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迦陵頻伽  作者: 泉夏
9/10

応麟は瑩清からの文を受け取りたじろいだ。

一体何が書かれているのかと恐る恐る開いてみると、『麗華に関する重要な話がある。すぐに話がしたい』とだけ書かれていた。

きっと応麟との婚姻について話があるのだろうと検討をつける。

ついにきたかと項垂れたがすぐに顔を上げ、身支度を確かめるために鏡の前に立った。




この辺りでは大変珍しい金に近い茶色の髪に同じく淡い茶色の瞳、透き通るような肌の白さ。

異国出身の母親の血を色濃く受け継いだ応麟はその容姿のためよく傷つくことがたくさんあった。

親類には気味悪がられたり、近所の子どもには虐められたりした。


そんな中いつも一緒にいてくれたのは瑩清だった。

周りが嫌がる中、しっかりと手を握り笑いかけてくれ、応麟をとても綺麗だと褒めてくれた母親以外では初めての人。

そんな瑩清こそとても綺麗だと応麟は思っていた。

しかし同時に妬ましくも思っていたのは間違いない。

黒い髪に黒い瞳、黄色みをおびた肌の色―――まさに応麟が欲しかったものを持っていた。

それに応麟とは違いその目には強さがあった。知識も豊富でよく応麟に物を教えてくれた。

全てを兼ね備えた瑩清。

応麟にとって瑩清は憧憬の対象であったが、自分の弱さをまざまざと見せつけられる嫌な存在でもあった。


ゆえに何も知らない弱い存在の麗華は応麟にとって恰好の存在となった。

麗華には素直に接することができた。なんと可愛らしいと思う事ができた。

反対に瑩清とは徐々に距離ができ、応麟の方が彼女を疎ましく扱うようになっていった。

そんな応麟にも瑩清は昔と変わらない笑顔を見せてくる。

それが煩わしくて―――でも内心ほっとしていた。


だがあの日をさかいに瑩清は笑いかけてくれなくなった。

むしろ会う事すら出来なくなった。

どこかであの笑顔でまた姿を現すだろうと呑気に構えていた応麟はショックを受けた。

病に伏せったという瑩清に気まずいながらも見舞いに訪れたがすげなく追い返された。

その際、扉の向こうで瑩清が応麟を拒否する言葉も直接聞いてしまう。

しかも悲痛な声に交じって泣き声も聞こえてきた。


目の前が真っ暗になり、怖くなって応麟は逃げた。麗華に逃げた。

麗華も姉の瑩清と会えなくなってしまったことが悲しいらしく、応麟に助けを求めた。

応麟は麗華がいる(・・・・・)と安心して彼女を抱きしめた。

そのうち瑩清は都を離れ、遠い叔父の住む所へ行ってしまった。

もちろん別れの言葉などなかった。


久しぶりの再会は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。

瑩清はあの事がなかったかのように接するのでこちらもそれに倣うしかなかった。

あれは2人だけしか知らない事なので仕方がないのだろうが。


瑩清は本当に綺麗になっていた。あの頃よりずっと。

そして全く知らない女性だった。

溌剌とした様子はすっかりなりを潜め、影がある儚い女性へと成長していた。

あの頃の強さは感じずむしろぼんやりと揺蕩う印象さえあった。

そばへ行って支えたいという気持ちがないでもないが、瑩清の横にはいつしか泉明がいるようになった。


顔を合わせるのがつらくなかなか会いに行けなかった。

また逃げているのだろうか・・・。

いや、あの頃より強くなったはずである。逃げる理由などない。

体は大きく成長し、容姿にも自信を持つようになった。

むしろ今ではこれが大きな武器ともなっている。

家族との仲も今では悪くなく、良好といっていいだろう。

中身も精一杯磨いてきたつもりだ。

守るために・・・―――

そのためにも早く話をし和解して、晴れて麗華を妻にするのではないのかと自分に語りかけたが体が動かなかった。

楊邸には積薪と麗華の3人で話したあの日以来赴くことはなかった。






瑩清の話は婚姻とは全く異なるものだった。


「麗華を憎む者がいる、ですか?」

「ええ。多分若い女性・・・まだ20も超えていないと思うのだけれど。孟珪、何か心当たりはないかしら?」

「そう言われましても、麗華様は誰からも好かれておりますから・・・。」

「・・・そうね。あの子は人から憎まれるような子ではないものね。」


孟珪が困った顔で瑩清を見ている。

空気でそれを読み取ったのか瑩清は苦笑してそう言った。

瑩清が聞いたという言葉を応麟も教えられたがどうも信じられなかった。

いるとは言うが実際瑩清はその者を見たわけがないので、孟珪も信じ切れていないようだ。

しかし聴覚だけが頼りの瑩清が聞き間違えることもないとわかっていた。


「応麟はどうかしら?この邸に来て何かない?視線を感じるとか。」

「応麟様はお美しい方ですから大抵の女は皆自然と見てしまいますわ。」

「あら、言われてみればそうでしょうね。」

「・・・。」

「ふふふ。」


女2人は可笑しそうに笑っているので、応麟がむすりと黙ると瑩清もつられて黙った。

表情は険しい。


「私の勘違いで終わればそれにこしたことはないわ。でもこれからはなるべく気を付けてもらいたいの。孟珪、麗華付の侍女でも若い娘には言わないこと。いいわね?」

「はい、かしこまりました。」

「応麟も度々様子を見に来てくれると助かるわ。」

「ええ、わかりました。」

「1人1人の声を聴き歩くという手もあるけれど・・・大変そうね。他に何かないか考えて見なくてわ。」


孟珪がいなくなり、応麟と瑩清の2人きりになった。

お互い黙ったまま口を開かず沈黙が続く。

先に口を開いたのは瑩清だった。


「応麟。遅れてしまいましたが、麗華との婚姻おめでとうございます。」

「あ、・・・ええ。どうもありがとうございます。」


一瞬何を言われたのか理解できなかった応麟は少しの間をおいてそう答えた。

求めていたはずの言葉だったのに嬉しくない自分に首を傾げる。


「でもあの子は納得していないようだけれど大丈夫なの?」

「・・・混乱しているのです、きっと。そのうち落ち着くはずです。」

「そう、それならいいわ。」


瑩清は軽く頷くと茶を飲んだ。視線は窓の外だ。

こちらを見ないことに苛立ちを覚えた応麟はぐっと手を握りしめると話を切り出す。


「瑩清、昔の話をしませんか。」


すると瑩清の動きがぴたりと止まり、緩やかに応麟の方に顔を向けた。

その際瑩清の髪飾りが音を立てる―――まるで瑩清を勇気づけるかのように。


「そうね。」

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