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23.平和

僕たちは1階層で、単独でいるモンスターたちを

引き続き始末して行った。


とはいえ、まだまだ僕の手際が良くなったとは言い難い。


なぜならば、淡雪が投げナイフで

決定的なダメージを相手へ与えた後に、

僕が剣を突き刺しているだけなのだから。


何となれば、彼女一人で倒す方がはるかに効率的なのだ。


だが、それでは意味がない。

どうしてかと問われれば、

僕たちの旅が今後も続いて行くからである。


長い旅の間には、

僕が独力でモンスターと対峙しなければならない時が

いずれ訪れるだろう。


そうしたときに、自分だけで切り抜けられる様に

少しでも戦闘に慣れておく必要があると思っていた。


しかしながら、自分は平和な日本で暮らしていた

元サラリーマンに過ぎない。


いきなり武器を持って、

正々堂々モンスターに挑んで行く、などというのは、

あまりにも冒険的に過ぎ、訓練とは呼べなかった。


なので、こうしてゆっくりと、

頼りになる機械人形に安全を確保してもらいながら、

戦いそのものに慣れて行っている最中なのである。


さて、ゴブリンにスライム、そしてオークらを

何体か始末したが、バットとは結局戦っていない。


淡雪によれば1匹で行動しているものがいないらしく、

戦うとなれば3体以上から、ということであった。


彼女からは、

「僕の事を守りつつ3体くらいならば始末できる」

と言ってもらえていたが、

やはり数の優位というのは侮りがたい。


命を天秤にかけてまで試すことではないだろう。


むしろ僕の生命と釣り合うものはこの世にはない。


そんなわけで僕らは1階層で

バットを徹底的に避けながら、

一匹で行動するモンスターを狩っていった。


それなりの数を倒した後、淡雪が口を開く。


「この階層には、もう単体で動く敵はいないようです。

 どうされますか。ダンジョンには時間が経てば

 モンスターが湧きだす、リポップ、という現象が

 あるそうです。しばらく待てば、

 またモンスターの編成も変わるかもしれませんが」


その言葉に僕は少しだけ考えるが、

すぐに2階層へ下りることを決める。


「いや、下層に行くこととしよう。

 ところでユエツキ姫の調査隊は今どのあたりにいる」


「すでに4階層にいらっしゃるようですね」


そうか、と僕は感心する。


彼らも黒炎団のレポートを持っているから、

マップを把握しての行軍ではあるものの、

それでも100人くんだりでの移動である。

また、僕の様に魔力音を聞く機械人形が

同行しているわけでもない。多人数ともなれば

モンスターに発見される可能性も高くなるだろう。


そういった状況の中で、半日で4階層というのは

かなりのスピードであると思われた。


「まあ、一番重要なのは、

 彼らと鉢合わせする可能性がないということだ。

 緊張をいられずに済む。

 今後もあの部隊とは距離を空けることとしよう」


僕は決意を新たにすると、淡雪に先導される形で

2階層へと続く階段の前までやって来る。


下へとおりる前に淡雪へ確認を行う。


「2階層のモンスターは

 1階層と特に違いはないんだったな」


「その通りです。構成は同じになっています。

 ただ貴方様、注意をして頂きたい点がございます」


改まった口調に僕は耳をそばだてた。


「2階層のとある区画に多数の魔力音が聞かれます。

 どうやら、レポートにも記載のあった、

 モンスタースポットが発生しているようです。

 また、モンスタースポットの周囲には

 罠も一時的に増加するとのこと。

 ですので、その辺りには近づかない方が良いでしょう」


その警告に僕は神妙に頷いた。


「モンスターが大量に集まっている空間というやつか。

 君がいてくれるおかげで、

 事前に察知できたのは幸運だった。

 だが、どうだろう。一つの区画に集まっているなら、

 火炎弾を投げ込んでみるというのは。

 いや、やはり危険だろうか」


やや軽率かと悩みつつ相談すると、

淡雪はあっさりと首を横に振った。


「いえ、そうですね。

 モンスタースポットにいる敵の構成は

 だいたいがゴブリンやバットの様でかなり密集しています。

 恐らく、かなり小さなスペースに集まっているのでしょう。

 なので、火炎弾を使われれば、

 それら体力の少ないモンスターは一掃できるかと思います。

 スライムやオークが数体ずつ残りますが、

 それくらいでしたら私の方で討伐することが可能です。

 危険は少ないでしょう」


そうか、と僕は淡雪の見解に納得する。


「ああ、それからな淡雪、確認なんだが、

 君には罠の位置が分かっていると思うんだが

 間違いないだろうか。何せこの洞窟のギミックの類は

 すべて魔力によって作られているんだから」


僕の指摘に淡雪は首の付け根の可動部を

ぎこちなく動かして頷いた。


「お気づきでしたか。その通りです。

 罠の種類までは魔力音のパターンが近似しており、

 分かりかねますが、場所の把握は可能です」


ならば本当に危険はなさそうだ。

そう結論し、僕は2階層のモンスタースポットを

攻略することに決める。


「むしろこうした浅い階層で、

 モンスタースポットの攻略を経験できるのは

 幸運だったかもしれない。

 深い階層では、とても近づけなかっただろうからな」


若干の緊張をともないつつ、

僕は地下2階層へと下りて行くのであった。


・・・

・・


「あれが例のモンスタースポットですね」


淡雪が用心深く顔を少しだけ突き出して、

通路の奥を指し示す。


僕も彼女にならい、少しだけ身を乗りだした。


その途端、ぎょっと目をむく。


視線の先で、驚くほどの数のモンスターが、

うごめいていたからである。


なぜあのような小さな空間に集まっているのか

判然としないが、

ともかく様々な種類のモンスターたちがそこにいた。


だが、あれくらいの狭いスペースに

密集してくれているならば、確かに淡雪が言う通り、

火炎弾でかなりのモンスターを倒す事ができそうだ。


そんなことを考えていると、

急に「失礼いたします」という声とともに

すごい力で後ろへと引っ張られた。


いきなりのことに反応できず、

思わず尻もちをつきそうになるが、

引っ張った張本人であろう淡雪が

しっかりと抱きとめてくれる。


「オークが1匹、こちらの方に気付きました。

 咄嗟に引き寄せさせて頂いたのですが遅かったようです」


申し訳ございません、と続ける機械人形に

僕はかぶりを振って立ち上がった。


間抜けにも、ついつい考えにふけってしまい、

敵に見付かってしまったようだ。

油断すれば最悪、命を落としかねないダンジョンで、

あまりにも不注意な行為であった。


「すまない、すぐに戦闘準備を」


「はい、ですが慌てる必要はございません。

 ご覧ください」


そう言われて、恐る恐る顔を通路へと突き出してみれば、

こちらへと迫って来たオークにトラバサミの罠が発動し、

それから脱しようともがいている所であった。


「なるほど。モンスタースポットが発生している事によって

 一時的に増えた罠にかかったんだな」


淡雪は淡々とした調子で頷く。


「その通りです。ここに至るまでに4つの罠が

 設置されおります。すぐにはたどり着けません」


おそらく、そのことも考えての位置取りなのだろう。

実に優秀な人形である。


「了解した。では4つ目の罠にモンスターが

 掛かった時点で攻撃を開始するとしよう」


そう言うと、淡雪は無言のまま美しい髪を揺らした。


しばらくするとオークは罠から足を引き抜き、

やはりこちらへと興奮した様子で迫って来る。


そして、2つ目、3つ目の罠が発動し、

2本の矢がオークの太ももや脇腹をそれぞれ貫いた。


「今度は連続で仕掛け弓か」


その光景を見た僕は、

1階層で戦ったオークのことを何となく思い出していた。


そう、仕掛け弓と火炎弾の組み合わせで

そのモンスターを始末できたことから、

僕はその弓の罠のダメージを「5」と推定したのだ。


詳細はこうだ。


まず前提として、火炎弾のダメージは、

うまく当てればゴブリンを一撃で倒せる程度のものだ。


そしてレポートによれば、

ゴブリンの体力が12、そしてオークの体力は17であり、

また、両者の防御力はとんとんである。


つまり、火炎弾によってオークには、

ゴブリンと同様の12ダメージが入る。


仕掛け弓と火炎弾の組み合わせで

オークを葬ることができたわけだから、

弓の威力は「5以上」と計算できるわけだ。


そんな呑気とも言える回想をしている間にも、

目の前の現実は慌ただしく進んでいる。


2回にわたる弓のダメージを受けてなお、

オークは力尽きることなく、

こちらへと向かってこようとしていた。


そこで僕は新たな事実に気付く。


2回の弓で倒れないということは、

仕掛け弓の1回分のダメージは「5以上」

であっても「9以上」ではないということを示していた。


そうでなければ、オークが今だ生存できている

理由がないからである。


「1階層で想定した通り、3回ないし4回、

 仕掛け弓の罠にはめればオークは死ぬということか」


そして数メートルの距離に迫ったオークに

最後の罠が発動する。今度は睡眠ガスである。


たちまち、あれほど興奮していたモンスターが

寝息を立て始めた。


淡雪がナイフを構えて投擲しようとする。


それへ僕は咄嗟とっさに待ったをかけた。


「淡雪、まだ殺すな。偶然とはいえ、仕掛け弓に

 2回かかってくれたんだ。せっかくだから

 あの罠がどれくらいのダメージを与えるか

 確認しておこう。そこまでの記載は

 レポートにもないみたいだからな」


彼女は手に持っていたナイフを仕舞う。


「結局、お確かめになるんですね。承知致しました。

 来た道を少し戻りましたら、

 仕掛け弓が2つ連続で配置されている場所がございます。

 周囲に敵もおりませんので丁度良いかと」


そう言って歩き出す淡雪に付いて行く。


仕掛け弓の設置個所を踏んだり触わったりしないよう

彼女の注意をよく聞きながら、そこまで移動する。


しばらくすると、睡眠ガスから復帰したオークが

消えた獲物を探して十字路で右往左往しているのが

遠くに見えた。


やがてこちらを発見すると、

醜悪な顔をさらに歪めて襲い掛かって来る。


そして想定通り、先程、淡雪に聞いた罠の場所を

見事モンスターは踏み抜くのであった。


3発目の仕掛け弓が発動し、オークの腕を貫く。


だが、まだ倒れない。


「3回の仕掛け弓を受けて生きているということは、

 弓の攻撃力は1回につき5、ということだ。

 6や7、8では3回の攻撃を受けて、

 体力17のオークが生存できる可能性はないわけだからな」


しかし、いずれにしても残り体力は2のはずだ。

間違いなく次の罠の発動でオークの命脈も尽きるだろう。


そして予定通り、モンスターが最後の罠に

足を踏み入れると、4発目の弓が空気を切り裂き、

その胸元へと吸い込まれていった。


モンスターはその肥満の体を揺らしながら、

地面へと倒れ込む。


僕は目の前で繰り広げられた光景を見届けると、

自分の計算が正しかったことを確信した。


「やはりそうか。仕掛け弓のダメージは、

 少なくともオーク程度の防御力のモンスターには、

 1回につき5のダメージを与えることができるようだ」


一つの問題が解けたような達成感を感じて僕は喜ぶ。


とはいえ、それが一体どうしたと問われれば、

別段、どうもしないのであるが。


あくまでこれは、

旅の過程で訪れたダンジョンという特殊な場所に、

若干ながら興味をかれたので調べてみたというだけだ。


今回の調査の結果が何かに役に立つということはないだろう。


「何せたった5ダメージだからなあ」


一時の好奇心が満たされたことと、

あまりにもちっぽけな罠の威力に

仕掛け弓への興味がほぼ失われる。


そしてドロップアイテムを拾うために

オークの死体へと近づいたその瞬間であった。


死んだはずのモンスターが急に起き上がり、

その握りしめていた鈍器を僕へと振りかざして来たのだ。


完全に油断していた僕は、

その攻撃を避ける術も、防ぐ術もない。


あえなく僕の横面を、

オークの武器が叩き潰そうとしたその時、

モンスターの頭部と、

武器を持っていた右腕が破裂し、

周囲に盛大に血と臓物をまき散らしたのであった。


突然の出来事に放心していると、

淡雪が慌てた様子でこちらへと駆け寄って来る。


「いきなりどうされたのですか。

 まさか、まだ生きているモンスターに

 不用意に近づかれるなんて。

 それにしてもナイフが間に合い本当に良かった。

 お怪我などございませんか」


そう言って、僕の汚れた顔や服をぺたぺたと触って来る。


だが、頭の中はそれどころではなかった。


なぜならば、ある可能性が僕の脳裏に閃いていたからである。

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