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真っ黒な大剣  作者: kou
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幸せを運ぶ鳥

 結果、俺は倒した。現世界最強魔法師と呼ばれるガリア=クローズを殺した。当然、実力ではない。真っ向から戦って勝った訳でもない。運が良かっただけかもしれない。だが、殺した。これだけは事実だった。



 依頼を受けた一ヶ月後、俺は、取り敢えず、おっちゃんにもらった情報を元に襲う準備を整えていた。ガリア=クローズは30半ばで元帥に登り詰めた鬼才だった。性格も良く、市民からの人気もあった。だからこそ、行動が読みやすかった。大仕事を終えた後は、飲みに行く。そんな普通のどこにでもいる中年男性だった。

 そしてこの日、遠征から帰ってくるという噂を聞いたのだ。やるのは今日しかないと思った。というか、もうまともに飯を食ってない気がする。ギルドで小金を稼ぐのもやる気がでなかった。もう行くしかないと思った。負けるだろうとは分かっている。この一ヶ月の間、闇魔法を試してみても初級の書の、しかも序章の魔法しか使えていない。勿論、闇属性のオーラを纏えば、闇属性の場合、それだけで強いのだが、そんな程度で勝てるわけがないのだ。俺が完璧に使いこなせる物は魔力を纏うこと、それしかなかった。返り討ちでも仕方が無い。


 はー…子供だし?まぁ、見逃してくれんだろ?









 真夜中。

 闇属性魔法師が暗躍する世界。



 民家の飲み屋のような所まで付いてきた。

 ガリアは、他に20代後半くらいの男と女を連れていた。部下だろうか。店の中に入っていこうとしたところだった。

 どうすればいい?

 朝まで待つとなると、分が悪すぎる…

 いや、元々悪いんだが。










 …そして、突然の事に驚愕した。


 世界が変わった。

 目で認識している世界が変わった。

 並の人ならこの状況を正確に捉えることは出来ないだろう。だが、俺は知っている。俺と同じもの。俺がしようとしていること。間違いなく一緒だった。


 現れたのだ。闇属性魔法師が。間違いなく俺より強い。魔力の質は俺と同程度だが、練り上げられた魔力量が凄まじく、この闇の色は誰も捉えることはできないだろう。

 そして、十分に恐怖を与える存在感。だが、それは俺しか感じる事ができないだろう。それだけ同属性の繋がりは強いのだ。



 一瞬だった。俺が闇属性魔法師でなければ分からなかった。

 他人からみたら、いきなり現れたフードを被ったやつが、同時に闇のオーラが渦巻く腕の一振りでガリアを襲ったということだけだろう。


 だが、流石はガリア、その光速とも呼べる一瞬に、水属性初級魔法である水膜を自分の体の前に創り出していた。防御系魔法であるその透明な水の膜には、強度があり、そう簡単には貫通しないと思われた。



 しかし、貫通するどころか、破壊されたのだ。火を吹くようにではなく、静かに、そして、滑らかだった。音は無かった。

 気付けば、フードのやつの腕一振りが、消滅させていたのだ。水膜は、上下だけが残り、真ん中にぽっかり穴が空いている。そして、その先にあるはずのガリアの腹部の一部が失くなったのだ。肋骨が見えていた。



 部下と思われる男は、一瞬で気絶させられ、女は目を見開いて驚きを隠せない様子だった。





 いきなりフードのやつが消えた。



 だが、今この場で俺だけがわかる。まだここにいると。

 一瞬、フードの先の目と合った気がした。

 これほどまでにおぞましいと思ったことがあっただろうか。



 女が動いた。

 涙目だったが、泣き叫ぶのでもなく、救助を呼びに行こうとしているみたいだった。



 


誰もいない。

 飲み屋の入り口の目の前だというのに、誰も気付いていない。

 それほどまでに一瞬だった。隠密だった。

 音も出さずに襲った。

 あの女はどこへ行ったのだろうか。

 救助を呼ぶ振りをして本当は逃げたんじゃないかとも思った。



 今、この場は地面に横たわるガリアだけ。

 あのフードのやつは何で殺さなかったんだろうか。

 復讐か?憎悪か?因縁か?

 それは置いておくとして、ということは、あいつは闇ギルドの依頼のためにガリアを襲った訳ではないということになる。なぜなら、この程度の傷ならばギリギリ光属性の回復魔法で完治させる事は可能だろう。




 まぁ、そんな事は今はどうだっていい。

 俺はガリアに近づき、体を纏う魔力の量を少なくし、自分の身体を現す。

 ガリアはまだ意識があるみたいで、何か小声で言っている。

 だが、俺には関係ない。

 こいつは俺にお金と幸せを運ぶ鳥だ。

 俺は容赦なく、魔力を身体から切り離して指を使って撃ち出す。


 黒の魔力の弾丸は、ガリアの眉間を撃ち抜いた。


 ※※※※※※



すっと頭が冷静になる。


「よ、よし、取り敢えずだ。取り敢えずこの場を離れよう!」




 ※※※※※※




 俺は家にすぐ帰り、シャワーを浴びた。



 気持ち悪かった。魔力の弾丸で眉間を撃ち抜いたおかげで人を殺した感触は無い。

 だが、だからこそ気持ち悪かった。


 俺は欲しかったのかもしれない。求めていたのかもしれない。

 非日常的な日々を。元に戻ることのできない歩むべき一本化された道を。


「俺は弱かったんだな…」








 次の日、喧騒に包まれていた。

 現世界最強と呼ばれた男が死んだのだ。

 この国の防衛を担う司令塔でもある彼を失うことは、ミリア王国にとっても最大の危機と言わざるをえなかった。

 あの時、ガリアは間違いなく油断していた。

 防御系魔法の水膜に魔力をもう少し込められていたら、もう少し時間の猶予があって、中級魔法を使えていたら、あの攻撃は防げたかもしれない。そして、反撃に移り、間違いなく返り討ちにしていただろう。




 だが、それは現実とはならなかった。


 神は求めたのかもしれない。


 軍事バランスを均衡にし、戦乱の世の中へと向かうことを。






 そんな事を考えながら、俺は人気の少ない街道を歩いていた。闇ギルドに向かっているのだ。

 勿論、闇ギルドは夜にしか営業していない。と言っても、俺くらいしか客はいないだろうが。


 静かに入って行く。松明の薄っすらとした明かりが何だか暖かい。


「よお、驚いたぞ。」


 驚いている割には、おっちゃんは眉一つ動かさない。


「あぁ、色々あったんだ…」


 俺はおっちゃんに、ことの経緯をできるだけ細かく話した。




 …



「なるほどな。ハハハ、そいつは俺のよく知ってる奴だよ。



出て来い。」




 おっちゃんがそう言うと、音もなく扉が開き、昨日出会ったフードを被ったやつが歩いてきた。



「前話したろ?もう一人の従業員みたいなもんだ。お前の事を話したら、どれだけ無謀な事をしようとしているか身を持って教えてやるとか言い出してな。」




「だが、運悪く倒してしまったというわけよ。」



 感情や抑揚のない声で、そいつはそう言った。

 というか、こいつ女か?

 俺を助けようとしてくれたってことか?




「いや、運良いだろ、お前返り討ちにされて殺されてたかもしれねーんだぞ?」



「一度攻撃したら逃げる事は決めていたわ。あんな結果になるとは思わなかったけれど。」


 そいつは、フードを取りながら、俺の横の席へと座った。俺は横目で風貌を見た。


 真っ黒で艶のある髪。

 なだらかな撫で肩。清潔な体。つんと鼻筋の通った鼻。白く透き通った雪のように溶けそうな美しい肌。冴え冴えとした冷たさを思わせるような綺麗に澄んだ目。月の光に咲き出た夜の花のように美しかった。


 綺麗だな、おい。


「それで、俺にこの依頼をやめさせようと、俺より先に攻撃したってことか。」


 なんだよこの女。会ったこともない俺に惚れちゃってんのか?あ?そうだよな?


「そう。貴方、闇属性魔法師がどれだけ貴重か知っているの?バカね。一回死んだ方がいいわ。


 …でも、運が良かったわね。」


 それは何に対してだろうか。俺がガリアにとどめだけを刺した事だろうか。それとも、こうやって生きていることに対してだろうか。

 きっと後者だろう。

 素人の俺の目からしても、あのガリアがこんな陳腐で単純な策で殺されるなど誰も信じないだろう。

 だが、一瞬の隙から運命のようにぎりぎりで死んでいった。人の強さ、魔法力とは、精神の強さだと聞いたことがあるが、ガリアもまたそうだったのだろうか。

 だとしたら、ガリアもまた凡人と同じように悩みを抱えて死んでいったのだろう。

 誰しもが悩みを抱えて生きている。きっと本当に誰もがそうなんだろう。だから、俺にも悩みがあって、そして、死ぬまで悩みを失うことなどないのだ。

 初めての人殺しをして、死を敏感に感じるようになった。それは、一種の悩みなんだろうか。

 それは、俺は人殺しに対して何かを感じているという証でもある。

 だが、俺はわからない。わかろうとしない。生きることがどれほど辛いことで、死ぬことがどれほど辛いことなのか。そして、人殺しをして、わからないを上塗りする。

 …本当にお金のために人殺しをしていいのだろうか。

 わからない。まったくわからない。ただただお金が欲しいと心が叫んでいる。俺の心理は真っ直ぐだ。

 お金があれば、辛い思いをしなくてもいい。生きる苦労をなくすことができる。いつも、毎日、あらゆるところで優越感に浸れる。そう思うのだ。

 両親を失い、特に人との関わり合いなどろくにしてこなかった俺にとって金だけが相棒だったのだから。







 その後、依頼達成報酬金100億Gの3割をおっちゃんにとられ、70億Gのほとんどを黒マント女に渡した。

 本当はあげたくなかったが、無理やりというか、脅されて仕方がなかった。怖いよあの女。

 そして俺は、10億Gを手に入れた。まぁ、大金ではある。

 真っ黒な金だ。だが、何故か心地がいい。生きた心地がするし、そして、何より生きる理由ができる。



 ※※※※※※


 次の朝、俺は騒がしい街道を歩いていた。

 見渡す限り、武器屋、防具屋、雑貨屋など様々なものが両手に広がっている。

 この街道の先には、ミリア王国立ギルド総司令本部がある。王家であるミリア家が住まう宮殿を差し置いて、リンガスのど真ん中に位置する場所にある。

 ミリア王国において、北に向かえば向かうほど開拓し尽くされていて、煌びやかな大都市が広がっているのだが、それ以外は、魔物の巣窟だと呼ばれている。

 そういう意味で、ギルドといえば、ミリア王国においては、開拓ギルドのようなものになっているが、その総司令本部であるからして他の建物と比較すると規模が全く違う。

 だが、ここは大都市リンガス。

 開拓する所とは遠く離れた場所だ。今の開拓最先端の街はリビエラと言われている都市なのだが、馬車を引いても二日はかかってしまう距離なのだ。

 では、ここのギルドにはどのような依頼があるかといえば、大半は何かしらの手伝いとかだ。店の手伝い、皿洗い、ペット探し、そして指名手配犯の逮捕。

 勿論、先のガリア襲撃事件においても、依頼が出ているだろう。ガリアの連れであった女が闇属性魔法師の仕業だと知っているし、ガリアの遺体から見ても闇属性魔法師の仕業だとわかる。

 そして、当然のように、怒りの矛先は闇属性魔法師に向けられた。だが、現在、この国の闇属性魔法師は確認されているだけで、おっちゃんとあのマント女しかいない。この国は、15歳から義務教育となっているので、その王国立魔法学園入学の際に属性判定がある。だから、この国には、15歳以上の闇属性魔法師が二人しかいないと見られているわけだ。

 おっちゃんは無実を証明するため、ロスマン帝国の闇属性魔法師がやったことだと情報操作をしたらしい。事実、ガリアを殺して利益があるのはロスマン帝国だという根拠から、その噂は信じられた。

 こうして、ミリア王国とロスマン帝国の敵対関係は更に深まったのだった。

そんな雰囲気を冬の冷たい風で感じながら、また街を歩いていく。

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