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周応麟と郭泉明である。
この2人が訪れる度に、邸の女たちは色めく。
泉明も素敵であるが、特に芙祥の目を引いたのは麗華の幼馴染という応麟だった。
応麟はこの国には珍しく色素が薄く、それが彼をより美しくさせていた。
初めはなんて美しい殿方なのだろうと思っているだけであったが、目が合った時、芙祥は彼に心を奪われてしまった。
次第にあの宝石のような瞳に映るのは自分だけでありたいと願うようになった。
それなのに、応麟は麗華だけをその瞳に映し芙祥には目もくれない。
応麟が麗華に優しい態度をとるたびに、優しい言葉をかけるたびに、芙祥の苛立ちは積もっていったのである。
しかもいよいよ応麟が麗華を娶るのではないかという話まで聞こえてきた。
それを聞いた時、芙祥の顔が真っ青になったが徐々に怒りで真っ赤になったのを覚えている。
あのお嬢様は何処までも私の邪魔をするっ!!
麗華は何もしていないのだが、芙祥にはいつしか全てが麗華のせいになっていた。
そのためか、麗華の姉である瑩清ですら彼女の中では敵なのである。
周りが瑩清を哀れみ、褒めちぎるのも腹立たしい。
私だって、私だって可哀想だわ!それにこんなにも美しいじゃないの!
それなのに誰も私を見てくれない!!
そんな思考に囚われてふるふると肩を震わせながら佇んでいると、後ろから声を掛けられる。
「あぁ、芙祥?こんな所にいたのね?」
「・・・ええ、ごめんなさい。少し具合が悪くなったものだから。」
瞬時に歪んだ顔から少し困った顔に作り、ゆっくりと振り向く。
そこには同じ麗華付の侍女である孟珪がいた。
「大丈夫なの?あまり顔色が良くないようだけど。」
「なんとか。すぐに戻るわ。」
「そう?無理はしないでね。貴女の体の事は皆知っているんだし。」
「ええ、ありがとう。」
「いいえ。あ、そうそう。麗華様はしばらく瑩清様の所にいらっしゃるから、もう少しゆっくりしてきても大丈夫よ。」
「・・・わかったわ。」
芙祥は麗華と瑩清という名にぴくりと反応するが、孟珪は気が付かなかったようだ。
芙祥が返事をするのを聞くと、仕事に戻っていった。
それを見届けると再び歪む顔。
「この苛立ちどうしてくれようかしら・・・。」
応麟は迷っていた。
今日は瑩清が楊邸に戻ってくる日で、この時間ならすでにいるはずである。
会いたくないかと言われればもちろん会いたいに決まっている。
しかし、何処かで瑩清に合わせる顔がないし、彼女も応麟を拒絶するのではないかという思いがあって決心できずにいた。
仕事が遅くまであって行けなかったと言い訳して後日にでも顔を出そうかと考えていると、肩を軽く叩かれた。
「やあ、応麟。今日は確か楊姫の姉君が帰っていらっしゃる日だろう?」
「よく知っていますね、泉明。」
「珍しく積薪様が休暇を取っているからわかってしまうよ。それで君はこの後行くんだろう?」
「・・・だったらどうなんです。」
「勿論私も行くに決まっているじゃないか。あの迦陵頻伽姫に会えるんだ。」
「瑩清は見世物ではありませんよ。」
「で、実際どうなんだい?彼女は美姫だったんだろう?」
応麟は内心大きくため息を吐いた。
瑩清は確かに昔から美しかった。
少々我儘な所はあったが、溌剌として気配りのできるよくできた娘。
母親を早くに亡くした幼い麗華の面倒もよく見ていて、父親である積薪も安心していたものだ。
歌も上手く、将来は都でも評判の姫になるであろうと噂されていたが―――
「応麟?」
「・・・そうですね、彼女は美しかった。今はどうか知りませんが。」
「大丈夫さ。余程のことがない限り美しい姫になっているよ。」
「随分楽しそうですね。また悪い癖ですか?」
「ははは、そうかもしれないね。」
「いい加減落ち着いたらどうですか?ご両親もさぞかし嘆かれているでしょうに。」
応麟が呆れて言うと、泉明は真面目な顔をしてぽつりと言った。
「ようやく会えるんだ。」
その顔はどこか少年のような顔をしていた。
しかし応麟には聞こえず、思わず聞き返してしまう。
「はい?」
「あぁ、いや。何でもないよ。」
「・・・そうですか?」
応麟はなんとなく腑に落ちなかったが、詳しく聞こうとはしなかった。
「うん、すごく興味があってね。なんせいつも冷静な君が動揺するほどの姫だからね。」
「っ動揺などしていません。」
「まあまあ、いいじゃないか。さ、楊邸に行こう。」
「私は行くとは言っていませんが。」
泉明は珍しく狼狽えた応麟にそう促すが、応麟は乗り気ではなかった。
その様子に泉明はほんの数秒考えると、頷いて理解を示した。
「そうか、残念だな。なら私だけでもお会いしに行くとするよ。」
「は?」
「私の顔も楊邸ではすっかりお馴染みだし君がいなくても通してくれるよ。安心してくれ。ただし積薪様には怒られそうだが。」
「待って下さい。本気ですか?」
「勿論だよ。美姫たちにお会いするためならお小言の一つや二つ・・・。君も後日言われるだろうがね。」
「・・・わかりました。私も一緒に行きます。」
応麟は諦めて泉明と楊邸へ向かうことにした。




