ヘルトルード
それから三ヶ月後、俺はある場所で立ち止まっていた。
「ふぁああああっ。あーねむい」
朝起きてから、すぐ出掛けたので眠い。手には、薄汚れた麻袋がある。これは、マジックボックスと通称言われるもので、小さい袋の割りには、何故か馬一頭もの大きさのものまで入れることができる魔法の袋だ。ちなみに、もっと高級なマジックボックスなら、もっと入る。
今、ギルドの12階にある武器屋にいる。
「ほんとにここが有名な武器屋なのか?超ボロいじゃねーか」
その武器屋は、王国随一と呼ばれる品質を備えていると聞いているが、果たしてその噂は本当なのだろうか。
その店の中に入ってみると、様々な武器が置かれているが、全てガラス越しでしか見ることができない。
「すげぇ…全て数千万越えかよ…」
店を見渡して見るとその中でも一際目立つ武器があった。値段5億G、そしてその大きさと品質の良さが際立っている。俺の身長と同じくらいの大剣である。古龍ダイダルドの鋼鉄と呼ばれる尻尾を材料として作った最高級の大剣だとそこには書いてある。ダイダルドは真っ黒な龍なので、この大剣の色も真っ黒だ。
「おーい、誰かいねーのか?」
こんな高い物を置いといて警備が全くないとは平和なもんだなと思いつつ、店の人を呼んでみる。
そうすると、赤毛で短髪な、いかにも元気な女の子が出て来た。
「はいはーい!どうなされましたかー?」
「あぁ。これ買いたいんだが」
「は?あの、冷やかしなら勘弁してください!私、こう見えても忙しいんです!」
こんな子供が5億もする高価な武器を買おうとする事に驚かない方が無理だろう。
だが、なんだこいつ。なんか言い方が腹立つな。まったく教育がなってねーんじゃねーのかと思いながらもう一度言い直す。
「あー、いや、冷やかしとかじゃなくてな、これ買いたいんだよ」
その女は、目をパチクリさせると工房らしきところに逃げるように駆けて行く。
「お、おい」
なんなんだよあいつは。失礼なやつだなと思って、少し待っていると俺より一回り大きい巌のような男があの女と出て来た。
「お前がこの大剣を買いたいって野郎か?」
この筋肉の塊、いや、男は俺に不躾に話しかけてきた。
「そうだが、ダメなのか?」
「いや、ダメという事は無いのだが、お前金はあんのか?」
当たり前な質問だ。こんな子供が保護者を連れずに5億Gも持っていると思う方がトチ狂ってる。だが、言わしてくれ、お前の体の方が気持ち悪さといい、暑苦しさといいトチ狂ってる。
「あぁ、ある」
そういいながら、手に持っている麻袋を掲げる。
「そうか、なら契約成立だな。だが、一応この武器について説明しておくが、これは魔物討伐用の武器だぞ。ここ王都では、全く使い所がないと言ってもいい武器だ。お前は何に使う気なんだ?」
「明後日が義務教育とかいう意味不明な制度によって俺は時間を拘束されるんだ。で、その監獄は金をも要求するんだ。学園で使う武器や教科書を買っておけとな」
つまり、15歳になった俺は、春を迎え、義務教育として学園に通わなければならないということだ。
「おい、学園でこの武器を選んで使おうってことか!?それは危なすぎるぞ!この武器は、人間の胴体なんて豆腐のようにヌッと真っ二つになる!」
だが、王国立魔法学園の規則で、教科書は決められているが、武器は自由と言われているのだ。俺は大剣を使いたい。しかも最高級な物が。
「だが、武器は自由なんだろ。それに、人を殺すわけじゃ無いし、立派な魔法師になるには自分に合う武器をっていうのがこの国から受けた俺の教育だ」
それをこの豚男に伝えてみた。言ってることは、まぁ、割と筋は通ってんだろとニヒルな笑みをブサ男に届ける。
「ま、まぁ確かにそうなんだが、この武器店”ヘルトルード”は国中で有名でな、変な問題を起こされたりするとこっちにもお鉢が回ってくるんだよ。ほら、見ろ。その大剣の柄の部分に店の名前の彫りが入ってるだろ」
見てみると、確かに大剣の柄の部分に文字が入っている。
「心配ない。それどころか、この武器を使ってもっと店を有名にさせてやるよ」
「ほう?口だけは歴戦の猛者のようだな。だが、その剣を振る実力はあるのか?」
「わからん。とりあえず売ってくれ。後、教科書とか魔法具とかローブとか買っておかなきゃならんから時間が無いんだ」
めんどくさいやつだなーと頭をポリポリ掻きながら言う。全くなんなんだろうな?買うって言ってるんだから売ればいいのに、商売人とは難しい職業だ。
「ちょっとあんたね、親方がせっかく心配しているというのになにその態度!」
「エリス、いいんだ落ち着け。まあ取り敢えずお金があるのなら売る。正直この大剣は全く売れなくて困っていたんだよ」
なら、はよ売れよ。
というか、親方だと?このエリスとかいう女はこの筋肉の弟子なのか。というか筋肉の弟子ってなんだよ、それもう人間なのかよ。
「じゃあ、交渉成立だな。売ってくれ」
アイテムボックスに手を突っ込み金貨を掴み、カウンターらしき所にそれをドサドサ置いて行く。
金貨と言っても白金貨だ。一つ100万もの価値がある。それを500枚数えて置いて行く。
「なぁ、お前、親が金持ちなのか?」
500枚を数える動作が長く、時間を埋めるように筋肉は俺に聞いてくる。
「あぁ、そんなとこだ」
誰もが嘘をつく。
俺も全く例外じゃない。
それどころか嘘の権化と言われたい。
嘘をついていけないなんていう正義こそ嘘偽りだろう。
というか、初対面に何で本当の事を言わねばならんのだ。
「そうか、大変だとは思うが頑張れよ」
「あ?何がだ?」
「この大剣は伝説の武器なんだよ。死神とも呼ばれた闇の帝が使っていたものだ。なぜ、そんなものが5億という安い金で買えると思う?なぜ、売れ残っていると思う?」
死神か、聞いたことあるな。
確か遥か昔、世界征服を成し遂げた男だったはずだ。
「何かの呪いの魔法とかがかかってるのか?」
「ふっ、呪いか、間違ってはいない。だが、まあ触ってみればわかるさ。ちなみに返品は無しだからな、あれほど心配してやったのだからな」
グフっと気持ち悪い笑みを俺に向ける筋肉。
くそっ、俺は嵌められたのか?不安になってきたぞ…
何かあったら契約違反だよな?
何かあったら訴えようと心に決めた。
クソ野郎と呟き、筋肉を睨みながら、渡された大剣を持って帰ろうとする。
『次の主はお前か?』
「うぉっ」
驚いた拍子に尻餅をついてしまった。
筋肉の方を見るとやってやったと言わんばかりの笑みでこちらをみてハハハと笑っている。ブチ殺したい。いい子ほど自分の気持ちを素直に行動に移せるという。つまり、俺はこいつを殺してもいい子なんだよな。違うか。
『我は死神ダースト。我の眷属になることを誇りに思うが良い』
「死神ってお前も人間だろうが。で、何でお前話せるの?死神なの?」
『ふふふ、我は魂をこの剣に移したのじゃ。話しているというより、お前の身体を通じて、お前の魂に語りかけているのだ』
「ってことは、剣を持たなければお前は俺と話せないわけだな」
『うむ、そうなるであろうな』
「おい!筋肉!これは返品だ死ねボケぇ!!!」
「あ、あんた、いきなり独り言始めたかと思ったら親方に死ねって何言ってるのよ!あんたが死になさい!」
「いいんだ、エリス。あいつはきっと可哀想な子なんだよ。よし、作業に戻ろうか」
お、おい。待てええええええええええ。
結局、返品は叶うことはなかった。
俺は、ついでに大剣を背中に掛ける器具を買い、教科書と魔法具を買いに行った。