ツンデレをよく分かっていない人間がツンデレを書いたら
昔々。とある村に、とてもケチな名主がおりました。
その名主は、金が掛かる事が大嫌い。いつも村を歩き回っては、やれこことここは無駄だ、やれここが勿体ない。そう口を出しては、好き放題にやっておりました。
村人達は何も言えません。名主は、この村で一番偉い人だからです。
ある日、名主は今日も村へとやって来ました。大勢の大男達と、荷車を何台も引いて、随分と物々しい様子。
村人達は何事かと見送っておりましたが、彼らが向かう先には、古びた家があったと思い出しました。この村に来たばかりの、百姓一家が住み着いた茅葺屋根の家です。皆の顔が、憐みの色になりました。
百姓の妻が患って長く、彼らは薬代を名主から借りていたのです。
無駄を嫌う名主は、いつまで経っても返さぬ一家に、我慢の限界が来たのでしょう。あの集団は、取り立ての為に雇われた男達に違いありません。
村人達は知っています。日々の生活で精一杯で、一家に余分な金など無いと。けれどそれは、皆も同じなのです。村人達は彼らの先を案じ、見守る事しかできませんでした……。
……田畑が広がる長閑な景色の中に、その家はあった。
立派な茅葺屋根に見えるが、葺き替えができていないのだろう、雑草が生え苔生してしまっている。
その重みなのか、遠目で見ると全体的に傾いていた。いつ崩れてもおかしくはない。
隙間風だらけのその家には、百姓夫婦が住んでいる。子供は二人、まだ小さな子らだ。
「母ちゃん、大丈夫か…」
百姓の妻は、流行り病を患って以降、寝たきりの状態が続いていた。夫は、日に日に弱っていく妻が心配でならず、仕事に手がつかない。夫は何もできない自分が不甲斐なく、妻の手を握る。
「ごめんなぁ、母ちゃん。俺みてぇな甲斐性なしでなくて、もっと稼げる男だったら、薬だって…!」
「……いいんですよ、私は幸せでした。あなたは働き者で、私と子供たちを……大切にしてくれた」
やせ細った妻は、握り返す力も無かった。夫はそれから目を背け、首を振る。
「……あなたは、長く生きてね。子供たちを、よろしくね…」
「っんな事、言うな……!ま、待ってろ、売れるもん全部売って、」
「っっとうちゃん!なぬしだっなぬしがきたっ!」
「生意気なガキだね。名主様だろう!全くこれだから貧乏人は!」
最悪だ。夫と子供らは青褪めた。
ガタつく引き戸を無理矢理こじ開け、名主は遠慮なく入ってくる。その後ろには、屈強な男達。
妻もよろけながら身を起こし、夫が慌てて支える。
それを一瞥し、名主は薄汚れたままの狭い部屋を見渡し、口を開いた。
「金は用意できたのかい。もう半年分も溜まってるんだ、流石にこれ以上は待てないよ」
「っっも、もう少し!もう少し待ってくだせぇ!!」
「またそれかい。お前、私をなめてるのかい?情に訴えれば、ほいほい流される間抜けな善人だと?ふざけるんじゃないよ。こっちだって暇じゃあないんだ、お前がきちんと働いて稼いで納めていれば、こんな小汚いあばら家に来る必要も無かったっていうのに。あー、埃臭いったらありゃしない」
「……っ、…必ず、必ず払うから!今は、勘弁してくれっっ!」
必死に土下座する夫に、名主の冷たい視線が刺さる。
「薬が、薬が必要なんだっ!薬さえあれば母ちゃんは元気になるっ」
「はんっ。家賃もロクに払えない甲斐性なしが、お高い薬を手に入れられる訳がないだろう。私は嘘つきが一番嫌いなんだよ。お前達、二束三文にもならないだろうが、家財を全部運び出しな!!」
非情な命令に、夫は怒りのまま立ち上がるが、屈強な男達が相手では歯が立たない。
男達は百姓親子には構わず、少ない家財をどんどん運んで行く。
「あぁ、お前達も出ていきな。邪魔だよ。こんなあばら家、人が住む場所じゃないからねぇ」
「そんなっ……!母ちゃんは動けないんだぞ!それをっっ」
「お前は文句を言える立場かい?知ってるよ。妻が倒れてから、全く働いていないそうじゃないか。外の田畑は荒れ放題……。返す意思ってもんが全く伝わってこないんだよ」
「名主様、竈の中にこんなもんが…」
男の一人が見せたは、小さな壺。その中には数枚の銭が。子供らが慌てて、男に飛びつく。
「かえせ!それはとうちゃんがかきあつめたんだ!」
「かあちゃんのくすりだいだ!かえせっっ!!」
「ふん、やっぱり隠してたか。持っていきな」
子供らをぶら下げたまま、男は持って行った。
家は空になり、夫婦も取り押さえられ外へと引き摺られていく。
妻の顔色が酷くなっている。夫はそれを見、酷く己を責めた。恐らく着の身着のまま、放り出されるのだろう。外で、夜着も何もない中では、弱った妻が耐えられない。
……あぁ、でも。
愛する妻と子供らと、共に逝けるのなら。置いて逝かれるより、ずっといい。
あの世なら、妻も病から解放される。子らも、腹が空いたと泣く事もない。
苦しいのが、全部終わるのだ。夫は静かに、目を閉じた……。
「お前達!手を抜くんじゃないよ!掃除の基本は上から下!!」
「名主様、あの家駄目だな。柱からボロボロだ。よく保ってくれたもんだぜ」
「やっぱりかい。なら、頼んだよ親方」
「おう、任せな!」
野郎共!壊せ壊せぇー!
……と、威勢の良い声と共に、百姓一家のあばら家が解体されていく。その仕事の速さといったら、見事なものだ。誰一人危なげなくひょいひょいと運び、更地へと戻される。屈強な男達は、全員大工であった。
名主はそれに厳しい目を向けながら頷き、仮屋で作られた小屋へと入った。仮だが、九尺二間の広さはある。そこに上等な布団が敷かれ、百姓の妻がすやすやと眠り。その傍らには白衣を着た男が、脈を取り頷いていた。
「先生、どうだい。必要なものがあったら言いな!」
「急ぎはないですね。名主様が揃えてくれたもので、充分です。ほら見てください、随分顔色が良くなりましたよ」
「何を馬鹿言ってんだい先生、それを最初に見るのは私じゃないだろう!!お前達!入りな!!」
「……っ!んがっっく?!」
「馬鹿野郎が!!そんながっつくんじゃないよ!ほら茶ぁ飲みな!全くそれでも父親、うぉい!ガキ共もかい!手ぇ掛けさせんじゃないよ大馬鹿が全く!!」
ずっと満足に食べられていなかった百姓父と子供達。目の前に出された大量の握り飯とみそ汁に、ちょっと前の諦念も忘れて食べ続けていた。がっつき過ぎて全員詰まらせ倒れたが、その表情は幸せそうだ。
そんな親子に、名主は眉間の皴を深くしながら介抱し、どやし、仮屋へと追い立てる。
母ちゃんんんんん!!……と、喜びの叫びと、子供らの泣く声。
「全くうるさいね。病人の前で叫ぶもんじゃないよ」
ふん、と鼻を鳴らし、名主は隣の仮屋へと移動する。そこは大工や医者達が寝泊まりする場所なので、隣と比べると随分広い。しばらくは百姓親子も此処で寝泊まりだ。
掛かる食糧は充分用意した名主だが、あの食べっぷりを考えるともう少し追加するべきかもしれない。
名主の頭のそろばんが、高速ではじかれる。
「父さん、皆のごはん作りは近所のおかみさん達が手伝ってくれるそうだよ」
「当然だね、普段やらないやつに台所を任せられないからね。うまい飯が食えるとあれば、仕事も捗るってもんさ!!」
「流石父さんだよ。これだけの人が協力してくれるのは、人望あってのことだもの」
「馬鹿言うんじゃないよ。あの家が今にも崩れそうなのは、全員が知っていた事さ。次の嵐が来たら、家族諸共ぺっしゃんこになるってのもね。もしそうなってみな、何にしろ手間と労力が掛かる。分かっていてそのままにしておくのが一番の無駄だ。私は無駄が嫌いなんだよ。この私に騒がれるのが面倒だから、こうしてさっさと片付けるに限ると集まってるだけさね」
……そんな父親のひねくれた言い分を、息子はニコニコと聞いている。
母が微笑ましく言うように、父はとてつもなく照れ屋なのだ。威圧的なのも口が悪いのも、優しさの裏返しなのである。言葉とは裏腹に、やっている事がいつも最善。
あんなにしてくれる名主様なんて、他所には居ないよ。
それが、村人達の父の評価だ。そして、全員父の性格に気付いているので、口には出さないが感謝している。
そして息子も、口には出さずとも、父を尊敬している。
「全くお前はいつもヘラヘラして…。シャキッとしな!名主はなめられたら終わりだよ!」
「分かってるよ、父さん」
「本当に分かってるのかい?笑うなとまでは言わないが、お前は母さんに似て福顔だからね!周りを明るくさせるだけじゃあ、世の中渡り切れないよ!」
「うーん。確かに父さんのように上手くはできないかもしれないから、笑顔を武器にしようと頑張ってるんだ」
「何だい向上心の塊かい?!流石私と母さんの子だね!!」
「……あの、」
「おん?どしたぁ、お前の家ならまだもーちょいかかるぜ」
「いや、でなくて…。名主様、実はいい人……?」
「いや、違う」
「えっ」
「滅茶苦茶にいい人だ」
その後、百姓一家は名主の家の方角に向かって毎日祈り、毎日滅茶苦茶働いて借金を返した。
九尺二間は四畳半くらいの広さです




