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未定  作者: に*か
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 鉄格子から見える空は、どこまでも、どこまでも、――――――透き通って見えた。

 

 汚い自分の匂いはもうわからない。感覚は麻痺して、なんの匂いもしない。きっとわかるようになってしまえば、私の鼻は自分が出す異臭で曲がってしまう。

 ――――これでいいんだ。

 期待をするな、希望を抱くな、未来を見るな。

 私は、傍観者でいい。

 こうやって、牢屋の中から絶対に行けない、青空の下という場所を眺めているだけで。

 救われたいと思うな。

 一度でもそんなことを願ってみろ。

 絶望するぞ、現実に。助けなど絶対に来ない。


 もし、希望を信じたとする。自分のこの絶望的な状況を変えられる何かが未来には存在していると。

 しかし、そんなことは絶対にありえないのだ。一度でも期待をしてしまった心は、恐ろしい程に脆くなる。信じたくないほどに、それはあっけなく、崩壊するのだ。

 裏切られたと、爆発しそうなほどの怒りが、突き刺さるほどの深い悲しみが―――――きっと私の命を燃やし尽くす。

 そんな最期は嫌だ。私は、そう思った。

 せめて、眠るように、死にたい。悔しさに唇をかみしめながら、なんて嫌だ。


 自分の体が怖かった。

 日に日に磨り減っていく心は、体をも蝕む。肋骨が明瞭になってしまえばそれはもう、骸骨と同じだ。

 なぜ自分はこんな姿になってまで生きているのだろう。早く、安らかに死にたかった。

 肋骨、そして頬。私の肉という肉をこそげ落として、心臓の肉まで食ってしまえばいい。

 きっと、美味しくない。変な匂いもするし、私は。こんな私には死ぬ以外の未来なんてないんだ。


 少女は小さな体をさらに小さくして力なく横たわっている。あたりには彼女のものと思われる嘔吐物が散らばり、抜け落ちた髪が大量にへばりついていた。絶望、そして希望。

 彼女は希望を持たぬと、誓った。期待はしないと。

 しかし彼女は、鉄格子から覗く青空に背を向けることは、―――――――けしてしなかった。





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 部屋から見える空は、どこまでも、どこまでも、――――――濁りくすんで、反吐が出るくらいの人間が、その下には住んでいる。


 何度、この手を汚してきただろう。何度も血に染まったこの手は今、小さな子供の手を握っている。

 今この瞬間まで、人間には血が通っていることを忘れていた。少なくとも、無垢な子供の手は温かいのだということを。一生忘れたくなかった。

 ポケットの中に無造作に入れてあった干し肉をやると、子供は不思議そうに眺めてから口の中に入れた。

 くちゃくちゃと楽しそうに噛む姿を眺めていると、数十年ぶりに自分のお腹が鳴った。空腹を感じたのだ。驚いた。まだ、自分にそんな、生きている人間のような感覚が残っていたなんて。

 子供にやった干し肉以外に食べ物を持っていなかったので、何をするでもなく、そのまま歩みを進める。

 すると、子供が小さな口を開けた。

 中には食べかけの干し肉、噛んで噛んで、繊維が残ってしまったらしい。

 飲み込めないのだと理解するのに、しばらくの時間がかかった。

 繋いでいない方の手を差し出すと子供はそこに繊維を吐き出した。それを、地面に捨てる。すると子供は慌てたように顔を上げた。じっと見つめられ返す言葉もない。それから地面に落ちて砂まみれの肉の残骸を見た。子供の顔は、悲しそうに歪んでいた。




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 もう、動くこともできない。

一ミリたりとも。体が死んでしまっているように重い。もう、これ以上生命活動を行うことを拒んでいるようだ。

 その中で、ただ、浅く呼吸する音だけが、自分がまだ生きているということを教えてくれた。

体がこんなふうになっても、心が死なないなんて。

 いっそ、頭のおかしい人間に、否、化物になれたらよかった。何も考えなくて済むただの獣に。

どれだけ楽だろうか。

 想像すると少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが楽になったような気がした。



 この状況が、大きく動いたのは、そんな時だった。

少女が静かに死を待っていた、そんな頃。


 冷酷にも死が少女を優しく包み込もうとしていたその時に、少女の目の前に一人の人間が現れた。


「父は、死んだ」


 その一言で、少女は混沌の中にいた意識が急速に現実へ向かうのを感じた。

「もう、大丈夫だよ」

 そう言って青年はにっこり微笑んだ。恐ろしい程に秀麗な顔に見合って、それは天使の笑顔と形容されるような微笑みだった。

 「僕の家においで」

 少女は、青年の言葉に返事をせずに、ただただ青空を見つめる。

ゆっくりと流れる雲。

鉄格子から覗く空をただ一心に。

 

 私は、期待をしない。

 希望は持たない、絶対に。


虚ろな瞳は、青空を映すことはなく、真っ黒で。


 青年の声が二言、三言囁かれた。それは、少女に向かってではない。他に誰かがいるようだった。

 それから、少女は誰かの手が自分の体に触れるのを感じた。そして、浮遊感。

 少女は焦った。しかし、体は依然と自分のものではないというように全く動かない。それでも少女は自身の心臓がドクンドクンと脈打つのを感じた。


 私をどこに連れて行く。何をするんだ。私はただ――――――――

死が、急速に遠くへ行ってしまったようなした。

 ――――――私が望んでいたのは安らかな死。

 それさえも、叶わないというのか。目の前は真っ暗だ。


 さらに、どん底に突き落とされるのか。これからどんな仕打ちが待っているんだ。

 

 少女はこの先の出来事を自分が考えられる限りの悪夢で満たして、打ち震えた。

それは、明確な拒絶となって、少女の精神に及ぼす。

 少女は逃げるように意識を手放した。その双眸には透明が滲んでいた。

恐怖の、そして絶望の涙だった。

 

 少女の体は青年ではない誰かに持ち上げられ、丁度、鉄格子から覗く青空に背を向ける形になっていた。



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