手折られない花
「フフフッ」
睨み合っていると、突然、五道哲真が笑い出した。
「いや、すまない。最近、私にそんなふうに噛みついてくる人間がいなくてね。威勢のいい人間は、嫌いじゃない」
そう言って青夜の顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「力の差を思い知って、手折れていく様を見るのがたまらなく好きなんですよ。……まあ、きみの母親は、手折れる前に逃げ出してしまったがね。さあ、青夜君。きみはどうかな?」
心の底から楽しそうに囁かれ、青夜はその手を勢いよく払いのけた。
「母さんは、父さんの穏やかな性格が好きだって言ってた。……分かる気がするよ。あんたみたいな、支配的な人間の傍にいたら、そう思うよな!」
思わず叫んだ。
「ほう……」
目を細めて見つめてくる五道哲真に、青夜は一歩も引かず言い放つ。
「人の心は、あんたが思うほど脆くない。確かに繊細だけど……強さだってある!
手折られない花もあるってこと、思い知らせてやる!」
気付けば、完全に啖呵を切っていた。
⸻
青夜は都会に出て初めて知った。
田舎にはいない人種がいることを。
権力や家柄を盾に、人を見下し、支配しようとする人間。
青夜は、そういう人種を心の底から軽蔑していた。
人として本当に尊敬される人間は、支配などしなくても人は自然とついてくる。
むしろ、ああいう輩には本当の友人はできない——青夜はそれを知っていた。
青夜には、高校時代に親しくしていた女友達がいる。
島には高校がなかったため、青夜は島から通える大きな街の高校に進学していた。
そこで出会った彼女とは、恋愛感情のない、気の置けない友人関係だった。
愛らしい容姿に加え、純粋無垢な性格。
だが、その愛らしさが仇となり、彼女は女子からいじめを受けていた。
それでも彼女は折れなかった。
「青ちゃん、私、アイドルになって、あいつらを見返してやる!」
そう笑っていた。
ただ——致命的に、男を見る目がなかった。
見た目だけの軽薄な男と付き合っては捨てられる。
しかも、そういう男ほど女子に人気があり、そのことが彼女への妬みをさらに強める。
悪循環だった。
高校卒業と同時に、彼女は都会へ出ていった。
青夜も大学進学で上京したため、
——もしかしたら、どこかで会うかもしれない。
そんなことを考えたこともあった。
彼女は、いわゆる地下アイドルになっていた。
だが、それだけで生活できるほど甘くはない。
アルバイトとアイドル活動の両立。
さらに、アイドルの低年齢化が進む中、十八歳を過ぎた彼女の活動は、次第に行き詰まっていったようだった。
「……青ちゃん?」
大学二年の夏。
偶然、彼女と再会した。
笑顔は変わらなかった。
けれど——かつて彼女が持っていた、あの純真無垢さは、確かに失われているように見えた。




