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黒いサンタがやって来た

作者: あかさたな

白い華が降り注ぐ十二月二十四日。ホワイトクリスマスのその夜に僕は出会う。黒を纏った有名人と。





「...おやすみなさい、院長先生」


「え、えぇ。おやすみなさい斎くん」



孤児院の院長に寝る挨拶をして、自室に籠った。背にした扉の向こう側からは、僕を疎ましく思う大人達の声。陰口を言うのならもう少し場所を考えれば良いものを。能無し共め。


俯き垂れてきた黒髪からは水が滴る。風邪をひく前に乾かさなきゃいけない。クローゼットからタオルを取りだし、それで頭を覆う。無造作に両手を動かして水分を拭き取った。ぐしゃぐしゃの髪の僕が姿見に映る。唇の端が切れていた。なぞるとぴりりとした痛みが走る。あの野郎、二才年上だからって大人ぶりやがって。傷の報復はした。さっきの大人の陰口も多分そいつのことだろう。今頃病院の一室で痛みに泣いてる姿が想像に容易い。ざまぁみろ。


時計は夜の九時五分を示している。寝る時間だが院の規則に大人しく従うはずがない。持ち出し禁止の図書室から秘密裏に持ち出した数冊の本をベッドの上に広げる。一人部屋で良かった。五月蝿いのが居なくて本当に楽。外国人が書いた小説を膝の上にのせて、ページを開いた。





読み終わった四冊目の本をベッド横のミニテーブルに重ねて、伸びをする。一時二十五分。あれから四時間以上が過ぎていた。しょぼつく瞼を擦り、すっかり乾いた髪の毛を手櫛でとかす。もう寝よう。明日は広間に飾られたクリスマスツリーの下に皆が集まって、枕元に置かれたサンタクロースという院の職員からのプレゼントを見せ合うのだ。きっと五月蝿いだろう。毎年のことだからもう慣れてしまったけれど。毛布を引っ張り、横になろうとしたその時、僕しかいない部屋から僕以外の声がした。



「おお?あらま、まだ起きてんのか。悪い子だなぁ、まぁだから俺が来たんだけど」



フローリングの床にできた黒い影。出所を辿るとそこには全身を黒で覆った青年が立っていた。目付きが悪く、僕を睨んでいるかのように見える。でも、睨んでいるわけではないのだろう。これが通常運転なのだ。かくいう僕もその部類に入る。


扉も窓も開かれた形跡はない。たとえ開かれていたとしてもベッドから見渡せるから誰かが入ってくることに気付けるはずなんだ。だけど、気付けなかった。扉が開く音も窓が開くことによって入ってくる冷気も、何もかも感じなかった。見たことのない青年だ。しかも今の時刻は深夜。職員が入館を許すはずがない。ということは。



「不法侵入者、ですか」


「否定はしねぇ。したところで無駄だしな」



けらけらと笑い、持ってきた袋から白い紙が挟まれたバインダーとペンを取り出した。何かを書き込み始めてる。



「いやぁ、起きててラッキーだわほんと。確認が楽で楽で仕方ねぇ。えーっと...玉章斎。一月十日生まれ山羊座の九歳。おー、幼いな。家族関係は父母と弟。おっと、生まれてすぐ棄てられたお前は両親も兄弟も知らないんだったな。で、今までやって来た悪いことはーっと...」



ぺらぺらと書類を捲りながらバインダーの紙に書き込む青年。僕には弟がいたのか。初めて知った。だいたい両親が生きていることも初めて知った。弟は両親と暮らしているのかな。両親は僕のことどうして棄てたんだろう。邪魔だったのかな。



「院の子供に暴力、が主だな。でもこれ全部正当防衛か。最初は打撲から始まり、擦り傷切り傷鼻血骨折...で今日の朝にも病院送り、か。やんちゃしてんな少年」


「向こうが突っ掛かってくるんです。売られた喧嘩は買うのが礼儀でしょう。だからぶちのめしました。相手の自業自得です」


「おーっと、なかなか荒んでんな。院生活だとストレス溜まるもんな、仕方ねぇようん。仕方ない。でも、」



「やったことに変わりはないからなー。やっぱり連行だな」告げられた言葉に瞠目した。連行。どう、いうことなのだろうか。いきなりやって来て、本人も知らない経歴暴露して、挙げ句の果てには連行だって?



「...断る。なんで素性も知れない貴方についていかなきゃいけないんですか。僕は此処から出ていきませんよ。少なくとも十八になるまでは」



引き取りにくる物好きなんていない。かといってこの場所が好きなわけでもない。でも、出ていく気は更々無いんだ。邪魔だと罵倒され、疎ましいと暴力を振るわれてもぎりぎりまで居座ってやる。


青年は視線を動かして、溜め息を吐いた。



「でもな、決定事項なんだよこれは。お前は連行、これ決定。オッケー?」


「オッケーじゃないです。だいたい貴方誰なんですか。どうやって部屋に侵入したんですか。どうして僕のこと知ってるんですか。どうして、連れていくんですか」



僕の問いに青年はうんうんと唸って、漸く口を開いた。今気付いたけど、この人目が黄色だ。今夜空に浮いてる月と同じ色をしている。



「それは俺の仕事柄、やむを得ないことだからだ」


「仕事...」


「そ。少年、クリスマスの夜に子供にプレゼントを届ける役目を担ってるのは?」


「サンタクロースでしょうね。だけど、所詮お伽噺です。実際は周りにいる大人でしょう」


「残念。少年はサンタクロースのこと信じてないな。サンタはいるぞ、ちゃあんとな」


「フィンランドにですか?でも彼は世界中を回るわけじゃあありません。お伽噺のサンタとは違うんです」



差し込む月の光が部屋を青白く染める。高い位置にある黄色が際立って見えた。



「なぁ、少年。サンタは何色だ?」


「一般的には赤じゃないんですか」


「そうだな。赤だな。じゃあ黒は?」


「黒?」


「知らないか。赤いサンタは良い子にプレゼントを届けるだろう?でもな、黒いサンタは悪い子を拐いにくるんだよ」



口端を上げて青年は笑った。黒い服を纏った青年が。


傍らに置かれた白い袋。それは子供一人が入れる程度の大きさのものだった。青年の正体を理解した途端に、反射的に後ずさってしまった。さらに笑みを深める青年は片手を差し伸べる。



「玉章斎くん、黒いサンタが迎えに参りました」



逃げ場はなかった。



最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。楽しんでいただけたら幸いです。

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