守りたかった家と、壊れた友情
「空也、大丈夫か?」
そっと肩に触れた俺に、空也は顔をしかめた。
「あいつに何を言われた? “正式に発表”ってなんだよ。義理の父親って……どういう意味だ?」
矢継ぎ早に問い詰められ、俺が返事に詰まっていると──
空也はハッとしたように桜子さんを見た。
「お前……」
「うん、桜子さんと婚約したんだ」
俺が冷静に答えた瞬間、空也は愕然とした表情で叫んだ。
「なんで!!」
「きちんと桜子さんの気持ちにも向き合ってほしい……って言われてさ」
「それで……婚約したのか?」
「……うん」
短く答えると、空也はゆっくり立ち上がり──
何かを飲み込むようにして呟いた。
「青夜の気持ちは……分かった」
そして俺に背を向け、
「もう、あの家に帰って来なくていい。……桜子、後でこいつの荷物を取りに来い」
それだけ言うと、空也は歩き出した。
「空也!」
慌てて肩を掴もうと手を伸ばした瞬間──
バシッ、と強く振り払われた。
弾かれた俺の手が宙に弧を描く。
その痛みよりも、空也の表情の方が胸に刺さった。
「俺は……お前を信じてたのに」
憎しみと悲しみが混ざった瞳。
その視線に耐えきれず、俺は思わず俯いた。
「裏切り者には用はない。……じゃあな」
そう吐き捨てると、空也はそのまま消えてしまった。
一歩踏み出して追いかけようとした俺を──
「青夜君」
静かだが問答無用の声が縫い止める。
五道哲真だ。
拳を握りしめる。
追いたい。謝りたい。関係を壊したくない。
──でも。
“あの店を守るために婚約した”
そう知られたくないからこそ、追えない。
今、追いかければ、全部が崩れてしまう。
胸の奥がきゅうっと締め付けられた。
(帰れなくなるのか……あの場所に)
騒がしくて、温かくて、俺にとっていつの間にか“帰る場所”になっていたのに。
こんな形で気付くなんて──
……俺らしい。
苦笑いが漏れ、空也に払われた手を見つめる。
(大丈夫……これでいい。俺は諦めることには慣れてる)
自分に言い聞かせるように、そっと手を握り直した。
青夜が踏みとどまったのを見て、五道哲真はなぜか満足げに微笑んだ。
「それでいい。きみは、この決断をして良かったと、いずれ必ず思うはずだ」
その言葉が空虚に響く。
俺はただ──
空也が去った方向を、黙って見つめることしかできなかった。




