30.死闘
ストーリーの流れ上、7話分を連続投稿しています。
以下のスケジュールでアップしていってますので、
ご注意ください。
・8/13 14時ごろ
・8/14 1時ごろ、5時ごろ、10時ごろ【イマココ!!】、15時ごろ、19時ごろ
・8/15 1時ごろ
モンスターと盗賊団との戦闘は
大規模なものだったにも関わらず、
ほんの10分程度で方が付いた。
それほど迅速に結末が訪れたのは
淡雪がこっそりと戦いに介入し、
双方の戦力を投げナイフによって
巧妙に間引いて行ったからである。
そして今、目の前には捕えられた盗賊が5人、
満身創痍の状態で座らされている。
彼らは隣の者と足同士を縄できつく縛られ、
逃げたくとも自由には動けない状態にあった。
一方で手の方には何ら処置はしていない。
なお、他のメンバーはとうに息絶え、
モンスターも始末済みである。
「おい、俺はこの盗賊団のリーダー、シチャキだ。
こんな事をしてただで済むと思っているのか。
賞金稼ぎの冒険者だろうが馬鹿なことをしたもんだ。
すぐに他の仲間が助けに来るぞ。
そうすればどうなると思う。
お前らは口にするのも恐ろしい残酷な目に
あわされたうえで、惨たらしく殺されるのさ」
だからさっさと解放するんだな、そう言って、
シチャキと名乗った筋骨隆々の男が僕を睨みつけた。
すると周りの者達も同様のことを喚き出す。
僕は耳障りな騒音に顔を顰めながら頭を振ると、
「とりあえず、こんな場所にいては、
またモンスターに襲われかねない。
何はともあれ移動することにしよう」
立つように命令する僕に対して、
盗賊たちは明らかに馬鹿にしたような態度でせせら笑う。
僕が脅すように小剣を構えると、
いちおう立ち上がりはするが、
軽薄な態度はそのままであった。
やれやれと僕は頭を振りながら、
盗賊たちを前に歩かせる。
そして淡雪には後ろから、
進む方向を指示してもらう事にした。
向かう先は8階層へと下りる階段である。
僕は使えそうな武器を拾ってから出発する。
「シチャキ、と言ったか。
さっきお前が口にした、他の仲間が助けに来る、
ということだがな、嘘をついても無駄だ。
お前らがセビファナの最後の生き残りだという事実は
6階層にいた斥候が吐いてくれたぞ」
実際に斥候が語ったのは反対のことで、
他の場所にも仲間がいる、というものだ。
だが、僕はそれを疑わしいと考えていたから、
確認のためにはったりをかましてみる。
だが盗賊とはいえ、さすがリーダーである。
その言葉にも、へっ、と肩を竦めただけで無視を決め込む。
僕はとりあえずブラフが効けば掘り出し物、
ぐらいの気持ちで揺さぶりを続けることにした。
「ミトの町で大蟻にやられた事も知っているぞ。
キマアカ香を逆に利用されて、
壊滅寸前に追い込まれたらしいな。
そいつは機械人形や他の宝物には一切手を出さず、
金貨だけを狙ったプロだったらしいじゃないか。
お前たちの人数も聞いていた通りだ。
途中で始末した斥候や、様子見に来た4人、
そしてあの隠し部屋にいた人数をあわせれば
ちょうど20人と一致している」
そこまで捲し立てると、
シチャキが突然こちらへと顔を向ける。
図星を突かれて驚いたのかと思ったが、
しかし彼の浮かべた表情はそうしたものではなく、
丸で理解できないものを目の当たりにした時の様な、
怪訝に満ちたものであった。
なぜそんな顔をする。
僕がそう問いただそうとした時、
彼とは別の短気そうな男が、
ちくしょう、と叫び声を上げた。
「あの野郎、この軟弱そうな冒険者に
全部しゃべっちまいやがったのか。
くそ、俺らをどうするつもりなんだ」
その言葉を聞いた途端、
僕はシチャキの事などたちまち忘れ、
よしっ、と膝を打っていた。
ミトの町からずっとこの間、
喉に刺さった小骨の様に気になっていた事が、
ついに解決しそうに思われたからである。
そう、僕は盗賊団から金貨を盗んだ行為に、
いずれどこからか足が付き、
彼らが復讐にやって来るのではないかと、
しばしば不安な思いにかられていたのだ。
繰り返すまでもあるまい。
人の命とは他のなにものよりも重い。
ならば、僕が自分の命を何よりも愛おしく思う様に、
壊滅させられた盗賊団だって、
きっと自らの、そして仲間たちの生命を
大切に思っていたに違いないのだ。
それは聖人であろうと、盗人であろうと変わりはない。
だとすれば、彼ら盗賊団が次にすることは明白だろう。
そう、報復である。
それが自明の理であったからこそ、
僕は証拠を一切残さぬようにしてきたし、
金貨の使い方にも細心の注意を払ってきた。
当時、状況を打開するために、
ああするより他なかったとは言え、
やはり極めてリスクの高い行為だったのだ。
そんな僕にとって、今のこの状況は、
「そのリスクを全て清算できるかもしれない」
という、またとない機会だったのである。
僕は固唾を飲むと、
会話運びを間違わぬように口を開いた。
「どうもするつもりはないさ。
ダンジョンの攻略が一通り終了すれば、
外に出て憲兵へお前たちを引き渡す。
だが、もしもロープを切ったり、
逃げようとすれば始末せざるを得ない。
よく覚えておくことだ」
その忠告に対し、
盗賊たちは馬鹿にしたように笑い、
そして悪態を吐いた。
淡雪だけが僕の言葉に頷き、
手に持った得物を握り直している。
それでいい。
なぜならば、今のはむしろ彼女に伝えたものだ。
そんな調子で彼らと噛み合わない会話を繰り広げながら、
地下8階層への下り階段にたどり着く。
そうして階段を下り切った瞬間、
一番右に繋がれた盗賊が左足のロープを外し、
脱兎のごとく逃げ出したのであった。
それと同時に他のメンバーも、
これを絶好の機会と捉えてか、
僕の方へと襲いかかって来る。
足を縛られているとはいえ手は自由だ。
4人がかりならば僕程度、
十分に制圧することができるだろう。
だが、こんなこともあろうかと、
僕は何かあった時の対処法を十分にイメージしていた。
それはつまり、恥も外聞もなくしっかりと逃げることである。
僕は驚いた拍子に尻餅をつくが、
そのままの姿勢で勢いよく後ずさった。
すると盗賊たちも間合いを詰めるため前進しようとする。
だが、足を結ばれた盗賊同士の歩調が合わず、
思ったように進むことができない。
「くそっ、待ちやがれ。ぶっ殺してやる」
そんな怨嗟の声を上げているうちにも、
逃げ出した盗賊の頭部がナイフの一撃によって
破裂するのが遠くに見えた。
そして間もなく、
僕に襲いかからんとしていた盗賊たちも
すぐに淡雪に制圧されてしまうのだった。
・・・
・・
・
「始末する、と言っただろう。
お前たちもこうなりたくなければ、
おとなしくしていることだ」
機械人形の恐ろしさを実感した盗賊たちは、
恨みのこもった目つきは変わらないものの、
先ほどよりも静かになった。
「やれやれな結果だな」
僕がそう嘆息すると、
淡雪が心配そうに寄り添ってきた。
「お怪我などはないようですが、
そのようなため息を吐かれて、
少しお疲れなのではないですか。
もしご気分が優れないようでございましたら、
休憩された方が」
そう気づかってくれる彼女に対して、
僕は礼を言いつつ、
「いや、別に疲れているというわけじゃないんだ。
実はある事を確かめたくて5人連れてきたんだが、
結局1人はいなくなってしまったなと思ってな」
淡雪は慌てた様子で頭を下げた。
「申し訳ございません。貴方様の意を汲んだつもりが、
お考えに沿わぬ手段を選択してしまったようです。
どうぞ淡雪をお叱りください」
僕は頭を振りながら、そうじゃない、と伝える。
「実を言うと、一番右の盗賊のロープは
あえて緩めておいたんだ。
案の定、逃げ出したが、
僕が言っておいた通り淡雪は対応してくれた。
それで良いんだ」
人形は、はぁ、と言って首を傾げる。
「もとから盗賊を逃亡させ、
見せしめとして始末することで、
他の者たちを大人しくさせる作戦だった、
ということでしょうか」
いや、と僕は答える。
「逃げるかどうかは分からなかった。
神ならぬ身だからな。
相手が何をするかなんて予想できないさ」
ただ、と言葉をつづける。
「もしも始末される理由を相手が作ってくれるなら、
その後の盗賊たちへのコントロールは
やりやすくなるとは思っていた。
けれど、何度も言うが、
逃げるかどうかは本人の問題だ。
たとえ僕はそうなりやすい状況を作っていたとしてもね。
誰も欠けなければ、それはそれで良し。
その場合はある実験ができた」
要約致しますと、と淡雪が口をはさんだ。
「どちらに転んでも良いように、
状況をコントロールされているのですね」
利口な人形に満足して頷いた。
まあ、もう一つ、今後につながる大きな効果があるのだが。
主に、僕の精神的な部分で。
「さあ、そんなことよりも
モンスターのいる場所に案内してくれるか」
話題を切り替えて、そう促す僕の言葉に、
彼女は「はい、それではゴブリンの所へ」
と誘導を始めようとする。
だが、今さらゴブリンか、とやや微妙に思う。
「えっと確か、9階層には一段階強くなった、
ゴブリンナイトが出現するんだったか」
僕の質問に淡雪は、はい、と即答する。
「ゴブリンよりも攻撃力と防御力が
やや上昇した種のようです。
おっしゃるとおり、9階層にのみ現れる、
とのこと」
ふむ、そっちで確認した方がいいかな。
「では、それにしよう。すまないが案内してくれ」
・・・
・・
・
「くそっ、何で俺たちがこんな目にっ」
「喋ってんじゃねえっ、ちゃんと援護しやがれ」
そんな事を喚きながら、
ゴブリンナイトと戦いを繰り広げているのは、
4人の盗賊たちであった。
僕が拾っておいた武器を片手に、
7匹のゴブリンナイトたちと死闘を演じている。
僕と淡雪は手も口も出さずに、
彼らの戦いぶりを高みの見物しているところだ。
なるほど、さすが盗賊団などという、
裏社会に身を置くだけあってなかなか腕が立つ。
それに、個々の技量だけでなく、
チームでの戦いにも慣れているようだ。
攻撃をした際に現れる隙を、
隣の者が正確にフォローしている。
「意外な掘り出しものだ。これなら」
自分たちよりも数がモンスターたちを
次々と討伐して行く盗賊たちの動きに満足すると、
僕は彼らから目を離し淡雪に全く別の事を聞いた。
「ユエツキ姫の様子はどうだ。
そろそろ全員が10階層ボスを乗り越えて、
11階層へと到達したか」
その質問に、淡雪はすぐ頷いた。
「先ほど全員がスケルトンキングを討伐し、
次の階層へと移動したことを確認しております」
彼女の答えに僕はしばし考え込むと、
改めて視線を目の前の戦いへと戻す。
戦闘は既に終了しようとしており、
最後のゴブリンナイトへ、
シチャキが大剣で斬りかかる所であった。
モンスターは木の盾を構えることで、
何とかその斬撃を防ぐことに成功するが、
あまりの衝動でよろめいてしまう。
その隙をついて、
また別の男が棍棒を振りかざし襲いかかる。
さすがにその攻撃を防ぐことはかなわず、
あえなく頭部へ激しい一撃を食らうと、
そのまま地面へと倒れ伏し、
ピクリとも動かなくなった。
「欠けていたピースはほぼそろったようだな。
そろそろ地下10階層へと向かうとしよう」
そう僕が小さな声で呟いた独り言は、
淡雪にすら聞かれることなく、
ヒカリゴケに照らされた洞窟の中に
霧のごとく溶けて消えたのであった。