33.売買
ストーリーの流れ上、7話分を連続投稿しています。
以下のスケジュールでアップしていってますので、
ご注意ください。
・8/13 14時ごろ
・8/14 1時ごろ、5時ごろ、10時ごろ、15時ごろ、19時ごろ
・8/15 1時ごろ【イマココ!!】
「そうか、かなり近くに地下12階層への
下り階段があるんだな」
隠し部屋で野営した後、
僕は空いた時間を利用して、
ここ地下11階層のマップを確認していた。
歩いて回っても良いが、
どうやらこの部屋から徒歩5分程度の距離に、
次の階層への階段があるようだ。
12階層に進んでしまうことも検討してみるべきだろう。
「黒炎団のアークアさんが言っていた事を信じるなら、
地下15階層から強力なモンスターが
出現するということだったな。
そいつらについてはレポートに情報もないから
安易に遭遇する訳にもいかないが、
反対に14階層までは敵のデータもそろっている」
「はい、彼の話によれば、地下15階層から、
ゴーストの上位種であるゴーストナイト、
魔法を使うスケルトンメイジ、
そして素早く動くゾンビファイターが徘徊している、
とのことでした。
そして実際に、私の耳は地下15階層から、
新たな魔力音を複数検知しています。
これらがアークア様のおっしゃっていた
強力なモンスター達なのでしょう」
僕は頷きながら、それならば、と呟く。
「11階層をこれ以上、歩き回る意味は特にないか。
モンスターの種類に違いがないようであれば、
12階に進んでしまうことにしよう。
近くに階段があるのに下りないというのも
何だか億劫だしな」
ただ、次の階層に移る事で、
ワープゲートから遠ざかり
待機部屋に戻りずらくなるという
ネガティブな要素を思いつく。
だが、淡雪に意見を聞いてみたところ、
「モンスターの魔力音が把握できる状況では
大したリスクではないでしょう」
とのことだったので、
最終的に地下12階層へと進むことを決断する。
そうして階段を下りると、
早速、彼女がモンスターの存在を告げた。
「あと2分程度でこの先にモンスターが一体、
出現いたします。非常にゆっくりとした動きです。
ややもすれば、スライムよりも遅いくらいでしょう」
僕はその言葉に頷くと、
小剣を構えて敵が姿を見せるのを待った。
やがて淡雪の言葉通りモンスターが現れる。
その怪物は腕だけで地面を這いずるように
移動しており、削げ落ちた肉の内側からは
白骨が随所に露出していた。
そして、こちらの姿を認めると、
くぐもった不気味な声で
呻き声らしきものを上げたのである。
「間違いない。ゾンビだ」
死霊系モンスターでもオーソドックスな化け物、
動く死体だ。
挙動は非常にゆっくりだが、力が極めて強く、
一度掴まれれば尋常ではない膂力によって
大きなダメージを食らいかねないモンスターだと
レポートにはある。
だが、彼女が言ったようにその動きはあまりに遅い。
丸で動いてすらいないようだ。
これならば、彼女のナイフの標的となる事は
免れえないだろうし、
そうやって十分にダメージを与えた後でなら、
僕が素人さながらの剣技で参戦しても問題なかろう。
そんな楽観論を脳裏に描いていたが、
なぜかゾンビは本当にその場から動いていない様だった。
いや、待てこれは。
「しまった。魔法だっ」
僕は狼狽しつつ、改めてゾンビの方に目を凝らす。
すると薄暗くてよく見えなかった足元に、
紫色の魔方陣が広がっているのが分かった。
そう、ゾンビは止まっていたのではない。
呪文を唱えていたのだ。
よく耳を澄ませてみれば、
人語とは思えぬ低い声音で
何事かを呟いている。
そして止める間もなく詠唱が完了すると、
目にも留まらぬ速さで光の弾が
ゾンビの頭上から放出された。
僕は突然の事に、その場から動けず、
咄嗟に身を竦めるが、
機械人形が鋭い挙動でナイフを投擲し、
その光弾に見事命中させる。
僕はその爆発の光景を眺めながら、
レポートの内容を今さらながら詳細に思い出していた。
「そうか、この階層から魔法を使ってくる
モンスターが現れるんだった。
あの魔法は確かマジックボムだ」
ゾンビは動きがのろまだから大丈夫、
などとはとんでもない。
むしろ、その挙動の遅さを魔法で補う
恐ろしく厄介な相手と言うべきだろう。
だが、淡雪にしてみればそうではないらしく、
「ただ魔力を打ち出した低レベルな魔法ですね。
私たちの敵ではないかと」
そう評価を下していた。
まったく頼りになる機械人形だが、
そんな風に感想を言い合っている間にも、
再度、ゾンビの足元に魔方陣が広がる。
どうやら、さっきの魔法弾を
もう一度放つつもりらしい。
淡雪がそれを防ごうとナイフを構えるが、
僕は咄嗟にそれをやめさせた。
そして間もなく詠唱が完了すると、
やはり先ほどと同様、物凄い速さで光の弾が
僕の方に向かって飛んで来る。
だが、今回は十分に警戒をしていたため、
紙一重でその攻撃をかわす。
「注意していれば何とか避けることができる位か。
なかなか厳しいな。淡雪、ちなみに、
あのゾンビのステータスはいくらだ」
僕の質問に彼女はすらすらと暗誦する。
「体力19、魔力5、力17、防御11、早さ4です」
なるほど、と頷きながら淡雪の腕を引いた。
「ナイフを収めろ。少し距離を取るぞ。
他のモンスターには注意してくれ」
彼女は僕が掴んだ腕をじっと見てから、
何も言わずに投擲の構えを解く。
そして、こちらへと密着すると、
反対に僕の方に自分の腕を絡め直すと、
「それでは後退しましょう」と言って、
じりじりと距離を取り始めるのであった。
・・・
・・
・
10分ほどゆっくりとしたペースで逃げ回っていたが、
もとよりスピードの遅いモンスターであるゾンビが
こちらへ追い付けるはずもなかった。
そして、なぜか魔法も使ってこない。
「もういいな、淡雪」
僕が合図すると、彼女は腕を組んだままの状態で、
空いた手で無造作にナイフを放つ。
その凶器は見事、ゾンビの頭部をほとんど破壊する。
そうしてほとんど動かなくなった敵に、
僕は止めを差すために淡雪から離れる。
なぜか微妙にがっちりと組まれた腕を
解いて、モンスターへと近づき
小剣を突き立てた。
淡雪の方を見ると小さく頷く。
どうやら完全に死亡したようだ。
僕はその場所でドロップアイテムが出現するのを待つ。
「ゾンビの魔力は5、とのことだったな。
あれだけ長時間、距離を取って逃げ回っても、
マジックボムの詠唱を2回しかしないという事は、
あの魔法の使用MPは1回につき2、か」
その言葉に、近づいてきた淡雪が
冷えた鉄のような声音で返事をした。
「なるほど、今回は魔法ごとに消費される魔力量を
計っておられたのですね」
いやいや、と僕は頭を振る。
「魔法ごとの使用MPを調べるなんて、
そんな面倒なことは、僕の性格ではとてもできないよ。
今回は単にモンスターの魔法使用に回数制限があるのか、
それを確認しただけさ」
彼女は、なるほど、と頷くが、
「ただ今回の事で、魔法使用に回数制限がある、
と決まった訳じゃない。ほんの10分間の、
たった1回だけの検証だからな。
たまたま撃ってこなかった可能性だってある」
そもそもこの知識がどこで役に立つか
分からないんだけどな、と続けた。
そんな会話をしている間にも、
頭部を破壊されたゾンビの死体が徐々に消失し、
ドロップアイテムが姿を現す。
それは羊皮紙のような紙面に、
ミミズがのたくったとしか思われない
見慣れぬ文字が何行も書かれたスクロールであった。
「大地の書、というアイテムだそうです。
使用する際には手のひらを紙面へ載せて、
発動、と念じるとのこと。
効果としては、小規模な範囲で大地を隆起させ、
敵にダメージを与えます。
なかなかの値段で売買されるらしく、
この階層で稼ぎを行う冒険者たちの
良い収入源になっているようですね」
淡雪がレポートの内容を解説してくれる。
なかなかまともそうなアイテムに
僕は満足感を覚えつつ、
それを背嚢へと放り込んだ。
「さて、魔法の使用回数に制限があるかどうかは、
いちおうもう少し検証を重ねておこう。
この辺りに単独で行動するゾンビは他にいるかな」
だが、彼女は首を横に振りながら、
「いえ、残念ながら近くにはおりませんね。
いずれも複数で行動しております。
むしろ、次の階層になら、
単独で行動する者が多く見受けられます。
ただ、少し罠が多いフロアになっていますから
注意が必要ですね。行動する際は、
けして私から離れないようにして頂かなければ
なりません」
そうか、と僕は頷くと、
すぐに次の階層へ進む判断を下す。
モンスターの構成が変わらない14階層までならば
先へ進むことに躊躇う理由はない。
淡雪の先導に従い、僕は歩き始めた。
・・・
・・
・
何匹かゾンビを始末したが、
どうやらモンスターの魔法に回数制限があることは
間違いないようだ。
どのゾンビもマジックボムを2回放った後は、
一切魔法を使おうとはしなかった。
「だからどうした、という感じではあるが」
僕がドロップアイテムを回収しながら
独り言を呟いていると隣にいた淡雪が口を開いた。
「貴方様、ゾンビとは別の敵が
こちらへ近づいて来ております。
数は一体。およそ1分後に遭遇するでしょう」
その声に僕は気持ちを切り替えると、
「交戦」することを宣言する。
「承知しました。このフロアの出現モンスターは、
全部で4種類。ゾンビ、スケルトン、
オークキング、ゴーストですが、
今回の敵は恐らく、そのゴーストでしょう。
ふらふらとした、ゆっくりな動きが検知されています。
比較的良く似た挙動を行うゾンビの魔力音は
先程覚えましたので除外できます。
従って、間違いはないかと」
僕はその言葉に頷くと、
急いで松明を取り出し、火打石で火を付けると、
敵の出現を待ち構えた。
そして暫くすると淡雪が「現れました」と告げる。
だが、あらかじめ聞いていた通り姿は一切見えない。
「本当にいるのか。まったく見えないな」
僕はそんな事を言って生唾をごくりと飲み込む。
「魔力音は良好に検知しております。
どうやら、こちらに気が付いたようですね。
ゆっくりと近づいて来ます」
その言葉に、今度こそ前方をしばらく凝視するが、
やはり気配すら感じる事は出来ない。
そうして僕が「くそっ」と悪態を吐くのと同時に
それは起こった。
淡雪が突然、僕の頭を強引に押さえつけたのである。
僕は思わずくぐもった声を上げた。
だが、狼狽して頭上を見上げた瞬間、
その目の前を、姿を現したゴーストが悍ましい形相で
口を大きく開いて通過するのが見えた。
どうやらこちらを食い殺そうとしていたらしい。
「攻撃する時だけ姿を現すわけか」
ゴーストは再び透明となり行方をくらます。
「確かに手ごたえはありませんでしたね」
そう言って淡雪がナイフの刀身を眺めながら呟いていた。
どうやら自分のもっとも得意とする武器が有効か、
攻撃して確認したらしい。
なるほど、たとえレポートに物理無効と記載があろうと、
自分で実験してみることは大事だ。
何か思わぬ発見があるかもしれない。
だがまあ、今回は黒炎団の報告通り、
物理攻撃は効かなかったようだが。
やはり、ゴーストに対しては、
松明の火でダメージを与えることが
唯一の対抗手段なのだろう。
僕がそんなことを考えている内にも、
「再びゴーストがこちらへ迫っています」
と彼女が知らせて来た。
「1回目は失敗したが今度こそは、
この松明で迎撃するぞ」
そんな宣言をして待ち構える。
「来ますっ」という淡雪の言葉に
身を低くしようとするが、
今度は足元を狙われていたらしい。
淡雪に強引に腕を引かれることになってしまった。
「まずいっ、松明が」
そして何よりも間抜けなのは、
その際の衝撃で思わず松明を
手から滑り落としてしまった事である。
僕が拾いに向かおうとするも、
彼女は僕の腕をがっちりと掴んで離さない。
理由は簡単だ。
向かおうとした先にはゴーストが待ち構えているのだ。
不用意に近づけば命はないだろう。
「仕方ない。淡雪、距離を取れ。逃げるぞ」
僕が宣言すると淡雪が恬淡とした調子で、
承知致しました、と返事をした。
そして僕の腕を掴んだまま、
後ろの通路へと後退を始める。
「申上げておりました通り、
この辺りは罠が多数ございます。
決して離れないようにして下さい」
そう言って敵から距離を空けて行く。
ゴーストは恐ろしいモンスターであるが動きは遅い。
「追って来てはいるようですが、
どんどん距離が開いて行きます。
もう敵はあの辺りです」
そう機械人形は報告する。
僕は若干、安堵しつつ先ほどの失敗について反省していた。
慣れればもう少しうまく対応できるとは思うのだが、
もう少しリスクの低い対応策はないものだろうか。
例えば、火矢のような装備があればいいのだが、と思う。
それならば近づかれる前に攻撃できて安全だからだ。
「けれど、必中の矢にはそういうことが
出来なかったからなあ」
僕は背嚢からその弓矢を取り出すと
残念そうにぼやいた。
そう、レポートによれば、
この矢には既に特殊な魔法がかかっているらしく、
余計な細工は受け付けないらしいのだ。
実際に自分でも、紙を巻き付けた上で、
着火の試みをしてみたのだが、
不思議なことに火がついた途端、
その矢自体がたちまちの内に消失してしまったのである。
やはりゴーストを倒すには、
奴の攻撃をかわしつつ、
松明の火をうまく当てるしかないのだ。
僕はその事実に嘆息すると、
手元の弓を戯れとばかりにゴーストへ向け、
必中の矢を放った。
これも念のための確認だ。
つまり、先ほど淡雪は確かにゴーストへ
ナイフを振りかざし、物理攻撃が無効なことを証明したが、
投擲物もそうであるかは検証していない。
「まあ、無理だろうが」
けれど、分かっていても試してみたくなるのが
僕という人間であった。
しかし、結果は予想していた通りで、
必中の矢はその特性を発揮することなく、
ゴーストがいるであろう場所から随分と手前に落下した。
どうやら、そもそも命中させる事ができない相手には、
その特殊な効果を現すことがないようだ。
あの飛び方こそが、僕が本来、
矢を射った時の飛距離なのだろう。
だが次の瞬間、思ってもみないことが起こった。
突然の落石が、ゴーストがいるであろう場所と、
僕たちの間に降り注いだのである。
「あっ、なるほど、そういうことか」
何が起こったのかを僕はすぐに理解する。
淡雪が何度も忠告をしてくれていた通り、
この通路にはたくさんの罠があったのだ。
そして、そのトラップのうちの1つに
偶然にも僕の放った矢が接触したというわけである。
淡雪がその光景を見ながら報告をしてきた。
「ゴーストが今の罠の発動によって動きを止めました。
積み上がった岩石に足止めされているようですね。
ただ、トラップによって積み上がった瓦礫は
しばらくすると消えてしまうそうですから、
今のうちに距離を取りましょう」
だが僕は彼女の報告に一瞬、「なんだって」と呟き、
言葉を失ったのである。