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鞍馬天狗草紙 ー背ー 

「背負われればいい」

 鞍馬山の奥にある温泉に入りながら天翔丸が復讐相手を倒す方法を思案していたとき、一緒に入浴していた八雲がそう提案してきた。

「おまえが陽炎に背負われる。そうすれば陽炎の無防備な背は目の前だ。さらに両手がふさがっているから防御できない。そこを狙うんだ」

 天翔丸はじとーっとした目で八雲を見た。

「そういう悪巧みが次から次へとよく思いつくよなぁ……」

「よくそう褒められる」

「褒めてないって」

 いかに陽炎に復讐するか、早く強くなる方法はないか。八雲に相談してみるものの、返ってくる答はどれもこれも方法というより悪知恵に近いものばかりだ。

 天翔丸は修行でできた傷を湯で洗いながら疑問を返した。

「でも背負われるたって、どうすればいいんだ?」

「足を痛めたふりでもしろ。鞍馬天狗が『歩けないから背負え』と言えば、あいつはそうせざるを得ない。背負われた後は思うがままだ。好きにすればいい」

 正々堂々と挑んで陽炎を討つことが天翔丸の願望である。早く討ちたいのはやまやまではあるが、にっくき復讐相手とはいえ、背から襲うなどという卑怯なやり方は自分の心に反する。

 反する……が。

(でも頭をはたくくらいなら)

 毎日毎日修行でいためつけられているせいで鬱憤がたまりにたまっている。あの無表情男の後頭部をばちんとはたいてやったら、いったいどんな顔をするだろうか。

 天翔丸はその光景を想像してにやりとした。

(……いいかも)

 それはとても胸のすく爽快なことのように思えた。

 よって、八雲の悪知恵を採用することにしたのである。


「痛っっ……! あ、足ひねったっ!」

 翌日、雪積もる根の谷での修行中、さっそく天翔丸は作戦を実行した。

 銀の錫杖に打たれて地面に倒れたさい、少しばかり大げさに転んで足を痛めたふりをした。

「見せてみなさい」

 予想どおり、陽炎は足の状態をたしかめるべく脚絆(きゃはん)にふれようとしてきた。そして作戦どおり、天翔丸はその手を打ち払って拒否した。

「さわるな! 余計に痛くなるだろ! いってててて……!」

 演技力が勝負。

 八雲に言われたとおり、天翔丸は全力をもって苦痛を顔に浮かべる。

「……足を痛めたようには見えませんでしたが」

「嘘じゃねえよ! おまえのせいだぞ! 歩けなくなったらどうしてくれんだよ!?」

 陽炎がじっと足を見つめながら黙りこむ。

 その様子を見て、天翔丸は内心にんまりとした。

(よし、いいぞ)

 陽炎が黙りこむときは考慮しているときだ。もう一押しすればうまくいきそうだ。

「もし腫れたら治るのが遅くなるなぁ。そうなったら山を護れないなぁ。早く冷やした方がいいと思うんだよなぁ」

「早く冷やすならば、雪で」

 そばに積もっている雪を集めようとする陽炎を、天翔丸はあわてて止めた。

「雪じゃなくて、川の水で冷やしたいんだ! ちょうど喉も渇いたし!」

 その要求をいつものわがままだと思ったのか、陽炎は小さく息をつきながら言った。

「では修行は一時中断します。休憩にしますから鞍馬川へ行ってきなさい」

「歩けない。連れてってくれ」

 陽炎が探るように目をじっと覗きこんできた。天翔丸はあわてて目をそらし、足をさすって痛いふりをする。

 しばしの沈黙の後、陽炎は溜息まじりに言った。

「……今回だけですよ」

 天翔丸は内心で歓声をあげた。

 思いきりはたいてやろう。日頃の恨みをこめて。

 思わず笑顔で両手を陽炎の方へのばし、早く背を出せと要求する。

 だが陽炎は背を出さず、その両腕を座りこんでいる天翔丸の身体の下へさしいれた。

「おわっ!? な、何すんだ!?」

 陽炎は背負うのではなく、前で抱えあげようとしてきた。

 天翔丸の反応に、陽炎は怪訝そうに蒼い目をむける。

「いま川へ連れていけと」

「こういうときはふつう背負うだろ!」

「背負ったら、あなたの背が無防備になるでしょう」

「俺の背?」

「天狗は背をさらすことは絶対にしないものです。もし背後から襲われて翼を折られれば、即、命取りになりますから」

 天狗は背に翼をもつ生物であり、その翼が弱点である。天狗が命を落とすことを()ちると言い、翼が折れるとたちまち神通力を喪失して墜ちるという。

「守護天狗が背をあずけるのは己の眷属だけ、中でも絶対的に信頼できる側近のみです。これは天狗の世界の常識ですから、よく肝に銘じておきなさい」

 都で生まれ、人間として育った天翔丸は天狗のことをよく知らないので、陽炎はこのように事あるごとに天狗としての心得を教えている。

 天翔丸は首をかしげた。

「……でもさぁ」

「なんですか?」

「俺、翼ないんだけど」

 根本的な指摘に、陽炎の動作が止まった。

「俺には翼がないんだから、背を護る必要なんてないだろ。だから背負ってもいいじゃないか」

 だから背負って俺にはたかれろ。

 そんな天翔丸の思惑など知らず、陽炎は深刻な顔で黙りこんだ。

 天翔丸に翼がないということはもちろん承知しているが、何よりも守護天狗の翼を護るということが天狗の世界の常識中の常識。主を背負ってその背を無防備にするなど考えられないことで、自然と新たな鞍馬天狗に対しても背負うことなくきた。

 ところが天翔丸には翼がない。背負ってもいいじゃないかと言われれば、確かにそうかもしれない。

 しかし、と陽炎は考えこむ。

 翼がないとはいえ、はたして守護天狗を背負っていいものだろうか?

「おい、早く背負えよ」

 急かしてくる天翔丸に、陽炎は考慮した末の結論を告げた。

「いいえ、やはりこれで」

「なんで!?」

「翼がないからといって背を無防備にしていいとは思えません。隙を見せることに変わりはないのですから。それに背負っては、私の目が届きません」

 と、有無を言わさず天翔丸は抱えあげられてしまった。

「うわっ! よ、よせよ! 下ろせぇ〜!」

 天翔丸はその腕から下りようと抵抗した。背負われるならともかく、こんなふうに子供のように抱えられるのはさすがにみっともない。

 すると陽炎が厳しい顔で言った。

「足が痛いのでしょう?」

「え? あ、あぁ、痛い……けど」

「歩けないのでしょう?」

「う、うん……まぁ……」

「なら、おとなしくなさい」

 ぴしゃりと言って、陽炎はすたすたと川を目指して歩きだした。

 天翔丸は鞍馬寺の方角を睨み、心の中で抗議した。

(やい、八雲! 話が違うじゃねえかよ!)

 天狗は背負われないなんて聞いていない。

 しかしもう後の祭りである。

「そもそも足をひねるということがいけません。足元がおろそかで、なおかつ注意力に欠けている証拠です。集中していれば転ぶということはなくーー」

 くどくどと始まる説教に、天翔丸はげんなりとした。

 陽炎の頭をはたくという企みは失敗に終わったが、いまさら足を痛めたのは嘘だと言うわけにもいかず。もしそんなことを白状しようものなら、説教はこの程度ではすまないだろう。

(う〜、やっぱり卑怯な手を使おうとしたからかなぁ?)

 自分の心に反するようなことをすれば報いとなって返ってきますよ。

 以前、母から言われた教えが、まさにそのとおりになった。

 天翔丸は抱えられ運ばれながら、自戒もこめておとなしく説教に耐えつづけた。


                   (終)


【作者コメント】

 裏サブタイトルはおんぶと抱っこ(笑)。

 天狗は翼が弱点だから、絶対おんぶなんてしないだろうなぁ……でも天翔丸は翼がないしなぁ……と私がぐるぐる考えたことを、天翔丸と陽炎でやってもらいました。本編の各所で陽炎が天翔丸を抱っこするのも理由があってのことなんです、というお話でした。




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