろう、と推察できた」
「はい。そうした仮定に基づき、
仕掛け弓と火炎弾の組み合わせで
貴方様は検証を実施された。
その結果、仕掛け弓でダメージを与えてから
火炎弾を当てた場合は倒せるのに、
反対に火炎弾を当ててから罠を矢を射かけた時は
生存することが分かった」
彼女は僕の反応を窺いつつ、
「火炎弾のダメージは一定でしょうから、
どうやら仕掛け弓の罠とは、
残り体力に依存する割合ダメージである、
という事が推定されました。
また、罠に掛かった後に火炎弾を当てるとオークは死亡します。
火炎弾のダメージは12なわけですから、
ノーダメージの体力17のオークに、
仕掛け弓の罠は少なくとも5ダメージを
与えているという事になります」
だから、と淡雪は検証の結果をまとめる。
「30%以上、と計算できるわけです。
ですが、ご聡明な貴方様におかれましては、
場合によっては25%小数点切り上げもありうる、
とご賢察をされたのです」
これらの数字はあくまで5%刻みで考えた場合のものであり、
完全に正確な値ではない。
だがまあ、あまりに詳細な割合を算出しても
意味はあるまい。
何よりも、僕の頭ではこれくらいの計算が限界なのである。
「あの段階では、それ以上の特定は不可能でございました。
なぜならば、他に検証ができるようなモンスターが
他にいなかったからですね。
貴方様はこう考えていらっしゃったはずです。
防御力が同じで、更に体力の高い敵が必要だと」
僕は頷きつつも補足した。
「君の言う通りだ。しかし、それだけでは駄目だ」
すると彼女は、承知しております、と答える。
「罠ダメージを加算していった時に、
25%切り上げなのか、それとも30%以上なのか、
明確にどちらかを区別出来る様な、
そんなステータスの敵でなくてはいけない」
そのとおりである。そして、そのキーになるのが、
「またしても火炎弾、というわけですか」
移動しながらそうした会話を繰り広げている間に、
ちょうど僕たちを追跡して来たオークキングが、
催眠ガスの罠に引っかかり、いびきをかき始めた。
僕はすぐさま踵を返すと、
取り出した火炎弾を奴に向かって投擲する。
轟音が鳴り響き、先ほどまで敵のいた場所に、
爆炎が渦巻いた。
そしてもうもうと立ち上る煙が暫くして晴れると、
そこには豚の化け物が、
冷たい洞窟の地面に倒れ伏していたのである。
さて、うまく行っただろうか。
僕は結果を確かめるためにモンスターの元へと駆け寄る。
そして焼けこげたオークキングのすぐ傍にまで近づいた、
その刹那であった。
何と突如としてモンスターが起き上がり、
僕の方へその凶悪な腕を振りかざして来たのである。
この世界に来た時に比べて多少マシになったとはいえ、
今でもほぼ一般人と変わらない強さの僕だ。
もし、オークキングの攻撃をまともに喰らえば、
死を免れられる保証は一つもない。
そんな、あと少しで僕の命が絶たれようとする寸前、
それは起こった。
そう、予定通り、信頼するオートマターの
鋭いナイフによる一閃が
敵の首を軽々と跳ね飛ばしたのである。
僕は大きく嘆息しつつ、
胴体だけになって地面に再度、倒れ伏した
敵の亡骸を見つめた。
そして先ほど急に起き上がり、
僕に攻撃して来た時の様子を克明に思い出しながら、
「よくぞ生きていてくれた。
もしも死んでしまっていたら正確な数字は
永久に分からなかっただろう。
おかげでやっと計算が完了した」
そう心からお礼を言ったのである。