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迦陵頻伽  作者: 泉夏
5/10

瑩清は1人寝台に横になり晩の事を思い出していた。

久しぶりに家族3人で夕飯を食べ、その後には2人の客人を交えての団欒。

皆の前で京胡を奏で歌を歌っていると昔に戻ったような気になる。

しかし目には見えないが、積薪は齢を取っただろうし、麗華は大きくなり女性へと成長しているのだ。

そして応麟もまた立派な青年になっているのだろう。

まだ記憶にある少年の姿からするとさぞかし美しい青年なはずだが、見ることが叶わないのが口惜しい。


「・・・応麟・・・。」


名前を口にすると胸の奥が疼く。

愛しい、恋い焦がれた初恋の君。

周りに誰もいなければその胸に飛び込んでいきたい衝動に駆られていた。

しかし現実それは不可能だ。

瑩清の矜持が決してそうはさせないし、応麟の反応が怖くてそんなことは出来なかった。

彼は久しぶりに再会した瑩清をどう思ったのか?

応麟の戸惑っている様子が瑩清にもひしひしと感じられたが、それは徐々に苛立ちへと変わっていったように思えた。

結局それは最後の最後まで変わらず、見送りの時などはさっさと帰って行ってしまった。

応麟とはちゃんと話をしたいと思っていたのだが、彼の雰囲気がそうさせてはくれなかった。

やはり疎ましく思っているのかもしれない。

だがこれでは都に帰ってきた意味がないのだ。

瑩清も応麟も7年前の出来事にまだ囚われている―――少なくとも瑩清はそうだ。

応麟の様子から彼もそうだと思って間違いないだろう。

だから早く解放してあげなければいけない。

応麟と2人だけで話せる機会を作らなければと父親である積薪に頼んでみる事にした。






「応麟。」

「積薪様。」


応麟は回廊を歩いていると積薪に声を掛けられる。

昨夜と変わらずご機嫌なようで明るく笑っている。


「昨夜はありがとうございました。しかしお邪魔ではなかったでしょうか?」

「いいや、来てくれて感謝している。瑩清も久しぶりに君に会えて嬉しそうだった。」

「・・・そうですか。それならば安心いたしました。」


確かに見た感じではとても楽しそうだった。

瑩清の応麟に対する態度も想像していたものではなく自然なものだった。

しかしどこかよそよそしさを感じたのは応麟の思い過ごしだろうか。

それは年月のせいか、それともあの日のせいか・・・。


「すまないが時間があればまた来てくれないだろうか?」

「え、ええ。もちろんかまいませんが・・・。」

「瑩清が君とゆっくり話をしたいと言ってな。私からも頼む。」

「・・・いえ、私もそうしたいと思っていましたから。」

「そうか。」


応麟の了承を聞き、積薪はほっとしたように顔をほころばせたが、次いで寂しそうな顔を見せた。


「瑩清はすっかり美しい女性になってしまって、嬉しいのだが父親としては複雑な気持ちだ。・・・中身も随分落ち着いた。目のこともあれなりに消化できたようだ。時間がかかってすまないと謝られてしまった。」

「瑩清が・・・。」

「謝るのは私の方だと言った。私は不器用な人間だからどう接すればいいか全くわからなくて情けない父親だ。徳仁には本当に頭が下がる思いだよ。」

「・・・。」

「すまんな、君にこんな話をして。」

「そんなことは・・・。あの、瑩清はいつまで都に?こちらに戻ってくることはないのでしょうか?」


積薪は少し考える様子を見せてから口を開く。


「どうだろうな・・・親馬鹿と思われるかもしれないが、あれの好きなようにさせたいと思っている。こちらに戻ってくるとどうしても好奇の目にさらされてしまうからな。しかし戻るつもりなら私は大歓迎だ。麗華も喜ぶ。」

「そういえば、麗華は瑩清にべったりでしたね。」

「ははは。瑩清を母親のように思うところがあったからな。きっと今頃も一緒にいるだろうよ。」


麗華は瑩清の隣は誰にも譲らないと、ずっと彼女の横にはりついていた。

そんな妹を瑩清も微笑ましそうに見つめ嬉しそうにしていた。

そこに負の感情は見られなかった。


「では近いうちにまた伺います。」

「ああ、待っている。・・・あちらの方の話も進めたいと思っていたしな。」

「・・・はい。」


遠ざかる積薪の背を見送り、最後に言われた言葉が重くのしかかる。

今まで何度か打診されていたが、瑩清が帰ってきたこの時期に進められるのはどうも気が進まなかった。


「麗華を妻に、か・・・。」


それは昔から応麟が望んでいたことだった。

可愛い大事な応麟のお姫様。

ずっと彼女の成長を見守ってきた。

すでに麗華は18を迎えていて、むしろ遅いと言ってもいいほどである。

それがようやく話が進むというのに・・・。

やはり瑩清とのわだかまりがなくならないかぎりこの気持ちは続くのかもしれない。

瑩清が応麟と改めて話をしたいというのは、彼女もそう思ってのことなのだろう。

瑩清は麗華との婚姻をどう思うだろうか。

喜んでくれるのか、それとも―――






楊邸には頻繁に泉明が顔を出していた。

長居することはあまりなかったが、瑩清との短い逢瀬を楽しみにやって来る。

瑩清は最初のうちは内心戸惑っていたが、泉明の巧みな話術と人柄に次第に心を少しずつ許していった。

そんな所がどこか叔父である徳仁に似たものを感じたせいもある。


それをあまり快くないと思っている人物がいた―――麗華である。

もちろん積薪もそうではあるが、麗華ほどではなかった。

泉明とは決して2人だけにはしないように侍女たちにもしっかり言い含めており、常に麗華自身が瑩清と一緒にいる。

しかし麗華が警戒するのも無理はなかった。

泉明の瑩清を見る目には熱がこもっていたからだ。

邸の女たちにもそれはあっという間に知れて、2人の動向を見守るというよりも観察していた。

さすがの泉明も苦笑していたがその状況に甘んじでいる。


今夜も瑩清が奏でる京胡と歌に酔いしれながら、ゆったりとした時間を過ごす。

泉明の彼女を見つめる目はとてもうっとりしている。

控えている侍女が思わず頬を染めてしまうほどだ。

今は麗華は席を外している。

今日は応麟も一緒に楊邸を訪れていて、なにやら積薪を交えて3人で話があるそうだ。

泉明には何の話かは大体検討はついているが。


「昔、瑩清殿の歌を聴いたことがありましてね。」

「まあ、そうでしたの?」


大きな目をきょとんとさせ、小さく首を傾げる。

その際に髪に飾った装飾がしゃらりと涼しげな音を立てたので、瑩清は目を細めてそれを聞いた。


「いい音・・・。素敵な髪飾り、ありがとうございます。これなら目で楽しむことは出来なくても、耳で楽しめますわ。」

「気に入ってくれたようで嬉しいですよ。とてもよく似合っています。」

「ふふふ。―――ああ、すみません。お話の続きをどうぞ。」


瑩清は嬉しそうに髪飾りを触りながら話を促した。

そんな彼女を泉明は優しい眼差しで見つめている。


「あれは私が18の時でした。徳仁殿の所にお邪魔する機会がありまして、そこで初めて貴女の歌を聴いたのです。すぐに虜になりました。簾越しで姿を見ることは叶いませんでしたから、どのような女性なのだろうと色々想像したものです。」


泉明は立ち上がり瑩清のもとにやって来ると、彼女の手をそっと握った。

瑩清は拒否こそしないが今までにはない雰囲気に困った表情を見せたが、泉明はそのまま続ける。

瑩清の目をじっと見つめながら。


「ずっと貴女に、瑩清殿に会いたいと思っていたのです。そうして今、私の目の前に瑩清殿がいる。思い描いていた以上に貴女は美しく聡明で、話していても話題に欠かずとても楽しい。もっと同じ時を過ごしたい。このような気持ちは初めてなのです。」


握りしめていた手を今度は少し強く握る。

泉明の緊張感が瑩清にも伝わり、肩がびくりと跳ねてしまう。


「―――瑩清殿、どうか私の思いを受け入れてはくれないでしょうか。」

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