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20.全滅

「彼の居所いどころは分かるな」


何度目かの質問に、隣を歩く機械人形はぐに答える。


「はい。先ほどから魔力音は移動しておりません。

 3つ隣の宿のようです。恐らく休養を取っているのでしょうね。

 ああ、見えてきました、あちらです」


僕は淡雪に案内される形で大きな建物の前までやって来た。


そこは3階建ての宿屋であり、

1階は僕たちが泊まっている宿と同じく酒場になっている。


中に入るが、まだよいの口だけあって満席になってはいない。

きっとこれから、本日の探索の成果を互いに自慢しあう

冒険者たちのどんちゃん騒ぎが巻き起こるのだろう。


しかし、僕はそんな陽気な雰囲気をいとう様に、

宿屋の3階の1室を目指してそそくさと階段を上り始めた。


カウンターにいた店員の男が、

こちらをちらりと見たが何も言ってこない。


面倒がなくて良い、とほっと胸をで下ろす。


呼び止められた時の理由は考えてはあったが、

すんなりと通ることが出来るならばそれに越したことはない。

何よりも、あまり人と話したくない僕としては、

コミュニケーションを取らずに済んだことが何よりもありがたかった。


さて、階段を上がりきると、10室程の客室が並ぶ廊下へと出た。


僕が淡雪を見ると、彼女は無言で前を歩き先導してくれる。


そして、一番奥の部屋の前で立ち止まると、

こちらを振り返ってぎこちなく頷いた。


僕は片手を上げて了解した旨を伝えると深呼吸をしつつ、

これからのやりとりを頭の中で何度も繰り返しイメージする。


だが、考えれば考えるほど、

目の前に控える課題自体の難易度よりも、ただただ単純に、

これから人とコミュニケーションを取らなくてはいけないのだ、

というシンプルな事実のほうが、僕にとっては何倍も困難であり、

また億劫おっくうさをもたらすのだった。


だから結局のところ、僕は大きく溜め息をくのと同時に、

考えいたその内容を嘆息たんそくに込めて一旦全て吐き出してしまう。


そうして、頭をからっぽにした状態で、

彼の部屋の扉を2度ほどノックしたのだった。


「Aクラスパーティー、黒炎団の戦士アークア様、

 いらっしゃいますでしょうか。夜分まことに恐れ入ります。

 御目通り願いたく参りました」


・・・

・・


「それで、用というのは一体何だ。

 知ってると思うが、もう俺のパーティーは、

 自分を残して全滅しちまった。

 黒炎団は解散だ。冒険者稼業も廃業しようと

 思っているから、依頼を受けることは出来ねえぞ」


アークアさんは今日の夕刻、

ダンジョンから命からがら生還した所だというのに

憔悴しょうすいの色こそ残しているものの、

しっかりとした声音こわねで僕たちを迎え入れた。


21階層での出来事を盗み聞いた限り、

スケルトンドラゴンから直接の攻撃を

受けた訳ではなかったようなので

大きな傷を負わずに済んだのだろう。


「パーティーが全滅された直後に、

 ご訪問しましたことお許しください。

 私は冒険者をしている赤坂と申します。

 彼女は淡雪、強力なナイフ使いですが、

 二人で旅をしているところです。

 それで、そのことと関わり、

 折り入ってアークア様にお願いがあり、

 このような夜分に不躾ぶしつけと知りながら

 訪ねさせて頂いた次第です」


アークアはあまり気の長い方ではないのか、

早く続きを話せとばかりにおとがい

少し突き出すような仕草をする。


僕は感情を冷静にコントロールしながら、

慌てずに言葉を重ねた。


「冒険者としての依頼、ということになるのかもしれませんが、

 先程アークア様が想定された様な内容ではありません。

 小耳にはさんだのですが、アークア様は死霊の洞窟の探索を

 帝国から依頼されていたのですよね」


その質問に彼は、ああそうだ、と答えた。


「この辺りのモンスターがここ半年ほど活性化している。

 冒険者ならば知っていると思うが、

 ダンジョンのボスやモンスターを

 誰も倒さずに長く放置していると、不思議なことに、

 その周囲の地域でモンスターが狂暴化したり、

 数を異様に増やしたりする傾向がある。

 そうした場合、できるだけ効率的に攻略が進められる様に

 上級パーティーがダンジョンに長期間潜って

 詳細な情報を取りまとめ、一般に公開する。

 そうすれば、多少レベルの低いパーティーでも

 迷宮の踏破ができるようになるからな。

 そんなわけで帝国は、俺たちに洞窟内部の探索を

 依頼してきたというわけだ」


僕たちが夕方ごろに聞いた話と同じである。

やはり彼は洞窟の綿密な調査を行っていたのだ。


「やはりそうでしたか。実は私たちも洞窟の探索を

 続けているのですが、なかなか深層に進むことが出来ません。

 それで、お願いというのはほかでもないのですが、

 黒炎団が命がけで調査された迷宮の情報を

 私たちにいち早く開示頂けないでしょうか。

 もちろん、お礼はさせて頂きますので」


その依頼に対して、アークアは眉根を寄せて思案顔をした。


「素直なところ言っちまうが、依頼主の帝国以外に、

 調査内容を教えること自体は別に違反でも何でもねえ。

 そもそも将来的には一般に開示するために調査したものだ。

 しかも、ダンジョンは1年程度で通路や罠の配置なんかを変えちまう。

 だから、謝礼さえもらえるなら、

 早く教えてやることに否はないんだ」


しかし男は、だがすまねえ、今回は駄目だ、と続けた。


「意地悪で言ってるんじゃねえぜ。

 なぜかと言われれば、依頼主である帝国の姫様から直々に、

 調査結果をすぐに提出するように話が来てるからだ。

 なんと姫が自ら迷宮を攻略されるおつもりらしい。

 まあ、あの有名な姫騎士様ならうまくなされるんだろう。

 つまりだ、今手元にあるこのレポートは

 明日早々に姫様にお渡ししないといけねえ。

 お前さんどころか、一般公開用の複製すら、

 間に合わない状況ってわけだ」


そう言うと、男はテーブルの上に置かれた、

500ページはあろうかという厚手の紙面を指さした。


なるほど、これが死霊の洞窟の詳細情報が記されたレポートか。


「ユエツキ姫ですか。こちらにいらっしゃっているというのは

 本当だったのですね。そういうことであれば仕方ありません。

 当然ながら、帝国の任務を邪魔する訳にはいきませんから」


僕が残念そうに言うと、アークアも、そうだな、とだけ呟いて、

話はこれで終わりとばかりに肩をすくめた。


だが、僕はあたかも諦めきれないとばかりに、

情けない声音で訴えた。


「ああ、ですがどうでしょう。

 一目だけでも見せてもらうことは出来ませんか。

 勿論、この場で少し見せてもらうだけでいいのです。

 どうにも探索が煮詰まっていて、ずっと悩んでいました。

 黒炎団がまとめたレポートから何かヒントが

 得られるような気がするんです。

 当然ですが、少ないながらお礼はさせて頂きますので」


そうまくし立てると、彼が何かを言う前に、

金貨50枚を勢いよくテーブルの上に置いた。


「なんとか貯めたお金です。A級パーティーの貴方たちが

 命がけで調べてくれた情報で、私たちなりになんとか

 迷宮を攻略したいと思っています。報酬だけが

 目当てではありません。アークア様が言われた通り、

 迷宮の攻略は帝国の安寧あんねいにつながります。

 まだまだひよっこですが、将来は黒炎団さんたちのような、

 帝国の平和を守る冒険者になりたいと思っているんです」


僕がたった今思いついた台詞セリフをやや熱っぽく語ると、

彼は何か思うところがあったのか顔をうつむかせると、

しばらくしてから一言、「分かった」と呟いた。


「俺は少し夜風に当たって来よう。だが、ほんの3分だけだ。

 短いと思うだろうが了承してくれ。

 無論、この部屋からそのレポートを持ち出すことは許さん。

 もしもそんなことをしてみろ、わかっているな。

 それでも良いなら、好きなだけ見て行くがいいさ」


それだけを早口に言い立てると、部屋から足早に出て行った。

去り際、昔を思い出しちまったな、と呟くような声が耳に届いた。


僕としては内心、不用心だなあ、と率直な感想を抱きつつも、

せっかく手に入れたチャンスを逃すつもりはなかった。


3分、すなわち180秒か。


500ページを180秒で割れば、約2.8だ。


「とてもじゃないが読み切ることは出来ないな」


僕は溜め息を吐くと、後ろにたたずんでいた淡雪を呼び寄せた。


・・・

・・


アークアさんを訪ねた日から2日間ほどった。


僕は頑張りすぎた自分へのご褒美と称し、

朝から酒とさかなを賞味するという堕落した生活によって、

自らの活力の回復にいそしんでいた。


まあ、それなりに努力はしたつもりだったので、

これぐらいの怠惰たいだならば許容してやっても良かろう。


それに隣の机にて2日間、

僕の酒の相手以外は執筆作業をしている着物姿のオートマターが、

その仕事を完遂させるまでは、

そもそも冒険を再開することはできないのだ。


だからこの2日間は、英気を養いつつも、

次の活動のための準備を余念なく進めた有用な期間と言えるだろう。


そうして、ついに3日目の昼頃、彼女の筆が止まったのである。


「大変長らくお待たせを致しました。完成致しました」


そう言って、分厚い紙面の束を僕の目の前のテーブルに置いた。


「かなりのスピードで文字を追ってもらうことになったが、

 大丈夫だったか」


その質問に、淡雪は美しい黒髪を揺らして頷く。


「あれだけの時間が確保できたのは幸運でした。

 開示してもらうのは難しそうな雰囲気でしたから、

 なんとか数秒間だけでもページをめくる機会がないかと

 タイミングを窺っていた次第です。

 しかしその場合、どうしても情報の劣化が起こって

 しまったでしょうが」


その返事に満足すると、僕は早速、目の前の紙束に手を伸ばした。


「本当の幸運はね、淡雪が僕の傍にいてくれたことだ。

 君は確かに、パズルのピースを全て覚えている、と言っていたし、

 それに、魔力音のパターンも完全に記録している、とも言っていた。

 ならば、もしかしたらと思ったんだ」


ぱらぱらと紙面をめくり、僕は自分の想像が間違いでは

なかったと確信し、深くうなずく。


「まさかアークアさんも、

 あの3分間で、君がすべてのページを記憶してしまうとは

 夢にも思わなかっただろうなあ」


「機械ですから」

と、何日か前に聞いたのと同じセリフを淡雪は呟く。


そう、その紙面の束は黒炎団が作成したレポートの

完全なる写本なのであった。


彼らが2か月間にわたり命がけで収集した

情報の結晶が目の前にある。


レポートの構成は、各階層ごとにマップが示されており、

また、罠や隠し通路、隠し部屋、宝箱の出現場所、その他の

ギミックに関する情報が極めて詳細に網羅されている。


その上、どの階にどういった敵が出るかという、

出現モンスターの種類や、その強さ、弱点、特徴なども

ご丁寧にも絵付きで表記されていた。


新しく作成したページもあれば、

過去のレポートを使いまわした部分もあるのだろうが、

この内容をたった2か月で完成させたのだから、

やはりAクラスのパーティーの実力というのは

計り知れないものがある。


僕は純粋に感心しながらも、

500ページにわたる死霊の洞窟に関するレポートに

ざっと目を通して行く。


宿屋の親爺おやじに聞いたところ、

ここのダンジョンのマップ構造が変化したのが、

3か月程前ということらしいから、

アークアさんから聞いた、

「1年でダンジョンの構成は変化する」

という情報を踏まえれば、

あと9か月程度は、この情報が役に立つということだ。


僕は一通りレポートに目を通すと淡雪に振り向いた。


「明日から冒険を再開しよう。けれど焦りは禁物だぞ。

 1階層ずつ、ゆっくりと攻略していくんだ。

 なあに、時間はたっぷりとある。

 確実に、慌てずに、進めることが一番肝心なことだ。

 だから、なあ淡雪」


僕は首を傾げる美しい機械人形に対して、

空のグラスを一つ手渡した。


「とりあえず、今日は休みにして、一緒に飲もう。

 着物姿の君が杯を傾けてくれると不思議と酒が美味うまいんだ」


そう言って液体を注ぐと、淡雪は何かを口にしようとしたが、

結局何も言わずに、ゆっくりとその朱唇しゅしんをグラスへと近づけた。


粗末な部屋の一室で、美しい黒髪の人形がしどけなくする様子は、

黒地の着物からのぞくグロテスクな指や首の関節部が覗かれて、

ひどく淫靡いんびに思われた。

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