神代家と五道哲真
「母さんが、神代家?
そんな話、聞いたことないよ。
しかも、空也の父親の雪夜さんと兄妹なら、
母さんは神代じゃなくて、五道じゃないのか?」
思わずそう反論した青夜に、
五道哲真は余裕のある笑みを浮かべた。
「神代家というのはね、
五道家から逃げ出した“陽の気質”を持つ者に、
隠れ蓑として与えられた苗字なんだよ。
確か、青夜君の出身は南方の小さな島だったね?
あそここそが、神代家の島なんだ」
そう言われ、思わず首を傾げる。
あの島に、“神代”を名乗る家など無かった。
あったとしても、せいぜい数軒程度だ。
それなのに──神代家の島、だなんて。
青夜の疑念を察したのか、
五道哲真は小さく笑って続けた。
「あの島の住民はね、
本来の姓はすべて“神代”なんだよ。
ただ、結婚などで姓を変える者が増え、
今では神代の名を使うのはごく一部になった。
例えば……そうだな。
君の母親のように、五道家本家から逃げ出した者だけだ」
淡々と語られるその言葉に、胸の奥が冷える。
「雪は、私の婚約者だった。
だが彼女は、私と結婚するのは嫌だと言って、
五道家から逃げ出したんだよ」
まるで昔話をするかのような口調。
その落ち着きが、かえって恐ろしい。
「お嬢様気質の雪のことだ。
どうせ、すぐに戻ってくるだろうと高を括っていてね。
だが……結局、あの島に逃げられてしまった」
「……そんなに言うなら、
居場所は分かってたんだろ?
なんで、連れ戻さなかったんだよ」
そう問いかけると、
五道哲真は少しだけ目を細めた。
「あの島はね……
“選ばれた人間”しか入れない島なんだよ」
にわかには信じ難い言葉だった。
「え?
俺は何の障害もなく、普通に行き来してるけど?」
そう言うと、五道哲真は小さく笑った。
「君は、あの島で生まれ育った。
だからだよ。
恐らく……桜子や空也は、近付くことすら出来ないだろう」
そして、付け加える。
「もっとも、君が連れて行くなら別だがね」
その言葉に、青夜は息を詰める。
「あの島に入れるのは、
陽の気質を持つ者か、
まったく何も感じない一般人だけだ。
我々のような“陰”の気質の者は、
結界に弾かれてしまう」
楽しげにも見える微笑みを浮かべながら、
五道哲真はそう言った。
「本当に……厄介な連中だ」
その言葉と共に浮かべた表情に、
青夜の背筋がぞっとする。
感情がない。
それでいて、鋭利で、
まるで研ぎ澄まされた氷の刃のようだった。
「……それで?
その島出身の俺を、半ば強引に監禁ってわけですか」
真っ直ぐ見据えてそう言うと、
五道哲真は肩をすくめ、苦笑した。
「すべては君のためだよ。
どうか、逆恨みしないでほしいな」
その言葉に、青夜は悟る。
(この人は……自分が間違っているとは、
一度も思わない人なんだ)
信念を持つこと自体は、悪くない。
だが──
こうして周囲を巻き込み、
平然と踏み越えてくる人間は……怖い。
青夜は、静かに五道哲真を見つめていた。




