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応麟と泉明が楊邸に訪問すると、家人は快く迎えてくれた。
「きっとお2人も来るだろうからと旦那様から言われておりました。」
そう言われて2人は苦笑しながら部屋へと案内される。
表面は普通にふるまっていたが、応麟は内心らしくもなく緊張していた。
瑩清がいる部屋に続く廊下を歩いていると次第に中庭が見えてくる。
季節の植物で彩られるそこは瑩清との思い出がつまっている。
楽しい事も、悲しい事も―――
「旦那様、郭様と周様がお見えになりました。」
「ああ、通してくれ。」
中から聞こえた積薪の声はとても明るい。
きっと瑩清が戻ってきて上機嫌なのだろうと容易く想像できる。
部屋に入ると、1人見慣れない女性が麗華の隣に座っていた。
正確には昔よく一緒にいた少女の面影のある人。
「・・・瑩清・・・。」
応麟の声は小さいものだったが、瑩清にはちゃんと聞こえていた。
椅子から立ち上がると、声がした方に少しずつ足を進めて向かおうとしているようである。
「応麟?」
手を前にかざしながら歩く瑩清を見かねて、麗華が助けようとしたが積薪に止められ留まる。
代わりに積薪は応麟に目線で促すと、それに気づいた応麟が足早に瑩清の許へ急いだ。
恐る恐る瑩清の手を握ると、瑩清はほっとしたように顔を綻ばせた。
そのはかない美しさに応麟は息をのむ。
「応麟なのね?」
「ええ、そうですよ。・・・瑩清、綺麗になりましたね。驚きました。」
「あら、本当かしら。貴方もすっかり変わってしまったみたいね。―――こんなに手は大きかったかしら?」
瑩清は応麟の手の大きさを確かめるように撫でた。
「最後に会ったのはもう7年も前ですよ。大きくもなります。」
「そうね。・・・ね、顔に触れてもいいかしら?」
「・・・ええ、もちろんです。」
瑩清が触れやすいように応麟は屈むと、次いで彼女の手を取って自分の頬に触れさせる。
瑩清は自分の記憶にある応麟の顔を思い浮かべながら、顔の各パーツを優しくなぞっていく。
応麟は目の前に瑩清の顔があるにもかかわらず、彼女と目が合うことがないという事実に落胆を覚えた。
満足したのか、瑩清の手がゆっくり顔から離れていく。
応麟はなぜかそれを寂しく思う。
「ありがとう。」
「いいえ。―――そうだ、もう1人客人がいるんですよ。」
「思い出してくれてよかったよ。」
そういえばと泉明の方に振り返ると、彼は苦笑しながら肩を竦めてみせた。
瑩清はその声がした方に目を向け笑顔を見せる。
「郭様?お会いできて嬉しいですわ。積薪の娘、瑩清と申します。」
「郭泉明と申します。こちらこそこのような美姫にお会いできて光栄です。」
「ふふふ、お上手ですのね。さ、どうぞお座りになって。」
瑩清が席を勧めようとすると、そつなく泉明が瑩清の手を取り椅子へと導く。
瑩清は驚いたが、ふふふと微笑むとそれに自然と委ねた。
それを泉明はどこか面白くないと思いながら後に続いた。
応麟と泉明のために食事が用意され、残りの3人は茶を楽しんでいた。
和やかな時間が過ぎる中、泉明が瑩清に控えめにお願いをする。
「私の歌を?」
「ええ。図々しいとはわかっていますが、ご迷惑でなければ聴かせては下さいませんか?」
「私もお姉様の歌を久しぶりに聴きたいわ!ね、お父様。」
「そうだね。」
「勿論構いませんわ。何かご所望の歌はあって?」
瑩清は快く引き受け泉明に尋ねると、泉明はしばらく考えてから答えた。
「『花木蘭』・・・『花木蘭』がいいです。」
「『花木蘭』?そんな歌があるのね。」
「よくご存じですのね、そんな古い歌。さすがは郭家のお方。でも私も好きですわ。」
瑩清は控えていた自分専属の侍女に京胡を持ってこさせると、それを奏でながらのびやかに歌う。
木蘭という娘が、病を得た老父の代わりに男装して従軍し、異民族相手に自軍を勝利に導いて帰郷するという物語。
皆久々に聴く瑩清の歌に聴き入っていた。
あの頃のまだ少女の可憐で伸びのある歌声も素晴らしかったが、大人の女性となった今は声の質にも艶が出て感情も込められており、7年という歳月を感じられずにはいられなかった。
応麟はふと泉明が気になり、彼をちらりと見てどきりとした。
泉明はただ真っ直ぐに瑩清を見ていたのだ。
何か見てはいけないものを見てしまった気がして、その後は気が漫ろになってしまった。
楽しい時間が過ぎていき応麟と泉明が席を立つと、瑩清と麗華が門まで見送ると付いてくる。
門にはすでに郭家の車が迎えに来ていた。
因みに周家は楊家の近所であるし、応麟は腕も立つので迎えの車はない。
泉明は瑩清の前に立つと、そっと彼女の手を握って言った。
「またお会いしに来てもよろしいですか?」
「勿論ですわ。いつでもいらして下さいな。」
「それは嬉しいですね。そうだ、ぜひうちにも招待させて頂きたい。」
「まぁ、郭家にですか?私は構いませんが・・・。」
「あら、郭様。私は誘って頂けませんの?」
麗華が面白半分に横槍を入れると、泉明が苦笑した。
「あぁもちろん楊姫もいらして下さい。―――と、考えてみたらお2人とも楊姫ですね。お名前でお呼びしても?」
「ええ、どうぞお好きになさって。」
泉明が話しかけるのは瑩清のみだ。
女性には万遍なく接するという彼らしくない態度といっそ清々しいそれに、麗華が肩を竦めて応麟を見た。
応麟は無表情に瑩清と泉明を見ているのを見て、思わず眉を顰める。
「応麟、いいの?」
「なにがですか?」
「なにがって・・・。お姉様と郭様よ。どう見ても郭様ったらお姉様狙いじゃないの。」
「・・・私には関係ありませんから。―――申し訳ありませんが、私は先に失礼しますよ。」
「ちょ、ちょっと応麟!」
応麟は瑩清と泉明にも簡単に挨拶すると、足早にその場を去って行った。
『花木蘭』は『ムーラン』という某有名会社の映画にもなっているお話しです。




