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24.火炎

僕はオークの亡骸なきがらを眺めながら、

一つの可能性が閃くのを感じていた。


自分の命がもう少しで失われていたかもしれないのに

実に呑気のんきな思考である。


だが、感情を乱し慌てたとしても

問題が何一つ解決しないことは、

かつて日本にいた時、嫌と言うほど学んでいる。


狼狽ろうばい懊悩おうのうに飽きてしまったのが

僕と言う人間の本質なのだろう。


とはいえ、少しのミスで

命を落とすかもしれないこの迷宮で、

そうした突然の思い付きを頭から盲信できるほど

僕は豪放ごうほうではない。


「もう少しテストが必要だな」


体の具合を心配する淡雪に安心するように告げ、

再びモンスタースポットへと向かう。


そして自分の脳裏に浮かぶある予想を確かめるため、

背嚢リュックから火炎弾を取り出した。


「予定とは少し違ってしまったが、

 今度こそモンスタースポットに爆薬を投げ込む。

 準備はいいか」


そう問いかける僕に対して、

彼女は無言のまま僕の服のすそを掴んだ。


「あの、貴方様。

 やはり休まれた方がいいのではないですか。

 お怪我こそなかったものの、

 もう少しでお命が危なかったのですよ。

 貴方様の生命が最も大事なのはご自身だけではありません。

 私もまた同じなのです」


淡雪の顔を見ると、普段の人形めいた無表情ではなく、

よく見れば眉根まゆねを寄せ、

不安そうな表情を浮かべている。


なるほど、確かにやや焦っていたのかもしれない、

と素直に反省する。


普段は無気力なくせに、

少しでも興味の惹かれることがあれば

それに夢中になってしまうのは、

はっきりと僕の悪癖あくへきに違いなかった。


「すまない淡雪。少し性急だったな。

 君の言う通り、気持ちを仕切り直してから挑むとしよう。

 それでいいだろう」


僕の言葉に淡雪はいつもの無表情になって頷いた。


「聞き届けていただき、ありがとうございます。

 人形ごときの私が僭越せんえつなことを申し上げました。

 なにとぞ、お許しください。

 ところで、この周辺ですが、

 モンスタースポットにいるモンスター以外に、

 徘徊をしている者はおりません。

 しばらく休憩することができるでしょう」


そう言う彼女の助言に従い、

僕は数分だけ、体と精神を休めたのである。


・・・

・・


さあ、モンスタースポットの攻略を始めよう。


十分に休養した僕は

先程、オークと戦った時と同様の注意を淡雪へ与える。


「火炎弾がさく裂した後、生き残ったモンスターが

 こちらに殺到するだろう。

 恐らく、体力の多いオークとスライムがほとんだ。

 バットやゴブリンは体力から言って一撃だからな」


「承知しております。

 私はその生き残りたちを狙えば宜しいのですね。

 貴方様が最後にとどめをさせるよう、

 4つ目の罠にはまった者達を狙い、

 瀕死の状態にすれば宜しいでしょうか」


僕は彼女の言葉を少しだけ訂正する。


「いや、今回は仕掛け弓の罠が発動したら、

 そのナイフで攻撃を加えてしまって良い。

 2つ目と3つ目の罠だな。

 4つ目の罠の発動は待たなくて構わない」


淡雪は首の可動部をぎこちなく傾げた。


「ですが、そうしますと貴方様がとどめをさすために

 モンスターに近づけないのではないでしょうか。

 4つ目の罠が手前に残ってしまう事になりますから」


そう指摘する彼女に対して、僕はかぶりを振る。


「今回はとどめをさすのは僕じゃなくていい。

 君のナイフで仕留めてくれ」


はあ、と淡雪はよく分からないといった風に言葉を漏らす。


「それでしたら、そもそも2つ目、3つ目の罠に

 わざわざ引っかかるのを待たずとも、

 投げナイフで命を刈り取ることができますが」


その意見に僕は頷かざるを得ない。


「まあそりゃ、そう思うよな。

 ううん、本当は君にちゃんと説明したい所なんだが、

 こんなモンスターの巣の周りで、

 十分説明している場合でもないからなあ。

 しかし、考えてみれば、

 必ずしもこのモンスタースポットで

 テストをしなくてもいいんだよな。

 むしろ、ちゃんと説明してからの方がいいか。

 うん、そうだな、さっきの罠の話はなしだ。

 それらの発動を待たずにナイフを投擲とうてきしてくれていい」


僕は彼女の意向を出来る限り

む様に言葉を返した。


どうしてそこまで配慮をするのかと言えば、

淡雪が僕にとって大切な相談相手だからである。


彼女の考えと折り合いをつけながら

僕の行動を決定するという手順は

この過酷な異世界で生きてゆく上で

必要不可欠な作法であった。


なぜならば、異なった視点からの意見や議論は、

自分一人だけの狭い見解をブレークスルーし、

より優れた判断をもたらすからである。


たとえ極度のコミュニケーション障害を

わずらっている僕でさえも、

社会に出て早々にその事実を認めざるを得なかった。


世間でコミュニケーション能力といった

よく分からないあやふやな技能がもてはやされるのも、

それなりに理由があるということなのだ。


ともかく、一人の人間の視野は狭すぎる。

知識も観点も、思想も、何もかもがだ。


他人の意見やアイデア、考え方を聞き出し、

自分のものとする能力が

厳しい現実を生き抜く上で絶対に必要なのである。


そういう意味で言えば、彼女の優れた価値とはまさに、

僕の相談相手になれるほどの

その柔軟な会話能力にあるのだった。


なお、一見目を惹くその高い戦闘力については、

僕はさほど重きを置いていない。


と言うのも、もし彼女が弱かったとしても、

僕がその条件に合わせて行動をすれば良いだけの話だからである。


簡単な話、もしも淡雪が大した戦力を持たず、

僕を十分に守りながら戦うことが出来ないとすれば、

そもそも自分は、2人でダンジョンに潜る、

といった判断自体を下さなかっただろう。


恐らく、迷宮を踏破するために

全く違った方法を採用していたに違いないのだ。


そう、戦力の多寡など、

所詮その程度で片の付く話なのである。


その様なわけで、彼女の意向を踏まえ

テストの延長を伝えた僕であったが、

淡雪はあっさりとかぶりを振った。


「いえ、つまらないことを申し上げました。

 貴方様の深い智謀ちぼうについては

 この短い旅の間にもよく理解してきたつもりです。

 今回も何かお考えがあるのでしょう。

 オートマターたる私が掣肘せいちゅうすべきものではございません」


見当はずれな買い被りに冷や汗をく。


「ううん、そうか。だが思ったことは

 今後も言ってくれ。僕はただの一般人だ。

 本当によく間違ったことをするからな」


そうして僕は一応、

淡雪の意志も確認できたものとして、

今度こそ改めて火炎弾を振りかぶった。


「じゃあ、いくぞ」とつぶやく僕に、

淡雪は美しい黒髪を軽く揺らし頷いた。


そして、十分に狙いすました上で、その凶悪な爆薬を

モンスタースポットの中心へと投げ放ったのである。


僕たちは衝撃と炎の渦から逃れるために、

一旦、通路の角へと身を隠す。


数瞬後、強烈な爆音がダンジョン中に響き渡った。


・・・

・・


死屍累々といった様相を見せるモンスタースポットから、

力尽きたゴブリンやバット、それに瓦礫を押しのけて、

満身創痍のオークたちがよろよろと立ち上がる。


全部で3匹だ。


覚束ない足取りながらも、

この惨劇を起こした張本人である僕らを見つけ、

ものすごい形相ぎょうそうで迫って来る。


そして、その後ろにスライムが3匹、

青色の体をぶるぶると震わしながら現れた。


6匹が全部一遍に来られては面倒そうである。


そう懸念する僕であったが、

どうやら彼らには連携して襲撃することを

思いつくような高度な知能はないようだ。


オークは動きの遅いスライムを置き去りに、

僕たちの方に駆け寄って来る。


おかげで、各個に対応すれば良さそうである。


僕は意識を迫りくるモンスターだけに集中した。


そのオークたちはちょうど、

一つ目の罠であるトラバサミに次々と引っかかり、

何とか脱出しようともがいている所であった。


隣でナイフを構える淡雪の腕が、

尋常ではない腕力で引き絞られて行くのが分かる。


それは相手の命を一撃で刈り取るための、

圧倒的な威力を予感させた。


やがて、罠から脱したオークたちは、

猪突猛進ちょとつもうしんといった様子で

こちらへ突っ込んで来た。


2つ目、そして3つ目の罠が次々に発動し、

仕掛け弓が豚の怪物たちの腕や腹、

足や手などを次々に射抜くが、

それでも突進は止まらない。


その事実は僕の脳裏に鋭い衝撃をもたらす。


「やはり、そういうことなのかっ」


僕は倒れずに駆け寄って来る相手に対し、

思わず叫び声を上げる。


だが次の瞬間、彼ら醜悪なモンスターたちは

動きを静止させていた。


それは、他ならぬ機械人形の放った美しい軌跡が、

すぐ近くまで迫って来ていたオークたちの頭を

刹那の内に胴体から切り離したからである。


きっとモンスターたちも、

自分たちの身に一体何が起こったのか

理解できなかったに違いあるまい。


それぐらい、圧倒的な力の行使であった。


そして僕は、淡雪が相手を絶命させるまでの状況を

頭の中で克明にに思い返しながら、

自分の閃きが間違いでなかったことを確信する。


「淡雪、スライムたちにもとどめを」


「分かりました」


僕の指示に頷くと、彼女は次々にナイフを投擲し、

ぶよぶよとしたゼリー状の化け物たちを

難なく駆逐して行った。


その後、僕たちは無言でモンスターたちが落とした

ドロップアイテムを回収する。


スライムの「水の結晶」、バットから「こうもりの翼」、

それからゴブリンの角、オークの魔鉱石、

少なくないアイテムを背嚢リュックへと詰め込んだ。


「かなりの収穫になったな。

 案外、この調子で稼いでいれば、

 丸で冒険者の様にダンジョンの攻略で

 暮らして行けるんじゃないか」


僕の軽口に、淡雪は生真面目に答える。


「はい。浅い階層とはいえ、かなり効率的な

 狩りを行われているかと思います。

 何よりも、安全を確保したうえでモンスターと

 戦うことが出来ていますので、

 負傷するリスクが徹底的に

 回避できているのが大きいですね」


彼女の言葉に、そうだろうな、と頷く。


普通の冒険者たちは、モンスターの居場所や、

罠の設置個所を知らずにダンジョンを

徘徊しているのだ。


淡雪の魔力音を聞く能力や、黒炎団のレポートを

持つ僕たちは、比較にならない程、

極めて有利な条件で迷宮を闊歩かっぽしているのである。


そう、そしてこの余裕こそが、

僕にモンスターをじっくりと観察する機会を与え、

今回の発見をもたらしてくれたのだろう。


感慨に耽っていると、

淡雪が真っ白な顔を近づけて僕の顔を覗き込むようにした。


「貴方様、ぼうっとされてどうしたのですか。

 さすがに連戦となりましたから、

 お疲れになったのでしょうか。

 今日はもう良い時間です。

 そろそろお休みになられてはいかがでしょうか」


問い掛けてくる機械人形に僕は頷く。


「そうだな。今日は重要な収穫があったことだし、

 そろそろ休憩することにしようか」


「はい、ドロップアイテムは十分集まりました。

 これらを売ればかなりの額になるでしょう」


だが、僕は彼女の言葉にかぶりを振った。


「いや、そうじゃないぞ。僕が言っているのは、

 おそらく、仕掛け弓の罠のダメージが、

 25%以上の割合ダメージだってことだ」


淡雪が無表情のまま、

しばしその動きをフリーズさせるのが分かった。


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