拝啓、魔王様【番外】
凄く久しぶりに『魔王様』シリーズを書きました。
今回は番外編で登場した彼視点のSSです。
世界に色などなかった。
物心がついたときには魔法の天才と呼ばれ、学問も優秀な成績で修め、体術も並び立つものがほぼいないほど───それこそ、勇者の称号を受け継ぐ親友以上の実力を有し、親友自身もそれを認めるほどに才気にあふれていた自分は、ついでに容姿もそこそこ整っていて。
言葉を発さずとも実力を示せば周囲は勝手に自分を敬った。
出る杭は打たれるとばかりに疎まれることにも、逆に利用されそうになる状況にも慣れている。
生まれながらに持つ身分も相まって気が付けば年齢よりもさぞませた、世間を斜に構えて眺める子供が出来上がっていた。
さしたる努力をせずとも人並み以上に結果は出る。胆力も度胸も運も持ち合わせ、声をかけずとも女は寄ってくる程度に顔はいい。
『アドニス、お前は何でもできる癖に何にも興味がないなぁ』
淡い苦笑を甘ったるく整った顔立ちに浮かべた親友は、肩を竦めるだけにとどめる。
彼は自分と根本から違う。会ったこともない、現実味のない存在に心を奪われるロマンチスト。
一目惚れなら要因があるだけにまだ理解できるのに、彼の場合はそれ以前の話だ。
彼が思慕を───というより、恋慕を抱いているのは、書物でしか知らない相手。
秘密という内容を誰かと共有でもしたかったのか、幼馴染でもある親友は、勇者の称号を確かとしたその日に、『かの魔物』について教えてくれた。
『太陽の光を紡いだ緩やかな金糸。極上のサファイヤの滑らかな光沢をもつ瞳に、淡く色づく頬と艶めかしい唇。一目見ただけで、人は誰しも彼女に魅入られずにいられない。麗しく、一途で、だからこそ残酷な、ただ一人の特異な色を持つ魔物。・・・・・・代々の勇者が記憶を継いででも残したいと願う、唯一』
人に、『何も興味ない』なんて、言える男じゃないのはお互い様だ。
誰にでも愛想よく、誰にでも平等で、誰でも優しく振舞うこの男こそ、世の中のどの生き物にも執着も興味も持っていない。
それこそ、その唯一とやらが存在しなければ、己の生にも執着しなさそうな、そんないつだって雲の上を歩いているような男こそ、当代の勇者。
狂っている。しかもいたって正気のままで。
だからこそ面白いと思い親友なんて柄にもない関係を気づいてるのだが、それでも彼の頭のネジは、俺のものより数本多く飛んでいることだろう。
グラスに入ったワインを、軽く揺らす。
薫りだつワインは、それ自体を最高級と示すように口に含んだ瞬間にあまやかな中にも鋭さが広がった。
今晩開かれているこのパーティーは勇者一行の無事を祈願してのものらしいが、この無駄な騒ぎのどこに己の無事を祈る意味合いがあるか、俺には見出すことはできない。
壁の花を決め込む俺とは違い、勇者となった親友はスポットライトを浴びてこの国一の美人と名高い姫君とダンスなどを嗜んでいた。
うっとりと夢見るような眼差しを向ける麗人に教えて差し上げたい。
その男の笑顔など、上辺だけでしかない薄っぺらい、紙切れ一枚よりも薄く感情がないものなのだと。
だが助言は少女には不要だろう。彼女も『恋』などという意味の分からない病に侵され、狂っている誰かの一人なのだから。
くつり、と喉を鳴らして口角を持ち上げる。
間もなく、あの頭に花が咲いてるようでいて一切の油断がならない親友の想い人を拝める機会がやってくる。
へらへらとした薄ら寒い笑いがどのような変化を浮かべるのか。今ではない瞬間を想い、もう一度喉を鳴らして嗤った。
───そんな彼こそが、勇者ですら叶えられなかったほどの情熱を持つのも間もなくであるのは、誰も予想できない未来でしかなかった。
その瞬間に彼の世界がどんな鮮やかな色に染まったのかは、もはや彼の口から語られることはない。
何故なら彼は己の全てをとして獣へと身をやつし、中途半端でありながらもこの上ない幸福を抱いて存在する生き物へと変わったのだから。