29.希望
ストーリーの流れ上、7話分を連続投稿しています。
以下のスケジュールでアップしていってますので、
ご注意ください。
・8/13 14時ごろ
・8/14 1時ごろ、5時ごろ【イマココ!!】、10時ごろ、15時ごろ、19時ごろ
・8/15 1時ごろ
「貴方様は初めからあの小男を
殺めるお積りだったのですか」
地下7階層へ下りた後、前を歩く淡雪が聞いて来た。
「いやまさか」、と僕は肩をすくめる。
「どんな人間にだって、立場や事情がある。
それは盗賊であっても変わらないよ。
何も犯罪者だからと言って、
問答無用で殺してしまっていいわけじゃないんだ。
可能ならちゃんと話を聞いてあげないとな。
だが、僕がいい加減なことを言えば命はないと、
あらかじめ伝えていたにも関わらず、
彼の語る言葉のほとんどが嘘だった。
それに加えて、盗賊団を壊滅寸前に追い込んだ僕の事を、
いずれ探し出して殺すつもりだ、などと宣う始末だ。
そんなやりとりをしたからには、
逆に僕は彼を殺さないといけなくなった。
つまり、話の成り行き、だな」
機械人形はぎこちなく頷くと、
「話し合った上で決められた、というのですね。
実に公平だと思います。
下手な優しさや温情は害悪にしかなりませんが、
貴方様のそれはまた全く別物の様でございます」
そして、「貴方様のような方にお仕えできて
淡雪は幸せです」と続けた。
僕は面映ゆいものを感じ、
咳払いをしてごまかす。
そんなやりとりをしている内に、
僕らは残りの盗賊たちが隠れている場所の
近くまでやって来た。
「なるほど、淡雪の言った通りだな。
隠れるのにも、モンスターから身を守るのにも有効だ。
なかなか考えたものだ」
僕が視線を送る先には、
何ら変哲のない洞窟の壁が続くだけで、
盗賊団も、ましてや部屋も見当たらない。
だが、よくよく目を凝らして見れば、
壁の手前の地面が一部、大きく盛り上がり
台座のようになっている場所があった。
そう、僕らが地下5階層で見た
「隠し部屋」と同じ構造である。
「あの種類の部屋は中に入るとすぐに、
開いた扉が再び閉じる仕組みになっています。
中からはレバーを引けば自由に出ることができますが、
外から入るには再度、問題を解かなくてはなりません」
そして、と彼女は言葉を続ける。
「今のところ、ギミックを解くモンスターの
存在は確認できていないようです。
拠点に籠もり獲物を狙う盗賊たちにしてみれば、
格好のアジトになるというわけですね」
淡雪はそこまで言うと、こちらを向いて、
「それでこれからどうなされますか。
やはり、共闘する、というのは本気なのでしょうか。
無論、私の準備はできておりますが」
背嚢からナイフを数本取り出して、
剣呑な気配を纏い始める機械人形に対し、
僕は頭を振った。
「話し合いをするにも、
まずはテーブルについてもらわないといけない。
あの斥候は1人だったから、
無理やりにでも協議の場を持つことができたが、
今回は19人もいる。犯罪者集団に対して
多勢に無勢じゃあ、同じやり方は難しいだろう」
ならどうされるのですか、と問う淡雪に対して、
「打ち筋がない時は無理に動かない方がいい。
しばらくはこのまま待機かな」
はあ、と漏らす彼女へ僕は安心するように言う。
「大丈夫だ、あの盗賊の小男も言っていたじゃないか。
自分が戻らなければ、どうなるか分かっているのか、と。
状況はそのうち動くさ。動かざるを、得ない」
・・・
・・
・
モンスターの往来を、
淡雪の感知する魔力音を頼りにやり過ごしながら、
2時間ほど待機していると彼女が僕の肩を叩いた。
「始まったか」
「はい。壁の向こうが甚くざわついております」
宿でもそうであったが、彼女の聴力は人のそれではない。
壁1枚程度ならば、
十分に向こう側の会話を聞き取ることが可能だ。
おかげで、こうして淡雪から
中の様子を伝えてもらうことができる。
「会話の内容は分かるな」と問う僕に対して、
淡雪は頷いて、中の様子を語りだした。
「斥候が帰ってこないことに
動揺が生じています。
今のところ、モンスターにやられたんじゃないか、
という話になっているようで、
誰かを様子見に行かせた方が良いのではないか、
という議論になっているみたいですね。
あ、今4人の名が呼ばれました」
よし、と言って僕は行動を開始する。
「まずは数を減らそう。今のままでは
話し合うことすらできないからな。
恐らく、地下6階層への上り階段の方へ
向かうだろう。淡雪、先回りするぞ」
頷いて先導する機械人形に連れられて、
盗賊らが通るであろう通路に先んじて到着する。
そして、僕は火炎弾を取り出して身を隠した。
5分ほど待つと盗賊団のメンバーがやって来る。
淡雪からの報告通り4人で、
周囲を警戒しながら固まって移動しているようだ。
「都合がいいな」
そう呟いて、ギリギリまでひきつけると、
僕は投げ慣れた火炎弾を
躊躇いなく彼らの足元へと投げ込む。
刹那、猛烈な爆発が起こるが、
モンスターの出現をもとより用心していたからだろう。
彼らのうち2名は爆心地からうまく逃れ、
器用にも腰へ差していた短剣を構えると、
瞬時のうちに戦闘態勢へと移行していたのである。
だが次の瞬間、両名の額には、
ナイフが深々と突き刺さり、呆気なく、
その体を地面にくずおれさせた。
自分たちに一体何が起こったのかすら、
理解する事は出来なかったであろう。
ナイフを投擲した淡雪は、
盗賊たちの額から得物を回収すると
火炎弾に焼かれ這いつくばる2名にも
鋭く刃を振るってから、
何でもない様子でこちらへと戻って来た。
「フォローすまなかったな。
やはり警戒している相手には火炎弾も効果が薄い」
僕が礼を言うと淡雪は、
「とんでもございません」と恐縮する。
「さて、これで残り15人。
4分の1のメンバーが減った事になるが、
相手はどう動くかな。
ま、とりあえず元の場所へ戻る事としようか」
・・・
・・
・
盗賊たちの近くに戻り、
改めて身を隠した状態でしばし待機する。
やがて、斥候に加えて、
様子を見に行った4人すら、
帰る気配を見せないことに、
中が再びざわつきだした、と淡雪が告げた。
「ですが、今回は動こうとしていません。
立て続けにメンバーが戻らないという事態に、
用心深くなっているようです」
そうか、と僕は呟いて、少し詳細な状況を聞く。
「しばらくは動かない様子とのことだが、
1時間ぐらいは見ておいて問題ないか」
「はい、恐らくは大丈夫かと思います。
強力なモンスターでも出たのかもしれない、
という話になっているようで、
外に出るのを強硬に反対する者たちがおります。
また、4人が戻らないと決まった訳ではない、
という希望的観測論も根強くあるようです。
今しばらくは安全な隠し部屋の中で状況の推移を見守る、
という考えが主流のようですね」
彼女の言葉を聞いて、僕は次の行動を決断する。
「よし、じゃあさっき伝えておいた通り、
牽引作戦を実行しよう。
距離感をうまく調整することが難しい、
繊細な計画だが大丈夫か」
改めて確認すると、淡雪が恬淡と頷いた。
「シミュレーションは完了しております。
ゴブリンとオークならば調整は難しくありません。
現在のモンスターの配置状況であれば、
30分で完遂可能です」
その頼もしい返事に満足すると、
「では行こう」、と僕は歩き出す。
だが淡雪は僕の後ろへ回ると、
何を思ったか、そのまま抱え上げ、
すごい勢いで走り出したのであった。
「お、おい、淡雪。何をするんだ」
「貴方様、しゃべると舌を噛みますから危険ですよ。
今回は罠の回避を行いつつ、
迅速な移動が不可欠となります。
ですが、さすがにこの作戦を実行しながら、
貴方様を安全に誘導するのは困難です。
従いまして、最も合理的な手段を採用させて頂きました」
お許しください、と無表情に宣う機械人形へ
僕は不承不承ながら、
了承の意を伝えるのであった。
そんな調子で30分近く、僕を抱えたまま、
淡雪はここ地下7階層を駆け回った。
無論、そのような事をすれば、
ダンジョンを徘徊するモンスターたちに
気付かれない訳もない。
移動する僕たちの後ろには、
獲物を追い駆ける大量のゴブリンやオークたちの姿があった。
総数で30匹程度となり、
逃げ回る僕たちを捕まえられない悔しさからか、
恐ろしい形相で喚き散らしている。
夢にでも出てきそうな恐ろしい光景である。
だが僕はそんな恐怖心をおくびにも出さず、
淡雪の方に顔を向ける。
すると、彼女の方も美しい朱い瞳を向けて来た。
どうやら二人とも、十分だと思っているようだ。
僕が頷くと淡雪はモンスターとの距離を更に空ける。
だが、決して見失わせない程度の速さで、である。
そうして、僕たちは再び、
盗賊たちが潜む隠し部屋の近くまで戻って来た。
僕は半時間ぶりに彼女の腕から解放されると、
駆け足でギミックを操作するため台座へと近づく。
台の天板には拳大の半円状の溝が、
横一列、40個も並んでおり、
左から3つ目、27つ目に青い球体が設置されていた。
僕は後ろから迫りくるモンスターに戦々恐々としつつも、
空中に現れた玉を乱暴に掴み取ると、
9つ目の溝に素早く嵌め込む。
レポートにも「9つ目」、
と答えが単純に記載されていたから間違いない。
すると、地下5階層で経験したのと同様に、
台座の後ろの壁の一部が地面へと吸い込まれ、
隠し部屋が現れたのであった。
その空間にいたのは、
殺伐とした雰囲気を醸し出す強面の男たちだ。
手にはめいめい得物を持ち、
突然、入り口が開いたことに目を剥いている。
だが、そんな彼らの様子を
ゆっくりと観察している暇は残されてはいない。
何せ、もう少しで大量の化け物たちが
この場所へと到達するのだから。
僕は何かを叫ぼうとする盗賊たちの台詞を待つことなく、
用意していた火炎弾を無造作に投擲する。
また、後ろから迫りくるモンスターにも
別の火炎弾をもう一つ投げつけた。
そして、僕がその場所から慌ただしく走り去るのと同時に、
背後で激しい爆音が鳴り響いたのである。
「貴方様、火炎弾での攻撃では、
ほとんど仕留められなかったようです」
全力で通路を駆け、勢い良く角を曲がって先で、
待機していた淡雪が僕に告げて来た。
やはり狙いが不十分過ぎたことに加え、
そもそも数が多すぎた。
来た方を覗き見れば、隠し部屋から
手傷を負った盗賊たちがわらわらと這いだし、
一方のモンスターたちも、
多少、数を減らしてはいるものの、
煙の向こうから多数、異形の姿を現し始めている。
「ああ、そうだな。これはどうやら」
はい、と淡雪が頷く。
「どうやら今回の、モンスター牽引作戦は、
大成功の様ですね」
彼女が太鼓判を押してくれたことで、
僕はほっと胸を撫で下ろす。
そう、今回の作戦の最終目標とは、
あまりにも数の多い盗賊団を、
どうにかして減らすことであった。
だが、僕たちは2人しかおらず、
直接やりあうのは余りにリスクが大き過ぎる。
ならば、と思いついたのが、
ダンジョンに多数存在するモンスターに
代わりに戦ってもらうという、
敵の敵は味方、作戦であった。
そのため、淡雪にダンジョン中を駆け回ってもらい、
モンスターたちをここまで牽引してきてもらった、
というわけだ。
まあ、普通ならばかなり危険な計画ではあるが、
モンスターや罠の場所を正確に把握し、
ワイルドボアのスピードすらも苦としない彼女にとっては、
さほど難しいミッションではないだろう、と思っていた。
なお、先ほど投擲した火炎弾は
敵を倒すための物ではなく、
あくまで爆発の際に上がる粉塵によって、
僕たちの姿をくらませる事が目的である。
期待通り、彼らは僕らの姿を見失い、
お互い鉢合わせした事で突発的に戦闘状態へ陥っていた。
「いい具合に潰しあってくれているな。
淡雪、5人を確保したい。うまくやれるか」
そう問いかけると、機械人形は常のごとく、
お任せ下さい、と頼もしい返事を口にして、
命を屠るナイフを構えたのである。