友達から地獄が始まった
『PiPiPiPi』
スマホに手を伸ばし、アラームを止める。
……本日も、相変わらず背後から俺を羽交い締めしている男がいる。
ただ、あの日──五道桜子さんが来て以来、生活にひとつ“重大な変化”があった。
桜子さんは有言実行タイプらしく、翌日の朝いちばんに 釣書(=身上書) を持って現れた。そしてキラキラした目で改めて交際を申し込まれたのだ。
初めてあそこまでグイグイ来られた俺が戸惑っていると、
「じゃあ、とりあえず《友達》からでもどうかしら?」
と言われ、つい
「友達なら……」
と答えてしまったのが運の尽き。
それ以来──
空也の“俺への執着”が、加速度的におかしくなった。
今までは背後から羽交い締めして寝ているだけだったので、マキちゃんを呼び出せば強制解除できた。だが、桜子さんと友達になると決まった翌日から、こいつは本気を出してきた。
何処に行くにも、
「どこ行く?」
「何時に帰る?」
と聞いてくるし、ひどいときにはついて来ようとする。
(お前は“重い彼女”か!)
我慢できず文句を言ったら──
「はぁ? 桜子と《友達》から付き合うんだろう?
お前の選択肢は二つだ。
俺の相棒になって自由に動くか、桜子と結婚して五道家に監禁されるか。」
などと言い出した。
「五道家も空也も関係なく、自由がいいかなぁ……」
とぼそりと呟くと、
「はぁ!? 桜子と《友達》から付き合うんだろうが!
お前の選択肢は、俺の相棒になるか五道家に幽閉されるかの二択だ!」
と、謎の圧を上書きされて頭を抱えた。
正直、桜子さんは美人だしスタイルも良い。
男としては、あんな完璧な女性と付き合えるのは名誉なのかもしれない。
……が、俺には無理だ。
あんな“完璧オブ完璧”な美女の隣を歩くなんて、凡人以下の俺にはハードルが高すぎる。
「えぇ! 俺、“付き合う”なんて言ってないよ!」
「《友達から》始めましょうって言われてただろうが!」
そう言われ、確かに「友達なら」とは答えたが……
絶対に“恋人”とは言っていない。
「はぁ? そんな理屈、五道家に通用するわけねーだろ?
いい加減、五道家の思考回路を学べよな」
呆れ顔で言われても、ついこの間まで普通の社会人だった俺にどうしろというのか。
陽の気質を持つとか、人を幸せに導く力とか……
正直いまだに信じられない。
「はぁ……」
深いため息を落とした瞬間、リビングでタマがテレビを観ている後ろ姿が見えた。
「え? 猫もテレビ観るんだ……」
つぶやくと、
「タマ? タマは昨日見逃したテレビ、録画で観てるみたいね」
と、姫華ちゃんが味噌汁とご飯を運んできてくれた。
「へぇ〜。そんなにお気に入りの番組があるんだ」
そう言いながら味噌汁を口にした瞬間──
テレビから聞こえてきた。
『は~い』
『わぁ、い◯らちゃんです~』
毎週日曜18:30の、あの国民的アニメの声。
ブッッ!!
盛大に味噌汁を噴き出し──
真正面に座っていた空也の顔面に、直撃した。
「……おい」
低い声が震えている。
「ご、ご、ご、ご、ごめん!!」
俺が慌てて謝ると、姫華ちゃんが急いでタオルを渡していた。




