手折られなかった花~青夜の回想①~
そんな彼女が、ぽつりと呟いた。
「私さ……アイドル、辞めるんだ」
「十代後半じゃ……遅いんだって……」
そう言って笑った彼女の笑顔は、どこか無理をしているようで、胸が痛んだ。
「それでね……結婚するんだ」
続けて彼女は、淡々と語り出す。
「メンバーの紹介でね。
お父さんが国家公務員で、彼は化粧品メーカーで化粧品を開発してる人なの。
なんか、『俺に見合う女は、可愛くて家庭的な子だ』って言ってたらしくて……
それで、私に白羽の矢が立ったんだって」
その言い方が、あまりにも他人事のようで、俺は思わず聞き返した。
「……本当に、そんな男でいいのか?」
すると彼女は、少し困ったように笑って言った。
「だって、青ちゃんは……私を彼女にしてくれないでしょう?」
思いもよらない言葉に、俺は言葉を失った。
彼女を“女の子”として見たことがなかった、その事実を突きつけられた気がした。
「分かってるから、大丈夫だよ」
そう前置きしてから、彼女は続ける。
「同棲も始めたんだけどね……大変だよ。
彼、潔癖症でさ。仕事で疲れてシャワー浴びずにベッドに横になったら
『汚い』って言って、シーツごと私をベッドから落とすの」
淡々とした口調が、逆に怖かった。
「私、痩せたでしょう?
『化粧品メーカー勤務の俺の隣に並ぶには、ブスとデブは困る』って言われて……
あんまり、ご飯も食べさせてくれないんだ」
その瞬間、俺は理解した。
彼女の魅力が、なぜこんなにも削ぎ落とされてしまったのか。
彼女は、決して太ってなどいなかった。
丸い輪郭のせいで、少しふっくら見えるだけの女の子だった。
それなのに、頬はこけ、顔色は青白い。
彼女の魅力だった、ほんのり桜色の頬は、もうどこにもなかった。
「なぁ……本当に、そいつと結婚するのか?
俺は……良い相手だとは思えない」
そう呟くと、彼女は一瞬目を丸くし、それから微笑んだ。
「私をイメージした、世界に一つだけのリップを作ってくれたりもするんだよ?
優しい人なんだって」
その笑顔に、当時の俺は――
「……そうなんだ」としか言えなかった。
⸻
その日、結婚式に招待したいと言われ、連絡先を交換して別れた。
後日、同じ高校だった仲間たちと一緒に、彼女の結婚式に参列した。
やせ細った身体で、重そうなウエディングドレスを身にまとい、歩く彼女。
新郎の男は、見るからにインテリぶった鼻持ちならない男だった。
チャペルで祭壇へ向かう途中、
ドレスの重さに彼女がよろけた、その時――
男は、片手で彼女の手を掴み、
引き寄せるでもなく、支えるでもなく、ただ引っ張った。
彼女は苦笑いを浮かべ、「ごめんね」と唇を動かした。
だが、彼女を見下ろす男の目は、驚くほど冷たかった。
(……ああ。嫌な予感が、当たってしまった)
俺はそう思いながら、祭壇の上の彼女を見つめていた。
結婚式は、正直言って胸糞の悪いものだった。
男は芸能関係者と会社関係者にだけ愛想よく頭を下げ、
俺たちには、挨拶一つなく見下した視線を向けるだけだった。
それでも――
後から、彼女の腹に新しい命が宿っていると聞いた。
だからこそ、願った。
どうか、幸せになってくれ、と。




